1)「むし」の内の教科書等に「昆虫」と明記されているもののみが「昆虫」なのであり,それ以外の「むし」は「(ただの)むし」,といった誤概念を形成している可能性がある;
2)ある小動物が「昆虫」かどうかを判断する際に規準として用いられる「昆虫の条件」すなわち「昆虫の体は頭,胸,腹から成り,胸部には2(/1)対の翅と3(/2)対の脚がある」というような昆虫概念を既に形成しつつあるとともに,この条件を完全に満たすもののみが「昆虫」であり,ダンゴムシやクモ等の満たさない小動物は「むし」(「昆虫」ではない)と分類されている可能性がある;
3)ノミ,ハエ,ゴキブリのようないわゆる害虫は「昆虫」ではなく「むし」であるというような誤概念を所持している可能性がある;
4)昆虫の幼虫は「幼虫」であって「昆虫」でも「むし」でもないといった一種のオルタナティブな昆虫概念を所持している可能性がある,
との知見を導いた.その後筆者らは同様の調査を栃木県宇都宮市および黒磯市(市街化の進んだ地方都市,以下本稿では「地域T(town)」と呼ぶ)と岐阜県中津川市および恵那市(田畑や山林の多い農山村地域,同様に「地域R(rural)」と呼ぶ)在住の何れも公立小学校第5学年児童を対象に実施して,得られた結果を先の東京都すなわち地域Uのものと比較し検討を重ねている.ここでは現時点までに見出されたその後の新たな知見についての概略を以下に示しておく.
■農山村地域Rの児童達の昆虫に関する実体験は大方の予想通り3地域中で最も豊富であり,全体的な傾向として地方都市の地域Tがこれに続いている.ただし,チョウ,ガ,アリ,セミの捕獲や飼育の体験をもつ児童の割合は,本調査の結果に見る限り住宅密集地である地域Uの方が地方都市の地域Tよりも高い.
■昆虫に関するフォーマルコンセプトの形成については,頭部の触角の存在や幼虫の脱皮に関する正しい認識を示す児童の割合で地域Rの方が地域Uよりやや高いものの,全体的には両地域間の明らかな差異は認めにくい.すなわち,実体験の豊富さとの関連は殆ど見出されない.
■前報で地域Uの当該学年児童達において抽出された前述1),3)のような誤概念や,同2),4)のようなオルタナティブな昆虫概念の存在の可能性が,程度の違いは在るもののT,R,何れの地域の当該学年児童達においても確認される.
平田昭雄・杉山健太郎・高根沢伸友(1997):児童の日常的生活環境と昆虫に関する素朴概念,日本科学教育学会第21回年会論文集,243-244.
奥泉雄一・新井豊(1996):自然体験と自然に対するイメージの調査,日本理科教育学会第35回関東支部大会研究発表要旨集,p.31.
Tema,B.O. (1989): Rural and urban African pupils' alternative conceptions of `animal'. Journal of Biological Education, 23(3), 199-207.