日本理科教育学会
小学校第5学年児童の昆虫等に関する素朴概念
○三瀬 一也 高根沢 伸友 杉山 健太郎 平田 昭雄
MISE,Kazuya TAKANEZAWA,Nobutomo SUGIYAMA,Kentarou HIRATA,Akio
東京学芸大学教育学部
キーワード:小学生,概念形成,自然環境,実体験,昆虫,素朴概念,オルタナティブ.
1.はじめに
- これまでの取り組みにおいて筆者らは,自然環境の異なる3種の地域,すなわち大都市近郊の住宅密集地域(以下本稿では「U(urban)地域」と呼ぶ),地方都市の市街化地域(同様に「T(town)地域」),田畑や山林の多い農山村地域(同様に「R(rural)地域」)において小学生を対象に質問紙法による調査を実施し,児童達の昆虫等に関する実体験はU地域,T地域,R地域の順に豊富になることを確認している1).また,一方において筆者らは,U地域つまり自然環境に恵まれない地域に生活する児童達に着目し,そうした子ども達が形成しているとりわけ昆虫等に関する素朴概念(in-formal concepts)の抽出を試みてきた2)が,本研究はこの取り組みの対象範囲をさらに他の2地域すなわちT地域とR地域の児童達にまで拡張するとともに,そこから見出される児童達の素朴概念と先に確認されている子ども達の関連する実体験における地域間格差との関連について,検討しようとするものである.以下にその概要を報告する.
2.昆虫等に関する3地域の児童の概念形成
- 前述のような3地域のいずれも小学校第5学年児童計450名を対象に質問紙法による調査を行ったところ,雌雄の区別がある,体は頭部/胸部/腹部に分かれている,エサとなるものは種によって異なる,水生の昆虫が存在する,といった昆虫についての概念は形成され易いが,「手」は存在しない,体に体毛が生えている,脚は胸部より生えている,単眼と複眼を備えている,の各概念は形成されにくく,しかも,これらの傾向は3者の地域間の差異すなわち自然環境の豊かさには殆ど関係せずに共通することが判明した.R地域の児童達は少なくともT地域やU地域の児童達に比べれば自然環境の豊かな地域で生活しており,昆虫等に関する実体験つまり直接的な関わりの体験も当然のことながら豊富なはずである.したがってここで取り上げたような昆虫に関する概念の形成も,T地域やU地域の児童達に比べれば相当に容易であろうことが少なくとも当初の筆者らには予想された.しかしながら,結果は先に示したとおりで,そうではない.日本の今日の理科教育は,そうした地域間の自然環境の格差が児童達の概念形成にもたらす影響を十分に吸収し得るように配慮され,施行されていると言えるのかもしれない.
3.オルタナティブな素朴概念の地域間比較
- 先の研究において筆者らは,都内の住宅密集地域すなわち本稿で言うところのU地域の児童を対象に,計20種類の小動物について昆虫,ムシ,どちらでもない,のいずれと認識しているかを調査しているが,これによれば,そうした地域に生活する児童たちは,a)害虫は昆虫ではなくムシである,b)微小なものは昆虫ではない,c)脚をもたないものは昆虫ではない,d)頭部/胸部/腹部の区別が明瞭でなく多数の脚をもつものは昆虫ではない,といった素朴概念を形成している可能性が強く示唆されている2).なお,ここでa)とb)についてだが,これらは明らかに誤概念なので,児童たちが理科学習以外の場において形成したオルタナティブな概念と考えられる.そして本研究によればこうした素朴(インフォーマル)でオルタナティブな昆虫概念に関しても,前節で取り上げたようないわゆるフォ−マルな概念と同様,自然環境の豊かさの異なる3地域間における明らかな差異は見出されなかった.つまり,児童達は様々な昆虫概念を生活地域の自然環境とは殆ど関係なく形成していることになる.これについては,いわゆるマスメディアを中心とする学校以外のところから発信された様々な情報が,そうした児童達の自然環境に関する格差を十分に是正していると言えるのかもしれない.いずれにしても,さらなる入念な調査研究が必要と判断される.
4.おわりに
- 今日の日本の子ども達の昆虫等に関する概念の多くは,それがフォーマルなものであれインフォーマル(素朴)なものであれ,いずれにせよ,子ども達を取り巻く自然環境の影響を殆ど受けずに形成されていることが判明した.その善し悪しはともかくも,前者がそうであることについては学校等における今日の理科教育が,そして,後者がそうであることについては学校外から発信される諸々の情報が,子ども達を取り巻く自然の事物すなわち子ども達の自然環境以上にその形成に関与しているためと現時点における筆者らは考えている.
<文 献>
1)杉山・高根沢・平田(1997):「児童の遊びにみる自然との関わり方の地域間比較」,日本理科教育学会第36回関東支部大会研究発表要旨集,p.44.
2)平田・杉山・高根沢(1997):「児童の日常的生活環境と昆虫に関する素朴概念」,日本科学教育学会第21回年会論文集,pp.243-244.