悪いスパイラルを良いスパイラルに変える方法
−物事のとらえ方が、行動を変え、環境を変える(認知行動療法)−
より快適に人生を送るためには、大きく、1)環境に働きかけて環境を変える(alloplastic)、2)自分自身を振り返って自分を変える(autoplasitic)という、2種類の方略があります。
1)の代表的なスキルに、『適切な自己主張(assertion)』があげられます。しかし、環境条件はすぐには動かしにくいことも多いので、まずは、2)の自分を変えることに取り組んでみるのもよいでしょう。
2)を行っていくための方法に、認知行動療法があげられます。認知行動療法(cognitive-behavioral therapy:CBT)は、アメリカの精神科医アーロン・ベックが体系化した心理療法で、ある出来事を経験すると、その出来事をどのように認識(認知)するかにより、どのような感情を抱き、どのような行動を取るかが変わってくると考えます。認知スタイルの個人的な歪み(クセ)を微修正すれば、感情や行動が変化し、好ましい出来事がより起こりやすくなるはずだというわけです。
■認知行動療法の考え方
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↑ | 思い込みのフィルター「どうせ・・・」 自動思考「やっぱり・・・」など |
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■よくある認知の歪みと修正のポイント
よくみられる認知の歪み(つまり、悩みの素)を例示し、修正のポイントをあげてみます。
1)完璧主義(perfectionism)
「完璧にやらなければならない」という思い込みの追求は、達成できればすごいのですが、何かしら未達成の部分が残るのが普通なので、満足な結果を得られることは少ないでしょう。完璧追求の泥沼を泳いだ末に、アウトプットがゼロになるリスクも高いです(all or nothing)。
100%を目指すより、7割または6割に目標値を設定した方が、コンスタントにアウトプットできるので、年間の達成量はむしろ多くなると見込まれます。よって、一般論としては以下の考え方をお勧めします。
完璧を追求するより、ほどほどの成果を安定して出した方が有利である
<継続は力なり>
2)責任感の過剰
責任感を持つのはよいことですが、「〜であるべきだ」「〜でなければならない」と過剰に思い込むと、ミスが許されない窮屈な世界に迷い込むことになります。責任感が過剰な人は、自分にも他人にも厳しい要求水準を持つことが多いですが、2つの基準を使い分けて、自分だけに厳しくする場合もあります(二重基準)。「友達のミスは許せるけど、自分のミスは許せない」などです。「友達のミスも私のせいだ」と認知するほど、責任感が肥大することもありますので、気をつけましょう。
過剰な責任感をベースに出来事を評価すると、自分を責める機会が多くなりますので、『うつ』や『無気力』になりやすいです。基本路線は、「肯定・寛容ベース」がよいのではないでしょうか。
自分にも他人にも肯定的・寛容にする習慣をつけると、やる気が出て、自信を持ちやすい
<情けは人のためならず>
3)マイナス思考の習慣
マイナス思考が習慣化すると、日常生活の多くのことをマイナス評価しますので、ますますマイナス思考が強化されるというスパイラルにはまります。マイナス思考をするためのテクニックにいつしか熟達して、無自覚に使っていることが多いです。マイナス思考作りの代表的なテクニックには、以下のようなものがあります。
・レッテル貼り:自分や他人に否定的なレッテルを貼り、一言で結論づける。
・極端な一般化:少数の出来事を取り上げて、何もかもがそうだと決めつけてしまう。
・恣意的(独断的)結論:出来事の意味を独断的に結論づけてしまう。
・選択的抽出:一つのものの見方にそった事柄だけに目を向ける。
・拡大視と縮小視:思い込みにそったことは大きく、思い込みに合わないことは小さく見る。
・肯定的な面の否定や割引き:自分の成功体験や長所を無視したり、過小評価する。 これらのテクニックを多用していないかどうかに留意し、別の見方はないかどうかを検討します。結論を急がないこと、肯定的な観点を加味して多面的に評価するのがコツです。いくつか例をあげてみましょう。
「2回も失敗した。私は何をやっても駄目だ」[極端な一般化] ⇒「前回よりも進歩した点が多い。次はさらに上手くやれるだろう」(多面的に評価をして、次につながる成果を見つける)「メールの返事がすぐに返ってこない。嫌われてしまったんだ。」[恣意的結論] ⇒「忙しいのかもしれない。返事はしばらく待ってみよう」 (根拠が集まらない間は、結論づけるのを止めて、何も考えずに待つ)「計画は成功したが、実力ではなく、運がよかっただけだ」[肯定的な面の否定] ⇒「努力の甲斐あって、色々な人が助けてくれ、計画が成功した。私は運がよい」 (出来事を単一の原因で説明せず、複合的に説明するモデルを考える)
価値観が多様化し、変化も早い現代社会では、性急に否定的な結論を出す習慣よりも、物事を多面的に考える習慣を身につけた方が柔軟に対応しやすいでしょう。
物事の様々な面に注目できるようになると、心に余裕ができ、展望が開けてくる <複眼思考のすすめ>
4)未来を悲観的に予測するクセ
ベックは、認知の歪みの影響が大きい重点3分野をあげています。それは、「自己について」「世界について」「未来について」なのですが、ここでは、未来について述べましょう。目標を持って生活している人は輝いていますね。「自分も・・・」と思ってみても、「何をゲットしたいのか」、「どうなりたいのか」といった中・大目標の答えを見つけるのは大変です。「本当に手に入れたいものなんて、どうせ手に入らない」という悲観的な予測がクセになっていて、未来像が描けないことも多いです。そこで、「目標を立て、それを実現する」のを練習してみてはどうでしょうか。些細なところから始めるのがコツです。 例えば、「今日あった良いこと」を寝る前に振り返って見ます。「涼しくて気持ち良い日だった」とか、「レジで、端数の小銭をちょうど持ち合わせていた」とか、「久し振りに電車で席を譲った」とか、何でも良いのです。そして、「明日は、どんな良いことがあるだろう」と、楽しみにしながら寝るのです。お気づきですか。「明日を良い日にする」という小目標が手に入りましたね。これを毎日続ければ、どんどん明日が良くなっていき、明るい未来が近づいてくるかもしれないと思いませんか。ささやかな小目標は、ふと気がつくと、確固とした大目標に育っているかもしれません。
自分の希望を自覚し、楽観的な将来イメージを持つと、ツキが向くことが多い
<予測の自己実現性>
■否定的な認知の妥当性を検証するための方法
最後になりましたが、認知行動療法の基本的な方法について述べ、まとめとします。一つの出来事について、7通りくらいの解釈が可能なものです。ネガティブと思われる出来事に遭遇したら、2つか3つの解釈を考えます(認知モデル)。それぞれのモデルごとに、以下の問を立て、妥当性を検証しましょう。その上で、一番自分の役に立ちそうなモデルを選べばよいのです。慣れると、短時間でできるようになります。正解はどこにもないので、自分で選んでよいのだと考えるのがコツです。
1)そう考える根拠は何だろうか?(根拠となる事実、逆の事実を探す)
2)本当にそうだとすると、どうなるのか?(結果について考える)
3)他の見方はないだろうか?(代わりの考えを探す)
4)どの見方が、私の役に立つか?(元気が出る考えを選ぶ)
認知モデルのバリエーションが広がらない場合は、書き出してみると色々思いついて、比較しやすいことがあります。タイプの違う何人かの友人に聞いてもらって、別の解釈を教えてもらうのもよいです。認知の歪みが頑固な場合は、カウンセリングに来て検討するのもお勧めです。カウンセリングへのアクセスの良さは学生の特権の一つだと思います。
保健管理センター精神科医
大西 建