国際シンポジウム

国際シンポジウム
「社会的能力はどのように発達するのか:心の理論・言語・文化の獲得」

自他の行動の背後にある信念や意図を推測する能力は「心の理論」や「メンタライジング」と呼ばれ、その系統的進化および個体的発達に関して過去30年間に多くの研究がなされています。本シンポジウムでは、心の理論の発達が母語や母文化の獲得とどのように関連するのか、そしてそれがより多面的な社会的能力および対人コミュニケーション能力として発達していくのかについて理解を深めることを目指します。また、環境的・生得的要因により、これらの能力の獲得が困難な子供に対して、教育・療育的観点からどのような対応ができるのかについても検討していく機会としたいと思います。心の理論と言語あるいは文化の関係についての最新の研究成果を、国内外の研究者が報告いたします。加えて発達心理学、言語学、霊長類学といった多分野の研究者が討論をリードします。子供の心の発達、社会認知、言語発達などに関心のある方にぜひご参加いただきたいと思います。

■日時:2012年3月18日(日)9:45~18:00(開場9:15)
■場所:東京学芸大学西講義棟(W棟)301教室
    アクセス
■参加費:無料
■資料代:1000円 ※大学院生500円
(休憩時のお茶・コーヒー代も含まれます。当日受付にてお支払いください)
■主催:東京学芸大学国際教育センター
■協賛:科学研究費新学術領域「予測と意思決定」

プログラム
9:45 開会
10:00 - 11:00 "The generality of metarepresentational development:
Theory of mind, language and culture"
  Martin Doherty, University of Stirling, U.K.
11:00 - 12:00 "Culture and theory of mind:
Japanese and Canadian children's beliefs about child and adult knowledge"
Stanka Fitneva , Queen's University, Canada
12:00 - 13:00 昼食
13:00 - 13:40 「子どもの他者理解と言語文化」 松井智子(東京学芸大学)
13:40 - 14:20 「日本の子どもにおける誤信念理解の発達:感情理解との関連から」
  内藤美加(上越教育大学)
14:20 - 15:00 「聴覚障害児における心の理論の発達」 藤野 博(東京学芸大学)
15:00 - 15:20 休憩
15:20 - 15:50 指定討論1 今井むつみ(慶応大学)
15:50 - 16:20 指定討論2 堀江 薫(名古屋大学)
16:20 - 16:50 指定討論3 橋彌和秀(九州大学)
16:50 - 17:00 休憩
17:00 - 17:50 全体ディスカッション
18:00 閉会
18:30 - 20:30 意見交換会(参加費4000円 ※大学院生は2000円)
※使用言語は英語と日本語になります(フロアからの質問やディスカッションは日本語で結構です)
※当日は生協がお休みで、近隣にレストランなどもありませんので、昼食などは各自でお持ちくださることをお勧めいたします。なお正門から3分ほどのところにセブンイレブンがあります。

発表要旨

■"The generality of metarepresentational development: theory of mind, language and culture"
Martin Doherty, University of Stirling

Children pass traditional theory of mind tasks around the age of four years. This is claimed to show explicit understanding of mental representation. I will report comparable research on non-mental metarepresentation. For example, metalinguistic awareness is the ability to reflect on language. Producing an alternative name for an object poses similar demands to the False Belief task: given one word for a referent (e.g., rabbit), children must produce another (e.g., bunny, or animal). The ability to do this is specifically related to success on the false belief task, and remains so when age, verbal mental age, and performance on tests of executive function are taken into account.
Similar associations have been found with tests of understanding of homonymy, in which children have to select the two distinct referents of a given word (e.g., bat: sports equipment or flying mammal). Furthermore, the pictorial analogue of homonymy is the phenomenon of ambiguous figures, pictures which have two distinct interpretations, such as the well-known duck-rabbit. Children become able to acknowledge both interpretations at the same time they pass tests of homonymy, alternative naming and false belief understanding. Interestingly, children with autism are relatively good at ambiguous figure tasks, while remaining poor at other forms of metarepresentation.
These findings suggest that children develop a general metarepresentational capacity at around four years. I will also present data that suggests that cultural differences in mental metarepresentation are paralleled by cultural differences in non-mental representational understanding.
I will finish with a theoretical account of what develops at four, using the hypothesised mutual exclusivity bias of word learning as a test case: metarepresentational understanding of language is required to overcome this constraint, and the ability to do so is related to theory of mind development.

■"Culture and theory of mind: Japanese and Canadian children's beliefs about child and adult knowledge"
Stanka Fitneva , Queen's University

Developing understanding of people is a universal developmental task but do all children accomplish it the same way? Focusing on the development of beliefs about child and adult knowledge, we examined this question by comparing Canadian and Japanese children. In both countries, all children were able to identify adult-specific knowledge and only older children displayed beliefs about child-specific knowledge. However, Japanese children relied much more than Canadian children on their own knowledge in deciding what children know. Furthermore, only their beliefs were related to those of parents. These differences are consistent with the independent/interdependent distinction between Canada and Japan and suggest that cultures may take children on different paths of development of beliefs about the mind.

■「子どもの他者理解と言語文化」
松井智子 東京学芸大学

これまで心の理論に関する発達研究は、他者や自己の行動の背後にある信念や感情を子どもがいつどのように理解するのかを検証してきた。研究成果として、世界のどこに生まれても、どの言語を話していても、4歳から5歳の間に子どもは一次表象レベルで信念が理解できるようになることが明らかになった。しかしその一方で、他者理解能力が必要不可欠である対人コミュニケーションの場で、子どもが他者の心的状態をいつどのように理解するのかに関しては十分な研究がなされてこなかった。英語圏では例外的に心的状態を表す語彙の獲得に関する研究が進められ、たとえばwant, likeなど欲求に関する語彙は2歳で、think, knowなどの心的動詞や確信度を表すモダリティ表現may, mustは4歳から5歳の間に獲得されることがわかっているが、それ以外の言語を母語とする子どもの発達調査は未だに希有である。
そこで本報告では、日本人幼児が会話の中でどのような言語情報を手がかりに他者情報の信頼性を判断しているのかについて検討したい。まず会話において使用頻度が高いモダリティ表現や、文末イントネーションによって示唆される話し手の確信度の理解について検証する。日本人幼児は3歳までに話し手の確信度を表す手がかりとして文末助詞「よ」「かな」と上昇・下降のイントネーションを理解できるのに対して、ドイツ人幼児が文末イントネーションやモダリティ表現などを通して話し手の確信度を理解するのは5歳以降であることを報告する。さらにこのような言語情報を手がかりとした他者理解を、総合的な他者信頼性判断能力の一部としてとらえ、発達的な特徴を検討したい。日本人幼児は3歳までに文末助詞「よ」が話し手の強い確信度を表すことを理解できるものの、3歳児が「よ」を使う人は誰でも信じる傾向があるのに対して、5歳児は相手の立場や過去の正確さなどふまえて総合的に相手の信頼性判断ができることを検証する。

■「日本の子どもにおける誤信念理解の発達:感情理解との関連から」
内藤美加 上越教育大学

心の理論研究はこれまでもっぱら1次の誤信念理解を取り扱い,4歳頃とされる誤信念課題の通過を境に,子どもの心的理解が飛躍的に変化すると主張してきた。それはこの研究領域が,心の理解の発達には4歳以降ほとんどみるべき変化を想定していないことの現れである。さらに心の理論研究は,子どもの心的理解を信念つまり表象についての認知的な理解と同義に扱い,例えば感情や情動の理解はその研究対象から除外してきた。しかし社会的能力は当然ながら1次誤信念理解が最終到達点ではなく,その達成後も社会文化的な環境に適合するような形でより熟達していくと考えられる。さらに社会的能力は誤信念(表象)の認知的理解にとどまらず,日本語で"気持ち"と表現されるような情緒や感情状態を含んだより広範な理解を包含する。
本報告では,日本の子どもの1次誤信念理解が欧米の報告とは異なる発達を示すことを概観し,次いでそれより複雑な推論を要する2次誤信念課題すなわち再帰的な表象理解と感情領域での心的理解との関連を検討する。感情理解は,相手からみた自分の感情を操作するという点で再帰的思考が関わると想定できる感情表出ルールを取り上げた。4~8歳児を調べた結果,日本の子どもは欧米人が6歳で理解する2次誤信念を8歳で漸く理解したが,それを再帰的に説明することはなかった。感情表出ルールの理解も同様に8歳でほぼ達成された。しかしその理由づけは,主に対人圧力に基づくものから,表情を隠す動機についての再帰的視点の言及へと徐々に変化していった。さらに年齢や言語能力を統制すると,2次誤信念理解と表出ルールの理解は4~6歳では相関せず,8歳でのみ強い相関を示した。すなわち,認知領域と感情領域の心の理解が児童中期に初めて統合するということである。これらの結果を,広範な社会的認知あるいは心の理解の言語的かつ社会文化的な構成という点から論じる。

■「聴覚障害児における心の理論の発達」
東京学芸大学 藤野 博

聴覚障害児における心の理論(TOM)の発達と、それに関係する言語的・非言語的変数について検討した。聴覚障害のある幼稚園年中から小学6年生までの幼児・児童計508名を対象としてサリーとアン課題(一次誤信念課題)をアニメーション形式(動画・音声・文字提示)で個別に実施した。対象児の良耳の平均聴力は100.8 dB(SD=13.0)であった。
課題の通過率は、年中が20%、年長が23%、小1が31%、小2が38%、小3が59%、小4が63%、小5が58%、小6が73%であった。また、生活年齢、平均聴力、PVT-R語彙年齢、失語症構文検査(STA)理解・産生、標準抽象語理解力検査、語流暢性検査、質問応答関係検査、RCPMの各スコアを説明変数、サリーとアン課題の通過/非通過を目的変数とし、ロジスティック回帰分析(変数増加法・尤度比)を行った。
その結果、PVT語彙年齢とSTA産生がサリーとアン課題の通過を有意に予測できる変数として選択された。語彙理解および統語産生の発達年齢と課題通過の関係をみると、語彙年齢は3歳レベルで12%、4歳が36%、5歳が30%、6歳が66%、7歳が67%、8歳が61%、9歳が82%、10歳が69%、11歳が83%、12歳が93%であった。STA産生は3~4歳レベルで26%、4~5歳が40%、5~6歳が50%、6歳が57%、7歳が68%であった。
Schick et al.(2007)は聴覚障害児において標準的な一次誤信念課題の成績を予測できる変数として語彙理解と補文処理の力を抽出しているが、本研究の結果はこの知見を基本的に支持するものと考えられた。また、一次誤信念課題に50%以上が通過できる語彙理解力と統語産生力の発達年齢は6歳以上であると推察され、聴覚障害児はASD児の場合と同様、TOMの獲得に定型発達児よりも高い言語力を必要とすることが示唆された。