第8回 国際教育センターフォーラム [終了いたしました]
第8回 国際教育センターフォーラム
多言語・多文化環境で育つ子どもの健全な言語発達のために
―就学前・就学初期に大人ができること・すべきことはなにかー
多言語・多文化環境で育つ子どもたちの言語獲得には、周囲の大人の姿勢や期待、そしてそれに基づくさまざまな決断が大きく影響します。家庭において、乳幼児期に親が自分の母語を使って子どもとコミュニケーションをとることは、子どもが自分や相手の気持ちを理解し、表現できるようになるために不可欠です。反対に、幼児期に母語でのコミュニケーションの経験が十分にないと、子どもは就学後も感情をコントロールすることや集中することが難しくなり、学習の構えがうまく育たないことがあります。さらに教科学習を支える学習言語の発達に遅れが出る可能性もあります。
そこで今回のフォーラムでは、まずこれまでの研究をとおして見えてきた多言語・多文化環境で育つ子供たちの言語発達の特徴や課題を共有したいと思います。そしてそれを題材にして、子どもたちの就学レディネス、学校での学習に対する姿勢と成果、そして学校やコミュニティでの豊かな社会生活などを支えるために、周囲の大人ができること・すべきことを皆さんと考えていきたいと思います。
ご関心をお持ちの方々にご参加いただけましたら幸いです。
■日時: 2015年3月7日(土)13:00-16:40
■場所: 中野サンプラザ 7F研修室10
※定員に達しました
資料をご希望の方にはフォーラム終了後に資料を着払いでお送り致します。
※2015年3月6日(金)までに下記までご連絡ください
■定員: 95名 (申し込み受け付け順)
■申し込み締切:2015年3月4日(水)
■お申し込み・お問い合わせ先:
東京学芸大学国際教育センター 事務室
TEL :042-329-7727 FAX: 042-329-7722
メール : c-event@u-gakugei.ac.jp
*件名「第8回国際教育センターフォーラム申込み」とし、本文に氏名・所属をご記入ください。
■チラシ:第8回国際教育センターフォーラム.pdf
■ポスター:第8回国際教育センターフォーラム(ポスター).pdf
◆ プログラム ◆
13:00 開会
13:00 開会の辞 池田榮一 (東京学芸大学国際教育センター長)
13:10 趣旨説明 松井智子 (東京学芸大学国際教育センター・教授)
13:25~13:50 「日本で生まれた言語的マイノリティ幼児の言語と社会性の発達」
松井智子 (東京学芸大学国際教育センター・教授)
13:55~14:20 「北米都市部における多言語・多文化児童の言語発達」
権藤桂子 (共立女子大学・教授)
14:25~14:50 「多言語・多文化環境での日本人保護者の教育意識と行動」
稲田素子(立教大学・兼任講師)
―休憩―
15:00~15:50 「FIRST THINGS FIRST: 母語・継承語育成の重要性の再確認」
中島和子(トロント大学・名誉教授)
15:50~16:10 指定討論 塘 利枝子 (同志社女子大学・教授)
16:10~16:40 ディスカッション
16:40 閉会
報告の概要
「日本で生まれた言語的マイノリティ幼児の言語と社会的スキルの発達」
東京学芸大学 国際教育センター
松井智子
近年,ニューカマー定住外国人の増加に伴い,日本で生まれたり,生後まもなく日本に移り住んだりする外国人の子どもが増えている。このような子どもたちは,言語発達の最初期から,家庭で使われる親の母語である言葉(継承語)と,社会で使われる日本語(社会言語)との少なくともふたつの異なった言語環境で育つことになる。典型的に,継承語と社会言語の2言語環境で育つ子どもは,比較的早いうちから社会言語を獲得し,就学前には会話ができるくらいの言語能力を身につける一方で,高度な継承語の能力を獲得することが難しくなることが指摘されている。社会言語に関しても,深刻な問題が指摘されている。会話をするための言語能力を獲得しても,就学後に必要となる,概念的により抽象的で,構造的により複雑な学習言語を獲得することが困難な子どもが多いことである。子どもの2言語獲得に関する研究によると,第2言語の学習言語の発達の基盤となるのは高度な第1言語の獲得であるとされており,高度な継承語の獲得が達成されなければ,社会言語の高度な発達が望めない可能性が高い(Cummins, 1979)。
一方モノリンガル児を対象としたこれまでの研究は,健全な母語の獲得が,学習や思考能力を支えるばかりでなく,自己や他者の心を理解する能力や,社会的な場面で的確な判断や行動をする力、すなわち社会的スキルの発達を促進することを明らかにしている。逆に,何らかの理由で乳幼児期の母語でのコミュニケーションが十分にとれなかった子どもは,のちに自己や他者の心を理解することが困難となる可能性が高いこともわかっている。このような研究結果は、日本で生まれた外国人の子どもたちの中にも、言語の遅れとともに,社会的スキルの発達にも遅れが見られる子どもがいる可能性を示唆している。
本発表では,就学前の言語と社会的スキルの発達の関係を概観し,継承語と社会言語という2言語環境で生まれ育つ我が国のニューカマー外国人幼児の言語と心の発達について,私たちが実施した調査の結果を材料にして考えてみたい。そして乳幼児期の言葉と心の相補的な発達について理解することから,言語発達とともに社会的スキルの発達を視野に入れた外国人幼児・児童支援のあり方を検討していきたい。
「北米都市部における多言語多文化児童の言語発達」
共立女子大学
権藤桂子
北米都市部の日本語補習校を中心に日英二言語環境下で育つ児童の言語発達の状況を検討した結果をもとに、多言語多文化児童の言語発達の特徴と言語環境の影響について報告する。通常は現地校で英語による教育を受け、週に1日、日本語による教育を受けている5歳から9歳の児童16名に対して、英語と日本語の標準化テストを実施した。ほとんどの家庭では、家庭言語は日本語、社会言語は英語という環境であった。
英語力の評価には、語彙理解力、語彙表出力、文法理解力の標準化テストを実施した。日本語の評価には、語彙理解力と文法理解力の標準化テストを用いた。その結果、英語は、語彙理解、語彙表出、文法理解の3指標ともに対象児の生活年齢レベルであった。家庭ではほぼ日本語であることを考えると、学校や社会が英語環境であることが英語の習得を支えていると推測される。また、語彙理解力と表出力には高い相関があるが、理解力の方が比較的良好な発達を示していた。文法理解力については、生活年齢レベル以上の児童が半数以上いる一方で、文法理解に困難を示す児童も見られ個人差が大きかった。
日本語の語彙理解力は英語に比べ低く、個人差も大きかった。英語語彙理解力との相関もほとんど見られなかった。日本語学習の時間が英語に比べ非常に少ないこと、また、一般的に家庭での日本語語彙は限定的であることから、標準化された語彙テストを使った場合、日本で育っている同年代の児童のレベルに達することは難しいと推測される。しかし、日本語文法については、ほぼ全員が生活年齢レベルに到達していた。このことから、日本語の刺激が限定的な環境にあっても文法の理解力は発達しうる可能性が示唆された。
両言語ともに、語彙力については言語環境の影響を受けやすく、文法理解力については比較的、言語環境からの影響を受けにくいということが示唆された。
「FIRST THINGS FIRST: 母語・継承語育成の重要性の再確認」
中島和子
トロント大学名誉教授
母語とは一番初めに覚えて今でもよく使える、アイデンティティと直結した言語である。継承語は、親の母語であり、子どもが一番初めに覚えた言語であっても、優勢な現地語に押されて、劣位の立場に押しやられる親から子が受け継ごうとする言語である。母語・継承語の重要性は、(a) 民族文化伝承、(b) 子どもの人権、(c) 国の言語資源、(d) 第2言語への転移、(e) 教科学習言語能力・学力への転移など、さまざまな立場から過去40年近くにわたってその重要性が指摘されてきた。グローバル人材の育成が叫ばれる時代を迎え、複数言語のコミュニケーション能力を持った人材の必要性が増すにつれ、海外で育つ日本人児童生徒や、国内の外国人児童生徒・国際家庭児も含めて、日本の教育の構図を見直す必要があり、それにともなって、改めて母語・継承語教育の重要性を再認識することが喫緊の課題となっている。
実際に日本の国内外で、母語・継承語教育がどのぐらい、どのように行われているかというと、現実は非常に厳しい。例えば、文科省が開発した国内の外国人児童生徒のためのマニュアルやガイドラインの中に、母語・継承語の重要性に関する言及はあっても、その育成に関する記述はほとんどなく、日本語習得の過程で母語をどう活用するかに留まり、母語育成そのものの教授法は未発達である。また海外では、現地校と補習授業校という形で2言語を通して1つの学力を育てようとする海外子女教育においても、帰国時に困らない国語力が中心課題となり、複数の言語を同時に育てるというバイリンガル育成の視点に立った教材も教授法も開発されていない。
上記 (d) と (e) の立場から、最近の研究成果に基づいて、母語・継承語教育の重要性を再確認し、家庭・地域・学校の中でどのようにしたら母語・継承語の育成が可能か、またその重要性に対する認識を広め、高めるための啓蒙運動がどうあるべきかについて検討したい。