第7回 多文化共生フォーラム
多文化児童のことばと文化の獲得
―家庭での母語コミュニケーションの重要性とその支援について考えようー
東京学芸大学国際教育センター 主催
乳幼児期の母子コミュニケーションは、言葉の発達のみならず、情動や社会的スキルの発達、つまり自分や相手の心を理解する力と自分の気持ちを表現したりコントロールしたりする力の発達のために不可欠です。反対に、幼児期に母語でのコミュニケーションの経験が十分にないと、子どもは就学後も感情をコントロールすることや集中することが難しくなり、学習の構えがうまく育たないことがあります。日本在住の多文化児童の育つ環境にも、そのようなハンディに陥る要因が少なからずあるようです。
近年、日本在住の多文化児童の多くが、日本生まれ、あるいは生後間もなく来日しています。親の母語は日本語ではないため、この子どもたちは生まれるとすぐに多言語・多文化環境に置かれることになります。問題となるのは、家庭での母語コミュニケーションが何らかの理由で質的・量的に十分ではなく、子どもの母語の発達が遅れる、あるいはストップし、親子のコミュニケーションができなくなる家庭が少なからずあることです。家庭でのコミュニケーション不全は、子どもの問題行動の一因となります。
そこで今回のフォーラムでは、多文化児童の家庭での母語コミュニケーションに焦点をあて、その現状と課題、そして問題の解決に向けて、必要な支援の在り方を探りたいと思います。ご関心をお持ちの方々にご参加いただけましたら幸いです。
■日時: 2016年1月30日(土)13:00~17:00 ■場所: 東京学芸大学 S講義棟3階 303教室(小金井市貫井北町4-1-1) 参加費: 無料
定員: 70名
申し込み締め切り: 1月21日
■お申し込み・お問い合わせ先: 東京学芸大学国際教育センター 教務室 TEL: 042-329-7717 FAX: 042-329-7722 メール : c-event@u-gakugei.ac.jp ■URL: http://crie.u-gakugei.ac.jp/ |
◆ プログラム ◆
12:30 受付開始
13:00 開会
13:00 開会の辞 池田榮一 (東京学芸大学国際教育センター長)
13:05~13:15 趣旨説明 松井智子 (東京学芸大学国際教育センター・教授)
13:15~13:55 「母語が違う親子における絆形成の問題点」
山城ロベルト (ブリッジハートセンター東海代表理事)
13:55~14:35 「在日ブラジル人妊産婦のサポートシステムの構築から見えてきた生活文化」
畑下博世 (三重大学医学部看護学科・教授)
―休憩―
14:45~15:45 「母子コミュニケーションの比較発達と多文化保育」
竹下秀子(滋賀県立大学人間文化学部・教授)
15:45~16:10 指定討論 林安紀子(東京学芸大学教育実践研究センター・教授)
16:15~16:55 パネルディスカッション
16:55~17:00 閉会の辞 吉谷武志 (東京学芸大学国際教育センター・教授)
17:00 閉会
【講演概要】
母語が違う親子における絆形成の問題点
一般社団法人 ブリッジハートセンター東海
代表理事 山城ロベルト
当法人活動している浜松市が位置する東海地方には、世界的に有名な自動車産業やその下請け工場が多く、海外からの出稼ぎや企業研修などで多くの外国人が働いています。
2008年のリーマンショックや東日本大震災の後、国内の社会的環境は変化しました。多くの外国人市民は帰国し減少していますが、永住を希望する外国人市民も少なくありません。永住を希望する外国人市民は働いている地域で結婚し、子どもが生まれ、家庭を築いています。ただ、生まれた子どもは最初こそ親の言葉を聞いて育ちますが、育っていく中で、両親が共働きにより日本の幼稚園や保育園に預けられることで、日本語と接する機会が増え、また小学校にあがれば日本語を基礎とした教育を受けることになります。その中で、次第に日本語が母国語になる子どもたちが増えてきました。また日本で生まれ育つという事は日本での生活文化しか知りません。ですが親の中には日本語が全然話せない親も少なくありません。そのような家庭環境下では親と子の間に言語や文化による溝を作ってしまう事があります。
当法人の生活支援事業において、親から「子どもが何を考え、どうしたいのかわからないし、言葉もうまく通じないので、インターネットの翻訳ソフトを使って会話している。」という相談も持ちかけられたことがあります。
当法人はそのような家庭環境で育っている子どもと、そのことに悩む親の間をつなぐことが出来ればと教室運営をスタートさせました。ポルトガル語とスペイン語の2言語ではありますが、開催を実施して今年で3年目になります。
今では教室に通わせている親からは、子どもとポルトガル語やスペイン語で会話できるといった話や、母国の文化を母語で話すことができるといったお言葉も頂くことが出来ています。
この、言語支援をただ「言葉を教える」で終わるのではなく、言葉に関わる文化も一緒に学んでいく事が必要であると考えております。
在日ブラジル人妊産婦のサポートシステムの構築から見えてきた生活文化
三重大学医学部看護学科 畑下 博世
在日ブラジル人女性の妊娠から育児期までの研究とサポートを行った結果、「身内同士での支えあいは強いが、友人や近所との日常的なつきあいはない」「過酷な労働により、不規則な生活を送る」などの日常生活の実態と健康上の課題が明らかとなり、ブラジル人母子サポートマニュアルを作成した。また、在日ブラジル人妊産婦が孤立した状況にあるという結果を踏まえ、個別支援を行いながら、社会資源を効果的に結び付ける介入研究に取り組んだ。在日ブラジル人妊産婦が必要とする社会資源を利用するには、そこにアクセスするまでに「つまづき」があり、他者による「繋ぎ」を必要としていた。我々の健康相談がその「繋ぎ」の機能を果たすことにより、関係機関とのサポートネットワークがボトムアップで構築されることを検証した。
人々の健康意識や行動は文化への適応の結果であり、健康問題は、文化の違いを考慮することが重要である。ブラジル人妊産婦が日本という国に住みながら、どのようなことをストレスとして感じ、自身の状況をどう捉えているのか、また課題についてどのように対処する傾向があるのかを深く理解することにより、より個別に適した支援が行えると考えた。そこで、妊娠・出産・育児というライフイベントを経験する中で、「どのような心身の健康状態を体験しているのか、それらをどう解釈し、意味づけているのか、どのような対処行動を取ろうとしているのか」を在日ブラジル人妊産婦自身の考えや行動に焦点をあてながら分析した。その結果、【血縁の重要性と依存しない夫婦【労働力でありつづける逞しさ】【保健医療制度への低い満足度】【宗教によりもたらされる恵み】【ブラジル人社会で交流が完結】【両親との密接な関係】などが抽出され、日本とは異なる家族や親族の歴史的背景、夫婦のあり方や宗教が影響していることが示唆された。デカセギという境遇の中で、これらのことが言語習得にどう影響するかの課題提起になればと考える。
母子コミュニケーションの比較発達と多文化保育
滋賀県立大学人間文化学部 竹下秀子
人間特有の知性の進化にかかわって、子どもの発達とこれを支える養育システム、すなわち、母親とともに母親以外の他者がかかわる養育システムの意義への理解が深まりつつある。他方、その中核に存在するのが母親であることを認識し、尊重することの重要性もますます明らかになりつつある。
母胎は胎児の育つ場であり、臍帯を通じて栄養を得るとともに、触覚、聴覚に加えて視覚さえもが胎内の環境との相互作用によって発達していく。人間の胎児が脳発育において最も近縁のチンパンジーとも異なる特徴を示し始める胎齢22週頃以降に聴覚の発達が進む。胎外からの音刺激も直接摂取できるようになるといえるが、刺激の源は母親自身と母親の生活環境にある。胎児の心と身体は母親の心身とその存する環境からの刺激を糧として育つ。母語も胎児期からの母子コミュニケーションの蓄積を経てこそ獲得され、健やかに発達するといえる。
本講では、上記についての議論のほか、滋賀県内の外国人住民集住地域の保育所で育つ子どもの姿を紹介する。平日の日中は家族と過ごす時間よりも長い時間を日本語環境の保育所で育つ多言語・多文化環境の子どもたちだ。彼らの日本語習得は遅れがちであり、日本語母語児とのやりとりでトラブルになることも少なくない。しかし、同年齢の日本語母語児に比べて発話や理解が不十分な時期にあっても、子どもは自分の思いをさまざまな表現によって他者に伝えようとする。家庭で身につく母国文化特有のジェスチャーによることも多い。子どもの心身を育てる母子コミュニケーションを大切にしつつ、地域の保育所で友だちに出会うこと、信頼する保育士に寄り添われる日常を保障されることが、人間的な子育ちに不可欠であることへの理解を、彼らの育ちの実情を把握することによって共有したい。合わせて、多言語・多文化環境の母子を支える保育や社会制度が、母子コミュニケーションを支援する観点から整備される必要について考えたい。