はじめに
珪藻は細胞がガラス質(二酸化珪素)の殻で覆われたミクロの生物です。残念なことに、その実態は多くの人に知られていないのが現状です。しかし、水界に存在する珪藻細胞の量は膨大で、地球上で行われる光合成の約1/4は珪藻によるものと言われています。その種の多様性は非常に高く、様々な水環境に出現する珪藻の種数は2万以上あると考えられています。このため、珪藻は生態系の生産者として重要であるばかりでなく、水環境における指標生物としても大きな役割を果たしてきました。また、珪藻の殻は死んだ後も化石になりやすく、古環境を調べる上でも大切な生物です。
私たちは「あまり知られていないけれど」「小さくてよく見えないけれど」、私たちにとって重要であり、かつ、役に立つ珪藻を用いて、「自然界の仕組み」や「人と自然環境との関わり」を理解するための学習教材と教育プログラムを研究開発しています。
困難さの克服
教育の素材として珪藻は十分に魅力あるものです。ただ、「小さい」こと「知名度が低い」ことを克服しない限り教育の場に持ち込むことは不可能です。そこで、私たちはITを用いてこれを克服することにしました。ミクロの世界の画像はパソコン画面で表示するにはうってつけの素材です。また、パソコンを利用すればビデオも簡単に見せることができます。さらに、さまざまな情報をインターネット経由で提供することも可能です。
SimRiverの開発・・・「人間活動」と「河川水質」の関係を「珪藻」によって理解するソフト
珪藻を用いて河川の水質を判定する方法の一つに識別珪藻群法があります。この方法は東京都環境局などで15年にもわたり使用されてきた精度の高い生物学的水質判定法です。私たちプロジェクトメンバーは長期にわたり自ら得た水質と珪藻のデータに基づき、人間活動が河川水質に及ぼす影響を識別珪藻群法によって判定するシミュレーションソフトを開発しました。このソフトの特徴は、学習者自らが河川流域環境を設定し、その結果生じる河川水質を珪藻という「生物」を通して理解できるという点にあります。言い換えれば、学習者が自分で流域環境を創造し、その結果を珪藻から知ることができるソフトなのです。
SimRiverの概念図
支援プログラムの開発
そうはいっても珪藻はなじみの薄い生物です。そこで、学習を支援する多様な情報ユニットを提供し、それらをDVDにマルチメディア化し一つのパッケージ【ミクロの生物「珪藻」から川の環境を見つめてみよう】ver.2 にまとめました。ここにはSimRiverの他、動画情報として3本のビデオ、文字情報として珪藻百科、静止画情報としてビジュアルナレッジ、ゲーミングによる多様性学習をおこなうソフトSimDiversityが含まれています。
マルチメディアの概要
中学・高校および公開講座での授業の実践
本教材を用いた授業を平成14年度に4回行いました。その後、ソフトウェアおよび指導案に改良を施し、平成15・16年度に5回授業を実施しました。下図は授業実施後のアンケート調査の結果の一部です。
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改良により、よりユーザーフレンドリーなソフトウェアになったことが伺われます。また、SimRiverを用いた授業について、授業後5段階表示で評価してもらったのが下図です。こちらも、改良後は授業のおもしろさが一層アップしたことが示されています。
また、以下は授業後に自由に書いてもらった感想です。
平成14年度の高校生の感想の一例
・自分で環境を自由に作れるのがよかった。
・ゲーム感覚で学ぶと頭にすんなり入るし楽しかった。
・あっという間に授業が終わった気がした。
・こんな授業が増えたら学校が楽しくなる。授業後の調査では、多くの生徒が人間活動と河川水質の関係を、珪藻の種類の違いや数値を用いて具体的かつ客観的に説明できるようになっていました。他に行った調査結果を合わせてみると、生徒の教材に対する興味、実習への意欲、授業内容への関心、流域環境〜河川〜珪藻の関係の理解は、いずれも良好と判断できるようです。
平成15・16年度の高校生の感想の一例
・環境がよければ水質はよくなり、汚染された水に住めない生物も発生するようになるので、環境の保護は生物の保護にもつながっているように感じました。
・自分たちが住んでいる地球の環境などを考えることはとても 大切な事だということがわかりました。人間が使った捨てた物等を自然浄化や、一部の人だけで解決してもらうのではなく、一人一人が考えて、どのようにすれば、環境が今以上良くなるとか、自分にできる何かを常に探す、心がまえの大切さをしりました。平成15・16年度実施の授業アンケートからは、意欲、関心に加え、今後の生徒自身の生活変革を示唆する内容、つまり態度の変革が示されるような感想文も多く書かれるようになってきました。
誰もが使える教材を目指して
平成14年度の授業は、私たちプロジェクトメンバーが行った、いわゆる特別授業です。特別授業の場合、いつもと違うことを、いつもと違う先生が指導するわけですから、それなりに興味をもつ生徒が現れて当然といえば当然でしょう。しかし、誰もが使える教材にするためには、それなりの教育プログラムが必要です。本教材は個々の学習者による個別学習にも対応していますが、先生が行う一斉授業にも対応できるものを目指しています。そこで、平成15・16年度は現場の先生の協力の下、一つの単元の中でこの教材による活動を含む学習プログラム開発を行いました。開発には小・中・高・大の教員が関わり、それぞれの生徒と教員のニーズと発達段階に応じた階層的な学習指導プログラムの作成を行ってきましたが、教育の場面は地域や子どもによってさまざまです。今後、実践例をより多く集め、ユニバーサルユースな教材を目指していきたいと思っています。
研究開発フロー
■教材 ミクロの生物「珪藻」から川の環境を見つめてみよう ver.2 インターネット版(現在はOSがWindows XPのパソコンのみ対応、軽量版のため幾つかの制限があります)
■タイトルカットの説明はこちらをクリック →珪藻アート
■本研究開発で協力頂いた学校および社会教育機関東京学芸大学附属小金井小学校 (猿渡敦史先生)
東京学芸大学附属世田谷中学校 (岡田 仁先生)
東京学芸大学附属小金井中学校 (村上 潤先生)
山梨大学附属中学校 (石原三正先生)
神奈川学園中学高等学校 (深澤篤子先生)
東京都立両国高等学校 (内田隆志先生)
東京都立東村山西高等学校 (浦野吉正先生)
東京都立城東高等学校 (黒田淳子先生)
慶應義塾女子高等学校 (小林秀明先生)
東京学芸大学教育学部
東京学芸大学大学院教育学研究科
金沢大学大学院自然科学研究科 (石田健一郎先生)
日本歯科大学新潟歯学部 (長田敬五先生)
富山市科学文化センター
杉並区立科学館
東京学芸大学情報処理センター
■プロジェクトメンバー真山茂樹 東京学芸大学教育学部生物学科(研究代表者) http://www.u-gakugei.ac.jp/~mayama/
加藤和宏 東京大学農学生命科学研究科緑地植物実験所
大森_宏 東京大学農学生命科学研究科
清野聡子 東京大学総合文化研究科
■助成研究
河川環境教育におけるDVDマルチメディア教材を用いた学習システムの開発(平成13年度松下視聴覚教育研究財団第8回研究開発助成による研究)
河川の生態環境を学び考えるためのIT教材の開発と有効性の検証(平成14年度文部科学省科学研究費補助金「特定領域研究」による研究:課題番号14022103 研究項目A04)
河川の生態環境を学び考えるためのIT教材を用いたカリキュラムの開発(平成15・16年度文部科学省科学研究費補助金「特定領域研究」による研究:課題番号15020101 研究項目A03)