珪藻の巧妙かつ微細な殻の模様はどのように形成されるのでしょうか。殻の模様は全体が同時に作られるのではありません。形成される場所には順番があるのです。羽状類における殻の逐次的な形成過程は、チャッピーノ(M.L.Chaippino)らにより Mayamaea atomus (=Navicula atomus) で初めて観察がなされました。彼女らの観察によると、縦溝珪藻では珪酸沈着は縦溝中肋 (raphe sternum) より始まります。最初に形成される縦溝中肋の側を一次側と呼びます。次に一次側の中肋は両極で二次側へ反転し伸長します。この時,中心節の二次側から両極に向かって二次腕 (secondary arms) が伸長し始めます。その後、これら伸長してゆく二次腕と両極で反転した一次側からの中肋の続きとが融合し、二次側の縦溝中肋が完成しますが,これと同時にスリットである縦溝も完成するわけです。中肋の融合場所では間条線の並び方が幾分乱れます。この部位は『ヴォアグの欠落』と呼ばれる場所で,これが見られる側は,殻形成の二次側ということになります。間条線は二次側の縦溝中肋が完成する以前に中肋から外に向かって伸長していきます。二次側縦溝中肋が完成後も間条線は伸長を続け,まもなく間条線と間条線を橋渡しする珪酸質構造が伸長し始めますが,これは条線を構成する胞紋間の壁となります。

 コバンケイソウ属 (Surirella)ではピケットヒープスらによって縦溝中肋形成後の殻の全体的な形成過程が観察されています。ここでも最初に縦溝中肋が形成されますが,縦溝がほとんど殻を一周するように配置しているため、縦溝中肋はループ状に形成されます。そして間条線はそこから両側に伸長していくのです。完成した殻を見ると,中央部より左右対称に条線構造が発達したように見えますが,実際は違っていたのです。

 ピケットヒープスとティピットらはササノハケイソウ属 (Nitzschia) およびユミケイソウ属 (Hantzschia)の種において細胞の超薄切片に基づく形態形成の研究を行い、珪酸沈着胞と微小管重合中心の挙動により4タイプを報告しています。これらの属では縦溝は殻の中心部にはなく殻面と殻套の接するあたりに位置しています。細胞質分裂直後、3つのタイプで珪酸沈着胞は細胞の中心部の分裂溝のすぐ下に形成され始めます。残りのタイプは殻套近くで形成され始めます。この後、ササノハケイソウ属のものでは珪酸沈着胞は娘細胞間で、お互い反対方向へ分かれるように移動しますが、ユミケイソウ属ではお互い同じ方向へ移動するのです。

単縦溝類の新殻形成の順序だった観察は、小生がツメケイソウ属の種類 (Achnanthes minutissima var. saprohila)でおこないました。その結果、縦溝を持った殻の形成の仕方はチャッピーノが観察したMayamaea atomus (=Navicula atomus)のものとまったく同じであることがわかりました。ところがもう一方の縦溝の無い殻も、途中の段階までは縦溝のある殻と同じように作られていたのです。つまり縦溝の無い殻においても最初は縦溝が中心部と両殻端部で形成されるのです。次に中央部では縦溝の部分に珪酸が沈着して溝が消失します。しかし,両殻端部では縦溝は消失することなく殻が形成されていき、ヴォアグの欠落に相当する部位も形成されるのです。最終的には殻端部の縦溝も珪酸の沈着により消滅し、無縦溝の殻が形成されます。

単縦溝類の殻形成における珪酸沈着胞と微小管重合中心の超薄切片観察はピケットヒープスらによってアクナンテス・コアルクタタ (Achnanthes coarctata) でなされています。この種の無縦溝殻の中肋は殻面と殻套の接合域にありますが,興味深いことに殻の形成初期には無縦溝殻の珪酸沈着胞は縦溝殻のもと同様に細胞の中央に位置しています。しかし,無縦溝殻の珪酸沈着胞はやがて殻套方向に移動し,最終的に殻面と殻套の接合域に中肋を持つ殻が形成されるのです。

羽状珪藻の無縦溝類については,やはりピケットヒープスがイタケイソウ (Diatoma) において研究を行っています。この種の珪酸化は中肋域から開始し,ついで側方に向かって間条線が伸長していきます。この種で興味深いことは,微小管重合中心の動きと唇状突起の位置関係です。細胞分裂後,細胞中央部に位置していた微小管縦溝中心は親の殻の唇状突起のある極とは反対の極に向かって移動をします。これは分裂した2つの細胞質の微小管重合中心についていえば,お互い離れ合う方向への移動です。そして形成される新殻では,それが移動した場所に唇状突起が形成されます。

 

 

 中心類珪藻について、シュミットは2つの属の種類について詳細な研究を行っている。れはタラシオシラ属(Thalassiosira)とコスキノディスカス属(Coscinodiscus)である。前者では新しい殻は貫殻軸方向に細胞内から分裂溝の方へ外側に向かって作られるのに対し、後者では反対に分裂溝の方から内側に向かって作られていた。リーはキートケロス属(Chaetoceros)、オドンテラ属(Odontella)、ステファノピクシス属(Stephanopyxis)、ディチルム属(Ditylum)などの種について形成中のさまざまな段階の殻の全体像を多くの写真と見事な立体スケッチで示している。中心類珪藻は殻面の中央部でまず最初にドーナツ形に珪素が沈着し、そこから周囲に放射状に珪殻化が進んでいく(図36)。この珪素沈着開始部位を環(annulus)と呼ぶ。羽状類珪藻の中肋と、中心類珪藻の環は、共にここから間条線が伸長し殻の模様を作っていくのでパターンセンター(pattern center)とも呼ばれる。