小学校臨床における心理教育(Psychoeducation)プログラム実践研究の展望
A類学校教育3年 増山 扶美子
第一章
第一章 本研究の意義
第一節 はじめに
現在学校という教育現場には養護教諭以外に、スクールカウンセラーや学校心理士が関与し教職員と連携して心理教育が進められている。専門家の後ろ盾がなければ行い辛いとされがちではあるが、すべての現場職員が積極的に安心して心理教育に携われるようにすることが、専門家の役割とも言える。しかし現場ではこの傾向に難色を示したり渋ったりするという現状がある。手を出しづらいというだけでなく、そこまで改まって考える必要性がないという考えもあるからかもしれない。けれども、アメリカでは早くからガイダンスカウンセラーを初めとして、スクールカウンセラー、スクールサイコロジスト、スクールソーシャルワーカーなどによる国家認定を受けた専門家が現場に入って担っている。専門家が学校現場に介入し、教職員と共に子どもたちの問題に向き合っていくことが必要とされているのだ。その必要性は日本も例外ではないと言える。現在日本の教育現場ではかつて無いほどの変化に見舞われ改革を迫られている。そこでその原因は子どもが変わったことや、社会が変化したことなどと多様に述べられているが、大切なのは“ではどのようにして「荒れ」や教室の変化に対処するか”ということだ。本研究では、それを探索し、困難を極める現場での実践に役立つものとすることを目指す。
第二節 研究の意義と目的
平成11年度に教育指導要領が改訂され、「心の教育」の大切さが提唱されるようになった。それ以前から子どもの心理教育に注目して実践を積んでいた臨床家たちや現場の教職員がいたが、ここに来てすべての現場教職員の方々もこのテーマに正面から取り組まなくてはならなくなった。ところがまだ日が浅いということもあり、現場で何をすべきでどういう方法があるのかという理論が確立されていない。そこで今まで行われてきた実践を整理し、これからの課題と理論を考察することは、大変意義深いと言える。
第三節
心理教育の定義
本研究では、学校臨床における心理教育(Psychoeducation)について論じるため、心理教育プログラムやストレスマネージメントなどの予防的な試みに絞る。カウンセリング・セラピーグループと、心理教育プログラムとを比較して分類すると、表1のようになる。
表1.心理教育プログラムとカウンセリング・セラピーグループの分類(1998,Nina W.rown)
心理教育プログラム |
カウンセリング・セラピーグループ |
@ 教訓的な教授を重視する。 A 計画立てて活動を構成する B 目的は指導者によって決められる C リーダーは司会進行者として管理する D 予防に焦点を当てる E メンバーの選別は行わない F グループ内の人数に制限を設けることは出来ない G グループは非常に大きくなり得る。(50人とか) H 自己開示は受容されるものであり、強めたり目的の中心となるものではない I プライバシーや守秘義務は重要な主眼点ではない J セッションは一回に限定される K 作業の機能性に期待する |
@ 経験や感覚を重要しする A 計画などは立てない B グループのメンバーが目的を定める C リーダーが導き、介入し保護する D 自己覚識(self-awareness)治療に焦点を当てる E グループの選別や方向付けは開始時に重要である F グループ内の人数に制限を設けられる G 大抵5〜10人程度に制限される H 自己発見が期待される I プライバシーや機密性は重要な基本要素である J 何回かのセッションから成り立つ K 機能の修正は作業を越えて重要視される |
学校臨床において、心理教育の実践者はスクールカウンセラーや養護教諭、そして教師となる。そのため、必ずしも資格を有しなければ試みることの出来ないプログラムよりも、研修や説明を受ければ誰でも実践可能なプログラムを対象とする。
また、心理教育的援助サービスとは、一人ひとりの子どもの学習面、心理、社会面、進路面、健康面の問題に光をあてて、これらの面から援助を行うことによって、子どもを理解するものである。学校における心理教育についての定義はさまざまな所で定義されているが、リーバントによると、心理教育とは「個人の精神、心理状態についての心理学的知識の獲得、精神、心理的または、対人関係上の問題解決スキルの獲得を通じて、これらの知識・技能が、現在及び将来における問題の解決に役立つことを目的とした、学級内すべての生徒児童、及び彼らを取り巻く重要な他者を対象とする、実証的心理学を基礎とした、個別的ではなく集団的、環境調整的なアプローチを中心とした、主として教育実践者にようって行われる教育活動」であるとしている。
これに基づいた心理教育的援助サービスは3段階のサポートから成る。一つ目が一次的援助サービスで対象は「すべての子ども」であり、基礎的な援助ニーズや多くの子どもがもつと考えられる援助ニーズに応じることを目指すものである。分類としては、子どもが課題に取り組む能力の開発を援助するもので、問題解決に活用できる子ども自身の資源(自助資源:例えばストレス対処能力)の開発を積極的に援助するサービスである成長促進的援助や多くの子どもが出会う課題、例えば入学時の新しい環境への適応に対する準備をし、問題状況が子どもの成長を妨害したり、危機状況に子どもを追い込むことを予防することの援助に重点を置く予防的援助がある。二つ目が二次的援助サービスであり、対象は一次的援助サービスプラスαの援助を必要とする「一部の子ども」である。彼らの問題状況に対して、子どもの問題が大きくなり過ぎて子どもの成長を妨害しないようにする予防的援助であり、教職員が子どものSOSを適切にとらえ、適切な援助をタイムリーに行うことが鍵を握る。3段階目が三次的援助サービスであり、対象は特別な援助が個別に必要な子どもであり、重大な援助ニーズを抱えている。
本論では、予防的援助サービスに焦点を当てて論を進めていく。
第二章
心理教育研究
第一節 心理教育の原理
現在までに作成されている心理教育プログラムの背景になっている理論は、行動療法理論など一部の理論を除いて、多くの心理療法理論、もしくは発達理論において、人間が辿る成熟の方向がモデル化されている。このようなモデルに照らし、発達を促進するように作成されたプログラムが心理教育プログラムである。以下に示したものがモデルとなっている理論である。
表2.心理教育の原理
行動分析理論 自我心理学理論 個人心理学理論 交流分析理論 認知行動理論 |
グループ・エンカウンター 社会的スキルトレーニング 論理情動療法理論 構造派家族療法理論 ストレス理論 |
L.コールバーグの発達理論 E.エリクソンの発達理論 |
第二節 心理教育(Psychoeducation)と学校
第一項 学校現場で子どもが直面する課題
小学校現場ではさまざまな教育病理がはびこっているが、現場を司る教師たちは昔に比べての子どもの変化を問題に取り上げている。また、子どもたち自身が感じる学校の居心地というのも決して良いとは言えないようである。そこで教師の目から見た子どもの様子と子どもたち自身が感じている学校の居心地について述べる。
〔教師の目から〕
ベネッセ教育研究所の調査による「学級の荒れ」の原因追跡では、教師の目にうつる子どもの変化が挙げられている。多くの教師が子どもたちが昔と比べて変わったと感じていて、「自分勝手で協調性に乏しい子どもが増えたことが荒れの底流にある」という指摘がされている。教師たちが最近の子どもの特徴をどうとらえているかというアンケートでは、71%の教師が「物を粗末にする子」が多くいると答えており、次いで64%の教師が「家庭で基本的なことがしつけられていない子」が多いと感じている。さらに、54%の教師が「ストレスがたまっている子」が多いと感じており、3割以上の教師は「自己中心的で周りの人のことを考えない子」や「親からの愛情不足の子」や疲れていて元気のない子」が多いと答えている。教師たちは最近の子どもたちに、「基本的なしつけに欠け、やる気が乏しく、自己中心的な子どもが多い」という印象を抱いているらしい。また、10年前と比べ、我慢強さやモラルが低下し(耐性の欠如)、友達を思いやる心が乏しくなってきたという実感があり、集団内での行動になれていない子どもたち(集団性の欠如)の増加が土台にあるらしい。これらが子どもたちの不適応に影響して「学校の荒れ」の一要因となっていると考えられてきている。
〔子ども自身が感じる学校の居心地〕
学校にいるときの子どもたちの気持ちを探った調査では、6割近い子どもが「友達から自分がどう見られているか気になる」と感じており、友達の目を意識していることがわかる。ヒアリング調査では、「学校では友達と同じようにしている」「友達より目立たないようにしている」「友達が内緒話しているとき、自分の悪口を言われているのではないかと、気になる」など、友達を意識した言葉が多く見られた。子どもたちは休み時間を最も楽しい時間と考えているが、楽しさを維持するために友人関係にはかなり気を遣っているようである。特に女子の方が、友達関係の不安定さや難しさが感じられる。
学校に行くのが楽しみかどうかという質問では、学校が楽しくない子は43%と4割を超える。子どもたちの学校生活は充実感より不安や緊張感を伴っているようである。教室で居場所のない子どもは友達関係でも孤立しており、学業成績も困難を極め、担任との関係も悪い。学校が安心して居られる場でないと感じる子どもに対して、学校はなんらかの手立てを講じる必要があろう。
第二項 心理教育の必要性〜学校危機〜
学校が本来果たすべき役割とは、岡本によると「子どもたちや教師たちが安心して学校に通い、授業に取り組めること、また、教師と生徒及び生徒同士という人間関係を無事に結んで互いに育ち合える場であることなど」と述べている。この機能を危うくするものとしては、少年による暴力やいじめなどの事件等の発生、不登校の著しい増加傾向、社会の変化に伴う子どもたちの変容や「学級の荒れ」、自然災害の発生による学校機能の低下などを挙げている。そのような学校危機において、心理臨床の立場から子ども理解を図ることは、重要な機能を果たす。又、子ども理解を望む教師もとっても同様でストレスの強い状況下では、職種の異なるカウンセラーと話すことで教師がほっとした思いをもつこともある。
また、石隈は「学校は子どもの生活と成長をサポートするヒューマン・サービス機関である」と述べている。そういった立場では学校生活における子どもへのトータルなサポートして学校保健、学校教育相談・スクールカウンセリング、「障害児教育」などさまざまな立場があるが、一人ひとりの子どもの学校生活における問題状況の解決と成長の促進を目指した教育活動を担う場として捉えている。それならば、子どもが抱えるその問題の解決策を論じる場合問題自体の特性を知らねばならない。石隈は子どもにとって、悩みは一つの複合体であると述べている。例えば、一つの面での援助が他の面へも影響していくということであり、健康面の援助は心理・社会面での援助にもつながったり、不登校で引きこもりがちな子どもの援助において、起床・睡眠の生活リズムなどに関する健康面での援助あるいは健康面からの援助は大きな鍵を握るということである。このような立場に立った支援、心理教育的援助は毎日子どもの様子を継続して目にする学校に適用しやすいサービスであると言えよう。先述した子どもの「耐性の欠如」や「集団性の欠如」といった傾向により子どもたちが不適応を起こしているのならば、それを問題と捉え心理教育的援助を行っていくことが解決策の大きな貢献になることが予想される。
心理教育は現在の問題のみではなく、将来の問題の解決をも意図しておりそれが予防的援助サービスの視点である。すなわち「エンパワーメント」の視点を持っており、学級集団に格別の「問題」が生じていない場合、心理教育的手法が主に目的とするのは生徒の「エンパワーメント」という考え方が支配的になるつつある。(Hayaes 1993)
エンパワーメントとは、個人や集団が、より力をもち、自分たちに影響を及ぼす事柄を自分自身でコントロールできるようになることを意味する。
第三節 予防的心理教育の種類と効果
第一項 学校グループアプローチ
学校グループアプローチとは(SGA)とは、「学校教育に携わるすべての教師が、とくにカリキュラムの中で実施可能なグループアプローチの総称」であり、現在までのところ、以下の19アプローチがSGA研究会で抽出されている。
@ベーシックエンカウンター A構成的グループ・エンカウンター Bニューカウンセリング C学校グループワークトレーニング Dピア・サポート・プログラム Eソーシャルスキルトレーニング Fセルフアサーショントレーニング G対人関係ゲーム・プログラム Hフィークスプログラム Iストレスマネジメント教育プログラム |
J学校文化作り Kプロジェクトアドベンチャー Lネイチャーゲーム Mライフスキル教育プログラム NVLF思いやり育成プログラム O多様性トレーニング PERIC国際理解教育プログラム Qユニセフ開発教育プログラム Rアンガーマネジメントプログラム |
これら19アプローチは、ライセンス方式ではなく、特定の資格がなくても学校教育の中で一般の教師が実施可能な開放制のアプローチである。もちろん、それぞれのアプローチに関する十分な研修や指導を受けた上での実施が望まれるが、いずれもが、子どもたちの思いやり特性(向社会性・共感性・愛他性など)の育成を目指したグループ体験重視のプログラムによって構成されている。またこれらは、以下の2種類に分類される。
1.グループカウンセリング系
人間性の回復を目指すC・ロジャースの流れのいカウンセリング理論の影響を強く受けたアプローチ群。代表例としては構成的グループ・エンカウンターが挙げられる。
2.グループワーク系
現代社会の中で希薄化してきている”我々感情”の回復と組織開発、さらには、組織変革を目指すK・レヴィンの流れのグループダイナミックス理論の影響を強く受けたアプローチ群であり、代表例としては学校グループワークトレーニングがある。
以下にいくつかの実践例を示す。
(1)構成的グループ・エンカウンター
耐性の欠如に効果のある、人間関係(リレーション)を狙った実践がある。桜井は、「がまんできる・できない」という現象を「フラストレーション・トレランス(フラストレーション耐性)」という観点から検討している。人間には生来欲求があり、なんらかの障害があってその充足を阻止された場合、人間は不快感を持つ。その時感じるのが、フラストレーション、つまり欲求不満である。そのフラストレーションに耐えるのが、フラストレーション耐性であり、これの高い子どもはがまんの出来る子、低い子はがまんの出来にくい子ということになる。多くの人が人間関係においてフラストレーションを感じ子どもも例外ではない。そして人間は人間関係(リレーション)があるとき、フラストレーション耐性が高まるという側面がある。学校において、どのように人間関係を作り、フラストレーション耐性を高めるかについての研究を紹介する。
國分は「構成的グループ・エンカウンターを実施することを通して、人間関係を作ることができる。」と述べている。構成的エンカウンターの進め方としては、
<オリエンテーション>
<ルール>
<エクササイズの実施>
<シェアリング>(感想を述べあう。)
の順に進めていく。
エクササイズとは、心理面の発達を促す体験学習の課題であり、構成的グループ・エンカウンターはエクササイズが主になって展開される。シェアリングでは、最後の話あいをしっかり行い、児童との炊く主やあいさつなどを行うことにより、感情の整理をさせる。
ある実践で、構成的グループ・エンカウンター実施前と実施後で子どもへのアンケート
調査をお子なたったところ、図1のように、児童相互の関係(6項目)が3%高くなり、教師・児童の関係(6項目)は10%近く高く、我慢強さ(6項目)についても10%近く高くなった。
(2)ピア・サポート・プログラム
ピア(Peer)とは、同年代の仲間、同輩を指す言葉で、サポート(Support)は、支える、支援すること意味し、不安や悩みや問題を抱える人に対して、支援するための援助法を学んだ専門家ではない仲間が、困っている仲間を助ける仲間同士の支え合いの活動のことである。カナダのスクールカウンセリングの中から生まれたものといわれる。
石川県教育センターの徳田氏によって昭和59年頃から始められた。亀口氏によって東京大学附属学校で実践が進められている。ピアサポート、ピアヘルピング、ピアカウンセリング等の名称で呼ばれる。
【実践例】
○上市町の実践○
以下の2つの領域から成り立っており、6年生対象で取り組んだ。
6年生が1年生のお世話をするというピア・サポート・プログラムによって6年生の意識は般化し、相手が自分に望むことを意識できるようになったと報告されている。また、6年生が1年生の世話をするというとなんとなく1年生に合わせて6年生が我慢するといった印象を持ちがちであるが、実際にはお世話をすることを通して、こまやかに、そして真剣に人と接することができる力を育むことが出来たようである。
(3)ソーシャル・スキルトレーニング
「ソーシャル・スキル」とは、対人関係を営む技術、コツのことです。ソーシャル・スキルには、挨拶の仕方や話の聴き方、謝り方など、「かかわり方・配慮の仕方」など多数のスキルがある。ソーシャル・スキルの構成要素として、相川は次の4つの内容を挙げ、人間関係に関する基本的な知識と、人間関係に関する具体的・実践的な方法を教える必要があるとしている。
@ 人間関係についての基本的な知識
A 他者の思考と感情の理解の仕方
B 自分の思考と感情の伝え方
C 人間関係の問題を解決する方法
ソーシャル・スキルトレーニングの展開例としては以下のようなものがある。
@.インストラクション
教えようとするスキルがなぜ重要なのか情報を与える。
Aモデリング
教えようとするスキルの例を示す。
B.リハーサル
適切なスキルが身に付くように、役割演技などによって繰り返し練習する
C.フィードバック
モデリングやリハーサルで示した行動に対して、もめたり修正したりする。
D.定着化
身につけたスキルが日常生活で実践されるように、課題を与え取り組ませる。
【実践例】
―わたしのお願い聞いて―
インストラクションで人は頼むということをしないと生きていけないということを説明し、モデリングで丁寧な頼み方を示し、リハーサルでロールプレイを行い、フィードバックで断ることの大切さも伝えて定着化で日常生活でもオア互いを尊重するような頼み方、断り方に心がけて、実行するように伝える。
(4)アサーション・スキルトレーニング
ソーシャル・スキルトレーニングの一種。アサーションとは、「自分も相手も大切にするコミュニケーション」の意味。つまり、相手のことを大切にしながらも、自分のことを大切にした「自己主張」の仕方をトレーニングするのが、アサーショントレーニングである。
【実践例】
―自分の気持ちを率直に伝える―
セリフをつくり、アサーティブな表現を目指すやり方のDESC(客主提選)を使って自分の気持ちを素直に伝える実践。やり方としては、最初にお互いが共通認識できるD(事実)を述べ、次に、気持ちや状況(E)を伝え、提案(S)を行い、相手がその提案に対しての反応によって選択(C)を行うものである。自分である場面に対して、DESCを作ることで自分のしたいことがはっきりわかるようになり、具体的にどのようにするかという方略を考えることができる。
(5)対人関係ゲーム
対人関係ゲームとは、それに参加することによっていろいとな人間関係を経験するゲーム(遊び)のことである。そして人と人とをつなげ「群れ」として機能するように集団づくりをするために対人関係ゲームを系統的に構成したものを対人関係ゲーム・プログラムという。対人関係ゲームの種類を表3.に示す。
@関係をつけるゲーム(関係付け) アドジャン・ジャンケンボーリング・木とリス・探偵ゲーム A他者と心を通わすゲーム(心の交流) わたしの木・森の何でも屋さん・スクイグル・名前の由来・ユアストーン B集団活動の楽しさを実感するゲーム(集団活動) 凍り鬼・人間知恵の輪・人間いす・カモ―ン C他者と折り合いをつけるゲーム(折り合い) 新聞紙タワー・住宅問題・みんなでコラージュ・集団絵画 D 集団の構造・役割分担を体験するゲーム(「群れ」) くまがり・かかわり活動・(特別活動) |
表3. 対人関係ゲームの種類
対人関係ゲームの活用法としては、ますその学級ができそうなゲーム(遊び)から始めることである。初期は、みんなでルールを守って遊べることを重視する。そして学級全体で楽しい雰囲気を味わったり、楽しい体験を重ねたりすることが大事になる。ある程度まとまりのある学級ではゲームの順序性(表4.)を考慮しながら、プログラム化していく。一方、まとまりに不安のある学級や対象児を集団に引き入れるねらいがある場合には、抵抗の低いものから始める。
表3. ゲームの順序性
集団参加を個人が調整できるものから始める 運動量の多いものから始める 楽しいゲーム性の高いものから始める |
かかわりの質と量を段階的に高める 段階的に高度な社会的スキルを導入する |
(6)モラル・スキル・トレーニング
モラル・スキルトレーニングとは、ソーシャル・スキルトレーニングに道徳的な善悪・正邪の視点を加え、技能取得を目指した指導である。外的行為の学習からやがて心が育まれることを目指したものである。
【実践例】―対象小学校高学年・道徳の授業―
プログラム作成:学校生活で問題と思われる具体的な場面を選定し、児童から見て現実的なものか検討するために、児童に自由記述のアンケートを実施し決定。
(ex.お礼を言うべき時に言いそびれた場面、迷惑をかけて謝りそびれた場面)
展開:ソーシャル・スキルトレーニングの技法に倣い問題解決学習のスタイルをとる。(表4.参照)
表4. モラル・スキルトレーニングプログラムの展開
No. |
学習段階 |
学 習 内 容 |
1 |
問題の共有化 |
学校生活の中で起こりうる問題場メの提示に対して、どこが問題なのか意識を持つ。そして、類似する場面は誰の周りにもよくあることを知り、本時学習課題を持つ。できるだけ短時間でできるようにする。 |
2 |
モデリング |
教師が児童と共に再現した問題場面に対して、問題点を感じ取り、望ましい行動の要点を考え合い、理解する。 |
3 |
リハーサル |
小グループに分かれ、行動の要点を意識したり、その場面での気持ちを感じとる。 |
4 |
振り返り |
今までの行動や本時を振り返り、実施ぁの行動に生かそうとする意識をもつ。 |
方法:道徳性診断テストをプログラム前と後で行い、変化を見る。
結果:男子に限ってだが、道徳的な行動力を高める傾向が見られた。
第二項
自己と心理教育
1.児童の発達における自己認識
「自己」の問題は対人関係や個人の思考スタイルと密接に関わっており、「自己」に焦点を当てた予防的心理教育は児童の日々の生活にとても重要な役割を担う。人が「自己」をどのように認識するかという研究で高田が行った“自己が認識される契機”研究では、自己観察によって「自己」を認識することが多いことが、明らかとなった。また、外山の研究では、子どもは年齢と共に直接的な比較を避け、より間接的な比較を通して自己評価をするようになっていくことがわかった。そこには比較によって相手を傷つけたり、自分が傷ついたりという経験が関わっているようであり、今後の自己像の形成に大きな影響を及ぼす。
2.自己に関する心理教育実践例
自己に焦点を当てた心理教育プログラムは多数作成されていて、第一項にて記述した各プログラムを使って実践を行っている研究もある。ここでは、それらとは異なる方法での実践を紹介する。
(1) セルフモニタリング
中川・守屋は「大造じいさんとがん」を教材とし、学習のモニタリングを促進する授業を行った。モニタリング自己評価表を採用し、小集団での討論を組み込んだ。授業後統制群と比較したところ、モニタリングを受けた群の方が内発的動機付け指標のスコアが高くなった。
(2) 自己効力感
自己効力感が高いと、動機付けが高まるとされていて、学習場面においても自己効力は重要な役割を果たす。学校に不適応を起こす児童は、学習面においてもつまずきが見られるという傾向もある。そこで、自己効力を高めることによって、不適応を起こさないように心理・学習面と両面からのアプローチを図ることができよう。
高橋による自己肯定感を促す授業により、自己意識が肯定的になったとの報告がある。松村・山崎による「セルフ・エスティームに満ちた性格形成」を目指すプログラムでは、怒り感情や抑うつ感情のコントロールに力点を置いて実施したところ男子にのみ効果が現れた。これらは、適応的な自己の形成を支援する実践だといえよう。
(3) 自尊感情
内藤(1999)によって、「豊かな心の育成にかかわり、自分とは異なる生き方をする人々
に対して、偏見を持たずに理解し、受け入れるためには、自分への基本的な信頼や自尊心が関わる」と述べられている。すなわち自尊感情の高い子どもは様々な立場の人への思いやりの心が働くということであり、子どもの積極性を育て他者を尊重する心を生み出すことができる。
尾身(1999)は、ケアリング道徳「応答」プログラムの実践を行った。「ほめる、ほめられるトレーニング」をし、進んで応答を行おうとする心情を育てることと、身近な友達から応答を受けることでケアリング行動を行おうとする心情を育てることがねらいだ。結果はこのプログラム授業は自尊感情を高めるために有効であると判明した。
第三章
まとめと全体的考察
第一節 心理教育研究の成果
学校現場における心理教育実践研究は、スクールカウンセラーや学校心理士といった専門家と一部の教師によって進められてきた。そこで専門家でない一般的な教師も行うことのできるプログラムが開発されることによって、広く心理教育が進められていくことが期待できる。現場教師にとって、学級を作っていく際に各々子どもたちにこうなって欲しいという願いがあるであろう。学級全体で問題を抱える場合もあるであろうし、誰か一人の子どもが抱える問題が学級に波及する場合もあるであろう。また問題が生じそうであると感じて教師が危機感を覚えることも日常的に起こりうる。そうなるとどうにかしてその問題を解決しよう、予防しよう、良い方向にもっていきたいと子どもにダイレクトに接している教師は強く感じるようになる。そうなった際にどうしたらいいのか、その手法・手立てを知っている場合と何も知らない場合とでは対応の困難度が異なってくる。忙しい教師にとって、手軽にといったら語弊があるかもしれないが、自分で行える手立ての選択肢として所持できる程度のプログラムがあれば、何もできなかったり気付かなかったりという最悪の結果は免れるであろうことが予想される。
心理教育研究はこのようなニーズに対して積極的に答えることのできる研究であると言える。すべての教師が関与可能な、意識を高めることのできる心理教育は今後ますます必要性を高めていくであろう。
第二節 今後の課題と将来的展望
今回の調査で学校現場における心理教育の有用性が改めて実証された。にも関わらず、その実践数を見るとまだまだ少ない。その理由に考えられるのが、心理教育『心の教育』の重要性が叫ばれるようになって日が浅いせいもあり、あまり浸透していないということ、そして専門知識がないせいか実践しづらいという点が挙げられる。心理教育というと、専門家の介入・支援・スーパーバイズが欲しいところであるが、公立中学校では2000年からスクールカウンセラーの配置を徹底することが決まったが、小学校に至ってはまだであるため、困難である。
本来心理教育は特別にカリキュラムを組むのではなく、日常の学習活動の中で逐一配慮されながら断続的に行われていくべきなのかもしれない。けれども指導要領の改訂に伴い、授業時数が削減されその時間内で教科の内容の充実を図ろうと現場は躍起になっている。それに加えて新しく総合的な学習の時間が開始され、心理教育を意識した授業展開を専門知識を有しない教師に託すのはなかなか難しいことであると言えよう。ところがそのままでは現在問題となっている児童の生き辛さへの対応ができない。そこで特別に心理教育を行う時間を設けて、特に免許や資格の必要のない心理教育プログラムを教師自身が進めていくことが解決策の一つとなりうるであろう。また、専門家の配置も充実を図り、各学校での心理教育への理解を促していくことが重要である。専門家でない教師が行えるプログラムだからといって、気軽に実践することは極めて危険である。事前に研修を受けるなどしてそのプログラムについて入念に調べ知っておく必要がある。そこで今後は研修制度の徹底や実践研究のさらなる発展が求められる。
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