「音楽の情緒的性格と音楽聴取によって生じる人間の情緒と、性格への影響」



N98−6126 鳥山大地
(心理臨床・カウンセリング)





第1章 本研究の目的



 私たちが音楽を聞く理由の一つに、あらゆる種類の音楽作品が何らかの感情的性質を持ち、それが私たちの感情を喚起するということが考えられる。映画やTVドラマの重要場面で用いられる音楽などは、視聴者すべてに同じような感情的効果を与えるよう、特に考えられて作られているといえるだろう。もちろん、同じ音楽作品を聞いても人によって呼び起こされる感情の性質や強さは完全に同じではないし、同じ人が同一作品を違う状況で聞いた場合にも異なる感情が喚起されることもある。音楽作品の聴取から実際に感情が生起するまでには、実に多くの要因が関与しているためである。それらは、お互いに完全に独立してはいないものの、大きく分けると4つのカテゴリーに分類できる。

@ 個々人の性格、音楽的好み、聴取態度などの個人的特性。

A 音楽を聞く際の内的な心理状態とでもいうべきもので、その時の気分、悩み事の有無など。

B 生演奏か録音か再生装置の特性、音量など、いわば音響的環境である。

C 音楽と同時に生起している事象、例えば映画の画面や会話の内容、との相互作用。
                                                     (谷口、1995)
 このように多くの要因が存在するにもかかわらず、音楽作品に対する感情的反応には、個人差などを越えたある程度の共通性があることも、また事実である。よって、多くの人がある曲に涙したり、勇気付けられたりということが起きるのである。本論文では、そうした音楽の感情的な側面に注目し、音楽と感情に関わる心理学的な研究方法や先行研究の研究結果を紹介するとともに、その分野におけるこれからの展望と研究について検討していこうと思う。



第2章 音楽の感情価と感情反応に関する先行研究の概観



 音楽作品や、その聴取によって生じる感情を測定する手段としては、形容語の評定やSD法などの言語を用いた質問紙法、色パッチやさまざまな表情をした顔の絵から適当なものを選択する非言語的な方法、脳波やGSR(電気皮膚反射)などの生理的方法などがある。ここでは、広く使われている質問紙法について、具体的には形容語チェックリスト、SD法、形容語の単極評定についての先行研究を紹介する。

 

第1節 形容語のチェックリストに関する研究



 チェックリスト法とは、評定法の一種であって、基本的には、評定者がパーソナリティや行動の特徴を記述した複数の評定項目からなるチェックリスト中の各項目ごとに、評定対象の個人が該当するか否かを評定していく方法である。チェックリスト法は、性格評定、行動観察、人事考課、種々の教育現場等の多くの分野で用いられている。

 各項目は単語の類から文章による陳述まで様々ありうるが、あまり長くせず、全項目の長さをそろえることが好ましい。ちなみに、全項目が形容詞である場合、特に形容詞チェックリスト法(adjective check list method)という。また、項目の数が多いことが評定得点を比較的信頼性の高いものにするという性質がチェックリスト法にはあるので、評定者の負担にならない範囲で、項目数を多くすることも必要である。

 評定者はおのおのの項目ごとに、評定対象が該当するか否かのみの判断を行う。この点で、評定者の判断上の負担が少ない評定法といえる。ただし、チェックリスト法では、等限間隔法という項目に尺度をつける方法を用いない限りは、評定ないしは観察対象のパーソナリティ特性や行動の程度や強さは評定できない。これが、チェックリスト法の短所というか特徴といえるものである。程度や強さを評定するためには、「判断不良」、「判断やや不良」、「判断常に良」などの項目中に程度や強さを表す語句を使用することもある。

 チェックリストは様々な長所を持つ評定法であるが、その信頼性と妥当性は、チェックリストの項目内容に大きく依存しており、実施に際しては、使用する項目を十分検討しておかなければならない。また、信頼性を高めるためには、複数の評定者に評定を求めることが望ましい。

 まず、形容語のチェックリストによる音楽の感情的表現の研究では、Hevner(1936)の研究が代表的である。Hevnerは、66の形容語を8つの群に分類し、それを円環状に配置したチェックリストを作成した。各群の中の形容語はお互いに類似性が高く、隣り合う群はやや関連するが類似性はそれほど高くない。そして、円環の反対側に位置する群の形容語は反対の意味を持つように並べられている。Hevner(1936)の最初の実験では、被験者に性質の違う5曲を聞かせて、上記の形容語のリストからそれぞれの曲をよく表現していると思う形容語を、好きな数だけ選んでチェックさせた。各群の形容語の選択数を集計して図示しているが、各曲の特徴がプロフィールとしてよく表されている。なお、Farnsworth(1954)は、Hevner(1936)のチェックリストは内的一貫性を欠いていることを指摘して、50の形容語を選び出して、内的整合性を高めた10群に分類し直しているが、そこでは群の連続性や対極性を認めていない。
 

第2節 SD法に関する研究



 SD法は両極性を持つ形容語対を用いて、二つの形容語のどちらがよりよく評定対象を表現しているかを、5段階、7段階などの尺度上で評定するものである。SD法は、それまで定量化が難しいとされてきた概念や対象の持つ感情値の測定も可能にしたのである。そしてまた、いくつかの概念や対象のもつイメージは微妙に違うが、単なる叙述的な記述ではその違いを表現できない微妙な差異を表現可能にしたのである。

 音楽心理学の分野では、音色、和音、長短調の分析などでしばしば用いられているが、音楽作品の評定にSD法を用いた研究としては、岩下(1972)の行った研究がある。彼は、音楽の情緒的意味空間の個人差を調べるために、SD法を用いた。この研究では、8曲の音楽の印象を49のSD対で評定させた。また、SD法による音楽評価の尺度化を行ったものとしては、川原・野波(1977)の音楽鑑賞の評価尺度の作成があげられる。彼らは小学生から高校生までの117名から音楽鑑賞における評価語を収集し、それをもとに58の形容語対からなる音楽鑑賞におけるイメージの言語化のためのSD尺度を構成した。また、古矢(1972)は、曲に対する嫌悪感の影響についての研究において、曲に対する評定尺度を7段階のSD法を用いて行っている。

 ただし、SD法は概念や対象の持つイメージを測定する方法として最も優れた測定法であるが、その効用と限界もあるといえる。SD法におけるオスグッドの基本的目的は、万人共通のものの中に概念を位置づけることである。要するに、各人によって共通の意味次元に概念を入れてゆき、それによって意味空間を作り上げるということである。そのような発想から考えると、社会的態度などの態度測定などにSD法を用いることは、SD法の本来の目的とは矛盾しているといえるのである。よって、ここにSD法を用い得る限界が生じる。


第3節 単極評定法に関する研究


 
 形容語による単極の評定法は、尺度による評定を用いるという形式上SD法に類似している。その利点としては、単語対の対極性を保証する必要がないことや、1尺度について1語の意味のみを理解すればよいので被験者の負担が少ないことなどがあり、欠点としては、尺度数が同じ場合は、SD法に比べて情報量が少ないことなどがあげられる。

 菅・梅本(1983)は、280語からなる単極評定尺度を用いて、被験者に明瞭にイメージできる曲を自由に想起させて評定を行わせ、次に第1曲とは印象の異なる曲を想起させて評定を行わせた。主成分分析を行ったところ、SD法でよく使用される反対語対が必ずしも因子空間内で対称とはならない、また、異なる符号を持たない単極性の因子が存在する、という重要な指摘を行っている。Asmus(1985)は、音楽を聴くことによって生じる聴取者の感情状態を測定する手段として、多次元的な形容語の単極評定尺度を作成した。彼は、Campbell(1942)やFarnsworth(1954)などの先行研究から99の形容語を選び、これを33語ずつの3群に分け、1人が1曲につき2群66の形容語を評定するという方法をとった。そして、中学生から大学生までの2057人を被験者として、3曲について各人66語の形容語単極尺度による4段階評定を行わせた。これをもとに因子分析を行い、学校の種類や質問紙のパターンの違いによる複数の被験者群のいずれにもよくあてはまるように、9因子(Evil,Sensual,Potency,Humour,Longing,Depression,Sedative,Activity)・41形容語を抽出している。

 谷口(1995)では、音楽作品の感情価を測定する尺度を作成するため、まず、先行研究でよく用いられている形容語を50語収集して5段階の単極評定尺度を作り、5曲について209名に評定させた。因子分析を行ったところ、高揚、神話、強さ、軽さ、荘重の5因子が抽出されたが、そのうち高揚因子は高揚―抑鬱の両極性、その他の4因子は単極性であった。そこで単極性の因子からは各因子に負荷の高い項目を4語ずつ、両極性の因子からは正の高い負荷を持つ4項目と負の高い負荷を持つ項目の8語を、それぞれ選び、計24項目からなる5段階の音楽作品の感情価測定尺度を構成した。(表−1)


表1 谷口(1995)による音楽作品の感情価測定尺度項目




     高揚因子       親和因子        軽さ因子
      (高揚傾向)      恋しい          落ち着きのない
      明るい         いとしい          浮かれた
      楽しい         優しい           気まぐれな
      陽気な         おだやかな       軽い
      嬉しい        
      (抑鬱傾向)      強さ因子        荘重因子
      沈んだ         猛烈な          崇高な
      哀れな        刺激的な         厳粛な
      悲しい         強い            気高い
      暗い          断固とした         おごそかな       

 また、中村(1983)が行った、音楽の情動的性格の評定と音楽によって生じる常道の評定の関係では、過去に日本語で報告された音楽の情動的性格、情動音質、および美的情操の記述を行っている13の研究から収集した406形容語の中から、出現頻度の比較的高い64語を選ばれた。そして、その64語を用い、音楽の情動的性格の評定を求めた場合と、音楽の聴取によって生じた情動の評定を求めた場合とで、結果に差異が見られるかどうかを調べている。



第3章 その他の音楽聴取による精神面への影響に関した先行研究



 音楽作品の聴取による精神面への影響の研究については、それほど多くの研究がなされているわけではない。音楽聴取と感情の関係を記したものは、音楽心理学という分野の中においても小さな一角に過ぎない。音楽心理学の中心は、音楽と脳の関係であったり、音楽情報の潜在記憶、または、テンポや音色の認知、などと、どちらかというと、神経心理学、もしくは認知心理学的側面が強い。そんな音楽心理学の中でも、決して中心であるとはいえない狭い領域である、音楽と感情についての研究について私は注目して論述を進めてきた。前章までは、音楽の感情についての先行研究から、代表的方法論などを挙げてきた。この章では、実際にその方法を用いて、この分野でどのような研究がなされてきたのかということを、数少ない先行研究の中から紹介していこうと思う。


第1節 専門家への音楽的発達過程―音楽専攻の大学生は外交的か?−




 音楽を専門とする音楽専攻の大学生に特有な性格の特徴は見られるのだろうか。という、疑問を抱いた林(1974)は、この疑問に答えるために、音大生189名を対象として、矢田部ギルフォード性格検査(以下、Y−G検査と略す)を用いた調査を行った。その結果、男女いずれにおいても、音大生は一般学生よりも優位に、社会的に外交的であった。
 
?矢田部ギルフォート検査(Y−G検査)とは?

 Y−G検査は、抑鬱性、回帰性傾向、劣等感の強いこと、神経質、客観的でないこと、協調的でないこと、愛想の悪いこと、一般的活動性、のんきさ、思考的外向、支配性、社会的外向、という12個の性格特性(尺度)を測定する目録法(inventory)の性格検査であり、各尺度は10個の設問からなる。被験者に、各設問に対して「はい」、「?」(どちらともいえない)、「いいえ」のいずれかに○をつけさせて、各尺度ごとにプロフィールを描き、その結果から、性格のタイプを、@情緒不安定消極型、A情緒安定消極型、B平均型、C情緒不安定積極型、D情緒安定積極型、に分類する。

 ところで、Y−G検査には一般に、次の問題点が指摘されている(大岸、1982)。@被験者が検査を受けるときに一般に見られがちな、自分をよりよく見せようとする態度を検出する項目が含まれていない。そのため、回答全体の信頼性を測定できない。A「?」の多い被験者への対処がなされておらず、「?」の多い場合には平均型に入ってしまう。B1尺度につき10個の質問しかなく、項目数が若干少ない。

 その後、桑田ら(1991)は、Y−G検査の問題点を補足するためにモーズレイ性格検査(Maudsley Personality Inventory. Eysenk,1959.以下、MPIと略す)を用いて同じ実験を行った。


?モーズレイ性格検査(MPI)とは?
 MPIは、Eysenkのパーソナリティ理論に基づいた目録法の性格検査であり、Jensen(1958)を元に日本版が標準化され、高い信頼性と妥当性が確かめられている。主として、向性(内向的か外向的か)と神経症的傾向の2つの尺度が測定でき、次の点で、Y−G検査の問題点を補いえる。第一に、被験者が正直に回答したかどうか、を調べる虚偽発見尺度(lie scale)を有している。第二に、「?」の回答が20個以上の場合には、結果がゆがむため、再検査が行われる。そのため調査研究では、これらを除去して、集計・分析がなされる。第三に、各尺度について設問が24個ずつあり、Y−G検査よりは設問数が多い。

 MPIの向性・神経症的傾向の尺度はおのおの、Y−G検査の社会的外向性・神経質と比較的相関することが知られているため(MPI研究会、1969)、両者の結果は比較できる。桑田ら(1991)は、音大生は一般大学生よりも社会的に外交的である、という林(1974)の結果が、MPIを用いても再現されるか、を女子音大生を対象として検討し研究を行った。

 その結果、女子音大生は、幼児教育学専攻の短大生よりも内向的な傾向にあり、向性と神経症的傾向のいずれにおいても、女子音大生は一般女子大学生と差がない、という、林(1974)の結果を支持しない結果となった。

 このような結果に対して桑田ら(1991)は、次のような原因を指摘している。一つに、検査法の相違。二つ目に、桑田ら(1991)は、統制群として幼児教育学専攻学生を用いた点を述べている。幼児教育学専攻学生は、グループ学習や、子供との接触が多いため、他学部、学科の学生よりも外交的であることを予想している。このことから、桑田ら(1991)は、大学生は学部によって、その選考によって向性が異なるのではないかということも示唆している。よって、一般学生という概念に統一感がないので比較は難しいとも述べている。そして、第三に、経時的性格の変化を述べている。林(1974)が調査を行ったときと、桑田ら(1991)が行ったときには、時間的に15年ほどの差がある。よって、学生自体の性格が変化したということも考えられると述べている。最後に、大学間の学生の性格差について指摘している。この場合、実験は一つの大学の学生を被験者として行っているため、この結果が全国大学生に一般化されるかという問題があると述べている。

 そして、桑田ら(1991)は、MPIに代わる新しい検査法として、アイゼンク性格検査(Eysenk Personality Inventory. Eysenk & Eysenk,1968.以下、EPIと略す)を提唱している。


?アイゼンク性格検査(EPI)とは?
 EPIの長所としては、@2つの独立した平行検査があり、記憶の影響を受けることなく、再検査が可能である。A平易な表現が用いられており、被験者の知能や教育程度に関係なく実施できる。BE尺度とN尺度が独立している。*E(extroversion-introversion)尺度とは、向性を表す尺度で、N(neuroticism)尺度は、神経症的傾向を示すもの。CMPIよりも再検査信頼性が高い、ということが指摘されており、その日本語版の標準化の作業が近年進められている(岸本、1984,1987)。
今後、MPIに変わる検査法として、このEPIを用いることが必要であると、桑田ら(1991)は述べている。

 

第2節 音楽の情動的性格とそれによって生じる情動の評定の関係



 音楽における情動あるいは情動的意味を言葉によって記述するということは、心理学的な研究に限ってみても、古くから数多く試みられてきた。それらは、音楽の刺激としての情動的性格の記述を求めるか、音楽の聴取によって被験者の内部に生じた情動の記述を求めるかで、大きくは2つの流れに分けられる。どちらの記述を求めたのか明確には述べていない研究もあるが、それらは概ね前者に属するものと読み取ることが可能で、前者が圧倒的多数を占めている。この流れが、音楽心理学の中心的流れである。これに対し、後者に含められる研究はAsmus(1979),Capurso(1952),古矢(1968,1972), Gatewood (1927), Pike(1972), Schoen & Gatewood(1927), Washburn & Dickinson (1927)と、数少ない。音楽の情動的性格の記述を求めた場合と音楽によって起きた情動の記述を求めた場合の異同について、何らかの言及をしている研究となると、さらに数が少なくなる。音楽を聴くたびに常に情動が生ずるとは限らず、仮に生じたにしても被験者間の報告に一致が見られないから性格の記述を求めるべきだという立場のCampbell(1942)を代表とする少数が存在するに過ぎない。
 
 しかし、ここでは、被験者に音楽の性格の評定を求めた場合と、音楽の聴取によって生じた情動の評定を求めた場合とで、評定値上で両者に差異が認められるかどうか、認められるとしたらどのような側面に置いてであるかということについて、検討し研究した中村(1983)の研究について取り上げてみたいと思う。

 中村(1983)は、方法として、過去に日本語で報告された音楽の情動的性格、情動、音質、および美的情操の記述を行っている13の研究から収集した406の形容語の中から、出現頻度の比較的高い64語を選んでいる。このことに関しては、2章3節の単極評定法のところですでに紹介した。この64語について、心理学関係者8名に音楽の性格および音楽によって起きた情動を記述するために使用する事の適不適の評価を3段階で求めたところ、性格・情動の両方で不適当とされたものはなく、そのまま64語を用いている。

 中村(1983)は、東京芸術大学音楽学部学生183名を被験者として用い、同一曲について両者の評定を64の形容語尺度上に行うことを求めた。刺激曲は2つあり、1曲の長さは1分であった。実験を行い、その結果、形容語別に見て、両者の評定値に大きな差は認められなかった。よって、音楽の情動的性格に対する評価と、それを聴取したときに生じる情動の評定に差はない、音楽の情動的性格に対する評価と同じ感情が生じるということを結論付けたのである。
 また、中村は、4つの因子を抽出し、その因子に代表される形容語をリストアップしている。

表―2  中村(1983)の音楽に対しての情動的評価尺度項目



    T         U         V          W

 あたたかい      明るい        陰気な       勇ましい
  安定した      あっさりした     悲しい        緊張した 
  美しい       生き生きした     暗い         好き
 おだやかな     うきうきした      さびしい      力強い
 おちついた      うれしい       地味な       激しい
  静かな       おもしろい      冷たい       はりつめた
  素朴な        軽い         濁った
 なめらかな      元気な        にぶい
 のどかな       さっぱりした     ゆううつな
 のんびりした      楽しい
  優しい       にぎやかな
 やわらかい     ユーモラスな
  優雅な        陽気な
 ゆったりした

 
中村は、それぞれ因子にT.快い弛緩 U.陽気さ V.抑鬱 W.緊張・力動性と定めている。

 

第3節 第3章のまとめ

 
 以上、2つ先行研究を述べてきたが、これらは、心理学という分野の中の音楽心理学の中でも、さらにもっと狭い分野である、音楽聴取によって生じる情動や、性格についての研究である。第2節でも述べたように、この分野に関しての先行研究は、きわめて数が少ない。よって、心理学という分野だけでなく、音楽心理学という分野から見てもまだまだ未開発な領域であって、これから発展の余地は十分にあるといえよう。

 また、上述した研究は音楽聴取時の情動の変化についての研究であったが、その他に、音楽作品を聞くことで喚起された感情が、音楽聴取以外の事象の心的処理にどのような影響を及ぼすかという研究も数少ないが行われている。例えば、谷口(1991)では、人の性格を表現する言葉の記憶や評価が、音楽によって生じた気分のために変化することが示されており、また、川瀬(1994)では、音楽を聴きながら想起した過去の経験の感情的トーンが、全体としては聴取した音楽の感情価に近いものであることが報告されている。これらの研究のように、音楽によって生じる感情を研究するだけでなく、それがどのような働きをするかという研究も進められている。
 


第4章 まとめとこれからの展望



 これまで、音楽の情緒的性格と、音楽聴取によって生じる人間の情緒と性格への影響についての先行研究についていくつかあげてきたが、この分野についての先行研究というのは極めて少なく、まだまだ未開発な分野であって、音楽心理学という狭い分野の中でもきわめて狭い領域である。これまで、音楽作品の感情的な性格あるいは表現を表す感情価と、音楽作品の聴取によって生じる感情状態を測定するための、言語的な質問紙法についてもいくつか紹介し、また、人間の情緒と性格への影響をはかるために性格検査もいくつか紹介してきたが、これまで紹介したほかにも様々な検査法や質問紙法が存在し、それらについての研究についてはまだまだ未開である。

 例えば、被験者がこれまでの場合ほとんどは大学生を対象としてきたが、それが幼児であれば、チェックリスト法や尺度評定、質問紙を用いるのは困難である。そこで、表情を持ったいくつかの顔の絵を見せて、被験児に選ばせるという方法を用いたのが、Kratus(1993)やGiomo(1993)である。このように、被験者によっては、既存の尺度やチェックリストを用い得ないという事態が発生する場合も考えられる。これらのことから、この分野に関しては、あらゆる被験者に対するアプローチと、応用的な考え方を知る必要があると考えられる。

 そして、これから発展として、研究を進めていく方向性としては、これまでの先行研究においては、すべての刺激音楽(被験者に聞かせる音楽)は、クラッシク音楽であった。そこで、刺激音楽として既存するクラシック音楽ではなく、もっとポピュラーであって、耳なじみのあるポピュラーミュージックとそれによって生じる人間の情緒と性格についての研究を行ってみたいと考えている。

 現代のポピュラーミュージックというものには、様々なジャンルがあり、その数は計り知れないほどである。第2章で、音楽専攻科の学生の性格形成についての研究を紹介したが、その研究の応用で、それまでの発達の段階で、様々な音楽を聴取してきて、自分の嗜好する音楽と、その音楽を聴取し成長してきたことで、性格形成にどのような影響があるかという研究について非常に興味が持たれる。この種の分野の研究に関しては、まだまだ未開発であって、ほとんど先行研究というものが存在せず、どのような方法を用いて、研究を進めるかに当たってはまだまだ未開であるが、非常に興味のもたれる研究内容である。

 これまで述べた様に、音楽によって生じる感情を研究するだけでなく、また、その音楽を様々変化させたり、それがどのような働きをして人間にどのような影響を後々与えるのかを調べることは、音楽が人間にとってどのような意味を持っているのかを考えていく上で必要ではないだろうか。それは、音楽が人間にとってかけがえのないほど重要で、失うことはできないものであるからだろう。


引用文献



古矢千雪 1968 SD法による音楽感情の分析 日本心理学会第32回大会発表論文集

桑田繁、矢内直行、足立正、坂上ルミヱ 1994 音楽専攻の大学生は本当に外向的か?―モーズレイ性格検査による調査― 作陽学園学術研究会「研究紀要」、22、2、1‐11

中村均 1983 音楽の情動的性格の評定と音楽によって生じる情動の評定の関係 心理学研究、54、54‐57

ルードルフ・E.ラドシー、J.デーヴィッド・ボイル(徳丸吉彦訳) 1985 音楽行動の心理学 音楽之友社

氏原寛、小川捷之、東山紘久、村瀬孝雄、山中康裕編 1992 心理臨床大事典 培風館

梅本 堯夫編 1996 音楽心理学の研究 ナカニシヤ出版



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