文部省の学校基本調査の報告が出され、不登校と大卒就職率の2つの数字が大きく取り上げられた。
不登校の子どもの数は過去最高、大学卒業者にしめる就職者の割合は過去最低とのことだった。
いっけん関係のないようなこの2つの数字、実は関連があるように思われる。
ひとつには、両方ともよくない状況を表す数字であるが、若者の生き方の選択肢が増えたということを一部反映している数字だとも考えられる。
不登校については、最近は復学(もともと通っていた学校に再び通うこと)が全てではないというような考え方も広がりつつある。フリースクールやホーム・エデュケイション(家にいて通信教育などで学ぶ)なども少しずつ選択肢として認められるようになっている。
大卒の未就職についても、本当に行きたいところに就職できるまで就職浪人するという選択肢や、フリーターとして生活し、趣味に重きを置いた生活というのも選択肢としてある。
もうひとつは、両者とも「がんばってよい学校へ行き、よい会社に勤めれば、安定した幸せな生活をすごせる」という神話の崩壊と関連しているということである。
勉強してよい学校へ進学し、よい会社に入って安定した生活を送る、というのは、良くも悪くもわかりやすいストーリだった。だから、そのレールに乗るために努力したり、逆に反発したりと、エネルギーの向ける対象や方向がはっきりしていた。
今のような将来が不確定な時代では、将来に対する漠然とした不安も強くなり、今よりも将来のほうがさらに悪いことが起こるのではないかと感じてしまう。今がんばれば、大人になれば、未来になれば今よりも幸せになれると信じることも難しい。
今の我慢や努力が報われるとは限らず、それならば我慢するのは損、今が楽しければよいという考えにも結びつきやすい。エネルギーの向ける方向もわかりにくい。どういう人間になればよいのかもわかりにくい。
よい子は危ないと言われる。普通の子が「きれる」と言われる。悪い子は、悪い子と見られる。ならばどういう人間になればよいのか。
2つの数字とも積極的に別の選択肢を選ぶ人が増えたということだけであれば、心配する必要はないのかもしれない。しかし、そうではなく、学校へ行きたいのにいけない、就職したいのにできないという苦しみを味わっている人が依然としてたくさんいると思われる。
よくない社会の流れに負けないように、いろいろと新しいことをしなければならないのだろう。
大人にすぐできること。それは、困難な時代の中でも、正しく、かっこよく、楽しく生き、その姿を胸を張って子どもたちに示すことだと思われる。