都電の荒川線に乗った。東京に唯一残されている路面電車だそうだ。
スピードはゆっくりである。土曜日の午後に乗ったのだが、走っている地域の関係か、お年寄りが多かった。
別世界のように、時代が何十年かさかのぼったように、ゆっくりとした時間が車内に流れる。
高校生ぐらいの制服姿の生徒が、笑顔でお年寄りに席を譲る。
大切な、大切な宝物のように赤ちゃんを抱えた若いお母さんが電車に乗ってくる。車内のたくさんの人の顔が自然にほころぶ。
一人のお年寄りが、にこにこしながらその母子に席を譲ろうとする。お母さんは、感謝をしながらもていねいに断る。
近くの席にいた、別の若者がお母さんに席を譲る。お母さんはていねいにお礼を言って、席に着く。そして、赤ちゃんに話しかける。「よかったね」と。
隣の席のおばあちゃんが、自分の孫をみるかのような、暖かい、満面の笑みで赤ちゃんを見つめる。
そばに立っていた、小学生ぐらいの女の子が、いっしょにいた母親に、にこにこしながら話しかける「ちっちゃーい」。その母親は「ちっちゃいねー」とやはり笑顔で応える。
車内には、あまりにもできすぎた物語のような時間が流れる。ここに書いたことは、すべて本当に起こった出来事である。
今の時代を築いてくれた人生の先輩のお年寄りを当たり前のように敬い、新しく産まれてきた子どもをまるで自分たちの子どものように暖かく見つめ、歓迎する。難しい理屈を越えた、すべての原点がそこにあった。
土曜日の昼下がり、都電の中で夢をみたようだ。