現代の少年非行と親子関係


N00-5028 長谷川いずみ



第1章 本研究の意義


第1節 本研究の目的



 最近の少年非行は、ますます複雑になり、その内容も多様化してきている。ここ数年、いじめや家庭内暴力・校内暴力に加えて、少年の薬物乱用やバタフライナイフの流行、殺人事件等の凶悪犯罪が相次ぎ、世間を騒がせている。そしてその度に、原因の所在についての議論がなされてきた。

 少年非行の原因については、多くの理論が作られ、様々な研究が行われてきた。田島(1999)によれば、家族は、単に子どもを養育するだけでなく、社会の構成員として必要とされる知識や技能の基礎を、しつけや教育といった働きかけにより子どもの中に形成させる役割を担っているという。つまり、少年にとって家庭は成長と教育の基本的な環境であるところから、家庭と少年非行の関係は古くから注目され、数多くの研究が行われてきた。そして、それらの研究の結果も寄与して、家庭に非行の原因があるということが一般常識と言えるほどになっている。

 そこで本研究では、非行の変化を概観し、また非行の原因となる家庭の特徴について考察することを目的とする。


第2節 非行の定義



 田川(1999)による非行の定義は、以下の通りである。

 非行とは、社会的な規範に反する行為を総称する概念である。わが国では、少年法が制定された1948年以降、広く用いられるようになった。少年法は、少年の健全な育成を期するために、非行のある少年に対して保護処分を行うことを定めている。

 同法3条1項によると、
 @犯罪少年(14歳以上20歳未満の罪を犯した少年)、
 A触法少年(14歳に満たないで刑罰法令に触れる行為をした少年。14歳に達していないので刑事責任を問われないため、「犯罪」とはいわずに「触法」という)、
 Bぐ犯(虞犯)少年(a.保護者の正当な監督に服しない性癖のあること、b.正当の理由がなく家庭に寄りつかないこと、c.犯罪性のある人もしくは不道徳な人と交際し、またはいかがわしい場所に出入りすること、d.自己または他人の徳性を害する行為をする性癖のあることといったぐ犯事由があり、その性格または環境に照らして、将来、罪を犯し、または刑罰法令に触れる行為をするおそれのある少年)が、家庭裁判所の審判に付すべき少年であるとされており、これら3つの類型を総称して「非行少年」という。


第2章 少年非行研究の動向




第1節 「非行原因としての家族」の基盤となる理論



第1項 精神分析理論

 藤岡(2001)は、精神分析理論について以下のようにまとめている。

 フロイトが打ち立てた精神分析理論は、心の主体である自我が、衝動的な本能に対抗する超自我を取り入れる過程を重視する。この超自我の形成は、エディプス(エレクトラ)・コンプレックスを解決することで形成される。その解決により、少年は親の道徳基準を取り入れ、自らの道徳基準・良心とするのである。その結果、幼少期のように本能的快楽に基づいて行動するのではなく、現実に対して社会的・道徳的に対応できるようになる。

 だが、このコンプレックスの解決に失敗すると、超自我を形成することができず、本能の持つ攻撃性や性的衝動を抑制できなくなる。こうした観点により、殺人などの攻撃的犯罪者や性的犯罪者の心の働き(心的力動性)が解釈できるのである。またこの理論では、幼少年期の精神的な外傷(トラウマ)が青年期以降の行動に影響を及ぼし、児童虐待や性犯罪の原因になるとする解釈もなされている。

 その後、グリュック夫妻は、精神分析理論に基づいて、実証的研究を行った。彼らは、ボストンにある2つの少年院から得た500人の非行少年と、同じ地域の学校から集めた500人の一般少年の間の、家族や近隣等を含む社会的文化条件、身体、知能、性格、気質など400以上の差異を調べた。その差異から、非行少年の複合的な特徴が抽出された。その性格特徴は、「全体として、非行少年はより外向的で、活発で、衝動的で、自己統制が不足して、攻撃的で、疑い深く、破壊的であり、失敗を恐れる傾向が少ない。集団として自信過剰であり、認められない・評価されないといった感情を強く持っている」などとされている。

第2項 社会的統制理論

 人はそれぞれ自分の行動を統制している。そして、その統制がなくなった状況で犯罪を行う。こうした統制理論のひとつが、ハーシーの社会的絆理論である。細江(2002)は以下のようにまとめた。
社会的絆には、以下の4種類がある。

 (1)アタッチメント 家族や友人などの他人に対する愛情である。道徳的絆の中で最も重要なものとされる。愛着の対象となる人々が持つ価値や考え方(例えば法を破ってはいけないなど)を、当人が受け入れることは容易である。

 (2)コミットメント 犯罪を行うことによる損得勘定のことである。反法的な行動をとれば、これまでの順法的な行動によって(法に頼り、傾聴することで)得ていた地位や信頼を失うことになる。つまり、犯罪は結果として割に合わないので行わない、という考えにつながるのである。

 (3)インボルブメント 順法的な生活に関わる時間が長ければ、それだけ非合法的なものに関わる時間や機会が少なくなる。

 (4)ビリーフ 社会的な規則・法律・規範の正しさを信じ、尊敬することである。
これらの絆が少ない状態、例えば両親に親密な愛着を感じていない少年はそうでない少年よりも非行を行う割合が多いとされている。しかしこの理論は、社会的絆が合法的な性質を持つことを前提にしているが、例えば非行少年の集団に対して愛着を持てば、逆に犯罪を生むことにつながる。理論のこうした問題点については、多くの追加研究が行われている。

第3項 社会的学習理論

 社会的学習という言葉は、研究者によって異なる意味で用いられてきたが、一般に、他者の影響を受けて、社会的習慣、態度、価値観、行動を習得していく学習を指す(渡辺,1999)。
 そして細江(2002)は、社会的学習理論についても以下のようにまとめている。

@ 社会的学習理論
A.バンデューラらが行った実験によると、子どもは罰を受ける行動よりも、報酬を受ける行動を繰り返したりまねをすることや、禁止された行動をとった者に報酬が与えられると、禁止行動をとる傾向が助長されることがわかった。そしてバンデューラは、道徳判断は年齢に応じて誰でも同じように発達するのではなく、不道徳な行為を自ら行ったり、他人の行動を観察した際の様々な要因を通して、道徳性ないしは逆の犯罪行動を学習すると考えた。様々な要因とは、違反行為者の特徴、行為の性質、行為の直後の結果と長期的結果、違反行為が起こる状況や動機、行為者の自責の念、被害者のタイプと数などである。従って道徳判断の学習は状況によって多様であり、個人差も大きいとしている。

A 分化的接触理論
 学習理論に基づく、サザーランドとクレッシーによるこの理論は、以下の原理によって非行を説明する。
 (1)犯罪行動は学習されたものである。
 (2)犯罪行動は、他者との相互作用の中で、コミュニケーションを通じて学習される。
 (3)学習は主として親密な集団内において行われる。
 (4)学習は、犯罪を行うのに必要なスキル、動機づけ、合理化、態度、価値観を含む。
 (5)学習過程は、犯罪的あるいは非犯罪的パターンとの接触によって生じる。
 (6)違法行為に好都合な意味づけを不都合な意味づけより多く持ったとき犯罪を行う。
 (7)分化的接触は、回数、持続時間、順番、強さによって変化する。

 つまり、犯罪は他の職業技術の習得と同じく、学習の法則にしたがって学ばれるのである。道徳性の学習という観点から見れば、ある法違反行動を肯定するとした学習の程度が、その法違反行動を否定するとした学習の程度を上回る時、人は犯罪行動をとるとされる。

第2節 少年非行とその特徴


第1項 戦後の少年非行

 水島(1987)は、戦後の少年非行を社会史・生活文化史の常識に従って戦後混乱期、戦後復興期、高度成長期、それ以後の低成長期に分けて捉えた。

@ 戦後混乱期(1945~1954) 少年非行は第1のピーク期にあった(51年最高)。戦後、全般的に犯罪は急増したが、特に窃盗、強盗などの直接、間接に貧困に結びついた犯罪が顕著だった。とはいえ、単純に「食うための盗み」が多数だったわけではなく、貧困ゆえの生活障害や情緒の乱れ、家族の乱れなどを媒介とした非行化が最も顕著だったというべきであろう。なお、覚せい剤乱用がピークに達した時期でもある。

A 戦後復興期(1955~1964) 少年非行は第2の上昇期を迎えた(64年最高)。この時期の少年非行の特徴としては、恐喝、傷害などの粗暴犯や、性犯罪・暴力犯罪が挙げられる。覚せい剤は取り締まり強化によって激減し、麻薬が若干流行の兆しをみせたが抑えられ、睡眠薬遊びが流行した。

B 高度成長期(1965~1972) 少年非行は第2の山の後半にあり、引き続き、粗暴犯・性犯罪・暴力犯罪が特徴的であった。シンナーなどの有機溶剤の流行が始まった。睡眠薬遊びは規制により減少した。この頃から動機や目的のはっきりしない無気力な青少年による非行が目立ち始めた。

C 低成長期(主として1975~1984) 少年非行が第3の山を迎えた時期である(83年最高)。この時期の少年非行は、14~15歳の年少少年の急増によって特色付けられ、次いで16~17歳が多かった。また、女子の比率が20%近くまで急増している(『犯罪白書』による)。その内容は万引きを中心とした窃盗が多く、暴力は減少するが校内暴力が出現し、暴走族の発生など、いわゆる遊び方非行の特徴を見せていた。さらに内向した家庭内暴力も問題になった。中流家庭の非行という見方は、全人口の中流化からみてそれほど妥当とはいえないが、しかし貧困からの犯罪という、分かりやすい形が消失してきたことは確かであった。

第2項 今日の少年非行の特徴

 今日の少年非行には、次のような特徴が見られる。

 第1は、少年事件が量的に拡大傾向にあることである。少年犯罪は、現在戦後第4のピーク期にある。少年刑法検挙人員の人口比(10歳以上20歳未満の少年人口1000人当たりの検挙人員の比率)は、92年の12.2人から98年には15.0人に上昇した。この数値は、第1期のピークである1951年の9.5人、第2期のピークである1964年の11.9人よりはるかに高く、第3のピークである1983年の17.1人に迫るものである。しかし、99年には再び減少し、14.0人であった。

 警察庁によると、強盗殺人は、96・97年は3件だったが、98年には26件と急増した。重要犯罪で補導された少年は、98年には248人で、72年以降最多になっており、90年に比べると倍以上になっている。(村山,2000)

 第2は、「いきなり型」と呼ばれる非行の増加である。つまり、「キレる」子どもが増加しているのである。キレる子どもの特徴及びその原因については、諸説が唱えられているが、まだ明確な定義は定まっていない。現象としての共通理解が得られているであろう「キレる」とは、「過去に取り立てて大きな衝動的な攻撃行動は認められず、それゆえに周囲の予想に反して、突然攻撃に出る行為で、特に衝動的な行為に出る際にナイフなどの凶器を用いることにより重大な非行に及ぶ可能性のある行為」を指すと考えられる。すなわち、いわゆる「普通の子」が「突然重大な非行に及ぶ」ゆえに問題視され、原因の究明と対策が叫ばれている(藤田,1999)。

 「キレる子」について、国立教育政策研究所は2002年6月、親の不適切な育て方が大きな要因になっているとする調査結果を発表した。この調査は、2001年に、首都圏の養護教諭や警察、児童相談所などを通じて、「キレる」状態の問題行動が報告された幼稚園児から高校生までの654人の家庭、学校環境を調べたものである。男女比は、男子が87.8%、女子が12.2%だった。

 親の子どもに対する態度を見ると、76%の子どもの親に、過保護、過干渉、放任などの「不適切な養育態度」が見られた。そのうち最も多かったのが、「指示のし過ぎ」で19%、「過度の欲求」と「過干渉」がそれぞれ11%を占めた。それとは逆の「放任」が15%、「過保護」が14%を占めており、同研究所は「両極端な育て方がキレる要因」としている。また、家庭の状態では、親の離婚や夫婦の不仲などで子どもが不安を感じ、「緊張状態」にあるケースが64%にのぼった。特に両親が離婚した家庭が25%を占め、父親不在(15%)、夫婦不仲(13%)とともに高かった。家庭内で暴力や体罰を受けた例は24%だった(澤,2002)。

 第3は、非行少年とそうでない子どもとの規範意識がほとんど変わらないばかりでなく、むしろそうでない子どもたちの方に規範意識の低さが見られることである。

 例えば、警視庁少年育成課少年相談室のアンケート調査(99年東京都内)によれば、違法行為について「本人の自由」と答えた割合は、非行少年より一般中・高校生がほとんどの設問で高かったのである。また、その他の項目については、凶器所持(本人の自由と答えた割合 非行少年19.2%、一般少年23.8%)、テレクラ利用(非行40.6% 一般49.7%)、援助交際(非行29.1% 一般35.75%)、薬物利用(非行16.1% 一般20.9%)となっている。

 総務庁の「青少年の暴力観と非行に関する研究調査」(99年)では、調査を一般少年と鑑別所内の非行少年(暴力非行少年とその他の非行少年)とに分けて行っている。「親を殴りたいと思ったことがある」と答えたのは、一般高校生33.1%、一般中学生25.4%、一般高校女子は23.9%に対し、暴力非行少年の男子は25.4%だった。いじめについては、「自分がやられるかもしれないから知らんぷりしても仕方がない」と答えたのは、一般高校生では男子47.5%、女子48.8%であったのに対し、非行少年は男女ともに30%前後だった(村山,2000)。


第3節 非行を生み出す家庭の特徴



第1項 非行少年の両親の状況と経済条件

 1988年、94年、99年の少年院新収容者の保護者別の構成比は、犯罪白書によると、保護者が実父母である者の比率は50%前後を占めている。99年の新収容者のうち、保護者が実父母である者の比率は51.8%(男子52.7%、女子43.1%)と半数以上であった。

 また、非行時の居住状況について、家族と同居していた者の比率は、88年には62.9%(男子65.3%、女子44.4%)であったが、99年は77.0%(男子78.5%、女子61.8%)と男女ともに上昇している。

 しかし、守屋(1998)は、最近は実父あるいは実母の一方に養育されている非行少年の数字が次第に上昇してきており、離婚率の上昇に象徴される家族の絆のもろさが、非行現象の面にも反映してきている兆しが現れているという。また、保護者の経済的な生活程度のうち富裕及び普通を合計した数字は、ほぼ80%を超えてきていることが報告されている。しかし、経済状態について、非行と関連させるとすれば、保護者の収入という数字的な比較ばかりでなく、少年が生活する現代社会が、高度情報化社会として、受け手に対して限りない情報が提供され、人間の欲望を無限に生み出し、消費を無限に拡大している社会であることを考えに入れなければならない。現代で子どもたちが目にする情報は、親たちの個別的な生活体験をはるかに超えており、その中で親の生活態度も相対化され、子どもの醒めた目にさらされ、指導性を失うということになりかねないという。

第2項 非行少年の家庭の負因

 森(1996)は、非行少年の家庭の負因について、これまでの研究結果を用いて以下の4点を示した。

@ 家庭の問題
家庭の問題の形態としては、次のようなものがある。

・欠損家庭(崩壊・片親)  親と死別、離別、親の不在など

・親の機能不全       親の身体障害、病気、共稼ぎ、ゆるい監督、不適当なしつけ、反社会的行動(犯罪、薬物)、素行不良(異性問題、酒癖、借金、不労)など

・親の態度         専制、過干渉、厳格、残酷、無視、放任、きまぐれなど

・親の愛情         剥奪、拒絶、偏愛、敵意、嫉妬など

・物心ついた後の養育者交代 養継父母・内妻・祖父母の養育など

・家庭の雰囲気       不和、過密、宗教的習慣の相違など

・家庭の機能障害      失業、貧困、多子、階層、養子、施設養育など

・生育環境とその変化    近隣地域環境、引っ越しなど

 これらは必ずしも単独な問題ではなく、いくつかが有機的に結び
ついていることが少なくない。

A 親の問題
非行少年の父子関係では、父親が子どもを信頼せず、理解せず、満足せず、期待せず、しつけも一貫しないことなどが指摘される。また、非行のない子どもでも、親が支配的だと素行が悪くなりやすい。親の敵意や強制行動は、子どもの性格を攻撃的にすることがある。

 森(1996)は、非行に対する親の監督の重要性を示した研究を以下のようにまとめている。

 アメリカのケンブリッジ・サマービル研究では、経済状態の同じ非行少年と一般少年を比べると、非行を生みやすいのは、母親の愛情欠如と親の監督の欠如であった。また、イギリスのウィルソンの研究では、非行少年にとって問題なのは、10歳以前の社会的不利、親の非行歴、親の監督であり、特に17歳までに非行に走るかどうかの予測には親の監督が重要なポイントであるとした。

 親の適切な監督やモニタリングは、子どもと非行促進環境(行為と仲間)との接触を小さくする助けになる。反対に、しつけが甘い、子どもを無視する、しつけがでたらめで一貫性がない、厳しすぎる、何かといえば罰を与えるなどの場合は、子どもの非行や攻撃性を生むことがある。親の冷たさ、拒否、放任、余暇を一緒に過ごさないなど、親が子どもの世話に消極的なことも非行につながる。

 しかし一方では、反社会的な子どもであるがゆえに、親が世話を拒否するところもあって、問題としては相互的である(Synder&Patterson,1987)。そういった問題についても、解決のための技術が未熟な家庭では、非行少年を生みやすい。

 親の拒否・虐待は、子どもに対して、知能や運動、言語や表現、国語や算数の遅れを生じさせる。行動・精神病理面では、貧困や親の欠損、親から受けるストレス、不当な扱いなどが関係して、子どもに神経学的欠陥(脳波の異常、脳の傷など)を生じさせることがある。また、子どもを幽閉した場合には、正常に話せない、歩けないなど、通常の社会的接触が困難になる。

 親の拒否・虐待の影響が小さい場合でも、子どもの自我機能や原始的自我防衛機能が貧弱になり、自尊心が欠如し、不安や多動、睡眠障害、精神病的症状、自己崩壊、行動障害などが現れ、攻撃行動に出やすい。非行少年には、劣等感に悩むタイプや臆病者というのは少なく、疑い深く、権威に極端に反抗し、社会的に未成熟なタイプが多い。

 親の虐待といっても身体的、言語的、情緒的、性的など多種にわたり、それぞれの場合で子どもの症状も異なると考えられ、また何歳から虐待を受けたかという違いもあるだろう。

 また両親の不和は、離別よりも悪い影響があるといわれる。不和・離婚に対する子どもの反応は、初期には急性失望症候群を生じ、急激な混乱から無関心、うつ状態となる。ついで親への関心を失ったり、新しい状況への適応を始めたりする。長期の問題としては、子どもの不従順、攻撃、喧しい、要求がましい、無感情、抑制力不足などの障害を起こすほか、衝動の抑制不全があり、行動問題や反社会問題を起こす。ただし男女差があり、男子は学校問題、抑制不全が出やすく、女子は過剰抑制となりやすいが、性的不安をもつことがある。

B 親の喪失と不在
 幼児期に母親を失うと、母子分離(物理的不在)、母性剥奪(母親の愛情欠落)などの問題を起こしやすい。ラター(Rutter)のまとめによると、1か月以内の母子分離は問題ないが、1か月以上に及び、しかも家庭内にストレスや対立がある場合、親に対する愛着が崩壊すれば、情緒障害や反社会的行動が生じることがある。愛着の形成に失敗すると、子どもは社会不適応(規則を守らない、罪悪感の欠如、愛情欲求がない、永続的愛情関係が保てない)になる。

 生後6か月から4歳までの乳幼児の、数か月間の母性剥奪は、急性の悲痛と泣き叫び(抗議)から始まり、みじめで無感情の状態(絶望)、虚脱、無感動、沈黙、無反応(脱愛着)へと深まっていく(Bowlbyなど)。さらに長期の分離や母性剥奪の場合は、言葉や精神発達の遅滞(Goldfalb)、愛情剥奪性小人症、発育不全(Patton)、うつ病(Rutter,Caplan)、愛情欠乏性精神病質(Bowlby)となり、特に分離では社会的無軌道、無差別的交友、非行などが出る。

 ラム(Lamb,M.E.)は、父親が不在であれば、子どもに自己統制・行動統制能力の欠陥が生じると述べている。そして男児の良心の発達不全、不正確な時間展望などが生じるとしている。我慢して将来の大きな満足を得るよりも目前の小さな満足を選んだり、責任感の欠如、達成動機の低さ、信頼関係の発達不全、不安定な自己同一性などが生じやすいという。5歳以下の子どもでは、母親への依存が強くなり、男子は男らしさや攻撃性に乏しくなり、同性の友人との適応が難しいとの説もある。女子では、父親のいる同性の友人とそれほど差がつかない。児童期では男子は社会性、社会的良心に劣り、違反行為の後の罪悪感が乏しく、道徳水準が低い。青年期の反社会行為では、単独で強盗、強姦、殺人を犯した者には父親のいないものが多く、それも幼児期までに父親を失った者が多い。幼児期までに父親を失った者は、非行化しやすく、累犯率も高いことがある。

 離別と死別では、離別が非行と関係が深い。暴力犯罪をするのは、父親の不在からくる不安定な男性同一化への過剰補償、ないしは反動形成だという説(Miller,Siegman)がある。しかし過剰補償は必ずしも反社会的行動になるとはいえないので、家族の結束の低下、不安定性(McCord)、適切な監督の欠如、貧困(Horzogら)などが非行の原因になるとする説もある。

 離婚の時期が子どもに与える影響についての研究で、カルター(Kalter,N.)らは、親の離婚が0~2.5歳にあった場合は、男女とも12歳前に親子分離に関する問題を起こしやすい。3~5.5歳にあった場合は、男子では12歳前に学校行動の問題がみられ、青年期に攻撃性抑制の傾向があるのに対し、女子では青年期に学習問題と親への攻撃がみられる。6歳以後の場合には、問題は一貫していない。この研究ではどちらの親と同居した場合かの区別はされていない。

 子どもを非行に走らせないためには、異性の親の存在が大事だとみる研究もある。
 例えば、1950年生まれの中学生を20歳まで追跡した麦島文夫らの調査では、男子の非行発生率が平均6.01%のところ、両親が揃っている場合は5.34%、父親のみの場合は18.00%、母親のみでは9.30%だった。女子の非行発生率は、平均1.26%、両親が揃っている場合1.06%、父親のみの場合2.00%、母親のみでは2.83%だった。ここでの両親との関係は中学1年次のもので、何歳で親が欠けたかは不明であるが、異性の親を欠いた場合の非行発生率が高いことがわかる。

 青年期問題としての非行では、異性の親の不在が何らかの影響をもたらすことが考えられる。しかし一方では、同性の親との間で何らかの葛藤が存在するとも考えられる。例えば男子のエディプス・コンプレックスや、女子の白雪姫コンプレックス(母親が娘をライバル視する)のようなものは、非行臨床でも主張されている。おそらく異性の親を欠く場合は、子どもに生じる問題を緩和する存在がなくなり、深刻化するのかもしれない。

C 家庭問題と非行
家庭における問題と、そこで育った子どもの非行内容についての研究では、定説とはいえないが、ほぼ次のように考えられている。

・放任と許容  社会化攻撃非行者(Hewittら,1946)

・弱い監督   窃盗(Maccobyら,1983)、暴力、女子非行

・不適切な監督 暴力(Feldhusenら,1973)

・不和     暴力(Loeberら,1984)

・愛情拒絶、敵意 財産犯(McCord,1986)、非社会攻撃非行者(Hewitt
ら,1946)

・過剰統制   不安・引っ込み型非行者(Hewittら,1946)

・父の暴力   対人犯罪(McCord,1979)

・崩壊家庭   ぐ犯(Rankin,1983)

 ヒーリーらの研究では、情緒障害のある非行少年は、親との愛情関係で、拒否、不安定、理解されていないという激しい感情があるとしている。さらに、自己表現をしたいという正常な衝動・願望や、幼児の頃に損なわれた異常な願望、思春期の衝動・願望などが妨げられているという深刻な感情がある。家庭・学校・友人関係・スポーツなどでの強烈な劣等感や、家族間の不調和・両親の素行不良・家庭条件・親のしつけなどに対する激しい不満、同胞に対する激しい嫉妬、継子扱いされているという感情、根深い混乱した不幸な感情、無意識的な強い罪責感などがある。ここには多くの家庭問題に由来する深刻な感情を含んでいる。

 一方、情緒的緊張がない非行者の例としては、盗みに対して罪悪感がない、怠惰、貧困だが善良、街頭生活が多い、過去にほめられた経験をもつ、活発で社交的、説教好きなのに万引きする母親をもつ、などがある。

 このことから、幼児期からの長期に渡る家庭的ストレスは、子どもに固執的な障害を導くと考えられている(Rutter)。

 発達的には、幼児の分離−個体化過程での心的外傷は、外見は冷静でも、依存、無力、不安、パニック、抑うつ、空虚感、罪悪感、怒りなどを引き起こす。これらの苦痛な感情の防衛として行動問題が生じるが(Marshall)、非行少年はこれらに対抗する能力に問題があるのだ(Offer)という考え方もある。

 また非行とは、喪失と苦悩の補償であって、めったに心が満たされないために非行を繰り返すのだ(Meyerson)という考え方もある。例えば、盗みとは、愛が奪われたと思うことから誰かから何かを奪う。詐欺は、親の欺き、自分を真に愛してもらえないと思うことで犯す。暴力は、親に荒々しく扱われ、愛を奪われ、所属感を失ったときの行為である。また動機のない殺人とは、所属感がもてない社会への復讐、所属感をもつ者への嫉妬、自分が社会から抹殺されたことに対する暴力的表出である、というものである。(森,1996)


第3章 まとめと全体的考察



 以上のように、問題のある家庭は非行を生む原因となる。総務省青少年対策本部が行った非行原因に関する総合的調査研究(1999)の結果を基に、星野(1999)は家庭における非行原因のうち、主なものを以下のように示している。

1. 子どもへの無関心(放任)、体罰、過干渉、情緒的安定機能の欠如など
これらは、子どもに不安、悩み、緊張などをもたらし、それが非行を動機づけるという過程をたどって非行を発生させる。

2. 非行抑制要因の欠如
非行抑制要因とは子ども自身の内部にあり、心理的に非行を抑制し、子どもを遵法的社会に結びつける絆として作用する要因である。親への同一化、親への愛着、認知された「子どもに対する親の信頼」、家庭における役割意識などがそれに当たる。それが形成されなかったり消滅したりすると、子どもは非行化への路をたどりやすくなる。

3. 逸脱した家庭の文化
子どもがそれに同調したときに非行化が引き起こされる。社会的目標との隔絶、遊び文化への志向に対する許容などの文化的水準の低さがこの種の要因とされる。

 しかし、そういった問題のある家庭においては、親も深く傷付いていることが多い。警察に寄せられる保護者からの少年相談の内容は、非行問題に関する悩みが一番多く(平成12年)、相談後も継続的な指導や助言を必要とするケースが増加しているという。今日、非行少年の家族に対しての援助方法も確立されつつある。だが、それは非行が起こってから行われるものである。今後は、これまでの研究結果を基に、非行を未然に防ぐための取り組みが必要である。専門家と親、または親と親が連携したり、相談し合えるような環境作りを行っていかなければならない。

 いわゆる「普通の子」が非行に走る今日では、少年にとって一番身近な家庭に非の目が向けられがちである。だが、家庭にばかり原因を求めても非行問題は解決しない。問題のある家庭にありながらも非行に走らない少年もいる。もっと多面的な側面から原因を見つけ、それにあった対策をしていく必要があるだろう。


引用文献



星野周弘 1999 非行の家庭的要因 非行原因に関する総合的調査研究 総務省青少年対策本部

細江達郎 2002 図解雑学 犯罪心理学 ナツメ社

藤岡淳子 2001 非行少年の加害と被害−非行心理臨床の現場から 誠信書房

藤田宗和 1999 最近の非行少年の性格特徴及び規範意識について 非行原因に関する総合的調査研究 総務省青少年対策本部

水島恵一 1987 人間性心理学体系第8巻 非行・社会心理学 大日本図書

森 武夫 1996 かれらはなぜ犯罪を犯したか−8人の鑑定ノートと危機理論 専修大学出版局

守屋克彦 1998 現代の非行と少年審判 勁草書房

村山士郎 2000 なぜ「よい子」が暴発するか 大月書店

澤圭一郎 2002.6.21 毎日新聞

清水新二 2000 シリーズ〈家族はいま…〉C家族問題:危機と存続 ミネルヴァ書房

田川二照 1999 非行 中島義明・安藤清志・生子安増・坂野雄二・繁桝算男・立花政夫・箱田祐司(編) 心理学事典 有斐閣 Pp.716-717.

田島信元 1999 親子関係 中島義明・安藤清志・生子安増・坂野雄二・繁桝算男・立花政夫・箱田祐司(編) 心理学事典 有斐閣 Pp.87.

渡辺弥生 1999 社会的学習 中島義明・安藤清志・生子安増・坂野雄二・繁桝算男・立花政夫・箱田祐司(編) 心理学事典 有斐閣 Pp.368


参考文献


犯罪白書 2000 法務総合研究所

平成13年度版青少年白書 2001 内閣府

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