学校教育におけるピア・サポート


学校教育選修

木場安紀





第1章 本研究の意義


第1節 はじめに


 不登校やいじめ対策にスクールカウンセラー事業が導入されて五年が経つ。文部省は平成12年8月24日に、スクールカウンセラーの位置付けを現在のモデル事業から補助事業に変更し、制度化する方針を決めた。その内容としては、来年度から五年間で、小規模校を除くすべての公立中学校にスクールカウンセラーを配置するというものである。スクールカウンセラーは主に、児童生徒へのカウンセリングや教師・保護者への援助にあたってきた。これから、ますますスクールカウンセラーが学校教育の現場に入り込んでいく中で、スクールカウンセラーは積極的に生徒児童に働きかけていく必要がある。いじめが起こってからの対応ばかりでなく、いじめを事前に防ぐ活動に取り組むなど、学校の状況に応じて臨機応変な活動を展開していくことが求められる。このような活動の中の、一つの例としてピア・サポートが挙げられる。ピア・サポート活動とは何か、またピア・サポート活動の中でスクールカウンセラーはどのように位置付けられるのかという視点からピア・サポートについて研究したい。

第2節 学校教育の中でのピア・サポートの定義と意義


 ヘレン・コウイ―とソニア・シャープによるとピア・サポートとは、若者達がすでに持っている援助的性向を活かして適切な訓練と支援を与えることによって、自然な支援プロセスを促進するシステムのことである。つまり、児童・生徒同士の相談相手(ピア・カウンセラー)や相談相手まではいかなくても支えたり、励ましたりする仲間(ピア・サポーター、ピア・ヘルパー、ピア・チューターなど)を児童・生徒の中で作る取り組みである。

 ピア・サポートの意義は、教師や大人が及ぶことのできないところまで、その力が届くという点において挙げられる。教師、または親が入り込むことのできないところにも、同輩だからこそできる援助があり、問題を解決していくことができる。問題を抱えている児童・生徒と同じ視点から援助が得られるということが大きな影響力を持つ。
また、相談相手や励ましたり、支えたりするピア・カウンセラーが得るものも大きい。ピア・カウンセラー達は、ピア・カウンセラーになるために受ける訓練プログラムを受け、実際にピア・カウンセラーとして活動することを通して、コミュニケーションスキルを向上させ、自尊心や自己認識を高めることができる。

 以上のように、援助される側と援助する側の両方に置いて効果的な働きを持つピア・サポートの取り組みは学校教育の現場で様々な形で活かされると考えられる。


第3節 ピア・サポートの支援の形


ピア・サポートには大きく分けて、友達作り、カウンセリング・アプローチ、葛藤解決の3種類の支援関係がある。

友達作り…新入生のためのオリエンテーション、クラスメイトに無視されたり、そうでなくても1人でいることが多いと教師が考える子どもに「バディー(相棒)」として付き添う、学習障害や自尊心の低い子ども達を助けるなど、同輩の気持ちを支え、同輩に友情を提供する取り組み。 

目的1 ピア・ヘルパーたちの個人の発達を促す
   2 ピア・ヘルパーの力を借りて、配慮に満ちた支援を子ども達に与える
   3 学校の気風に肯定的・積極的な影響をもたらす
   4 困難を抱えた子どもと専門的カウンセリング・サービスとの間をつなぐ

 カウンセリング的アプローチ…グループカウンセリング、電話カウンセリング、1対1のカウンセリングなどのカウンセリング・アプローチを用いた支援活動を、ピア・カウンセラーが訓練を通してカウンセリング・スキルを学び、カウンセリング活動に取り組んでいく。

目的1 既存のカウンセリング・支援サービスを補完し、拡大する
   2 若者達が仲間の発達的・個人的課題に対処するスキルを高める
   3 仲間の心理的・社会的ニーズに対処する
   4 よりいっそう積極的なコミュニティー環境を創造する

葛藤解決と調停…争いやいじめなどにおいて、同輩による仲裁を通じて問題状況を改善していくことが目的である。ピア・カウンセラーが葛藤解決のための訓練を受け、争いや問題の当事者が調停の結果について肯定的な感触がもてるようにウィン・ウィンの状態を作り出す取り組み。

目的1 葛藤の積極的意義について理解を深める
   2 葛藤解決の方略を学ぶ
   3 学んだ方略を具体的な状況に適用すること
   4 葛藤解決について長期的アプローチを開発すること

第4節 ピア・カウンセリングの支援関係


 同輩支援の形には知られているだけでも、30を超えるバリエーションがある。ピア・アンバサダー(同輩大使)、ピア・ファシリテーター(同輩ファシリテーター)、ピア・ヘルパー(同輩ヘルパー)といったものである。カナダ・ナショナル・ピア・ネットワークでは、メンバープログラムの38%が「ピア・ヘルパー(同輩ヘルパー)」という名前を使い、35%が「ピア・カウンセラー(ピア・カウンセラー)」という語を使用し、12%が「ピア・サポート・ワーカー(同輩支援ワーカー)」という語を使用している。他にも、「ピア・ファシリテーター(同輩ファシリテーター)」、「ピア・チューター(同輩個別指導員)」、「ピア・アシスタント(同輩アシスタント)」、「ピア・エデュケーター(同輩教育者)」といった言葉を使用している。

 今回の論文においては、これら同輩支援の中で、訓練プログラムを受け、仲間の相談に乗り、実際にカウンセリングを行う児童生徒を「ピア・カウンセラー」と位置付ける。また、訓練プログラムを受け、カウンセリングは行わないが仲間を助けたり、支えたりする児童生徒を「ピア・サポーター」と位置付ける。

第5節 本研究の目的


 スクールカウンセラーの制度化が決まり、スクールカウンセラーの活躍が期待される。しかし、カウンセラーが手を伸ばすことができるところにも限界があることも事実である。

 元来、子ども達は彼らの友達とお互いに支え合い、一緒に問題に取り組む働きをしているものである。その働きを学校全体に広げて、組織化することは児童生徒にとって広範囲にわたって良い影響を及ぼす。このようなピア・サポートを学校教育の現場に取り入れていくためには、やはり専門化の援助と指導が必要となってくる。専門化として適した立場にあるのが、まさしくスクールカウンセラーではないかと思われる。

 日本でのピア・サポート活動の歴史は浅く、取り組みは始まったばかりである。ピア・サポート活動の取り組みが盛んな国として、カナダやイギリスなどが挙げられる。これらの国では主にいじめに対する対処を目的として活動が展開されている。その他、アメリカや韓国、マレーシア、サウジアラビアなどでもピア・サポートに着目し活動が進められている。ピア・サポートを良く理解して、これらのピア・サポート先進国の結果から日本の教育態勢に適したピア・サポートを考えていくことはこれからの学校教育、またスクールカウンセラーの制度化にとって非常に役立つと考えられる。

 日本で後を立たないいじめ問題に対して、根本的な解決を仰ぐ手段のひとつとしてピア・サポート活動を捉え、その中でもピア・カウンセリングに焦点を絞り、日本でのピア・サポート活動の有効性を探る。



第2章 ピア・サポート


第1節 全校的指針(ガイドライン)の必要性


全校的指針(ガイドライン)とは何か


 全校的指針とは、学校の目標を明言し、その目標を達成する手段を書き表した文書である。生徒児童や教職員の行動管理に関わる指針は2つのグループに分けられる。一つは、学校の円滑な運営に貢献する指針で、服装の基準を定めることや学校内での人の動きを調整すること、時間の厳守を求めることなどが含まれる。二つ目は、生徒児童間や教職員間および生徒児童・教職員間で、どういう関係が望まれるかを規定する指針である。これら2つの指針の中でも、ピア・サポートの枠組みとして重要であるのは、二つ目の指針である。

なぜ全校的指針が必要なのか


 第一に、ピア・サポートを活性化するためには、協力の価値を一人一人が認めて実践する指針を持ち、相互性・信頼性に基づく人間関係を築くことが大切である。そのため、学校的指針として文書化して、一人一人が心にとめておく必要がある。

 また第二に、学校内で良い行動および規律を確立するためには、全校的な参加が実現していること、望ましい行動・望ましくない行動について明確な期待形成が行われていること、学校での日々の実践原理原則を学校のメンバーが互いに理解していることが必要となる。

 第三に挙げられることは、指針を作ることによって、望ましい行動と望ましくない行動を明確に定義付けることができ、一貫性を持った予防的・対処的取り組みを行うガイドラインを持つことができるということである。

 以上の理由から、学校全体がピア・サポートを支える土壌を作ることによって、ピア・サポートの効果を高めていくために全校的指針は不可欠なものである。

    

全校的指針を開発するプロセス


1. 指針作りの必要性を見定める
   学校全体に関係することであるため、指針作りには大勢の人間の参加が求められる。学校管理責任者は、指針作りのプロセスに入る前に、なぜ指針が必要なのか指針を維持するために個人が努力することがどのような利点を持つのかを明確にしておく必要がある。

2. 指針の内容について合意する
   効果的な指針の策定のためには、全教職員、児童生徒、そして親達の参加が必須である。それらの大勢が協議することによって、目指されている目的が集団全体の責任であることを明白に示す必要がある。

3. 指針の内容を実践する
   効果的な指針のためには、指針が持つ目的に合った研修やスキル訓練を取り入れて指針の内容を実践していくことが望ましい。難しい人間関係に対処するスキルを身につけて学校にやってくる人間はほとんどいないこと理解して、そうしたスキルを高めるための方法を取り入れていかなければならない。このことは、児童生徒だけではなく、教職員にもいえることで、対人関係に関する幅広いスキルを身につける必要がある。

4. 指針の効果を維持する
   指針の効果を維持していくために、全校的指針の有効性について定期的にアンケートを行うなどのモニター作業が欠かせない。モニターすることによって、実践上修正すべき点に目を向け、現行システムの全体像をつかんでおくことが必要である。

第2節 ピア・カウンセラー養成のための訓練プログラム

第1項 ピア・カウンセラーの役割



 ピア・カウンセラーの役割は、大人や教師が入り込むことのできないところに、同じ児童生徒の立場であるピア・カウンセラーが支援的に関わっていくことを通して、問題の当事者自身が問題解決に向かっていくことを促進することである。この場合の、「支援的関わり」がカウンセリング・サービスにあたる。
その他にも、学校が直面している問題や児童生徒のニーズに対して働きかけ、取り組んでいく存在である。カウンセリング・サービスを中心としたピア・カウンセラーの役割を1〜7に示す。

1 クライエントと教師との関係改善
2 クライエントと仲間との関係改善
3 学校でのいじめに取り組む
4 クライエントの自尊心の向上を助ける
5 クライエントが入学・編入といった変化に対処するのを助ける
6 クライエントの身体イメージの向上を助ける
7 クライエントが孤独に対処するのを助ける

第2項 ピア・カウンセラーに求められるもの


 ピア・カウンセリングを学校教育の中で取り入れる上で、ピア・カウンセラーやピア・サポーターの存在は大きく、その活動に非常に大きな影響を及ぼす。ピア・カウンセラーが魅力のある存在でなければ、ピア・サポート活動に頼ろうとする同輩(クライエント)はいないだろう。そして、ピア・カウンセラーの最大の存在意義は、同じ児童生徒として、同輩(クライエント)の悩みや思い、抱えている問題についての良い聞き手であることである。ピア・カウンセラーがクライエントと、より良い支援関係を築くためには、ピア・カウンセラー自身の人柄が他人に受け入れられるものでなければならない。ピア・カウンセラーにとって欠かせない素質として挙げられるものを以下に示す。

・ 良い聴き手であること
・ しっかりとしていて、信頼できること
・ 信頼を裏切らないこと
・ 思いやりや分別があること
・ 穏やかで客観的であること
・ 他人を気遣うことができること
・ 親しみがもてること

 こうした資質をピア・カウンセラー自身が自覚し、身に付けていくための訓練プログラムに参加することがピア・カウンセラーの義務であるといえる。

第3項 ピア・カウンセラーの選抜


 ピア・サポート活動は、特定の学年を対象に導入することもできるし、全校を対象にすることもできるが、いずれの場合も、学校がピア・カウンセラーを選ぶというステップは同じである。希望者全員を受け入れて、期間中に適性や能力を見定めるという方法もあるし、ピア・カウンセラーの責任の重さを強調するために選抜していく方法もある。

 すでにピア・サポート活動を取り入れている学校では、希望者全員を受け入れて訓練プログラムを行う方法をとっているところが多い。また、ある学校では、訓練の参加希望者に正式な願書を書かせ、その中でどのような形でピア・サポート活動に貢献しようと考えているのか、なぜ参加しようとするのかをたずねている。願書による書類選考を通った生徒には面接が行われ、訓練活動への参加が認められるという方式をとり、援助への率先性、責任感、他者と関係をつくる能力を重要視して慎重にピア・カウンセラーを選抜するという方法もある。

 いずれの方法を採用するにしても、訓練活動を通して、指導者が児童生徒の適性を見極めていくことも必要である。それぞれのピア・カウンセラー希望者がどんなピア・サポート活動に向いているのか考慮して、最も効果的にピア・サポートに関わっていくことができるようなポジションを用意したり、提言したりして指導者が介入・援助していくことで、ピア・カウンセラーの充実をはかりたい。

第4項 訓練活動


 専門的知識や多くの経験を持たない児童生徒が、カウンセラーとして作用していくためには必要な知識やスキル、態度を育成するための訓練プログラムが必要である。
 基礎技能訓練を行うには、半日や1日を使って、集中セッションを行う方法もあるし、45分の短いセッションを3〜4週間続けて行う方法もある。また、その両方を掛け合わせて行う方法もあるだろう。学校や指導者の状況に合わせて、一番学校に組みこみやすい方法を選択していけば良い。

 訓練活動の詳細は基本的に自由だが、目指す支援活動に沿うように準備する必要がある。基礎技能訓練の具体的な内容は傾聴、理解、要約、質問、援助と安心、援助計画、問題解決などが挙げられる。理論的な説明や知識に対して割く時間は最低限に縮小して、経験的な学習法を重視することがより効果的な訓練活動といえる。個人の経験についてグループで話し合ったり、ロールプレイを行ったり、すべての人が意見や考えを話す機会を持つゴーアラウンドを取り入れたりすることで体験的活動を充実させていくことができる。また、時としてテープレコーダーを使ったり、ビデオを使用したりして訓練活動を展開する場合もあるだろう。いずれにしても、最高12人くらいの人数で行い、全ての参加者が関与していると感じることのできるような訓練活動を展開していくことが最も実用的なトレーニング法である。訓練活動における体験を通して、それぞれの参加者が何を感じたかということが問題になってくることからも、体験的要素がいかに重要であるかがわかる。

 これらの基礎技能訓練のセッションが終了してからも、基礎技能訓練は継続されるべきである。ピア・サポート活動が始まってからも、自分の取り組みについて内省したり他者の経験を共有したりするためのスーパービジョンを通じて学習を広げ、さらなる問題に発展させていくことができる。訓練活動を一度きりのものにせず、継続することも重要なことである。

第3節 ピア・カウンセリングの実際


第1項 イギリスでの取り組み


 イギリスでは、90年代前半に、いじめ介入プロジェクトが実施され、その介入策の一つとしてピア・カウンセリングが導入された。その中でも、公立総合制中等学校(11歳から18歳の生徒がいる)で生徒たち自身がいじめをなくすために立ち上がり、スクールカウンセラーの助けをかりながらピア・カウンセリング・プログラムを確立した例を紹介する。

 生徒協議会のメンバーが、「いじめをなくすためにどうすればよいか」をスクールカウンセラーにたずねたことから、この活動は始まった。クラスにつき1名の生徒代表が出席する、いじめ対策のワークショップを組織して、いじめに対する方略や取り組みについて学び、午後からはそれぞれのクラスに戻って、学んだことについて紹介してから少人数で反いじめのための方略や全校的指針の必要性を話し合った。

 その結果、1.全校的指針を作る 2.指針には、全校生徒が署名する契約を含める 3.生徒たちによって運営されるいじめ被害者・加害者のためのピア・カウンセリング・サービスを設置するという3点がまとめられた。指針は、いじめの定義から始まり、全校をあげていじめ問題に立ち向かう姿勢を表したものだった。

 ピア・カウンセリングの設立は、スクールカウンセラーが11年生から13年生に呼びかけて、40人の生徒がピア・カウンセラーとして集められた。放課後の時間を使って訓練プログラムが行われ、ピア・カウンセリング・サービスがスタートした。2年後からは、すでに訓練を終えた生徒の助けを借りて、より長期のプログラムを使った訓練を行っている。この訓練コースには、泊りがけの週末研修などを取り入れてピア・カウンセラーの育成に努めている。訓練コースが終了すると、ピア・カウンセラーは担当クラス(11歳から13歳)に週1度出向き、傾聴のスキルと相互カウンセリングのスキルを教える短いコースを実施した。またゲームその他の活動を行って、生徒たちの自尊心を向上させるように働きかけた。望めば、ピア・カウンセラーと1対1のカウンセリングを受けることもできるようにした。学年集会などでは、カウンセリング・サービスについて広報し、カウンセリング・サービスの理解を求めた。それと平行して、ピア・カウンセラーたちは、毎週昼食時や朝礼の時間に支援グループが実施され、その週に担当クラスで行う活動を話し合ったり、問題点を話し合ったりした。このようにして、ピア・カウン セラー同士が経験を分かち合い、話し合うことは、ピア・カウンセラーの成長に大きく貢献した。

 毎週、ピア・カウンセラーがクラスにやってくることによって新入生は安心感を持ち、このプログラムを非常に気に入った。また、学校全体で相互カウンセリングの手法を学ぶことによって、それぞれの生徒の意識を高め、プログラムを効果的にすることができた。いじめが全校で定義され、どんないじめも許さないという姿勢が浸透して、より多くのいじめの被害者がいじめ防止の目的で進んで名乗り出るようになった。全校的指針を生徒自身も加わって作り、学校全体がプログラムに参加していくことがプログラムに大きく影響することがわかる。

第2項 サウジアラビアでの取り組み



 サウジアラビアでは急速な経済・文化の変化に伴い、青年期の問題が増加している。宗教上の原理が残る伝統的な態勢がある一方で、西洋メディアの影響を簡単に受けやすい一面も持ち合わせ、この矛盾がジェネレーションギャップを拡大している。西洋ではピア・サポートが学校において青年を援助・サポートする方法として認められているが、サウジアラビアと西洋とは異なる文化を持つ国である。しかし、サウジアラビアの青年が抱える問題の多くは、西洋の同じような年頃の青年と同じ問題である。このことからピア・カウンセリングを西洋文化とは異なるアラビア文化に応用させようとピア・サポートが導入されようとしている。その試みの一つの例を紹介する。
サウジアラビアにおけるピア・サポート・プログラムの目的は、サウジアラビアでのピア・カウンセリングの適性と生徒の孤独改善であった。また、生徒にとっての学校における社会環境の保持・助長の手段提供も目的として挙げられた。

 プログラムは1996年10月から1997年5月までの1年度間、サウジアラビア南西にある男子の中学校(全校生徒531人)で実施された。ピア・カウンセラーのトレーニングは志願者(35人)に対して、人間関係・特別な孤独の問題における活動、リスニングスキルを中心にした45分のセッションが12回、2人のスクールカウンセラーによって行われた。その後35人の志願者の中から20人が1〜3学年全てから選出された。

結果:クライエント数  66人(全校生徒の12.4%)
   平均年齢     17,28歳(1学年が最も多かった)
   主な利用内容  仲間との関係(16%)
              学習問題(16%)
              友達作り(14%)
              教師との関係(10%)
              その他
   利用回数     50%→初回面接で終了
              25%→2回の面接で終了
              25%→3〜5回の面接で終了
    
分析の結果
 孤独、社会的サポートの両方において有意な結果は得られなかった。一方で、ピア・カウンセラーに対しては、1.傾聴、受容、興味を示す態度、感情の抑制におけるピア・カウンセラーの努力、2.クライエントに対する援助や感情を落ち着かせる努力、3.サービスに対する満足度、4.サービス利用の継続意思という点で有意な結果が得られた。

 また、ピア・カウンセラーの自己概念のおける10の尺度はすべて、有意な結果が得られた。
学校が、ピア・カウンセリング導入に伴い、とり続けた記録によると、問題行動と教育問題で有意な減少が見られた。

サウジアラビアでのピア・カウンセリングの有用性
 上に示したピア・サポート・プログラムの中で、ピア・カウンセラー、クライエント、教師にインタビューした結果、いくつかの問題点や提案、このプログラムから得られたものが分かってきた。

 クライエントは、プログラムの全般的に肯定的な意見をもち、大半がカウンセリングの結果に肯定的であった。同輩に話すことが、教師や大人と話すよりも気楽であることから、カウンセリング・サービスを高く評価していた。しかし、教師のサポートの欠如や時間のなさには不満を示し、ピア・カウンセラーの補充、教師の肯定的なサポートを求めていた。また、ピア・カウンセラーは知識を深め、経験があり、信頼があり、人気であるべきだと指摘した。
ほとんどの教師がこのプログラムやピア・カウンセリングに対して否定的な態度を示した。プログラムが教師と生徒の関係を助けたと考えた教師はわずかで、その他は教師の問題を理解していない、教師を尊敬する気持ちを低減させると考えていた。これらの教師へのインタビューから、教師がカウンセリングに対してきちんとした理解を持っていないことが浮き彫りになった。

 サウジアラビアでは、生徒たちはピア・サポートに対して非常に肯定的で、ピア・カウンセリング・サービスを求めているが、その取り組みを支える立場にある教師に、ピア・カウンセリングに対する理解が欠けている。教師がピア・カウンセリングを肯定的に理解し、生徒のニーズにこたえていくことができたならば、サウジアラビアのピア・カウンセリングが発展していくことは間違いない。

第3項 日本での取り組み


 日本での、ピア・サポート活動は始まったばかりである。神奈川県横浜市立本郷中学校では、生徒たちの発想でいじめについての投書箱が設置され、投書をもとに生徒同士で解決を目指す活動が始まったのをきっかけに、その発展としてピア・サポート委員会が発足された。いじめ投書箱は、子どもたちの助け合いの精神を呼び起こすとともに、いじめを否定する考えや行動を引き出した。一方で、投書箱を管理し運営するのが、特定の生徒たちに偏ってしまうことが課題として残した。より多くの生徒たちが「仲間のために」と意識した取り組みが考えられ、全校から参加を希望する生徒たちを募り、ピア・サポート委員会が発足した。
まず、活動の方針として以下の2点を確認してから活動が始まった。

・ 生徒同士の人間関係を密にするために、人の話を真剣に聞ける生徒を育てたい
・ 講習会への参加以外は、何ら特別な強制はしない

 ピア・サポート委員会は他の委員会活動に習い、前・後期の2期制として、活動方針を目標にそれぞれ9回ずつの講習会が実施された。講習会への参加以外は特別な活動はなく、ピア・サポート委員という「すばらしい聞き手」が学校に広がっていくことを目的とした。活動は3年目を迎え、活動経験者は100名を越えた。学校の雰囲気が劇的に変わるということはなかったが、全講習が終わって、ピア・サポート委員に「この活動で自分が変わったと思うか」という質問には27名中24名が肯定的に「変わった」と述べた。

 この本郷中学校でのピア・サポート活動は、希望する参加者にだけに限定するのではなく、総合的な学習の時間を用いて全校生徒を対象にする活動に発展させようと準備が進められている。


第3章 まとめと全体的考察



第1節 ピア・サポートの持つ可能性


 ピア・サポートをいじめに対する対策の一つとしてとらえてきたが、ピア・サポート活動が学校現場にもたらす利点は、いじめ問題だけでない。直接的にいじめに介入していくのではなく、問題の周辺にじわじわと浸透していく働きがある。
ピア・サポートの結果として注目すべきことは、第一に、ピア・カウンセラー自身がおおきな成長を遂げられるということである。基本的技能を身につけるための訓練プログラムに参加して、ピア・カウンセリングやピア・サポート活動に参加していく中で自尊心、自己認識、コミュニケーションスキルを高めることができる。特に、人と人との関係が希薄になり、上手にコミュニケーションを取ることができなくなってきた現代において、コミュニケーションスキルについて学び、理解することは、人と良い関係を築いていく上で非常に役立つだろう。

 第二に挙げられるのは、上からの圧力ではなく問題を抱えている子どもと同輩の者によって解決が図られるということである。親や教師には入り込むことのできない悩みや問題を、同じ環境にある同輩にならば話すことができるということは自分自身の体験からも納得できる。そして、困ったときにはいつでも話を聴いてくれる場所があるということは、誰にとっても心強いことである。このことは、学校の中で、しばしば問題になる孤独に対する取り組みとして大いに期待できるものである。
第三には、全校的指針を学校全体で準備することで、生徒一人一人が問題意識を持つことができるということが挙げられる。問題に対して、無関心な生徒が集まっている学校の雰囲気と少しでも問題意識を持った生徒が集まっている学校の雰囲気では大きく違ってくる。直接活動に関わっていなくても、学校にピア・サポートという活動があるということを知り、活動の内容を理解しているだけでも生徒の意識は変わってくる。そのようにして、学校のよい風土を形成していくことが'反いじめ'にもつながっていく。

 以上の三点から、ピア・カウンセリングを含めたピア・サポートの可能性を考えると、'反いじめ対策'の取り組みとして非常に有効であると捉えることができる。生徒一人一人がいじめを許さないという気持ちを持ち問題意識を高めることや、いじめの問題が発生したときに生徒の手によって解決されることはいじめの根本的な部分に作用する。また、全校生徒が活動に参加するようなプログラテーマ:学校教育におけるピア・サポート

第2節 日本でのピア・サポートの将来的展望


 不登校やいじめ対策にスクールカウンセラー事業が導入されて五年が経つ。文部省は平成12年8月24日に、スクールカウンセラーの位置付けを現在のモデル事業から補助事業に変更し、制度化する方針を決めた。その内容としては、来年度から五年間で、小規模校を除くすべての公立中学校にスクールカウンセラーを配置するというものである。スクールカウンセラーは主に、児童生徒へのカウンセリングや教師・保護者への援助にあたってきた。これから、ますますスクール@として捉えられている。現在、全国で十数の小、中学校が試行しており、文部省も2002年度から始まる「総合的な学習の時間」の授業メニューに取り入れ、全国の学校で指導ができるようにする計画である。

 また、長野ではインターネットなどを通じていじめ相談に応じる全国的組織「いじめから友達を守る会」が平成12年10月14日に設立された。いじめを受けたり、友人をいじめによる自殺で亡くした長野県や大阪府などの9人の中高生が相談員となり、活動を展開していく。活動内容は、いじめ相談の他にも年1回の会員同士の交流を兼ねた全国規模の集会、地域ごとに月1回程度のいじめの現状などについて話し合う勉強会である。学校教育のなかで行われている取り組みではないが、中・高生が自ら仲間を助けようと立ち上がり、活動しているこの取り組みもピア・サポートの一つの形である。

 ピア・サポート活動には、専門家やスクールカウンセラーまたは、ピア・カウンセリングやコミュニケーションスキルの研修をうけた教師の存在が必要とされる。日本の中学校は1クラス40人ほどもいる。教師は専門教科の授業、その他学校内の役割があり、その多忙さはしばしば指摘される。ピア・カウンセリングに対して熱意を持つ教師が多くいなければ、教師だけでピア・カウンセリング活動を支えていくことは困難である。スクールカウンセラーの配置が決定したことは、このような点から考えてみるとスクールカウンセラーが学校現場におけるピア・サポート活動の発展の鍵を握っているといえる。スクールカウンセラーが学校教育に受け入れられ、よい影響力を持って活動することが可能な環境がなければ、学校現場でピア・サポートを導入することは難しい。教職員のスクールカウンセラーに対する理解や協力と生徒たちにスクールカウンセラーの存在が受け入れられることが必要不可欠である。ピア・サポート活動の目的と学校文化の隔たりが縮むことによって、ピア・サポート活動は発展していくだろう。

 日本でのピア・サポートの取り入れ方としては、まず全校生徒を対象にした基礎技能の訓練プログラムに力を入れて取り組んでいくことによって、ピア・サポート活動を広げていくことが生徒の興味・関心、活動内容の理解を一挙に獲得できる方法として有効だろう。その延長として、生徒のニーズに合わせたカウンセリング活動を展開することによって、子ども達によっていじめをなくす活動として発展していくことができるのではないだろうか。



参考文献


ヘレン・コウィー&ソニア・シャープ編 1997 学校でのピア・カウンセリング 川島書店

滝 満編 2000 ピア・サポートではじめる学校づくり 中学校編 金子書房

1997年7月27日 東京夕刊

Cheryl.G (1989) Guideline for Special Issue Training Sessions in Secondary School Peer Counselling Programs
Canadian Journal of Counselling,

Abu-Rasain,-M.-H.-M;Williams、-D.-I.(1999) Peer Counselling in Saudi Arabia Journal of Adolescence..Aug; Vol 22(4) : 493-502

Keith.T(1996) Reaching where adults cannot : Peer education and peer counseling Educational Psychology in Practice. Jan; Vol 11(4) : 23-29




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