松尾研究室ゼミ                                    1998.6.25
精神病理についての基礎知識

心理学科 松尾直博



1.異常と正常



(1)心理的な異常とは(Atkinson et al.,1996)

 @統計的基準から離れている
 A社会的基準から離れている
 B行動の不適応性(本人や周囲にとって不利な状態か)
 C本人が感じる苦痛が存在する

(2)心理的な正常とは(Atkinson et al.,1996)

 @現実を正しく知覚している
 A自らの行動に対して随意的なコントロールが可能である
 B自分自身を肯定的にとらえている
 C良好な人間関係を形成できる
 D生産的な生活を送れる
 
*Fig.1参照

2.原因による分類



(1)心因:心理学的原因によって生じたものであり,病理解剖的変化を持たない

(2)内因:問題が心理学的原因のみによって起こっているとは考えられない(誘因のときはある)。病理解剖的変化は特定できない。もともと本人が持っていた脆弱性が関係していると考えられる。遺伝的な問題も想定されるが,特定化されていないことが多い。

(3)外因:身体疾患,外傷などによる病理解剖的変化が特定できる。器質性精神疾患,中毒性精神疾患,症状精神病など。

*器質性→外因,機能性→心因・内因

3.診断



(1)診断の意義

 @複数の専門家間の情報交換で有用
 A原因,予後について推測できる
 B効果的な対応について推測できる

(2)診断の危険性

 @診断名によって先入観,偏見が生まれる(ラベリング効果)
 A誤った診断は,不適切な対応につながる

(3)診断システム(DSM−W,ICD−10)→付録1参照

4.各論


(1)心因反応

 強いストレス状況に置かれたときに,精神的衝撃によって起こされる反応。親しい人が亡くなったために落ち込み,一時的に活動性が落ちたりすることなど。通常は,原因が取り除かれ,時間が経過すると自然に回復する。

 原因が既に存在しないのに心因反応が2週間以上持続すると「急性ストレス障害」という診断名が,さらに4週間以上持続すると「外傷後ストレス障害(PTSD)」の診断名が適用されることもある。

(2)神経症

一般的な神経症概念
 ・心因性の精神障害である
 ・精神病ではない
 ・症状が固定し,日常生活に支障をきたす
 ・病識があり,本人が苦痛を感じる
 ・現実検討能力が保持されている

*ICDには,「神経症性障害」というカテゴリーが残っているが,DSMでは神経症の診断カテゴリーは消失している。表1参照。
 
(3)精神病領域

 一般的な精神病概念
 ・心因性の精神障害ではない
 ・病状が重く独力で日常生活を営むことが困難である
 ・現実検討能力が失われている
 ・病識が薄い

 @精神分裂病
 
 症状(衣笠・相田,1998) 
  陽性症状:妄想,幻覚,思考障害,自我障害
  陰性症状:引きこもり,感情の平板化,無関心
  対人関係の偏狭さや極端な敏感さなど

 ブロイラーの重視した症状
  基本症状:連合弛緩,自閉,感情的不調和,アンビバレンス
  副症状 :幻覚,妄想,関係念慮

 シュナイダーの第一級症状
  思考化声,幻聴,被影響体験,思考奪取,思考干渉,思考伝播,妄想知覚

 Aうつ病

  症状(老松,1998)
  ・抑うつ気分
  ・抑うつ気分から発展した妄想(心気妄想,貧困妄想,罪業妄想)
  ・抑制(幅広い行動に対する動機づけの低下)
  ・昏迷(意志の発動性が極端に低下した状態)
  ・睡眠障害(早朝覚醒,中途覚醒)
  ・食欲不振,便秘

 *抑うつ神経症
  抑うつ気分,抑制を中心症状とする点ではうつ病と同じだが,以下の点で異なる。
  ・抑うつが神経症的力動から生じている(心因と考えられる)
  ・抑制の程度がそれほど重度でない。妄想もあまり生じない
  ・睡眠障害は入眠困難が多い
  ・食欲不振や便秘を伴わないこともある

 B躁うつ病(双極性感情障害)

  躁とうつ状態を交代的,周期的に繰り返す

  躁状態の症状(坂本・神庭,1998)
  ・気分の高揚
  ・活動性の過多
  ・著しい転導性の亢進(注意が次から次へと移る)
  ・自尊心の肥大
  ・誇大的,過度に楽観的な思考
  
 C器質性精神障害
 
 脳の一次的障害によるものは「器質性精神障害」,脳の二次的障害によるものは「症状精神病」と分類されてきたが,一次的か二次的かの判断が困難であるため,最近は「症状性を含む器質性精神障害」(ICD−10)が用いられる。ちなみに,DSM−Wでは器質性精神障害という診断名は廃され,「痴呆」「一般身体疾患による精神疾患」「物質関連障害」のいずれかに分類される(横山・織田,1998)。

*表2参照

(4)人格障害

 その個体に特徴的で一貫性のある認知,感情,行動が大きく偏り固定化したために非適応的になっている状態。人格の著しい偏りのために,適応的な判断や行動ができず,感情を適切に抑制できず,その結果自分自身や周囲の人が苦しむ(大野・三谷,1998)。

クラスターA(奇妙,風変わりな群)

 @妄想性人格障害 :他人の動機を悪意あるものと解釈するといった,不信と疑い深さの様式
 A分裂病質人格障害:社会的関係からの遊離および感情表現の範囲の限定の様式
 B分裂病型人格障害:親密な関係で急に不快になること,認知的または知覚的歪曲,および行動の奇妙さの様式
 
クラスターB(演技的,活動的で不安定な群)

 C反社会性人格障害 :他人の権利を無視しそれを侵害する様式
 D境界性人格障害  :対人関係,自己像,感情の不安定および著しい欠如の様式
 E演技性人格障害  :過度な情動性と人の注意を引こうとする様式
 F自己愛性人格障害 :誇大性,賞賛されたいという欲求,および共感の欠如の様式

クラスターC(不安におびえている群)
 
 G回避性人格障害  :社会的制止,不適切感,および否定的評価に対する過敏性の様式
 H依存性人格障害  :世話をされたいという全般的で過剰な欲求のために従属的でしがみつく行動をとる様式
 I強迫性人格障害  :秩序,完全主義,および統制にとらわれている様式

(5)発達障害

 中枢神経系の異常による高次精神機能(認知,言語,社会性,運動調整)の障害。小児期に明らかになり,非進行性である。

 @精神遅滞:全般的な知的機能が有意に低く,日常生活の適応に支障がある

 A広汎性発達障害:対人的相互作用の障害,コミュニケーションの障害,行動・興味の狭さの3つの領域の障害。
          自閉性障害,レット障害,小児期崩壊性障害,アスペルガー障害

 B学習障害:全般的な知的発達に障害はないが,特定の能力の習得と使用に著しい困難を示す
       読字障害,算数障害,書字表出障害

 C注意欠陥/多動性障害:注意力の欠如,多動性,衝動性を示し,日常生活の適応に支障がある

 D言語の特異的発達障害:他の障害では十分に説明されない,言語の領域に特定された障害
             音韻障害(構音障害),表出性言語障害,受容性言語障害

(6)心身症

 身体的障害で発症や経過に心理社会的因子の関与が認められる病態。

 診断基準(高木,1991)

@身体的障害は自律神経系,内分泌系,免疫系などを介して特定の器官系統に出現し,「器質的な病変」ないし「病態生理  的過程の関与」が認められるもの

A心理社会的因子が明確に認められ,これと身体的障害の発症や経過との間に,時間的な関連性が認められること

B身体症状を主とする神経症,うつ病などの精神疾患は除く

*表3参照



文献



 American Psychiatric Association 1994 Diagnostic and statistical manual of mental disorders 4th edition ;DSM-IV. Author (高橋三郎・大野裕・染谷俊幸訳 1996 DSM−W 精神疾患の診断・統計マニュアル 医学書院).

 Atkinson,R.L., Atkinson,R.C., Bem,D.J., & Hoeksema,S.N. 1996 Hilgard's introduction to psychology 12th edition. Harcourt Brace College Publishers.

 衣笠隆幸・相田信男 1998 精神分裂病. 小此木啓吾・深津千賀子・大野裕編 心の臨床家のための精神医学ハンドブック 創元社.

 老松克博 1998 感情(気分障害).大塚義孝編 現代のエスプリ別冊 心の病理学 至文堂.

 大野裕・三谷美津江 1998 パーソナリティ障害. 小此木啓吾・深津千賀子・大野裕編 心の臨床家のための精神医学ハンドブック 創元社.

 Perterson,C. 1996 The psychology of abnormality. Harcourt Brace College Publishers.

 坂本玲子・神庭重信 1998 双極性感情障害(躁うつ病). 小此木啓吾・深津千賀子・大野裕編 心の臨床家のための精神医学ハンドブック 創元社. 

 高木俊一郎 1991 小児心身症の発症機序とその特徴. 「小児内科」「小児外科」編集委員会編 小児の心身症 東京医学社.

 World Health Organization 1993 The ICD-10 classification of mental and behavior disorders; Diagnostic criteria for research. Author(中根允文・岡崎祐士・藤原妙子 1994 ICD−10 精神および行動の傷害−DCR研究用診断基準− 医学書院).
 横山知行・織田尚生 1998 器質性精神障害. 大塚義孝編 現代のエスプリ別冊 心の病理学 至文堂.

参考文献



 American Psychiatric Association 1994 Diagnostic and statistical manual of mental disorders 4th edition ;DSM-IV. Author (高橋三郎・大野裕・染谷俊幸訳 1996 DSM−W 精神疾患の診断・統計マニュアル 医学書院).

 宮本信也 1992 乳幼児から学童期のこころのクリニック −臨床小児精神医学入門− 安田生命社会事業団.

 大塚義孝編 1998 現代のエスプリ別冊 心の病理学 至文堂.

 小此木啓吾・深津千賀子・大野裕編 1998 心の臨床家のための精神医学ハンドブック 創元社.

 Perterson,C. 1996 The psychology of abnormality. Harcourt Brace College Publishers.

 「小児内科」「小児外科」編集委員会編 1991 小児の心身症 東京医学社.

 World Health Organization 1993 The ICD-10 classification of mental and behavior disorders; Diagnostic criteria for research. Author(中根允文・岡崎祐士・藤原妙子 1994 ICD−10 精神および行動の傷害 −DCR研究用診断基準− 医学書院).



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