松尾研究室ゼミ                                    1998.7.9
家族心理学・家族療法の基礎

心理学科 松尾直博





1.家族、家族心理学、家族療法の定義


 家族の定義:
「家族とは、夫婦・親子・兄弟など少数の近親者を主要な成因とし、成因相互の深い感情的関わり合いで結ばれた、第一次的な福祉志向の集団である」(森岡・望月,1993)

 家族心理学の定義:
「家族心理学とは、システムズ・アプローチに準拠し、家族にかかわる心理学的諸現象を研究する科学である」(岡堂,1992)

 家族療法の定義:
「精神的情緒的に障害がある個人の問題を個々人よりも、家族というシステムとしてとらえ、治療する心理療法」(高野,1994)
「危機に陥った家族システムへの専門的な心理的援助」(亀口,1992)

2.現代の家族


 ・核家族化
 ・少子化
 ・小家族化(図1)
 ・私事化(プライヴァタイゼーション)

3.家族心理学・家族療法の視点



(1)システムズ・アプローチ(システミック・アプローチ)

 家族をひとつの有機体システムであると考える。システム内の家族員が相互に影響を与えながら、家族という「生き物」として恒常性(ホメオスタシス)や変化(モルフォジェネシス)を発現しているかをとらえる。したがって、家族員個々の精神内世界に焦点を当てるよりも(還元主義)、家族員同士の関係によって家族システム全体がどのような結果を得ているかに焦点を当てる(統合主義、全体主義)。

 また、因果関係を推論する際に、線形的(リニアー)でなく、円環的(サーキュラー)な視点をとる。線形的な視点では、問題の原因と結果を一方向の矢印で理解する。例えば、子どもが不登校になったのは、母親の不適切な関わり方が原因であると考える(母親の関わり方→子どもの問題)。それに対して、円環的な視点では、家族員は常に相互に影響を与え合っていると考える。したがって、母親の関わり方が子どもの不登校状態に影響を与えていると考えられるが、反対に子どもの不登校状態が母親の関わり方を悪化させているとも考えられ、結果として悪循環を起こしている可能性を推測する。

  実際には、他の家族員(父やきょうだい)がさらに両者に影響を与えていると考えるため、複雑な円環的な関係が推測される。
 
例 不登校の子ども事例を従来のアプローチとシステムズ・アプローチからとらえてみましょう

 従来のアプローチ:子ども自身の性格の問題、本人が直面したストレス状況の分析、親の養育態度などからとらえる

 システムズ・アプローチ:家族全体の機能をとらえ、本人が不登校になることによって家族が心理的に崩壊することを防ぐ役割をしたり、あるいは家族システムが次のよりよい方向へ変化するための準備状況を作っていないかなどを検討する

(2)構造モデル

 @サブシステム
 家族は全体で独立したシステムを形成しているが、その内部にさらにサブシステムを持つ。基本的なサブシステムとして、以下の3つが考えられている。

・夫婦サブシステム
 基本的機能は社会的に認められた夫および妻という二者関係を通じての個々の成長と社会の期待に応えるという機能である。一つの家族システムがうまく機能するかしないかは、このサブシステムによるところが大きい。

・親子サブシステム
 基本的機能は、養育と責任ある成人モデルの提供である。

・同胞サブシステム
 基本的機能は、競争や協力といった体験を通じて、子どもが社会化するために必要な仲間集団への適応を促し、両親との世代間境界を強固にすることである。

 日本の場合、親子サブシステム(特に母子)が強く、相対的に夫婦サブシステムが弱いと考えられている。また、少子化の影響で重要な機能を持った同胞サブシステムが形成できない家族も少なくない。

 A境界(バウンダリー)
 家族全体および家族内のサブシステムの目に見えない輪郭である。
 特に重要視されるものが、家族システムとそれを取り巻く社会とを区別する「外的境界」と、夫婦サブシステムと同胞サブシステムの間に介在する「世代間境界」である。こうした境界が明確でなく、(サブ)システム外の人間に境界が侵された場合、システムが機能不全になり何らかの問題が生じることがある。

 B連合(図2)
 連合とは「第三者に対抗するために二者が協力するプロセス」(Haley, 1976; 平木,1992より引用)と定義される。家族の心理構造として問題とされるのは、以下の3つである。

・固着した連合
 家族員が他の家族員に対抗して連合し、そのパターンが強力になり、柔軟な対応ができなくなることを言う。反対に、機能的な家族は、問題によって家族員の提携の仕方を変えることができる。

・迂回連合
 固着した連合を作っている二者間に起こるストレスを緩和するために、第三者を自分たちの問題の原因として、攻撃したり、孤立化させたりすること。夫婦間で葛藤やストレスがあるとき、子どもが問題を起こせば、二人の関心は子どもを問題とすることができ、自分たちの葛藤を棚上げにしておくことができる。

・三角関係化
対立する二者のおのおのが、共通の一人を見方にすること。その第三者は、両者の間を行き来することもあれば、一方の見方をして固着した連合を形成したり、迂回連合の第三者となることもある。

C家族内の投影(相互投影)

 過去に体験された情緒的に重要な対象のイメージを現在の家族員に投影すること。典型的な例としては、夫や妻が自分が育ってきた原家族での親(異性の親)のイメージを配偶者に投影することがみられる。親と子の間の投影や祖父母と孫の間の投影もみられる。投影されたイメージと実際の人物という現実とのギャップが大きく、それに気づかない場合は病理性の強い投影となる。

 治療の場で、治療者が自分の原家族との関係を来談家族に投影することもあるため、治療者は自らの原家族との関係の認識を高めておく必要がある。

DIP( Identified Patient )という考え方

 心理的問題を持った個人に対して家族療法家が好んで使用する呼び名。家族心理・家族療法の視点では、問題は症状を示している個人に独立してあるのではなく、家族システムの機能全体にあり、それが家族員の一人である人物の症状として現れているにすぎないと考える。こうした理由から、「家族によって問題があるとされている人」という意味でIP( Identified Patient )という用語が使用される。

 

4.家族療法の技法



(1)家族合同面接の治療構造

 システムズ・アプローチの観点からは、問題に対して円環論的推論を重視するため、IPのいる家族は、ある意味で全員が被害者で、全員が加害者であると考えられる。したがって、理想的には家族全員が治療の場へ来談することが望ましい。しかし、現実的にはすべての家族員が来談することは難しく、問題の性質によってはIP自身が来談できない場合も少なくない。白木(1998)のように、「この問題の解決にとって、役立つと思われる方々で面接にいらしてください」と家族に伝え、家族の意志や考えを尊重する方法もある。

 見方を変えると、システムズ・アプローチからだからこそ、IPが来談できない場合にも有効な援助を行えるとも考えられる。つまり、従来の個人に焦点を当てた治療の場合、「IP本人がこないと援助のしようがない」という見方をする治療者も少なくない。それに対して、システムズ・アプローチの場合では、問題なのはIP個人ではなくて、家族システムであると考えるため、だれであっても来談した家族員を通して家族システムに働きかけることができれば、IPの症状の改善につながる可能性があると考える。

 合同面接の形態をとる場合、家族員は以下の3つのタイプに分けられる。

カスタマー・タイプ
 購買する意志が決まっているお客という意味。問題や解決と自分との関わりをはっきりと意識しており、解決に向けて自分が変わることが必要であるという認識を持っている。

 →既に解決に向けてよい考えを持っていることも多いので、それが実行できるように援助する。

コンプレイナント・タイプ:
 不満を訴える人という意味。問題について詳しく語り、具体的な不満を訴える。解決についての期待もある。しかしながら、問題は自分以外のところにあり、自分以外の人や事柄が変化することが、解決に必要であると考えている。

 →本人が言うように、変化が必要と思っている人や状況に合わせて援助を始め、急速に、直接的に「問題や解決に、実はあなた自身が関わっている」ということを直面化させることはさける。徐々に、本人に気づいてもらえるように働きかける。

ビジター・タイプ:
 ただ面接につれてこられただけで、援助を必要と感じていない。IPがこのタイプであることも少なくない。

 →とにかく治療の場に来てくれた労をねぎらい、治療者との関係づくりを最優先させる。徐々に、本人が援助を期待していることがないか探し直してみる。

 長谷川(1998)は、同じ分類に対して「YMOの3類型」と名付けている(「やる気型(=カスタマー)」「文句ばっか型(=コンプレイナント)」「お客さん型(=ビジター)」)。

(2)パラドキシカル・アプローチ(対抗パラドックス、対抗逆説)

治療者が家族の1人に問題に関連する行動を逆転させ、それによって他の家族員の逆説的反応を引き出すことをねらう。治療的はたらきかけに対して抵抗する家族は、表面的には症状の改善を望んでいても、実際には家族の行動パターンを変化させようとしていない場合もある。そこで、家族に変化せず現状を維持するように、あるいは症状を促進させるようにと逆説的メッセージを伝える。

 これによって家族は現状の関係に対して揺らぎを感じ、症状に対する意味づけの変化、悪循環パターンの変化を経験を経て新しい家族としての自己組織化が起こる。また、抵抗の強い家族、IPに対しては、症状を維持しても、症状が改善しても治療者の意図したとおりであるという治療的二重拘束を与えることになり、治療抵抗を無毒化する効果がある(図3,4参照)。

(3)リフレーミング

ある状況がクライエントによって経験された情緒的分脈(フレーム)を取り替えることによって、その状況に固着していた意味を根本的に変更すること(亀口,1998)。セラピストが問題状況や症状の事実にうまく適合するように、新たな理解の枠組みを思いつくことができれば、家族の側の現実認識にも変化が生じる(表1)。

5.家族療法の事例


 
(1)不登校(長谷川,1992)
(2)家庭内暴力(長谷川,1992)
(3)非行の初期段階(井口,1998)
(4)自己中心的な子ども:朝日新聞(1998年7月1日)の記事より



文献



 長谷川啓三 1992 家族関係への心理臨床的介入(2)短期療法 岡堂哲雄編 家族心理学入門 培風館.

 長谷川啓三 1998 解決志向的短期療法  大塚義孝編 現代のエスプリ別冊 心理面接プラクティス 至文堂.

 平木典子 1992 家族の心理構造 岡堂哲雄編 家族心理学入門 培風館.

 井口由美子 1998 非行初期段階での治療的援助 生島浩・村松励編 非行臨床の実践 金剛出版.

 亀口憲治 1992 家族システムの心理学 <境界膜>の視点から家族を理解する 北大路書房.

 亀口憲治 1998 家族療法 大塚義孝編 現代のエスプリ別冊 心理面接プラクティス 至文堂.

 森岡清美・望月嵩 1993 新しい家族社会学 培風館.

 岡堂哲雄 1992 家族心理学の課題と方法 岡堂哲雄編 家族心理学入門 培風館.

 白木孝二 1998 家族との接し方 −ソリューション・フォーカスト・アプローチによる家族面接− 宮田敬一編 学校におけるブリーフセラピー 金剛出版.

 高野清純監修 1994 事例発達臨床心理学事典 福村出版.
 

参考文献



 亀口憲治 1992 家族システムの心理学 <境界膜>の視点から家族を理解する 北大路書房.

 中村伸一 1997 家族療法の視点 金剛出版.

 岡堂哲雄編 1992家族心理学入門 培風館.

 鈴木浩二監修 1991 家族に学ぶ家族療法 金剛出版.




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