松尾研究室ゼミ                       1998.7.24
支え合う人と人

心理学科 松尾直博



1.ソーシャル・サポート



(1)ソーシャル・サポートの定義

 「人がある情報を受け取ることによって、自分が世話を受け、愛され、価値あるものと評価され、コミュニケーションと相互の責任のネットワークの一員であると信じることができる様な情報」(Cobb, 1976;浦,1992より引用)

 ソーシャル・サポートと心身の健康との関連が強いことが多くの研究で明らかになり、人と人との結びつきを研究対象とする社会心理学において、1970年代以降、重要な研究領域となった。現在では、臨床心理学、健康心理学、教育心理学などの分野でも研究されている。

(2)ソーシャル・サポートの種類

 多様な種類のソーシャル・サポートがあげられているが、大まかに分類すると「道具的サポート」と「情緒的サポート」に分類される(表1)。

 道具的サポート:何らかのストレスに苦しむ人に解決に必要な資源を提供したり、その資源を手に入れることができるような情報を与える働きかけ

 例.お金や物品を与える。人間関係に介入して、関係調整をする。具体的なアドバイスをする。

 情緒的サポート:ストレスに苦しむ人の傷ついた自尊心や情緒に働きかけて、その傷を癒し、自ら積極的に問題解決に当たれるような状態に戻すような働きかけ

 例.勇気づける。励ます。一緒にいて、友情や愛情を示す。

 サポートの受け手は、送り手によって異なるサポートを期待している。例えば、病気の人は、医者や看護婦には道具的サポートを期待しているが、家族や友人からは情緒的サポートが与えられることを期待している(Dakof & Taylor,1990;浦,1992より引用)。

(3)ソーシャル・サポートとストレス

 良好な対人関係は人の健康に好ましい影響を及ぼす、というのがソーシャル・サポート研究の基本的な命題であり、ソーシャル・サポートとストレスとの関連を探る研究が数多く行われている。
 ソーシャル・サポートは、次の二過程でストレスに影響を与えていると考えられている(図1)。

・ある人に起こった出来事がストレスフルなものであるか否かの評価
・ストレスが疾病を引き起こすか否か

 良好なサポートを受けられる人は、出来事をストレスフルなものでないと評価し、またストレスに対して適切に対処するため、心身の健康を保ちやすい傾向にある。

 ソーシャル・サポートとストレスの数量的な関係については、以下のような関係が見いだされている。ソーシャル・サポートをどのようにして測定したかやストレスの種類によって結果は異なり、全ての現象を説明できる唯一のモデルはない。

@直接効果:サポーティブな対人関係の中にいるか否かは、その人の心身の健康に直接的な影響を及 ぼす(図2)。

A緩衝効果:その人の経験するストレスフル・イベントがその人の処理能力を超える場合にのみソーシャル・サポートが人の健康に影響を及ぼす(図3)。

B緩衝効果の限界:ストレッサーに対するソーシャル・サポートの緩衝効果は、ストレッサーが中程度ぐらいまでであり、ストレッサーが極端に強くなると、サポートの存在に関わらず心身の状態は 悪化してしまう(図4)。
 

2.同じ立場の他者の影響力を利用した心理療法


(1)集団療法

 心理臨床および医療の領域において運営される、集団を媒介とした治療的活動全般を指す(小谷,1998)。治療原理は、集団の中で自分のことを語ったり、他の人の体験を見聞きしたり、それらの刺激のもとに相互に関わり合う体験が、個々人の自己理解を助け、古い自分から新しい自分への変化を促進する。また、集団の凝集性が高まれば、個人の心理的課題や精神病理は小集団の対人関係様式に現れるようになる。そこで、クライエントが自分自身の過去、現在、未来における姿をとらえ直し、新しい自分への変化を促進する。

 治療形態は非常に多様で、多くの心の問題に対して有効であることが報告されている。治療参加の構成員は、似かよった性質(問題の種類、性別、年齢など)をもった人からなる同質的集団の場合と、あえて異なる性質の成員からなる異質的集団の場合とがある。セラピストによって参加者に呈示される基本ルールとしては、以下のようなものがある。

@グループ内で頭に浮かんでくることは何でも言う
A浮かんできた気持ちも何でも言葉にしてみる
B他メンバーの発言を聴く
C他メンバーの発言を聴いて浮かんできた考え、感想、気持ち、それが何でも言葉にしてみる
Dグループ内での話の内容や起きた出来事について内密性を守る
Eグループ内で起きた問題はグループ内で解決し、外には持ち出さない
Fグループ内では、言葉による表現の自由が保証されているが、立ち歩きや暴力等の行動による表現は制限される
Gグループ内での喫煙、飲食は禁止される
Hその他、グループ内に楽器、本、おみやげなど、物を持ち込むことは禁じられる
Iメンバー同士のグループ内での個人的交際は、電話等のおしゃべりを含めて期間中は禁じられる

(2)構成的グループエンカウンター(國分,1996)

  エンカウンターグループの一技法として開発されたもので、心のふれあいを目的に、ファシリテーターが主導権をとって、課題を与える形式をとる。治療的に用いられるだけでなく、予防的、開発的な介入法としても用いられる。ベーシックエンカウンターグループに比べて、短時間に関係づくりができ、プログラムを定型化することによって熟達者でなくても展開できることから、教育現場でも用いられるようになった。

 活動内容にはエクササイズとシェアリングの2つが含まれる。エクササイズとは、自己理解・他者理解・自己受容・自己主張・信頼体験・感受性の促進などの目的を達成するために考案された課題である。ゲーム性の強い方法に工夫されているため、楽しみながら参加できる。シェアリングは、わかちあいや振り返りのことであり、エクササイズを振り返ることによってそこでの気づきを明確化し、効果を定着する働きがある。また、一人の参加者の気づきや感情を全員で共有する働きもある。方法としては、エクササイズ終了後に感想を発表したり、話し合いをしたり、カードに感じたことを記入するなどの方法がとられる(付録1,2)。
 
(3)ペア・セラピイ(Selman & Schultz,1990)

 セルマンらによって開発された治療技法で、児童後期から青年前期の対人関係に問題を持つ子どもの人格形成と対人関係スキルを養うことを目的としている。

 治療は、二人の子どもをペアにし、そのペアに一人のセラピストがつく形式で行われる。ペアは、セルマンが開発した発達的モデル(表2)によって対人交渉方略の「レベルが同じ」で「志向性が異なる」組み合わせが最も良い組み合わせと考えられる。したがって、他者変化志向(相手を変化させることによって交渉を成立させる)の強い子どもと自己変化志向(自分がおれることで交渉を成立させる)の強い子どもがペアとなる。

 セラピストは、以下の3つの規則を呈示する。

・けんかや虐待はいっさいゆるされない:意見の衝突、議論、怒ることはこれらとは区別されることを説明する。
・室内の物の取り扱いには注意しなければならない
・ペアは互いに協力しなければならない

 セッションは週一度のペースで行われる。魅力的で、相互作用を行いやすいような遊具を準備するが、心理教育的なカリキュラムを意識的には計画しない。ペアの自由な相互作用に対して、セラピストは対人交渉方略のレベルを上げるように介入する。具体的には、他者の視点をとれるように援助したり、両者が満足できるような方略を提案したりして、自己変化的、他者変化的志向の統合された方略が産出できるように援助する。

 ペアセラピイは、典型的には以下のように進行する。

位相1 互いの判断
  
ペアの相手がどんな人かを双方が調べる時期。ペアの直接的な相互作用は少なく、大人との遊びや平行遊びが多い。

位相2 支配的なパターンを確立する
  
セラピストにどちらの方が好かれているか、どちらが勝つか、どちらが力があるか、どちらが統制するか、どちらが選択するかなどについて争う。

位相3 力の安定した不均衡
  
一方の子どもが多かれ少なかれ支配的統制者となり、他方が追随者となることで、2者関係が安定化する。セラピスト は、こうした安定した不均衡状況に積極的に介入し、次の再構造化へ導く。

位相4 新しいレベルの再構造化
  
 他者変化志向的な子どもは相手に譲るようになり、自己変化志向的な子どもは主張するようになるなど、再構造化が始まる。セラピストは、子どもが自己と他者の見方や欲求を理解し、それに基づいて行動することに焦点をおいた態度への移行を積極的に促進する。

位相5 対人的機能の統合
    
  新しく再構造化された社会的相互作用は、まだ不安定である。したがって、様々な状況での実践で再構造化を促すために、「水平的」な機会をペアに与える(位相3,4,5を繰り返す)。


(4)ピア・カウンセリング(Cowie & Sharp,1996)

@ピア・カウンセリングの定義
 高度な訓練をうけた専門家のカウンセリング・サービスではなく、同じ似かよった年齢グループに属する相手に対して、手をさしのべて、支援し、話に耳を傾けるというごく自然な傾向の延長線上にある諸行為を指す言葉(Cowie & Sharp,1996)。

 ピア・カウンセリングが有効であるとする根拠には以下のようなものがある。

・仲間との親密な関係がストレスから個人を守ってくれることが証明されている
・困難に陥ったときに最初に支援や援助を求めるのは仲間であることが多い
・社会的背景を共有していて、危機的状況で時間を割いて援助してくれるのは仲間であ る
・苦しんでいる本人が専門家との接触を望まない場合も少なくない、

A学校におけるピア・カウンセリングの支援関係の種類

・友だちづくり 
 子どもが持つ自然な支援スキルを日常的な仲間関係に適用する。上の学年の子どもが新入生の世話をする、孤立気味な子どもと仲良くなる、学習困難を持 子どものチューターとなるなど。仲間の気持ちを支え、友情を提供することが求められる。

・カウンセリング
 カウンセラーが用いるスキルを習得し、専門家のスーパービジョンのもと仲間に対してカウンセリング的なアプローチを行う。

・葛藤解決
 個人やグループ間での葛藤(いじめ、けんか)に介入し、解決を援助する。体系的な訓練を受け、葛藤を解決するための特別のスキルを学ぶ。能動的に耳を傾けるスキル、感情を反射させるスキル、論点を整理するスキル、様々な質問技法を使い分けるスキル、効果的に問題を解決するスキルなど。これらのスキルを用いて、「ウィン・ウィン(win win;双方が勝つ)」状況を創り出す。


3.コミュニティ心理学・臨床心理的地域援助(山本ら,1995)


(1)コミュニティ心理学の定義
 コミュニティ心理学は、個人と環境との適合性のありように、実践的に介入する姿勢を持ち、両者の相互作用の分析にあたって、個人の側の条件以上に環境側(コミュニティ)への働きかけに力点をおく科学である(表3)。特徴を整理すると以下のようになる。

・地域住民志向性が強く、コミュニティ成員のニードを優先させる。
・病者に対する治療よりも、健康な人に向けての予防あるいは成長志向性が強い
・クリニックでクライエントの来談を待っているという受け身の姿勢ではなく、こちらから現地に積極的に出向き、その地で援助  活動をする
・他領域の専門家との協力、および非専門家を含め社会的資源をフル活用する形を取り、地域住民への直接サービスよりも コンサルテーションや教育等を通して間接的に寄与する場合が多い
・精神健康に関係がある社会的問題を従来よりも幅広い範囲で扱い、社会改革を促進させるといった志向性を持つ
・自然場面での観察と生態学的アプローチを重視する点が特徴である

(2)コミュニティ心理学の重要概念

@コンサルテーション

 コンサルテーションは、コンサルタントとコンサルティの専門家間で行われる相互活動と定義される。コンサルタントは臨床心理士などのコミュニティ心理学の専門家を指す。コンサルティは、地域社会の中で何らかの形で精神的健康の問題に関係を持つ人々(キーパーソン)であり、学校の教員、町の開業医、保健婦、子ども会のリーダーなどである。直接的に地域住民と関わることの多いキーパーソンを援助して、これらの人々がそれぞれの地域や職場で果たしている精神的健康の問題に対処する力を向上させ、力を最大限発揮できるようにするのがコンサルテーションのねらいである。したがって、焦点はその人の役割で果たしている問題に対する対処に当てられ、その人の人格の成長や個人的な悩みの解決を目的としているわけではなく、その点が心理療法やカウンセリングと異なる。

 コンサルタントとコンサルティの関係に主従関係はなく、異なる役割を果たす専門家としてお互いを尊重しつつ、コンサルタントはコンサルティに助言を与える。しかしながら、その助言をどのように活用するかはコンサルティに任されている。
 広い範囲の人を対象とする臨床心理的地域援助においては、コンサルテーションは非常に重要な意味を持っている。

A予防

 一次的予防:発生予防とも呼ばれ、地域社会にいる人々が心の問題をもつ危険率を低減させる過程。コミュニティの成員全てが対象となる。

 二次的予防:心の問題を持ち始めた人、あるいは将来的に心の問題を持つ危険性が高い人に対する早期発見・早期対処。心の問題を持つ期間を短くし、慢性化を防ぐ。

 三次的予防:心の問題を持った人に対する再発予防、あるいは社会復帰する際に不利になることをあらかじめ予測して、その際に起こりうる問題を防ぐこと。

B危機介入

 危機(クライシス)状態とは、人生の重要な目標に向かうときに障害に直面し、それが習慣的な問題解決の方法を用いても克服できない場合に発生する一定期間の状態である。

 危機が起こりやすい出来事として、親しい人との死別、自分自身の病気、学校への入学、卒業、就職、引っ越し、天災などがあげられる。発達に伴う危機として、青年期の同一性危機(アイデンティティ・クライシス)などもある。

 危機介入の目的は、元の均衡状態の回復であって、心理的成長それ自身は目的ではない。この点が心理的成長や深い人格再構成を目指す心理療法とは異なる。危機状態に陥っているときに速やかに介入する必要があるため、早急な対応が求められる。専門家による直接的な働きかけだけでなく、問題解決に力を発揮するケア・ネットワークにのせることも重要である。

 既述したように、危機介入の目的は均衡状態の回復であり、人間的成長を促進させることを目的とはしていない。しかしながら、危機を乗り越えることによって変化しにくかった人格が揺さぶられ、結果として人間的成長につながることも少なくない。
 
Cキーパーソン

 地域社会にケア・ネットワークの網の目を張る場合に、役割構造上、精神衛生的問題に対して影響力を与える人を指す。例えば、教員、青年団のリーダー、子ども会のリーダーなどがあげられる。地域精神衛生活動では、このようなキーパーソンの教育、啓蒙、協力関係の育成が重要であり、専門家がコンサルテーション、コーディネーションを通してそうしたことを実現していく。
 上であげたようなキーパーソンの他に、ケースごとにインフォーマルな人間関係におけるキーパーソンも存在し、専門家にはそうした社会的資源を見極めて、有効に活用していくことも求められる。 


文献



 Cowie,H. & Sharp,S. 1996 Peer counselling in schools. David Fulton Publishers(高橋通子訳1997 学校でのピア・カウンセリング 川島書店).

 國分康孝監修 1996 エンカウンターで学級が変わる 小学校編 図書文化.

 小谷英文 1998 集団療法 大塚義孝編 現代のエスプリ別冊 心理面接プラクティス 至文堂.

 Selman,R.M. & Shultz,L.H. 1990 Making a friend in youth; Developmental theory and pair therapy. University of Chicago Press(大西文行監訳 1996 ペァ・セラピィ:どうしたらよい友だち関係がつくれるか(I巻).北大路書房).

 浦光博 1992 支え合う人と人 −ソーシャル・サポートの社会心理学− セレクション社会心理学8 サイエンス社.

 山本和郎・原裕視・箕口雅博・久田満 1995 臨床・コミュニティ心理学 ミネルヴァ書房.



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