N類 人間福祉課程 カウンセリング専攻 佐藤 匠
第1章 本研究の意義
第1節 本研究の目的
近年勝ち組、負け組といった言葉がマスメディアにおいて多く見かけられるように思う。どのような時代においても、人間は競争を避けられないものである。競争があると、人は大なり小なり「自分はあの人よりも劣っているのではなかろうか」ということを気にしてしまうと考えられる。
劣等感という概念は、児童の世界においても多く見かけられると思われる。特に学校は多くの人が集う場所であるため、劣等感を感じやすい場面が多々としてあり、学校において劣等感は避けられない課題でもあるように思われる。劣等感が肥大化した劣等コンプレックスは、様々な不適応を起こし、現代においてもこの劣等コンプレックスに苦しむ児童生徒は多いと考えられよう。そのため劣等コンプレックスに対するアプローチを研究することは有益であると考えられる。
よって、本論文では劣等コンプレックスを抱えている児童生徒に対するアプローチ、アプローチに関する研究を概観する。そして、劣等コンプレックスの回復への新たな視点と今後の課題について考えていくことを目的とする。
第2節 劣等感の定義とその働き
劣等感の定義に関しては様々な定義がなされている。だが、多くの研究者に共通して言える事は劣等感を劣等感(もしくは劣等感情)と劣等コンプレックスに分けて説明している。関(1981)は劣等感を「自分が他人よりも劣っているという主観的な感情」と定義している。吉田・吉田・小熊(1987)は劣等感情を「他者と自己を比較して、自己の弱点や無力さを意識した際に抱く感情であって、事実として他人より劣っているかどうかの客観的関係が必ずしも明確化されていないもの」と定義している。宮城(1979)は劣等感を「競争相手や世間の標準と比較した時の感情であり、挫折感である」と定義している。野田(1997)は劣等感を、他者と自分を比較して「私はあの人に劣っている」と感じて劣等感を持つのではなく、理想の自分と現実の自分とを比較して「現実の私は理想の私に劣っている」と感じて劣等感を持つと定義している。そして野田は劣等感を主観的に感じる事とも指摘している。
様々な研究者の劣等感の定義として共通している点は「主観的に感じるもの」という点である。一方劣等感の定義において相違が見られる点は、劣等感は「理想の自分と現実の自分」の間で生じるのか、それとも「他者と自己」の間に生じるかという点である。その点に関して、関(1981)は理想自己と現実自己との間に生じる劣等感は、発生的に見れば自分と他人の社会関係が先行し、それが内在化して自己が自己に対する関係になったと考えた。そのため関は、理想自己と現実自己の間に生じる劣等感も広い意味で言えば、自分が他人よりも劣っている感情であると指摘する。よって本論文において劣等感の定義は関(1981)の「自分が他人よりも劣っているという主観的な感情」とする。
また劣等感は向上心や努力の源として働くことが指摘されており(野田,1997 Alferd Adler,1998)、また劣等感の受容に対して働くことも示唆されている。(河合,1970)
第3節 劣等コンプレックスの定義とその働き
劣等コンプレックスの定義も劣等感と同様に多くの研究者からその定義がなされている。劣等コンプレックスの発生原因において、Robert Wiliam Lundin(1998)は劣等コンプレックスを「正常な劣等感がかなり誇張されてその人のライフスタイルを支配する状態」と定義している。Alfred Adler(1998)は劣等コンプレックスを「劣等感が異常に高められたもの」と定義している。またAlfred Adler(1998)は安易な補償と見かけだけの満足を必ず求めることになると指摘し、障害となっているものを誇張し、勇気の供給を少なくして成功への道を妨げることにもなることを指摘している。また吉田他(1987)は劣等コンプレックスが無意識界の問題であることを指摘し、劣等コンプレックスの定義を「人間が生の過程で受け取る劣等感情を克服し損なうことによって、それが病的な状態までに深まり、無意識に抑圧されたものとなり、外界からの刺激を歪曲して受け取る心的機制」とした。河合(1970)の劣等感コンプレックスを持たない人の特徴として「劣等感の認識がその人の自我の中に統合されており、安定を揺さぶらない」と述べ、劣等感と自我の関係に触れている。つまり劣等感コンプレックスを持つ人の劣等感と自我の関係の特徴は劣等感コンプレックスを持たない人の逆の特徴を持っている事を示唆している。また野田(1997)は劣等コンプレックスを「劣等感を口実にして人生の諸課題に建設的に取り組まないでおいて、それを劣等感のせいにして責任逃れをするという特殊なコミュニケーション技術を多用すること」と定義しており、劣等コンプレックスを精神内界の出来事ではなく、対人関係の技術の一種であることを指摘した。また劣等コンプレックスの発生原因を現実と理想のギャップが大きいことと、劣等コンプレックスのコミュニケーションを使用することを許容する環境であるとしている。
多くの研究者による劣等コンプレックスの定義は、その発生原因と劣等コンプレックスの状態に分けて説明されている。そこで発生原因と劣等コンプレックスの状態を分けてまとめてみた。先述したものをまとめると劣等コンプレックスの発生原因は、劣等感が肥大化するか劣等感が無意識に抑圧される事だと考えられる。次に劣等コンプレックスの状態の様々な定義に関して共通していることは、劣等感が人生の諸問題の解決、成功を妨げる要因として働くものだと考えられる。しかし劣等コンプレックスも乗り越えれば、人生の諸問題の解決や成功に働くと考えられる。そのため劣等コンプレックスは、今現在人生の諸問題の解決や成功に働くのを妨げていると考えられる。よって本論文における劣等コンプレックスの定義は「今現在劣等感が人生の諸問題の解決、成功を妨げる要因として働くもの」とする。
第2章 劣等コンプレックスへのアプローチ
第1節 共同体感覚の発達
劣等コンプレックスのアプローチとして、吉田(1996)、野田(1989a)は劣等コンプレックスの克服には共同体感覚の発達が重要であることを指摘している。共同体感覚とは、自己受容と基本的信頼感と貢献感の3つの感覚である。(野田,1989a)劣等コンプレックスを抱えた児童に対するアプローチとして、共同体感覚における3つのいずれかの感覚の発達を促すアプローチが多い。(野田,1997佐藤,1997今村,1997福家,1997品田,1997毛塚,1997竹内,1996)
以上の事から劣等コンプレックスのアプローチの1つとして共同体感覚の育成、すなわち自己受容、信頼感、貢献感の感覚の育成だと考えられる。よって次節に自己受容、信頼感、貢献感のメカニズムやその感覚の向上、育成に関するアプローチを概観していく。
第2節 自己受容
第1項 自己受容のメカニズム
自己受容とは野田(1997)によれば「自分のことが好きだ」と思える感覚であり、多くの臨床の目標とされる概念である。如何にしたら自己受容が適切に高められるのかということについては、多くの人から研究がなされている。
伊藤(1992)は中学生の自己受容において公的自意識が強い程自己受容は低下し、私的自意識が強まるほど自己受容は促進されることを明らかにした。また伊東(1992)は好きな「人間像」と「現実自己」との差異得点が大きい場合、差異と自意識が自己受容に影響力を持つのに対し、差異得点が小さい場合は、差異そのものに直接的な影響力は無く、他者への眼差しに強く拘束されることになる。つまり現実自己が理想自己に大きく離れている場合他者にとらわれないというだけでなく、差異そのものをなくす努力をし自己自身を内省できるかどうかが自己受容を決定し、理想自己と現実自己が近い場合他者へのとらわれからの開放が高受容につながることを明らかにした。
沢崎(1994)は大学生男女とも現在の自己受容と沢崎(1993)による自己受容の5つの下位概念とどれが関連深いが調べたところ、精神的自己の受容であった。すなわち今の自分自身を受け入れるためには、自分のパーソナリティーを受容できることが最も大事であるということになること示唆している。また大学生の女子においては精神的自己以外にも社会的自己と役割的自己の受容も男子と比較し、自己受容に影響があることを示唆している。
上田(1996)は自己評価の高い人が自己受容的ではなく、むしろ自己受容の低い人に自己受容的な構えが存在することを明らかにし、自己受容を上手なあきらめという考え方を示した。それは自己評価の低い人がそのことを認めた上で、しょうがないと感じることであると上田は説明する。また井上(1999)は成長動機に基づき現実自己を高めようとする向上心得点がと限界の受容に基づき理想自己を低めようとするあきらめ得点が高い程、理想自己と現実自己の差が小さくなり、自尊感情は高くなることを明らかにした。つまり向上心とあきらめは自己に対する肯定的感情を生み出していることを示唆している。
第2項 自己受容向上のための実践的なアプローチ
学級でできる生徒の自己受容を高めるアプローチとして高橋、犬塚(2001)はSGE(グループエンカウンター)を朝の会に用いて、中学生に実施した。学校で行なわれている多くのSGEのプログラムは50分間と比較的時間を要するが、この実験では朝の会と帰りの会に行なわれていることが特徴的だろう。そのSGEを実施した結果、女子の多くが自己信頼得点の向上に作用した可能性を指摘し、男女とも他者受容を促進した可能性を指摘した。岡田(1996)によるとSGEのExは、「自己理解」「他者理解」「自己受容」「自己主張」「信頼体験」「感受性」の促進という6つの視点で構成されている事を指摘しており、SGEのプログラムは自己受容の促進に効果があると考えられる。
山川、宮本(2001)は不登校傾向にある児童生徒を対象にキャンプを行なった。その結果、キャンプ後に自己受容が高まったことを明らかにした。その自己受容の向上には、「安心できる雰囲気」「非日常性」「課題の達成」「自己選択の保障」という4つの要因が影響していたと考えられている。また「課題の達成」「自己選択の保障」に関わる達成感、自己効力感等は受容的な環境に支えられていたと考え、受容的な環境が自己受容を支える基盤になることを指摘している。つまり、自己受容のアプローチにおいて受容的な環境が大切であることを示唆していると思われる。
自己受容に関する実践的アプローチはSGEとキャンプによるものがあった。山川他(2001)のキャンプ自体の特徴として、SGEと「安心できる雰囲気」と「課題の達成の体験」いう点で構造が比較的類似していると考えられる。SGEのプログラムにおいて高橋他(2001)はExの初期に、「他者とのリレーション」や「他者に対する信頼感」「受容的な姿勢」を目的としたExにしており、「安心できる雰囲気」を形成していると考えられる。よってSGEやキャンプのように、受容的な環境と実際に課題の達成を体験する事等は自己受容の適切な向上に影響を与えていると考えられる。
第3節 信頼感
第1項 信頼感のメカニズム
天貝(2001)は信頼感の定義を「自分自身や他人を安心して信じ、頼ることができるという気持ち」としている。
また天貝(2001)は思春期以降の信頼感のメカニズムについて多くの研究をしている。以下がその天貝の研究で明らかにされたり、示唆されたことである。
@ 信頼感の獲得は生涯に渡り確立されることを明らかにした。
A 青年期前期までは信頼感を「信頼」「不信」の二次元で把握、青年期を境に「自分への信頼」「他人への信頼」「不信」の3側面による把握に移行していく可能性を示唆した。
B 信頼感を感じる対象は、乳幼児期から児童期までは「親など身近な大人との人間関係を中心に」児童期後期から青年期までは「仲間との関係を中心に」青年期後期から老年期までは「家族及び友人との関係を中心に」と発達段階毎に信頼感の対象が変化していくことを示唆した。
C 高校生の男子は否定的な感情を打ち消す形で信頼感が機能していることが示唆されている。また高校生における生活感情全体の中での自己信頼感の位置は男女において異なり、男子においては自分への信頼は社会志向性・対人的関係性と関連が強く、一方女子において自分への信頼は個人志向性のほうと関連を示したことが明らかにされている。つまり男子において自分への信頼は社会や他人との関連でより強く意識され、一方女子は自分自身への関心で意識されることを示唆している。
D 青年期に信頼感に影響を及ぼす経験要因として「受容経験」「承認経験」「親との親密な関わりの経験」「対人的傷つき経験(負の相関)」の4つが明らかにされている。また青年期以降ではサポート感が信頼感に影響を及ぼしていることも明らかにした。
E 青年期において自分や他人に対する否定的な気持ちを乗り越えながら信頼感の確立へと向かう再確立期であることを示唆した。
天貝(2001)の研究から、信頼感というものは人生において何度も確立されるということであり、裏返せば信頼感というものは人生において何度も崩れるものであるため、信頼感のアプローチは様々な世代において必要であると考えられる。
第2項 生徒の教師に対する信頼感へのアプローチおよびメカニズム
教育現場における教師の生徒に対する信頼感を生起させるような教師の行動について、佐竹(2003)はそのような教師の行動として「尊重」「肯定的特質」「安定性」「受容性」「明朗性」「親密性」という6つの因子があることを示唆している。また信頼感が生起するような生徒の重要な体験として「被尊重感」「好感」「安心感」「被受容感」の4つが示唆されている。
小学生がもつ担任教師への信頼感に関連する要因として坂本・内藤(2001)は、児童が認知するP指導行動、M指導行動二つの指導行動の高さと教師の自己開示量の多さが信頼感を高めていることを明らかにした。またM指導行動が高く認知されているクラスではP指導行動に関係なく信頼感が高くなり、M指導行動が低いクラスでは、P指導行動が高ければ信頼感は高くなっていた事を明らかにした。さらにP指導行動の高低に関わらず、教師の自己開示が高い学級であれば信頼感は高くなっていたことを明らかにした。同様に品田(1997)も事例を通し、教師が自らの欠点等の自己開示をすることで、生徒自身に「自分にも欠点が合ってもいいんだと」いう、信頼感の一部である安心感が生まれることを述べている。
第3項 子ども同士の信頼感へのアプローチ
子ども同士の信頼感について菊池(1989)はスモーラらの研究からどのような援助が必要かを説明している。子ども同士の信頼感については発達段階毎に3つのタイプがあり、10歳より前では子ども同士の信頼感は相手と一緒にできる活動にあって友達の能力や性格にはない。12歳を過ぎた子ども同士の信頼感は自分の好きな相手とあることを一緒にやることに意味があり、その相手を信頼したりしなかったりするのは、その友達の能力や人柄によることである。14歳あたりから信頼感がお互いどうしのものであることが意識されるようになり、相互的な自己開示が信頼感の理由となる。そのことから菊池は小学校低学年には遊びの場を用意することが大切であり、高学年頃から相手との間でお互いに自分のことを語り合うことが意味をもつので、そのための場を用意する必要性を指摘している。また場を用意するだけではなく、自己開示等の社会的スキルを育てる必要性も指摘している。
ディック・プラウティ/ジム・ジョーエル/ポール・ラドグリフ(1997)によると、プロジェクトアドベンチャーにおいて、身体を使ったアクティビティを通して信頼関係を築くプログラムが多く実践されている。このプロジェクトアドベンチャーにおける信頼感の形成の特徴としては、信頼関係を実践する原理が備わっていることである。例えば、トラスト・アクティビィティは安全を確保する技術を学ぶと同時に、グループの結束を高め仲間の信頼関係を築く上で非常に効果的であることをディック・プラウティ他(1997)は述べている。
また、自己受容においてSGEが効果的であるように、信頼感の育成に関しても効果的なプログラムがあることが述べられている。(岡田,1996)
第4項 その他様々な視点からの信頼感へのアプローチ
前川(2001)はPTSDのような傷を受けた子どもは、自分がいる世界が安全だという信頼感、ともに生きる他者への信頼感、意味ある自己への信頼感といった3つの信頼感を同時に喪失していることを指摘し、子どもが自分で信頼感を育てていけるようになるまで、日常の関わりの中で安全な環境、安心できる人間関係、肯定的自己イメージの提供を工夫し心がけていくことをアプローチとして挙げている。まず安全な環境の提供であるが、安全感は「危険がない」「予側ができる」という2つの感覚によって保証されると説明されている。そのため恐ろしい出来事の後は、安全な空間に子どもを保護することと、環境の中のわかりにくさを少しでも減らすために、今現在の状況を説明することの重要性を述べている。また安全感は他者信頼感や自己肯定感の土台となることも指摘している。次に安心できる人間関係の提供であるが、心に深い傷を受けた子どもと接する際の心構えとして前川(2001)は、子どもと同じように傷つきやすい部分を持ち、ともに迷ったり苦しんだりする一人の人間として子どもの前に居続ける事と、こどもを理解するための努力を続け、自分に向き合うチャレンジをし続けられる勇気を持つことをポイントとして挙げている。そして肯定的自己イメージの提供においては、4つのポイントがある。まず信頼関係を形成しながら、子どもの主体性を尊重し、自己決定の機会を与えて子どもが自分で自分に責任を負える存在であることを一緒に確認していくことである。また「自分というのは、価値ある唯一の存在であること」を折りあるごとに伝えていくこと。また誤った自己認知がある場合、その認知を修正するのを手伝うこと。そして自傷他害の衝動を持っている場合、その気持ちを十分に認めた上で、自分や他者を傷つける行為は決して認められないことを断固とした態度で伝えなければならない。そしてこの約束が守れた時には、子どもが子ども自身に責任を負えたことを評価すること。以上4点である。この前川(2001)の考え方は、PTSDの状態以外でも大きく信頼感を失った児童生徒に対しても有効であると考えられる。
クラスに心の居場所を作る、言い換えれば安心して信頼できるクラス作りのアプローチとして、佐藤(1997)は教師が出来る事として3点挙げている。第1に教師が子どもと遊ぶ時間を増やす事。第2にほめるのことの重要性を挙げ、クラスのみんなの中でほめることにより、学級への帰属意識が高まることを述べている。第3に教師が子ども同士の開き合うようなコミュニケーションの場を持てるような工夫として、朝の会や帰りの会、給食の時間等を用いて、一人一人の自己表現力をつけるため、一人一人が発表する機会を設けることを挙げている。
第4節 貢献感
野田(1989a)は貢献感を「私は人々の役に立っている」という感覚であると定義している。
毛塚(1997)は劣等感を乗り越えるために「役に立つ経験」を味わわせることの大切さを述べている。そのことによって集団の中に居場所ができ、一人一人が安心して自分の持ち味が発揮でき、子どもにとっての準拠集団をつくることを述べている。
また野田・萩(1989b)は学級における競争原理ではなく、「協力原理」や「横の関係」「相互尊敬、相互信頼」「勇気づけによる教育」「責任制」「民主的法治主義」を導入することで生徒達がお互いに協力し、またクラスに貢献できる学級を作れることを述べている。この野田他(1989b)のアプローチは貢献感に限定したものではなく、共同体感覚にアプローチしているものである。
第5節 自己肯定感
共同体感覚の育成以外の劣等コンプレックスへのアプローチとして、自己肯定感の育成がある。(宮崎,1997野田,1997竹内,1996)そのため共同体感覚と同様、自己肯定感のメカニズム、育成を述べていく。
自己肯定感の尺度は様々なものがあるが、平石(1990)の自己肯定意識尺度は、対自己領域と対他者領域によって構成されている。対自己領域の下位成分は「自己受容」「自己実現的態度」「充実感」であり、対他者領域の下位成分は「自己閉鎖性・人間不信」「自己表明積極性」「対人的被評価意識・対人緊張」である。その事から、自己肯定感の育成において、自己受容や信頼感の育成がベースとなると考えられる。
高橋(2002)は自己肯定感を高めることをねらった実験授業プログラムを実施している。その実験授業プログラムとは、児童が@肯定的なメッセージを送り合う活動A安全感が保障された場で自己の内部を見つめる体験Bイメージや体を介しての体験等をすることである。そのプログラムの実施結果、「Who am I ?」での記述において、児童の肯定的な自己意識は高めたことを明らかにした。しかしながら行動面の変化は見出だされなかった。また前述したような実験プログラムでは最も慎重な配慮を必要とする自己卑下をする児童において、意識面ではポジティブな変化が見られたが、行動面ではネガティブな変化が見られた。
栗原(2002)は自己肯定感を育てる教師の生徒個人への日常的対応について述べている。自己肯定感を改善する切り口として、自己肯定感は客観的な事実が問題ではなく、自己を自分自身がどのように評価することによって決められることから、「事実を変える」「プラスの部分に目を向ける」「リフレームによるマイナスの部分の見方や意味づけを変える」という3点を挙げている。また自己肯定感を育むために、教師が日常の中でできることとして「生徒の世界を教えてもらうこと」「守られた時空間関係を持ち続ける」「その生徒なりの踏ん張りを認める」「肯定的な関わり」といった受容的、肯定的な関わりの4点を挙げている。これは自己肯定感が受容的な環境や、肯定的な働きかけによって育成されるためだと考えられる。
第3章 まとめと全体的考察
劣等コンプレックスのアプローチを概観してきたが、劣等コンプレックスへのアプローチにおいて劣等コンプレックスそのものに対するアプローチの研究は少ない。その理由として河合(1970)は「一つのコンプレックスの組織は他のコンプレックスと絡み合い、自我組織ともおおいに絡み合っている」と説明し、ある1つの心のしこりを取れば治るとは限らないことを指摘している。また鋤柄・吉田・小熊(1996)は劣等感の下位概念である身体的、対人関係的、経済社会的の3源泉は相互に関連していることを統計的に明らかにした。それらの事から劣等コンプレックスのアプローチは、肥大化された劣等感や無意識に抑圧された劣等感そのもの自体へのアプローチではなく、その形成過程にアプローチしていると考えられる。また前述したように、劣等コンプレックスへのアプローチとして共同体感覚や自己肯定感、自尊感情の育成が実践されている。そのため劣等感が劣等コンプレックスを形成する際に、共同体感覚や自己受容、自尊感情が人生の諸問題の解決や成功に妨げる状態まで傷を受けていたり、傷が膿んで歪められたものだと考えられる。すなわち劣等感が「肥大化する」「無意識に抑圧される」とは、劣等感を感じた際に共同体感覚や自己受容、自尊感情が人生の諸問題の解決や成功を妨げる状態まで傷を受ける、もしくは劣等感を感じる前に既に共同体感覚が衰弱している事だと考えられる。また河合(1970)が言うよう、コンプレックスは他のコンプレックスと絡み合っているため、共同体感覚、自己肯定感、自尊感情のどれかにアプローチすれば良いのではなく、どれにもアプローチしなくてはならないのではなかろうか。しかしながら、共同体感覚や自己肯定感は相互に影響しあう概念でもあると考えられるので、何かしらの感覚にアプローチすることは、他の感覚にアプローチするとも考えられる。そのため共同体感覚における3つの感覚の相関関係を調べる事が必要となるだろう。
また目的でも触れたよう、現代は競争社会の一側面を持つために劣等感を感じやすい場面は多々としてあると考えられる。児童に関して言えば、学校内の生活で劣等感を感じることが多いだろう。しかし、劣等感が劣等コンプレックスにならなければ問題では無いため、学校場面でも競争的な部分は取り入れた方が良く働く場面もあるだろう。例えば合唱コンクール等行事において「他のクラスに負けないぞ」という雰囲気は、結果として他のクラスに負けても共同体感覚が深く傷を受けなければ、クラスのまとまりに良い影響が出ると考えられる。逆に、他のクラスに負けることで共同体感覚が大きく傷つく場合はマイナスに働くと考えられる。実際、学級崩壊を例に挙げると、河村(1999)による学級崩壊の生徒の状況と野田他(1989b)による劣等コンプレックスを抱えた児童が学級で起こす状況において類似している点が幾つかある。そのためクラスが劣等コンプレックスを抱えているとも見られ、河村(2002)は学級崩壊の状況のクラスにおいて、競争的なものはかえってマイナスに働くことを指摘している。よって競争が上手く働く時とそうでない時を判断すれば、学校における競争は有効に働くものだと考えられる。
自己受容に関しては、尺度の問題が見られる。自己受容の研究で使われているそれぞれの尺度は、まだ発展性があるものと考えられる。沢崎(1993)の尺度、従来の尺度と比較し、特徴的な点として「自己認知ではなく、受容のあり方を問う」「回答の選択肢を本来の定義に近づけたもの」「自己の領域をパーソナリティ、能力、容姿等に限定せずに、よりトータルな自己を対象としたもの」「生涯発達的な変化に対応したもの」という4点である。しかしながら、沢崎の尺度は二つの問題があると考えられる。まず、板津(1994)のSASSVでは、従来の尺度では測定できなかった「高すぎる自己受容」を測定でき、沢崎の尺度においてこの事はまだ検証されていない。また前述した様、井上(1999)によると自己受容は、「向上心」と「上手なあきらめ」の両方向によって高められると指摘している。沢崎(1993)の尺度において受容のあり方を問うているものが、「向上心」によるものか「あきらめ」によるものかは判断できない。井上(1999)は「向上心」と「あきらめ」の得点どちらかが高くても、どちらかが低い場合TATの結果は良好なものではなかった。そのため沢崎の尺度においてTATの関連を検証する必要があり、自己受容が高いにも関らず、結果が良好でない場合は尺度の改善の必要性が生じると考えられる。また同様に板津(1994)の尺度は、沢崎(1993)が提示した従来の尺度の問題点を解決しているか検証する必要があると考えられる。
また貢献感を主題とした、もしくは貢献感に関する心理学の研究は少ない。前川(2001)が指摘するよう、援助を受ける子どもが援助を受ける事で無力感を感じないようにするためには、貢献感の育成は重要であると考えられる。そのため貢献感のメカニズムやその感覚の育成にはどのようなアプローチが有効か、今後の課題であると考えられる。
そして劣等コンプレックスが大きく関わる分野として受験が挙げられると考えられる。しかしながら、受験の時に抱える劣等コンプレックスのアプローチはどの様なものがあるのかという研究に関しては少ないと思われる。受験の時に感じる共同体感覚、自己肯定感の傷つきが大きい受験生は少なくないと考えられる。かつ、受験において共同体感覚の育成は難しいと考えられる。例えば受験する高校が1つだけとし、その高校に受からなかったら高校に行けないという事態になる。そのことによって必死に勉強しなければ自分の世
界に対する安心感を築けないと感ずると考えられる。また受験に失敗した自分に対する自己受容というのも難しいと思われる。しかし、そういう不安等と闘いながら何かに取り組むことも人生においては必要だと考えられるので、受験や試験を無くせとは思わない。問題は共同体感覚が傷つくことではなく、共同体感覚が大きく傷を受けたり、傷が膿んで歪められたりした場合に、どのようなアプローチをするかが問題であろう。共同体感覚の育成も難しく、受験も無くすことはできない。では、受験時において共同体感覚が傷つけられるが、それで大丈夫な人と大丈夫ではない人がいる。その違いとして、進路成熟が高さではなかろうか。松井・佐藤(2001)は中学生の学校生活の適応と進路成熟の関係を調べたところ、学校生活に適応している生徒のほうが、学校に適応していない生徒と比較して進路成熟の程度が高いことを明らかにし、生徒の進路成熟を高めることは、生徒の学校適応を促進につながる可能性があることを示唆している。よって学校不適応は劣等コンプレックスを抱えている一側面があると考えられる。そのため、劣等コンプレックスを抱えている生徒に対し、進路成熟を高めることは意味があると考えられる。いずれにしろ、受験時のカウンセリング等に関する研究は少ない。そのため受験時におけるカウンセリングに関する研究が今後必要であり、また進路形成と劣等感の関係を調査する必要があると考えられる。
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福家 親夫 1997 劣等感を乗り越える指導の工夫・引っ込み思案な子/運動が苦手な子 児童心理 金子書房,51(7)Pp.65-70.
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高橋 あつ子 2002 自己肯定感促進のための実験授業が自己意識の変化に及ぼす効果 教育心理学研究,50(1)Pp.103-111.
栗原 慎二 2002 自己肯定感を育てる教師の日常的対応 月刊学校教育相談 ほんの森出版,16(1)Pp.16-19
河村 茂雄 2002 教師のためのソーシャルスキル‐子どもとの人間関係を深める技術 誠信書房
板津 裕己 1994自己受容性と対人態度との関わりについて 教育心理学研究,42(1)Pp.86-93.
松井 賢二 佐藤 優子 2001 中学生の学校適応と進路成熟、自己肯定感との関係 新潟大学教育人間科学部紀要. 人文・社会科学編,4(1)Pp.237-247