児童・生徒の心理的ストレスと学校適応に関する研究動向


N類カウンセリング専攻
N00-5018
戸田 晋太郎





第一章 本研究の意義


第一節 はじめに



 学校現場が抱える深刻な問題が、様々なメディアを通して盛んに報じられるようになって久しい。いじめ、不登校、校内暴力だけにとどまらず、最近では少年による重大犯罪、引きこもり、学級崩壊など、指摘される問題は後を絶たない。

 坂野(1990)は、学校生活における様々な児童・生徒の逸脱行動を生み出す原因の1つとして、児童・生徒が学校生活の中で感じているストレス(以下、学校ストレス)の増大を挙げており、児童・生徒の心理的ストレスに関する研究は、児童・生徒が抱える諸問題の理解に有益であると思われる。


第二節  児童・生徒の心理的ストレス



 Lazarus&Folkman(1984)は心理的ストレスを「人間と環境との間の特定な関係であり、その関係とは、その人の原動力(resources)に負担をかけたり、資源を超えたり、幸福を脅かしたりすると評価されるものである」とし、人間と環境の関係を媒介する2つの重要な過程として、認知的評価と対処を示した。このストレス理論の提唱によって、心理的ストレスに関する様々な観点からのアプローチが可能になったと考えられる。

 わが国における学校ストレスに関する研究の多くはこのLazarus&Folkmanの理論を背景として行わ
れている。嶋田・岡安・坂野(1992)は学校ストレスに関する用語として「児童自身が経験している刺激のうち、児童がネガティブであると評価したもの」を「学校ストレッサー(school stressor)」とし、更にそれを、ある特定の個人によってのみネガティブに評価される「個人的レベル学校ストレッサー(individual school stressor)」と多くの個人に共通してネガティブに評価される「集団的レベル学校ストレッサー(collective school stressor)」とに区別して定義した。
 後に藤井(1997)は学校ストレスを「個人レベル」、「集団レベル」に分けることは困難であるし、またその必要もないとして、「学校ストレス状況」を「児童・生徒が日常の学校生活において、その場から逃げ出してしまいたい状況、不快や恐れを感じるような状況、或いは発汗や心拍数の増加といった生理的反応を引き起こさせるような状況」と定義している。


第三節 本研究の目的



 前述のように、児童・生徒の心理的ストレスに関する研究は、児童・生徒が抱える諸問題の理解に有益であると思われる。そこで、本稿の目的は児童・生徒の日常的な心理的ストレスに関する研究動向を概観し、児童・生徒の心理的ストレスに関して新たな視点を得て、さらなる研究の可能性を見出すことである。

 これまでの児童・生徒の心理的ストレスに関する研究は学校ストレスに焦点を当てたものが多く、それに比べて児童・生徒が家庭生活の中で感じているストレス(以下、家庭ストレス)を扱ったものは少ない。しかし、家庭は児童・生徒を取り巻く最も基本的な環境・生活領域であるから、児童・生徒の心理的ストレスを考えるにあたって、家庭ストレスを無視する事は出来ない。したがって、本稿では児童・生徒の家庭ストレスに関する研究についても合わせて概観し、児童・生徒の心理的ストレスをより全体的に考えていくことにする。


第二章 児童・生徒の心理的ストレスについての研究の概観




第一節 学校ストレスについての研究



 学校ストレス研究は、児童・生徒の示す様々な学校不適応行動を、学校ストレスという観点から検討し、学校適応の理解の枠組みとその解決方法を提供することを目的として行われてきた。

 嶋田ら(1992)は、学校生活におけるストレッサーを調査した代表的な試みとして、Phillips(1978)の「ストレッサー→各種防衛機制→不適応効果→ストレス状態」という「学校ストレスモデル」の提唱と「児童学校用ストレス質問紙(Children's School Questionnaire,以下CSQ)」の開発を挙げ、その問題点として、第一にCSQはあくまでもアメリカの文化と教育制度下における学校ストレッサーを測定するためのものであり、日本の文化や教育の実状には適合しない項目が含まれていること、第二にPhillipsの学校ストレスモデルにおいては「ストレッサー」と「ストレス状態」の間を媒介する「各種防衛機制」と「不適応効果」を説明概念といて提起しているが、それらを測定したり、学校ストレスの発生に関する4つの要素の因果関係を明らかにしているわけではないことを指摘している。

 また岡安・嶋田・丹羽・森・矢冨(1992)はCoddington(1972)の作成したHolmes&Rahe(1967)式の青少年用のlife event scaleを挙げ、その問題点として、「転校」や「落第」など大きな生活上の変化に関する事象しか取り上げておらず、日常経験するストレッサーを測定するものではないことを指摘している。この点について高橋(2002)は、DeLongis et al(1983)やKanner et al(1981)、Monroe(1983)らの「瑣末ではあるが日常頻繁にあるストレッサーが大きな出来事のストレッサーよりも心身の健康と関係が高い」という立場から、学校ストレスについて検討を行っている。


第一項 ストレッサーに関する研究

 心理的ストレスを「人間と環境との間の特定の関係」であるとするLazarus&Folkman(1984)の定義に従えば、小学生と中学生ではストレッサーとなり得るものには違いがあるはずである。

 小学生を対象としたストレッサー測定の研究としては長根(1991)の研究が挙げられる。長根は小学4・5・6年生を対象として自由記述式のアンケートを元に作成した質問紙を実施し、因子分析を行ない、[Classmates](友達との関係に関する因子)、
[Presentation](授業中の発表に関する因子)、
[Achievement](学業成績に関する因子)、
[Failure](失敗に関する因子)の4因子を抽出している。

 また、嶋田ら(1992)は、公立小・中学校の教師に対する児童がどのような時にストレスを感じるかという自由記述式のアンケートを元に作成した質問紙を、小学6年生を対象に実施し、男女別に因子分析を行った。その結果、男子については[対人関係]、[学校システム]、[発表場面]、[学業達成]、[行動規制]の5因子を、女子については[対人関係]、[学校システム]、[学業達成]、[サポート人物]の4因子を抽出しており、ストレッサーとなり得る刺激の男女差を示唆している。

 中学生を対象としたストレッサー測定の研究として岡安ら(1992)の研究がある。岡安らは、現職中学校教師からの聞き取り調査により作成した質問紙を、中学1・2年生を対象に実施し、因子分析を行ない、[教師との関係]、[友人関係]、[部活動]、[学業]、[規則]、[委員活動]の6因子を抽出している。この研究の中で岡安らはストレッサーの評定に際して、出来事の嫌悪性と経験頻度を4段階(0〜3)で尋ね、両者を掛け合わせた値をその出来事の衝撃性の指標としているが、文中で本人も述べているように出来事の衝撃性を構成する要素として経験頻度と嫌悪性がどのような比重を占めているかの検討を必要とするであろう。


第二項 認知的評価に関する研究

 Lazarus&Folkman(1984)は、同じストレッサーに晒されている人々の反応の多様性を理解するためには、出来事に直面した時とその時の反応との間に介入する認知的プロセスを考慮する必要があるとして、一次的評価と二次的評価との基本的な区別をした。それらは「私は今あるいは将来、困るのか。あるいはよくなるのか。それは、どんな方法で。」と「そのことについて何かできるのだろうか。」というものである。

 丹羽(1993)は、中学1〜3年生361人を対象にストレッサーとストレス感情を測定し、ストレスful群(ストレッサーが多く、ストレス感情が高い)、ストレス過敏群(ストレッサーが少なく、ストレス感情が低い)、ストレスcoping群(ストレッサーが多く、ストレス感情が低い)、ストレスless群(ストレッサーが少なく、ストレス感情が低い)の4群を取り出し、認知的評価の次元(頻度、インパクト、安定性、統制の位置、援助可能性、影響力)の評定ごとの4群を比較した。その結果、ストレスcoping群の、最も高い援助の可能性を認知したり、ストレッサーが多いにも関わらず頻度の認知がストレスless群と同程度であると考えられるような生産的な認知に比べて、ストレス過敏群はストレッサーの量は少ないにも関わらずストレスful群と同程度の頻度を認知したり、低い援助可能性の認知のようなストレスに陥り易い認知をしており、認知評価の次元によってストレスを説明できることを示唆している。

 嶋田・三浦・坂野・上里(1996)は小学4~6年生を対象に小学生用認知的評価尺度、小学生用コーピング尺度、小学生用ストレス反応尺度を実施し、認知的評価がコーピングとストレス反応に及ぼす影響について調査し、小学生の認知的評価の型が@ストレッサーに対する影響性の評価が高く、コントロール可能性の評価が低い、A影響せいの評価が低く、コントロール可能性の評価が高い、B両方の評価がともに高い、C両方の評価がともに低いという4つに分類可能であることを明らかにし、ストレス事態に対しCのような評価をする児童は積極的対処を最も行わない傾向にあること、ストレス事態の影響性を高く評価する児童は、そうでない児童に比べて様々なストレス反応を多く表出する傾向があることを明らかにした。また、ストレス反応の表出に影響を及ぼす要因は、ストレス事態に対する影響性の評価と消極的対処であることを示唆している。

 高橋(2002)は、認知的評価を一次的評価と二次的評価を明確に区別して取り上げ、中学1〜3年生280人を対象として、生徒が学校ストレッサーとして認知した出来事に対して抱いた感情(一次的評価)をどのように対処したか(二次的評価)を測定し、これらが学校生活場面におけるストレッサーとどのように関連しているかを調査している。その結果、「友人疎外」ストレッサーは「悲しい」、「イライラする」といった感情を、「教師不信」ストレッサーは「腹が立つ」、「イライラする」といった感情を、「規則」ストレッサーは「緊張する」、「ビクビクする」、「腹が立つ」、「イライラする」といった感情を喚起するが、これらのストレッサーは多くの中庸な中学生にとって対処可能なストレッサーと感じられている一方、「部活動」ストレッサーは「疲れる」、「だるい」、「情けない」、「気が狂う」といった感情を、「学業」ストレッサーは「混乱する」、「疲れる」、「気が狂う」、「だるい」といった感情を喚起し、これらのストレッサーは生徒によって対処の感じ方が多様であることを明らかにしている。

 岡安・嶋田・坂野(1993)は児童・生徒の学校ストレスとソーシャル・サポートの関係を明らかにすることを目的として、中学1〜3年生1088名を対象に調査を行ない、ソーシャル・サポートの知覚されたサポート(他者から援助を受ける可能性に対する期待あるいは援助に対する主観的評価)の学校ストレス軽減効果は性差が大きく、男子よりも女子において有効に作用することを明らかにした上で、知覚されたサポートは出来事の認知的評価に影響する個人的特性のひとつとみなすべきであるとしている。


第三項 対処に関する研究

 Lazarus&Folkman(1984)は、対処を「能力や技能を使い果たしてしまうと判断され自分の力だけではどうすることも出来ないとみなされるような、特定の環境からの強制と自分自身の内部からの強制の双方を、あるいはいずれか一方を、適切に処理して統制していこうとしてなされる、絶えず変化していく認知的努力と行動による努力」と定義し、対処をその機能の観点から「情動中心的対処」と「問題中心的対処」に区別している。

 伊藤(1993)はこの知見を受けて、大学1、2年生150名を対象にした対人的ストレスの対処法に関する質問紙調査を実施し、因子分析を行った結果、「情動中心的対処」、「相手への直接的働きかけ」、「積極的思考・問題解決」、「相談・サポート希求」、「相手の回避・無視」、「好転希望・我慢」の6因子を抽出している。さらに伊藤は「ストレスの強さ」、「相手との関係性の重要度」、「問題に対する相手の責任」といった状況的要因が対処法の使用に影響を及ぼしている事を明らかにしている。

 大迫(1994)は高校生がストレッサーを感じると考えられる日常行動領域を学業、友人・恋人関係、教師・学校関係、自分の体・性格、家庭の5つにまとめ、各領域ごとに、その領域のストレッサーを対象として対処行動を調べ、対処行動のパターンは各人によりある程度の一貫性があるものの、対処行動が、ストレッサーの性質や状況によって、同一個人内でも多様な現れ方をし、更に、機能の異なる対 処行動の有効性が違ってくることを示し、対処行動の測定に関してはストレッサーの質や状況を考慮することが特に重要であることを示唆している。

 古市・中野(1998)は学校生活におけるストレッサー経験と適応感情、さらに両者を媒介する対処行動の3要因間の関係について検討し、ストレッサー経験の種類による対処行動の選択の仕方の違いについて検討することを目的として、中学2年生181人を対象に調査を行ない、学業関連のストレッサーを経験した場合には問題解決型対処行動や自責方対処行動が用いられやすいことなどを明らかにしている。

 鈴木・坂野(1998)はFrankenhaeuser(1984)のストレス状況下における個人の状態を「ストレッサーに対してどの程度積極的に関わろうとするか、あるいは努力するか」というeffort次元と「ストレッサーをどの程度驚異的である、または統制感の低いものであると評価し、回避的な行動をとるか」というdistress次元の2つの異なる次元からとらえるという視点にたって大学生487名に対して質問紙調査を実施し、因子分析を行った結果、「コミットメント」、「影響性の評価」、「問題解決」といったストレス場面に対する積極的な関わりや問題解決行動を表す「effortに関する因子」と「脅威性の評価」、「コントロール可能性」、「回避」といった主観的統制感の低さや脅威からの回避的態度を表す「distressに関する因子」を抽出している。


第四項 ストレス反応に関する研究

 岡安・嶋田・坂野(1992)は中学生用ストレス反応尺度を作成することを目的として、中学1〜3年生を対象に質問紙調査を実施し、因子分析を行った結果、「不機嫌で怒りっぽい」や「イライラする」といった「不機嫌・怒り感情」因子、「疲れやすい」や「体がだるい」といった「身体的反応」因子、「不安を感じる」や「悲しい」といった「抑うつ・不安感情」因子、「勉強が手につかない」や「ひとつのことに集中することができない」といった「無力的認知・思考」因子の4因子を抽出している。また、ストレス反応の学年差と性差についても検討を行ない、「抑うつ・不安感情」と「無力的認知・思考」は上級生ほど高得点を示す傾向を示し、さらに全般的に女子が男子よりも高いストレス反応を示すことを明らかにしている。


第二節 家庭ストレスについての研究



 これまで、学校ストレスが児童・生徒の心身の健康に影響を与えることが示されてきたが、児童・生徒がストレスを感じているのは学校場面だけではない。家庭もまた児童・生徒を取り巻く最も基本的な環境・生活領域であるから、児童・生徒の心理的ストレスを理解するためには学校ストレスに関する研究と同様に家庭ストレスに関する研究も必要であると思われる。

 家庭ストレスについては、石原・三宅(2001)が児童における家庭ストレスの尺度化を試み、因子分析の結果、「塾・お稽古での場面に関する因子」、「家庭学習に関する因子」、「塾・お稽古による犠牲の因子」、「親との関係に関する因子」、「友達との関係に関する因子」、「兄弟との関係に関する因子」、「嫌悪感に関する因子」の7因子を抽出している。

 学校での児童・生徒の問題行動(不適応)を引き起こす要因として、「学校ストレス」を中心とした研究が数多くなされてきた一方で、問題行動の背景には家庭の問題があることが指摘されており、桜井・岩立・渡部・小林・杉原(1998)は学校をめぐるストレス(刺激)ばかりでなく、家庭内の人間関係のあり方も子どものメンタルヘルスに大きく影響を及ぼしていると指摘している。

 家族関係と子どもの精神的健康については、藤森・真栄城・八木下・菅原(1998)が家族凝集性機能の低い家庭に育つ子どもの抑うつ傾向が高いという負の相関関係があることを明らかにしている。そして、家庭ストレスと学校適応の関連については、神藤・伊藤・齋藤・柳原・久木山・西田・奥田(1999)が中学生の不適応(キレ行動)に対する生活ストレッサーの影響について検討しており、学業ストレッサーや教師ストレッサーと同様に家庭ストレッサーもまた「間接的攻撃」や「直接的攻撃」といったキレ行動につながりやすいことを指摘している。

 池上・井上(2002)は中学生のストレス源を家庭や学校、さらには中学生が直接・間接に見聞する大人社会全体の中に幅広く求め、それらが心身にもたらす影響を検討している。この研究の中で彼女らは「家庭」、「学校」、「社会」において生起し、中学生にとってストレッサーとなり得る事象を集めたストレッサー尺度と、「身体的不調」、「抑うつ・不安」、「無力的認知・思考」、「不機嫌・怒り」、「攻撃衝動」の下位尺度から成るストレス反応尺度を用いて調査を行ない、「社会」ストレッサーのストレス得点が「家庭」及び「学校」ストレッサーに比べてかなり高く、大人社会全体のありように対する不満や不安が相当に強いストレス源となっていることを指摘し、中学生のストレス源が必ずしも学校生活の中に限局されているわけではないことを明らかにしている。


第三章 まとめと全体的考察



第一節 児童生徒の心理的ストレス研究の成果



 前述の通り、児童・生徒の心理的ストレスについては主に学校現場において、どのようなことがストレスの原因(学校ストレッサー)となるのかについて研究がなされてきた。主に学校ストレッサーが研究の対象となってきたのは、一般に中学生にあたる年齢は、親や家族から心理的に分離し、同年齢の仲間や学校での生活に精神面での重心を移行させる時期であるとみなされているからではないかと考えられる。こうした学校ストレスについての研究によって、学業成績と友人関係が主要なストレス源と考えられており、他には教師との関係、規則、委員会や部活動などの学校システムに関するものがストレス源に成り得ると考えられている。(長根,1991;嶋田ら,1992;岡安ら,1992など)。

 最近では学校以外の場面でストレス源となりうる要因についても研究がなされており、家庭場面での出来事(家庭ストレッサー;石原ら,2001)や大人社会全体に対する不満や不安(社会ストレッサー;池上ら,2002)もストレス源に成り得ることが示されている。

 また同じようにストレッサーとなりうる出来事を経験しながらも、ある児童・生徒はストレスを感じ、ある児童・生徒はストレスを感じないという状態を理解するための研究も行われてきた。それらの研究の多くは、Lazarus&Folkman(1984)のストレス・モデルに基づいて、認知的評価と対処行動について研究されている。

 認知的評価については、ストレッサーが多いにも関わらずストレスの認知が少ない子どもがいたり、反対にストレッサーの量は少ないにも関わらずストレスが認知が多い子どもがいることが示されている(丹羽,1993)。また、以前ストレスフルな状態の時にソーシャル・サポートを受けたことのある子どもが、次にストレスフルな状態に陥った時にソーシャル・サポートを受けることができると思うというような、ソーシャル・サポートによる援助を受ける可能性の認知が高ければ多くのストレッサーを対処可能なものであると認知し、ストレスを感じないのではないか、という指摘もなされている(丹羽,1993;岡安ら,1993)。

 対処行動については、Lazarus&Folkman(1984)が提唱した「情動中心的対処」と「問題中心的対処」といった区別をさらに発展させて、「情動中心的対処」、「相手への直接的働きかけ」、「積極的思考・問題解決」、「相談・サポート希求」、「相手の回避・無視」、「好転希望・我慢」といったものが提唱されている(伊藤,1993)。

 また、認知的評価と対処行動を総合的に捉え、ストレス状況下における個人の状態を「ストレッサーに対してどの程度積極的に関わろうとするか、あるいは努力するか」というeffort次元と「ストレッサーをどの程度驚異的である、または統制感の低いものであると評価し、回避的な行動をとるか」というdistress次元の2つの異なる次元からとらえるという観点(鈴木・坂野,1998)も提唱されている(鈴木ら,1998)。


第二節 今後の課題と将来的展望



 児童・生徒の心理的ストレスに関する研究の今後の課題として方法論的問題があると思われる。例えば岡安ら(1992)は、ストレッサーの評定に際して、出来事の嫌悪性と経験頻度を4段階(0〜3)で尋ね、両者を掛け合わせた値をその出来事の衝撃性の指標としているが、この方法では出来事の嫌悪性を3、経験頻度を1と評定した場合と嫌悪性を1、経験頻度を3と評定した場合の出来事の衝撃性が同程度ということになる。しかし、この方法が使用されたのは出来事の嫌悪性とその経験頻度が出来事の衝撃性を構成する要素として同等のものであるという確証があってのことではない。今後、出来事の衝撃性を構成する要素として経験頻度と嫌悪性がどのような比重を占めているかを検討し、より実際的なストレッサー尺度の開発を必要とするであろう。

 認知的評価や対処行動の測定についてはさらに問題がある。ストレッサーを測定することを目的とした質問紙に比べて、認知的評価や対処行動はストレッサーやその時の状況によって変化するものであるという性質上、対処行動チェックリスト(Way of Coping Checklist; Lazarus&Folkman,1984)に代表される質問紙によって測定することが難しい。なぜならば、認知的評価や対処行動がどのようなストレッサーに対して、またどのような状況で為されたかを考慮することが出来ないからである。解決法としては最近一番負担になったストレッサーを対象とする方法が考えられるが、この場合、数多くのストレッサーの一部にしか焦点を当てないということになってしまう。

 事例的研究によって全てのストレッサーに対する認知的評価、対処行動を調査することが理想ではあるが、これには多くの時間と労力を必要とし、それを一般化するために多くの調査を積み重ねるとすればさらに膨大な時間と労力が必要であろう。このような問題を解消できるような測定方法は現在のところ統一が為されておらず、今後の課題となると思われる。

 このように児童・生徒のストレス研究においては、測定に関する統一が為されておらず、ストレッサー、認知的評価、対処行動、ストレス反応といった要因間の関連についても部分的に示されているに過ぎない。また、これまで主に研究されてきた学校現場におけるストレスに加えて、家庭や社会に対するストレスの存在も示されており、学校ストレスと家庭ストレスや他のストレス源との関連性の研究といったような、これらを総合的に捉える研究が必要であろうと思われる。

 児童・生徒のストレスについての研究は、教育現場におけるストレス・マネジメント教育に対して明確な方向性を示唆するとともに、学校不適応児に対する臨床の現場においても応用できるのではないかと思われる。そもそも、ストレスは本質的には有害なものではないと思われる。確かに重大なストレスは時に危機的な状態や不適応状態をもたらすものではあるが、人はそのようなストレスに対処することで自信と強さを獲得し、その後の危機的状況においても上手く対処することができるようになるものであると考えられるからである。


引用文献



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