Nov.26, 1999

SCS教育工学講義2(1999年度後期)

 

学校教育におけるメディア環境

篠原 文陽児

(東京学芸大学)

 

1.新しいメディア環境と学習

 

(1)メディア環境の構築と学習

 

 コンピュータを中核としたマルチメディアやインターネット等の学校への普及が著しい。これらを中核にした新たなメディア環境が構築されなければならない。

今日的のみならず近い将来いっそう予測される教科・領域等の構造変化や、それらの目標やねらいにかなったコンピュータ等システムに代表される新たなメディア環境を、どのような考え方で構築することが、変化の激しい高度映像情報通信社会といわれる21世紀に生きる今の子どもたちにとって最も望ましいかが、もっとも大きな課題である。

 この課題に応えるためには、古いけれども、文部省が1986年に公表した「普通教育におけるコンピュータの教育利用等の在り方について」のうち『研究の視点』が有用な資料の一つである。つまり、構成及び構築されるコンピュータ・システム等新たなメディア環境の利用によって、1989年に公表された学習指導要録の「新しい学力観」、1998年と1999年に同じく告示された新しい学習指導要領における「生きる力」でも指摘されているような、能力、適性等の個人を重視した、あるいは個人差に応じた学習指導を、「学習意欲、動機づけ、学習の持続性等」の側面から、いっそう充実させる努力をすることが重要である。しかも、マルチメディア環境の構築、つまり、マルチメディアと通信に代表される今日のコンピュータシステム の構成は、コンピュータを利用した学習、コンピュータに関する教育、教務におけるコンピュータ利用等の側面から、総合的に考察されなければならない。

 例えば、理科でコンピュータ等のシステムを使おうとすれば、すでに指摘した2002年に実際に開始される新たな学習指導要領のみならず、現行の学習指導要領に記述された目標や内容と、技術の進展や児童・生徒を取り巻く社会の変化、彼らの心身の発達の特長、国や地方行政の構造変革、教師の役割の変化、などさまざまな情報を集め検討したりなどして、期待される将来の学習指導を先取りすることが必要である。その結果、新しい時代に応え得る理科教育の目標を達成することを支援するよう、ハ−ドウェアを整備、充実させ、ワープロ・ソフト、タイマー・測定器・センサーなどとしての活用のためのソフトウェアや、全員に「感動」ある情報が届く大型のプロジェクターなどを活用できるシステムの構成とメディア環境の構築が必要となる。また、数学教育や算数教育では、特に図形処理やCADなどのためのソフトウェアや数値処理のソフトウェア、などなどが重要となろう。コンピュータ・システムは、デザインとコントロールに特化していく(DTCT) からである。

 したがって、教科・領域等の目標や学校教育等の教育目的にそって、自ずからメディア環境やコンピュータ・システムの構成は異なる。いいかえれば、今後いっそう、コンピュータが大容量化、高速化、ネットワーク化、そして、極小化されれば、さまざまなカードやインターフェイスが安価でしかも多機能で提供されるようになってきて、例えば、児童・生徒は、ランドセルやカバンを学校に持ち歩くことが今日当たり前であるのと同様に、今日の液晶の携帯端末と同じような、情報を個人的に収集し加工し蓄積できるような情報機器を持参し、これを活用することが考えられる。今日のディジジタル携帯電話やPHSなどが学校から発信される情報の端末になるかもしれない。

 つまり、現在のように、一つの部屋にたくさんのコンピュータを設置するのではなく、特別教室も多種類となり、理科室、技術科室、家庭科室、音楽室、図画工作室などの他に算数科(数学科室)、社会科室、国語科室なども作られ、教員室、事務室等を含めて、それぞれに教科の内容を充実させるためのディジタル技術と通信技術によっていっそう明細化され高度化されるプロジェクターを含めた視聴覚メディアとマルチメディアコンピュータ等が、通信用コンセント、場所によっては、音響・映像装置とともに、あるいは、電流センサー、圧力センサーなどのセンサー機器や計測機器とともに、また、ロボットやサーボモーターなどのための制御機器やそのためのインターフェイスキットとともに、それぞれ整備されてこよう(カテナ社、1999、提示資料)。

 こうしたことがらは、今、各教室や特別教室に、黒板、コンセント、VTR、TV、OHPなどが置かれていて必要な時に何時でも活用できると同じように、こうした教科・領域や事務等処理のために、コンピュータ等とそれを取り巻く多様な周辺機器が、通信コンセントとともに各教室等に整備されるようなトータルな学校環境、あるいは学校システムを構想する必要があろう。

 

(2)メディア環境の活用

 

 ひとえに、各教科・領域等の目標を効果的に達成し、さらには新しい時代に生き抜く児童・生徒の「新しい学力観」「生きる力」を支え、健全な発達を願って、問題解決学習、探索学習、資料収集・利用・表現学習、などなどが盛んにならなければならない。

 特に技術・家庭では、「情報科学の基礎を学ぶ」ということから、(1)与えられたコンピュータ・システムを道具として社会的問題解決をする“user science”的性格の強い面と、(2)コンピュータによるアルゴリズムの設計、分析、表現、ならびに応用、(3)情報の組織化と、コンピュータ・システムのみではなく倫理等も含めたトータルなシステム管理についての理解、の3者の側面が、「CTDT」の動向を把握しながら、教育されることになる。つまり、システム的な思考の育成を大きなねらいの一つとして、その達成のためにメディア環境であるコンピュータ等システムを使っていくことである。その端的な例は、なおいっそうコンピュータを使って工夫しロボットを動作させ、これを全員に配信したり、大型の液晶プロジェクタあるいは、天井などに吊るされた情報提供画面で演示してみるとか、コンピュータそのも のを製作するなどが含まれてこよう。

 また、同じく、音楽や社会、国語などの教科では、特に、個別化による個性的な学習と同時に、液晶技術の進展による大型プロジェクタ画面やハイビジョンなどの機器を前に、一同に会した児童・生徒が「感動」をもってお互いの知識と経験を共有するような指導や、コンピュータ等と連動させられたシステムの活用のしかたも考えられなければならない。同じく、英語などのことば等の学習では、これまでランゲージ・ラボラトリー(LL)が積極的に活用されてきているが、マルチメディア・コンピュータ等とインターネットと連動させられた、よりインタラクティブで、練習成果などの結果を迅速に分析しきめ細かく表示するなどの新しいシステムが市場に現れてきている。こうした進展に効果的に対応するためには、1933年からのラジオ学校放送、1953年からのテレビ学校放送をはじめとする、いわゆる「視聴覚教育」や「放送教育」などで蓄積されてきた「情意」や「共感」等の考え方をいっそう意識化して、貴重 な映像資料等のディジタル化による映像アーカイブの開発と整備などによってこれらをインターネットなど通信を利用した学習指導法などの開発と運用が、新しいメディアの統合の時代にあっても、なおいっそう重要視される。

 

(3)メディア環境の構築と行政の支援

 

 1960年代に、文部省科学研究費補助金によって、岐阜大学を中心に9年間にわたり教材データベースと書誌情報の流通システムが、いわゆるミニコンピュータを活用して研究された。そして、その成果のうち特に書誌情報に関するデータベースは、国立教育研究所、大阪大学、京都教育大学などに移植され、一層充実させられて今日に至っている。また、1992年には、いわゆるキャンパスネットワークとして国内の大学や研究機関がそれぞれ構内通信システムの整備を開始し、1994年にはこれらが相互に通信可能となり、インターネットに接続されて主に国内外の研究者等による情報の交換が活発になってきている。199911月には「バー チャルエージェンシー『教育の情報化プロジェクト』報告」が提案され、2005年までに全国の学校をインターネットにアクセスできるようにし、かつ、すべての効率学校教員に1人1台のコンピュータの整備等を行うことを提言している。こうした通信システムの整備は、質の高いデータベースの存在と定期的な保守及び管理に依存することはよく知られている。

 一方、日常の学習指導のために工夫し準備される学習指導案、評価問題、そして教材などを、他の教師等が参照できるような教材データベースは、高度情報社会に生きる児童・生徒を指導する教師が、特に地域的に有用な素材の教材化を推進するために、いっそう求められている。そして、これまでの研究機関等における成果によれば、こうした財産を収集、整備し、効果的に流通等させる通信ネットワークや流通システムの構築は、困難であるとは考えられない。むしろ、佐賀県、長野県、山梨県などをはじめとする多くの事例は、その活用効果を大いに期待させるものである。

 したがって、こうした成果の上に立って、新たな管理・運営センター等の立案・設置の検討、そのための人員配置・専門家の養成、将来に対応できる内容による教員研修のいっそうの拡大、ゆとりある教師生活の検討、省庁間のいっそうの連携が期待される。

 

2.学校教育とメディア環境構築及び利用の課題

 

(1) 技術の動向

 

 マイクロプロセッサーの高速化、大容量化と極小化、つまり、画像圧縮技術、液晶技術、通信技術などの進展によるコンピュータ等のマルチメディア化と携帯端末化、その結果、今は通信カラオケで知られるデータ配信が教育用ソフトウェアや教材に応用され、文字、音声、映像・画像などの統合的な情報により、教師の教授活動、生徒の学習活動等に、時間と時、場所などを選ばずに利用される環境となる。

 また、岡崎市の先進的な事例にあるような、デジタル技術の進展によるインタラクティブ(双方向)通信によるCCTV、ビデオ・オン・デマンド(VOD)、リアルタイムシミュレーション、バーチャル・リアリティ(VR)、テレビ会議システムなどのいっそうの発展と展開により、「実体験」の意味の問直しすら必要となろう。つまり、今の児童・生徒は、間接体験でさえも、十分に「現実感」を味わうという、われわれには想像もできない「特性」を有しており、こうしたことを一例として、児童・生徒の「創意・工夫」「創造的思考」などをいっそう重要と考える「学習観」を支援していくことになろう。これによって、児童・生徒の学習方法の個性化がいっそう重視され、1998年と1999年に告示された新しい学習指導要領の「総合的な学習」に代表されるような、教科・領域等を支える学問体系にも「構造的転換」が求められることになるかも知れない。

 なお、こうした通信システムなどでねらうことは、単なる現状の教育システムの移し替えや表面的な英語能力等の向上などにとどまることであってはならない。むしろ、すでに指摘したような、児童・生徒が新しい時代に対応できる能力の育成や、日本の文化、歴史、習慣などを外に向かって分かりやすく効果的に発信することと、広く、異文化の理解と交流というような、マルチメディアを支える「抽象度の高い」「高度化された」教育目標を掲げる新たな考え方にそったカリキュラムの開発などが重要であろう。

 

(2)ソフトウェアの動向

 

 ソフトウェアは、マルチメディアの進展から予測されるように、我々の日常の情報処理のしかたである、文字、音声、映像・画像などの多様な情報を「ノンリニヤー」な考え方で処理することが優先され、WYSIWYGに代表されるようにインターフェイスも改善されいっそうユーザーフレンドリーになる。つまり、個々の学習者、利用者の思考にそって、いっそう鋭敏に反応し、まさしく知的情報処理の道具としての意味がいっそう強まってこよう。

 また、それにともなって、放送と通信、あるいは、出版等の垣根がなくなるいわゆる「シームレス」「ボーダレス」となり、時と場所などを選ばずにデジタル技術の恩恵に浴することが可能な「インタラクティブ(双方向)」のソフトウェアの配信がなされると考えられる。それとともに、1960年代は文字どおり「計算」に、1970年代は「文字」の処理に、1980年代は「映像・画像」の処理に、そして、1990年代は「制御」に、といわれるように、LDCDROM、 光ディスク、MIDIDVD、コントローラーなどの機器と平易に組み合わされることが可能なような仕様としてソフトウェアが提供されることが期待される。

 一方、教師の意識改革を待たねばならないが、これまでのように、他の人のソフトウェアは使わない、ということではなく、通信などで高品質なソフトウェアが提供されるようになって、活用がいっそう活発になると想像される。

 ただし、すでに指摘したように、日本の文化、歴史、伝統などを尊重することが、いっそう重要視されてくる。しかし、ゆっくりではあるが、社会の構造変革が進み、学校教育のシステム、社会教育のシステムなども、1995年4月に発足した第15期の中央教育審議会での「学校完全5日制」「マルチメディアの教育利用」などに関する審議等の結果によって、大きく変革してきている。

 

(3)課題

 

 教育関係者は、これまで以上に学習者や児童・生徒の「個性」に留意し、それぞれの将来をいっそう豊かにするための情報の収集と学習指導や研修に励むことが期待される。また、技術等の発展に留意しながら、ゆとりをもち発想豊かに、教科・領域の今日的および将来の目標の達成に努めることが期待される。特に、管理職にあるものは、教育実践に当たっている教員等の意見などを十分に聞き見て、議論し、「ノンリニヤー」な時代にに生きる児童・生徒と教師をいっそう育成、養成するために、無理のないシステム等の導入を推進しなければならないと思われる。

 行政関係者においては、教師や指導者の教授活動等をいっそう支援するため、児童・生徒にとってと同様に教師にとってもゆとりある教科・領域等の教育課程編成の基準をはじめとして、研修や情報収集の機会を多様に提供すべく、科学技術の動向に留意しながら、新たな教員交流システム、情報流通システム、その支援・運営等体制などのいっそうの充実と構築に関する施策の立案等が期待される。

 メーカー関係者は、これまで以上に、従来の視聴覚メディアと蓄積されている資源と効果的に融合するユーザーフレンドリーなシステムや機器の開発と実用化に努め、特に開発と評価に当たっては、教師集団や行政関係者とのいっそう緊密な連携を保ち実施等していくことが期待される。

 

参考文献

(1)坂井利幸他、1980、情報工学の教育・研究、共立出版、pp. 2202.

(2)未来型コミュニケーションモデル都市構想懇談会、1985、テレトピア計画、講談社、pp. 319.

(3)今井賢一、1993、情報ネットワーク社会、岩波書店、pp. 216.

(4)文部省、1994、マルチメディアの教育利用、第一法規、pp. 67.

(5)水越敏行、1994、メディアが開く新しい教育、学習研究社、pp.224.

(6)マルチメディアの発展に対応した文教施策の推進に関する懇談会、1995、マルチメディアの発展に対応した文教施策の推進について(審議のまとめ)、pp. 19.

(7)財団法人日本視聴覚教育協会、1998、新たな生涯学習の展望 ?マルチメディアの活用による学習資源の有効活用と学習形態の多様化について-CD-ROM.

(8)NHK1999NHKチャイルドライン報告書、pp.84.


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