CLASSROOM

 

授業

プロジェクト応用U−グローバル化と経済−2002年度

 

<東南アジア>

 

 

作成:東南アジア班
タイ :  光眞 
ベトナム:  薮田 
マレーシア:脇島、翁長
フィリピン:  翁長 
東南アジア料理について

 東南アジアの料理を食べたことがあるでしょうか。例えば、トム・ヤン・クンはタイ料理として有名です。しかし、未だ一般に浸透しているとは言いがたいのが現状です。
これから、そのような東南アジア料理について少しでも知ってもらうべく、タイ料理・フィリピン料理・マレーシア料理・ベトナム料理について、実際の料理の例や各国の歴史などの面からアプローチして皆さんに説明していこうと思います。


フィリピン料理について

 (フィリピン料理について話す前に・・・)

・まず、『フィリピン』と言われた段階で何をイメージするだろうか?
 ⇒『南国』や『フルーツ』、『バナナ』、『やし』そして日本と同じ『島国』といったようなキーワードの中に大体収まるのではないだろうか。

・では、『フィリピン料理』と言われると何をイメージするか?
⇒身の回りにフィリピン料理店自体がほとんど存在しないため想像できない、もしくは難しい。
 例:ミニストップで売っていた(?)『ハロハロ』
   実はフィリピンのデザートをアレンジしたもの

※日本での生活の中で、ヨーロッパやアメリカといった地理的には遠い西欧の国々はニュース等で結構目にするため身近に感じるが、フィリピンは地理的には近いものの、なかなか情報が入ってこないため身近な存在と捕らえにくい。更に、他の東南アジア料理店と比較してもかなり少ない。

 では、次からフィリピン料理の説明(特徴や歴史的背景etc)をしていく。
フィリピン料理の特徴

※フィリピン料理の特徴は・・
・一点目として他の東南アジアの料理と比較して辛さがなく、柑橘系のすっきりとした味であるということ。

 柑橘系のすっきりとした味である理由は・・・
@ カラマンシーと呼ばれる小さなレモンのようなものを始めとして、青マンゴや青グァバといった柑橘系の食材を使用するため。
A 料理にビネガー(酢)をよく利用するため(主にココナッツビネガーですが・・)

・二点目として、フィリピン料理はメインの材料に「シーフードと鶏肉」、「牛肉と鶏肉」といったように、他の国々では一品でメインとなる材料を取り合わせて使うことが多い。

・三点目は、料理に隣国の中国や旧宗主国のスペイン、アメリカの影響が残っているということ。

(理由)
@ フィリピンは、中国と7世紀から15世紀上旬まで関係が深く、1372年〜1421年までは朝貢関係にあった。
  そのため、フィリピン料理には中国の影響を受けたと思われる料理がある。
A 1521年に世界一周の途中であったマゼランを原住民が殺害してしまったために16世紀から19世紀という長期間スペインの植民地となった。
  そのため、料理にスペイン料理の影響を受けた料理が存在する。
B その後アメリカ及び日本に支配された。そのため、それらの国の料理が中国とスペインには及ばないが多少残った。

※フィリピン料理が他の東南アジアの料理よりも辛くない理由の一つには、支配を受けた国々の影響を受けた料理が多くなったこともあると思われる。

 続いて、上で述べた国々の影響を受けた料理を紹介していこう。

フィリピン料理の具体例

(具体例1)
 パンシット・ソータンホン(炒め春雨)
・『春雨』と言う字を見たら、すぐに中国の影響を受けていることが分かる。これには材料として「緑豆春雨」が用いられるが緑豆春雨は中国産のものが多く、そのことからも中国の食文化がフィリピンに根付いていることを垣間見ることができる。
・中国の影響を受けたパンシット(麺類)は、フィリピンでは日常的な料理のようで、「ミキ」「カントン」と呼ばれる中華麺、ビーフン、春雨を用いるようである。
・また、二種類の麺(春雨とビーフン、春雨とカントンetc)を混ぜて使ったり、カラマンシー等を添えたりするそうで、フィリピンが上手く中国と自国の食文化を融合させているといえる。

(具体例2)
 ティノラン・マノック
・この料理の材料として「青パパイヤ」が用いられる。この青パパイヤは中国の野菜なので、上記同様中国の影響を受けた料理だと推測できる。

(具体例3)
 アロス・ア・ラ・バレンシアーナ
・これはスペイン料理の「パエリヤ」にとても近い料理である。別名で「パエリヤ・ア・ラ・バレンシアーナ」と呼ばれる事からもそのことが推測できる。これは、オレンジ色の肉類だけのもち米入りパエリヤ。
・上記以外にも、アロス・ア・ラ・パエリヤ(魚介類と肉類がたっぷり入ったパエリヤ)など様々なパエリヤが存在し、中国の食文化同様フィリピンが上手く自国の食文化と融合させているといえる。

(具体例4)
 アドボン・バボイ・アット・マノック(通称アドボ)
・アドボはフィリピン料理の代表と呼ばれる料理の一つ。肉、魚介類、野菜などを、酢としょうゆ、にんにくをきかせて炒め煮にした料理を総称してアドボと言うそうである。
・国民的料理でフィリピンでは「アドボ風味」をうたい文句にした饅頭やお菓子などがあるそうだ。
・この「アドボ」だが、これは元々スペイン語で「マリネードする(漬け込む)」と言った意味があるそうだ。これから、スペイン料理がいかにフィリピンに取り込まれているかが分かると思う。

(具体例5)
 ハロハロ
・もしかしたら、日本で唯一知られているフィリピン料理かもしれない。
・「ハロハロ」は「ごちゃ混ぜ」という意味がある。つまり、カキ氷にフルーツをいろいろ入れたものが「ハロハロ」と言うわけ。
・実はハロハロは、明治時代に日本人がフィリピンに持ち込んだものと言われており、日本の氷アズキをフィリピン人が独自にアレンジしたものがハロハロになっているらしい。


※このように、フィリピン料理は外国の料理を独自にアレンジしたものが多く、それがフィリピンの食文化となっているようだ。

フィリピンの歴史の中にその理由を探ってみる。

フィリピンの歴史

 フィリピンは大小7000余の島々からなり、「ネグリト族」「マレー人」「ボントック族」や「セブノア族」など多くの民族がいたらしい。また、2世紀頃には中国にその存在を知られており、7世紀から移民が始まり10世紀頃には通商が確立されるなど昔から中国との関係は深かった。
 その後スペインによって植民地化され、1821年までスペインの支配が続く。さらに1899年の米比戦争や第二次世界大戦によってアメリカや日本に支配されつづけた。
 日本とフィリピンの関係について述べると、1570年代には既に日本人が住んでおり、日本との交易も盛んだったらしい。その後、日本国内でのキリスト教の弾圧により、信者がフィリピンに亡命したりして1630年代には1500〜3000人にもなったらしい。その後人数は減ったものの、1903年のバキオ山岳道路建設のために日本人労働者が増え1904年には再び3000人前後まで増加した。
 そして太平洋戦争の中、1942年に占領し日本兵が米兵およびフィリピン兵に「死の行進」を行ったことは有名である。
その後1956年に国交を回復し、現在は約5000人の日本人がフィリピンに暮している。


※非常に簡単にフィリピンの歴史を書いたが、見て分かるように支配された歴史が異常に長く、また多民族であることから、フィリピンの文化が「受容の文化」になり、その結果、食文化も様々な国のものと自国のものとを組み合わせる文化になったのではないだろうか。
 また、最初に書いたようにフィリピン料理店が周りに多くないのは、フィリピンが受容の文化であるため外へ出て行こうとする気質があまりないために、フィリピン料理店が少ないとも考えられないだろうか。


マレーシア料理について(補足)

 マレーシア料理は民族がマレー系・中国系・インド系に分かれるという特徴を反映し、料理もその三つに分けることができる。

【マレー系】
 マレー系料理の特徴は、マレーシアがイスラム教であることから豚肉は使わず、豚肉以外のハラル肉(イスラム教徒が食べてもよいとされる肉。動物をと殺する時、まず祈り、頚動脈を切り、出血させてから、決められたナイフで解体されたもの。)や魚介類を用いることが多い。唐辛子、ターメリック、ココナツミルクなどスパイ
スを多用し、ピリッと辛く独特の風味がある。

○ナシゴレン
 マレーシアでは比較的よく出てくる料理である。簡単に言うとチャーハンのような料理。調味料に赤唐辛子やチリソースが使われており、スパイシーな味である。肉は鶏肉が用いられる。

○ミーゴレン
 ナシゴレンと並ぶマレー系の代表料理。赤唐辛子や青唐辛子などのスパイスの効いた焼きそばと考えてもらってよい。マレー系の料理の特徴である鶏肉や魚介類(エビ)が用いられる。

○サテー
 マレー料理の代表的なもの。チキン、ビーフ、マトンなどを串に刺して炭火で焼きピーナッツの入った甘辛いソースをつけて食べる。

【中華系】
 野菜や魚を蒸す、煮る、揚げるといった福建、広東系の料理が多く見られ、陶器の器と箸を使って食べる。

○バクテー
 薬膳スープともいい、マレーシアの朝の人気メニューのひとつ。豚のばら肉を煮込んだものである。調味料にはオイスターソースや醤油が使われる。マレー系の料理とは性格が違うことが分かる。

【インド系】
 南インドの料理が多く辛い料理が多い。カレーが中心だが、ナンではなくロティと呼ばれる油で焼いたパンや少し酸味のあるトセというパンを合わせて食べることが多い。また、ヒンズー教徒は牛肉を食べない。手で食べるのが一般的で、食べものを人差し指から小指の間にすくうようにして口元へ持っていき、親指で押し出すようにして口に入れる。バナナの葉を器に使うのが特徴である。


○チキンカレー・ココナッツ風味
 インド、中国などの影響を受けてスパイスやハーブを効かせた複雑な味。加えてたっぷりのココナッツで煮込んだチキンカレー。ココナッツを利用する点に、東南アジアの料理と融合されていることが見て取れる。人によっては赤唐辛子をうんと加えるらしい。南インド系の特徴がみられる。

○マレー風フィッシュカレー
 ココナッツミルクの甘さとタマリンドの酸味、レモングラスやスパイスの香り、チリを利かせて少し辛めの味。カレーというところからインド系の料理であることはすぐにわかる。赤唐辛子やグリーンチリなどを使う点からスパイシーであることも分かる。

【ニョニャ料理】
 これは、マレー系と中華系の折衷料理である。中華系の食材に香辛料や調味料を多く使うが、味はさほど辛くないものが多くマイルドなものが多い。

○ラクサ
 中華麺をココナッツミルク入りのカレースープで食べる。チキンや海老、卵のほか野菜類もたっぷりのせてお好みでサンバルをつけて食べる。中華の食材が多く使われる(代表例:中華麺)一方で、中華系では使われなかった赤唐辛子などを使うのが特徴である。


     ベトナム料理について
<料理の特徴>
 ベトナム料理は、東南アジアの国の料理だからという理由からか、タイ料理のように辛いというイメージがあるようだ。しかし、実際は淡白な味のものが多くさっぱりとしている。なぜなら、ラードを使わずに植物油を使っているからである。ベトナム料理の味の基本となっているのは魚醤(ヌクマム)、トウガラシ、ハーブという三種類の調味料である。
 また、ベトナムは南北に伸びる細長い国であるため地域によって味に特徴がある。
 南部は砂糖をたくさん使うため甘い傾向にあり、肉や魚と一緒に生野菜やハーブをたくさん食べる。
 中部は辛い傾向にあり、米粉を水で溶いて蒸すという料理が多い。宮廷料理があるのもここである。
 北部は塩分が多く、中国の影響を最も受けている。この地方では生野菜は食べない。
 ベトナムは、中国・フランスの植民地支配を受けたという歴史もある。中国料理から脂気をとり、ハーブや生野菜を増やした料理といった感があるのはそのためであるともいえる。
 メコンデルタと呼ばれる豊かな食物生産地帯が存在し、米・野菜・果物・魚介類にも恵まれている。


<日本との交流>
史跡に残っているものは少ないが、かなり早い時期から交流が始まっていた。

◎ 奈良の大仏開眼式(752年)
式典に林邑国からバラモン僧正に従い、僧侶たちが来日した。この「林邑国」というのは厳密にはベトナムではないのだが、後にベトナムに組み込まれ滅んでしまう国である。ここまで古い時代から交流はあったようである。

◎ 琉球王朝の交易
琉球王朝は1422〜1439年にわたって海外へ大躍進する。中国に51回、東南アジア諸国に20回と船を送っている。しかし、それ以降は衰退し、1570年に送り出した船を最後に交易は途絶えてしまう。

◎ 朱印船貿易
九州を平定した豊臣秀吉はベトナムなどとの交易を引き継ぎ、1592年に朱印船貿易を開始した。この頃、ベトナム中部の会安(ホイアン)に日本人町が形成されたと考えられている。しかし鎖国によってまたもや交易はなくなってしまう。
 これを復活させたのが徳川家康で、朱印船貿易を奨励し331隻もの船を東南アジアの国へ送っている。

◎ 東遊運動
明治時代以降のことだが、ベトナムは反フランス独立運動の一環として、自国の青年を日本に留学させる「東遊運動」をおこなった。

→そして現在でも日本・ベトナム両国の関係は順調に進展している。


<ベトナム料理店の日本進出>
このことについては論理的に説明するのは難しい。古代からの文化交流によって少しずつ進出してきたと推測することもできるし、また、さっぱりと下味が日本人の味覚に合ったためとも考えられる。もしくは近年の健康食ブームのためか。さまざまな説が考えられるが、間違ってはいないと思われるものは、ベトナムから日本にやってくる労働者が増加し、祖国の料理を食べたいと思う者が増えた。それに伴って料理店も進出してきたとする説である。

<料理紹介>
 以下でベトナム料理を簡単に紹介する。

◎ 主食   ベトナムの主食は米である。
コム・チエン・ラウ…野菜チャーハン。
コム・チエン・タップ・カム…えび、ハムの入ったチャーハン。
コム・タイ・カム…混ぜご飯。
チャオ…おかゆ

◎ 麺類   米粉から作った「フォー」が一般的。「ブン」も米粉から作る生地をところてんのように押し出したものである。緑豆から作った「ミエン」や、小麦粉製の「ミー」もある。
  ブン・チャー…つけ麺(ハノイ名物)

◎ 春巻き ベトナム料理の中でも日本で有名なのが生春巻き。「ゴイ・クオン」という。揚げ春巻きは「チャーゾー」とよ
ばれる。蒸し春巻きも存在し、「バンクォン」という。

◎ 野菜料理  サラダが豊富。
ゴイ・ゴーセン…はすの茎サラダ。
ゴイ・ドゥードゥー…青いパパイヤのサラダ。
ゴイ・ホア・チュイ…バナナの花のサラダ。
◎ 肉料理  肉の種類が多く、牛・豚・鶏はもちろん、ヤギ・アヒル・
      ハト・カエル・鹿なども食べられる。
  ボー・ヌン…七輪で焼くベトナム式焼肉。
  バイン・ゴイ…ギョウザに似たもの。中身は肉や春雨。
  ホビロン…孵化しそうなアヒル卵のゆで卵。

◎ 魚料理  ベトナムの東側は海なので、魚介類も豊富。
カー・コートー…味の濃い煮魚。
カインチュア・カー…魚とパイナップルのすっぱいスープ。

◎ その他
バイン・セオ…ベトナム版お好み焼き。


※ヌクマムについて
 ベトナム料理の基本となり、欠かせないものがヌクマムである。これは、塩に新鮮な小魚を混ぜ、4〜5ヶ月寝かせて、小魚が塩に溶け込んだ上澄みを原料にしたものである。独特の臭みがあり、産地によって味も変わる。
 さらに、ヌクマムにレモン汁・砂糖・唐辛子をいれ加熱すると、ヌクチャムという調味料ができる。これは一般的に食べ物の味付けに使われる。家庭によって味が異なり、「家庭の味」を作るもととなっている。

ゴイ・クオン(生春巻き)


バイン・セオ(ベトナム版お好み焼き)
タイ料理の歴史と特徴
1 始めに
 最初の発表でタイ料理は辛いというイメージを与えましたが、今回はなぜタイ料理は辛くなったのかというのを歴史背景や生活風土などから追求してみました。またタイ料理の紹介も後の方に載せました。

2 タイ料理の歴史
→タイ料理は辛いという印象を持っていますが実は昔(大体6〜700年前)のタイ料理にはまったく唐辛子が使われていなかったそうです。唐辛子が使われていないということは当然料理のほうも辛くなかったそうです。当時のタイ(スコータイ朝)の碑文に描かれていた料理は、既に広がっていた稲作により、十分な米の他、魚や自生の果物、植物など、豊かな南国の自然の恵みを用いた料理が食されていたそうです。ではいつ唐辛子は用いられ現代の料理のような辛いものになったのでしょう。
 まず17世紀までにはタイの料理には色々なハーブやスパイスが用いられるようになったそうで、これはインドやマレーなどの国々と貿易を行っていたことを裏付けます。そして17世紀にはじめたポルトガルとの貿易がタイに唐辛子が持ち込まれたきっかけになったそうです。つまりポルトガル人によって伝わった唐辛子を使い独特のタイ料理を作り上げていったそうです。またトムヤンクンなどを例にあげられるようにタイの料理にはトマトも多用されていますが、これもポルトガルの貿易によりもたらされたものだそうです。また現代に至るにあたって中国からの影響も圧倒的に受けており、米粉で作る麺(クイッティオ)、小麦で作る黄色い麺(バーミー)もタイ風にアレンジされて食べられていました。蒸し焼きにする調理法、クリアスープ系の味付けも中国の影響を受けたものです。そういう風に、色々な国の文化を取り入れつつ、独自のものとして取り入れていったのがタイ料理というべきものなのかもしれません。このようにして現在のタイ料理になったそうです。また近代においては、カンボジアやベトナムは、フランスの影響を、マレーシアではイギリスの影響をと、植民地時代の影響を多分に受けてきた周辺諸国と比較して、タイはミャンマーとの度重なる抗争はありましたが、植民地として他の国に占領支配されたことはなく、独立を保ってきだそうです。そのためその食文化に、諸外国の影響は見られるものの、それを上手に既存のタイ料理に組み入れたり、タイ風にアレンジしたりと異文化をも見事に調和させ、独自の食文化を築いてきたそうです。
・トム・ヤン・クン
(辛味と酸味の効いたエビのスープ)
→世界三大スープといわれるタイの名物料理。ポルトガルの貿易によって伝わった唐辛子とトマトを大量に使っている。貿易が行われなかったら誕生しなかったのだろう。
・バミー・ヘン・ガイ
(鶏肉のせ中華和え麺)
→中国から伝わった料理。辛そうじゃないじゃん、中華?と思うでしょうが中華麺を使用し、たくさんの青唐辛子がはいってます。まさに中華とタイの融合。

3 なぜ辛い料理が主流になったのか?
→先ほど説明した通り昔のタイ料理は辛くなかったそうですが、ではなぜ辛い料理が主流になってしまったのでしょうか?その問題にはいるまえにもうひとつ大きな疑問があります。タイの人は自分たちの料理が辛くないのでしょうか?調べるとどうやらタイの人たちもタイ料理は辛いらしいです。しかし用は慣れなしく、彼らは小さいときからこの料理を常食しているわけですから自然とあの辛さに慣れていくらしいです。ではなんで辛い料理なんでしょうか?どうやらそれはタイの気候にあるみたいです。タイの気候は日本よりも一年中暖かく、むしろ年中暑い日が多いです。日本でも暑いと夏ばて防止と辛いものを食べて食欲を向上させ、夏ばてを防ぎます。一年中暑いタイは年がら年中ばてるのを防ぐわけですから自然と辛い料理を常食するようになったそうです。


4 タイの地域別食文化
タイの国土は右の地図でわかるようにどちらかというと南北に長くて、面積は日本の約1.5倍あります。ですから一口にタイ料理と言っても地域によって様々な料理があるそうです。そこで地域別の食文化についても調べてみました。

・中部地区
中部はアユタヤ朝から現在に至るまで600年以上にわたって政治と経済の中心地です。土地は平地で水も豊かで、タイの穀倉地帯でもあります。またタイ湾に面しているので漁業も盛んで食材は非常に豊富です。代表的な料理はケーン〈汁物・カレー〉やヤム〈和え物、サラダ〉などだそうです。砂糖やココナツミルクを多用するので「ワーン〈甘い〉」といわれることもあります。しかしこれはタイの人にとってであって日本人にしては十分辛いそうです。。

・北部地区
北部の中心はチェンマイという都市です。チェンマイといったらカントークという丸いお膳で出てくる郷土料理が有名だそうです。。ナム・プリック・オーン(ミートソース風辛味みそ)やケープ・ムー〈揚げた豚の皮〉、カオ・ヌン〈蒸したもち米〉などが代表的なメニューだそうです。あとはカオ・ソーイ〈揚げ麺のせカレーラーメン〉などミャンマー〈ビルマ〉の影響を強く受けている料理が多いそうです。


※ナム・プリック・オン
(タイ北部風ミートソース)



・東部地区
東部地区はイサーンとよばれ、イサーン人はラオスのラーオ族と同じ民族で、ラオスの食文化とほとんど違いがありません。イサーンの料理は「ペッ〈辛い〉」や「ケム〈塩辛い〉」などと表現されているそうです。ラープ〈ラオス風の肉とハーブの和え物)、ソムタム〈青パパイヤの和え物〉、ガイヤーン〈バーべキューチキン)は三大絶品イサーン料理だと言われているそうです。

※ガイ・ヤーン
(鶏肉の炭火焼)


・南部地区
基本的には中部タイと同じ系列ですが、海産物をより多く使うのと、ターメリックや乾燥トウガラシを使うので黄色や赤の料理が多いそうです。またマレー料理や福建料理の影響が強いそうです。サテ〈焼き鳥、肉の串焼き〉やナシゴレン〈炒飯〉などはそのままマレー、インドネシア料理で、言葉も南へ行けば行くほどタイ語よりマレー語のほうが通じやすくなるそうです。またイスラム教徒が多くなるので鶏肉が多用されるようになるそうです。

※ケーン・ペッ・ガイ
(鶏肉のレッドカレー)


・まとめ
各地域それぞれ特徴があり、甘い辛いなど色々といわれているそうですが日本人には結局辛い料理が多いそうです。


5 タイ料理の色々
・タイ料理の基本
→今まで私はタイ料理は辛いとだけしか考えていませんでしたが、タイ料理には日本の和食に劣らないくらいこだわりがあり、また味の深みがあるそうです。タイ料理の味の基本は「酸味(Sour)」「塩味(Salty)「甘味(Sweet)」そして「辛味(Hot)」この4つのテイストが完璧なバランスを保って初めて、究極のタイ料理となり得るのだそうです。
 また、タイ料理に欠かせないのが香辛料で唐辛子はもとより、大蒜、胡椒、生姜、葱といった日本でもお馴染みのものから、バジル、ミント、コブミカンの葉、バイトゥーイ、香菜、シナモン、ナツメグ、レモングラス、ターメリックなど、実に多種類の香辛料を使用している。その絶妙な組み合わせが、スパイシーなタイ料理を産み出しています。
 また、ナンプラー(魚醤)、砂糖、粉唐辛子、唐辛子入りの酢の定番4点卓上調味料セットをもって、出された料理を自分なりの味に仕上げるのも、タイ料理ならでわで、これら無しでも十分に美味しいそうですが、入れることにより、さらにコクが出るそうです。


・スパイス紹介(ほんの一部)

・バイ・マックルー(コブミカンの葉)

柑橘系の強い香りがあり、スープやカレーの香りづけに使う。また細く切ってサラダに散らしたりする。その香りは食欲増進に役立つ。


・カミン(ターメリック・ウコン)

ショウガ科の植物でやや土臭い芳香とわずかな苦味がある。しかし全体に香味感は弱く、香味よりもむしろその鮮やかな黄色をカレーの色ずけに使う。


・パクチー(コリアンダー、香菜)

根、茎、葉ともに生のものをよく使うタイ料理にはなくてはならない香りづけのハーブ。種子は完熟するとレモンとセージをあわせたような芳香を持ちカレレーペーストに入れることがある。
・サラネー(ミント)

メントールによる爽やかで透き通るような清涼感があり、ごく一般的にサラダなどに使われている。

・ナンプラー
魚を原料として塩を加えることにより腐敗を防止しながら発酵させたうま味調味料。タイの醤油にあたる代表的なもの。

・タクライ(レモングラス)
レモンの香りをもつイネ科の植物で、根もとの10〜15cmぐらいの部分をスープやカレーの香りづけに使う。トムヤムクンには欠かせない。

・プリック(トウガラシ)
タイ料理にはなくてはならないスパイスで、色、形、風味、辛味それぞれ非常に多くの種類がある。辛味づけとしてつかわれるが、大型のプリック・チーファーなどは彩りとして添えられることもある。種類によって辛味が変わるのは辛味成分カプサイシンの量がそれぞれ違うからである。
※今回はほんの一部有名なものを紹介しました。使われている香辛料はまだまだたくさん有ります。しかも驚くべき事に使われる香辛料には必ず健康や病気によいなどの効能があり、体には最適なものばかりなんだそうです。


・タイ米はまずいのか?
→何年か前に日本のお米が足りなくなってタイ米を大量に輸入する年がありましたが、そのときのイメージとしてタイ米はまずいというのが皆さんのイメージではないでしょうか?たいかに日本人にとってタイ米はぱさぱさしていて口に合わなかったようですが、これも不味いのではなくお米にもそれぞれの気候が影響しているらしいです。タイは先ほど述べた通り一年中暑いのですが、もしタイで日本のお米を主食にしたらどうなるでしょうか?日本のお米のように水分が多いお米はタイなどで食べるには少々荷が重いらしくタイの気候にはもっとぱさぱさしているもののほうがいいらしいです。つまりタイで食べるならタイ米ということらしいです。また汁気の多いおかずをが多いタイ料理には水気が少ないお米の方が食べやすいらしいです。それはタイ米がなぜカレーライスとあったのかということの証明にもなります。つまりタイ米はまずいわけではないのです。


・タイのお菓子
→タイのお菓子は色々ありますがこれもタイ料理の特徴のひとつでタイの料理は全体的に非常に甘い!これも気候風土に関係しています。やはり気候が暑いと中途半端な味はあまり好まれないらしくはっきりした味がほしくなるそうです。どうやらそんなことで料理はより辛く、お菓子はより甘くなったそうです。また色などもさまざまで相当色合いが派手にできています。しかしこれらは着色料などではなく自然のものをつかって着色をしているらしいです。

・タイの甘味紹介

・カオニャオ・マムアン
(もち米とマンゴのココナツミルクがけ)→彩りがきれい。ココナッツミルクがかかってとてもあまいデザート 

・パンケーキ・クルアイ 
(バナナパンケーキのココナツ風味) 


・タップティムクロープ
(クワイのくず包み
 ココナッツミルクシロップがけ)
→白黒では判らないと思うけど・・。赤いですね。


6 感想
実際に食べに行ったり調べたりして思ったことはタイ料理はホントに辛いものだということが一つと、タイ料理は様々な異文化をとりいれて自分たちの地域にあった味にうまいことかえているんだなということです。調べていておいしそうと思うものがたくさんありました。機会があったらタイに行き本場の味を確かめに行こうと思います。


日本料理について

 一口に『日本料理』と言っても、多種多様な味が存在する。
なぜ↓なら
 日本はお分かりのように南北に細長い国であり、場所によって気候や風土が全く異なる。そのため一概には語れないのだが、大雑把に日本料理の特徴をまとめてみた。

日本料理の特徴

 日本料理の特徴は以下のような点にあると考えられる。
@ 四季の移り変わりがはっきりしているので、季節感が重要視される。
A 一年を通して温暖湿潤な気候である為、淡白な味が好まれる(調           
 味料や香辛料をあまり使わず、素材そのものの味を活かす)。

 簡単に、この二点の特徴があると思う。では、その理由について考えてみよう。
何故日本では季節感が重要視されるのか?

日本料理は『口と目で楽しむ』と言われるように、食べる前に料理人は食べる人を目で楽しませようとする。では、どのようにすれば楽しんでもらえるのかというと、旬の食材を料理の中に取り入れることによって、料理を食べる人に今がどのような季節なのだというメッセージを発信することによって楽しませるのである。そのためには、旬の食材(季節感)が重要なのである。

       次に…
淡白な味である理由は何か?

 日本料理は、例えば『灰汁をとる』といった方法や『湯引き』(魚を湯の中に通し、臭みをとる方法)といった様に、基本的に旨みを残してまずいものを取り除くと言った方法が主流で、味をつけることをあまりしないので、結果的に淡白な味になったようだ。

日本料理の歴史

 簡単に次ページの左のようになっています。その後、明治維新によって肉類を食べることがタブーではなくなり、すき焼きなどが広まっていったようだ。


●なぜ、東南アジアの料理店が日本に進出してきたのだろうか?

 まず第一の理由として、東南アジアに限ったことではないのだが、
日本人がどんどん海外へ飛び出していった結果であろうと考えられる。日本人が海外へ飛び出していき、そこでおいしいと思った料理を日本に持ち帰ることによって、それが全国に広まっていったと考えられる。
 第二の理由として、東南アジアから人が流入してきた結果であると考えられる。近年、外資系企業が増加したり、留学生が増えたりと流入は多い。その人々が自国の料理を日本に持ち込んだ結果、広まっていったと考えられる。

●では、なぜ日本でこれほどまで広まったのだろうか?

 それは地理的に近いので共通する食材や調味料が存在し、輸入もしやすいため簡単に広がることができたと考えられる。
 また、カレーの普及などによりスパイシーなものが受け入れられやすい状況であったこと、産業の発展により人々のニーズが多様化したことも要因であると考えれられる。
 そして、日本料理が淡白な味であったことも要因になったのかもしれない。人間はどちらかといえば濃い味を好む傾向にあるらしい。そのように考えると、日本料理が味の濃い海外の料理に押され気味であることも納得できる。
東南アジア料理についてのまとめ

 私たちは最初、東南アジアの料理がどのようなものであるのかと言うことについて全く知らなかった。そのため東南アジアの料理を調べるにあたり、事前に東南アジアの料理がどのような料理なのかを実際に食べてみて感じてみようということで食べに行ったのだが、そこの料理はとても辛く、東南アジアの料理は辛いものだという思いがあった。しかし、各国の料理について調べていくと、確かにタイ料理やマレーシア料理の一部(マレー系およびインド系)は辛いのだが、その他の料理についてはさっぱり系である事が分かり、意外な印象を受けた。またそれぞれの国の料理は、その国の歴史の変遷と共に変わっていたり、その国の民族構成や考え方によって大きく変わったりしていることに気が付いた。
 例えば、フィリピンであれば侵略された国々の料理を上手くとりこんでいるし、タイは暑さを辛いものを食べることによって乗り切るという考えの下に辛い料理になった。ベトナムは中国・フランスの料理を取り入れたし、マレーシアは民族の多様化により様々な種類の料理や折衷料理があった。
 また、東南アジアの国々はかつてヨーロッパの支配下に置かれたが、その際に上手くそれらの国々の料理と自国の料理とを組み合わせているなと感じた。
 東南アジアの料理は始めにも言った通り、そんなにメジャーな料理はないかもしれない。しかし、日本人の食の嗜好の拡大によって(新しい味を求めるという欲求から)、東南アジアからの人の流入によって、更に地理的にもヨーロッパなどと比較して非常に近いので、今後東南アジア料理店は増えていくと思われるし、皆さんも食べる機会が増えてくるだろう。そのような機会に私たちの発表したことが少しでも参考になったら、少しだけでも思い出して頂けたら幸いである。

 

 

 

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