本体上部枠
 
ほんの小さな話

第4話:幸せになるために(2023.9)

20世紀末から2000年代に入るころから、心理学が大きな進歩を遂げていることをご存知でしょうか?「ポジティブ心理学」もそのころから始まり、今や心理学の重要な一分野になりました。このポジティブ心理学の視点から、体験活動をとらえているのが、小森伸一著『体験活動はなぜ必要か』(2022年刊)です。
この本の副題は「あなたの可能性を引き出し 人生を輝かせるために」です。ここにポジティブ心理学の考え方がよく現れています。「幸福やウェルビーイング(充実したあり方、良好な生き方)、豊かな生について研究する学問」というのがポジティブ心理学なのです(92頁)。どうしたら幸せになれるのか、ということがポジティブ心理学の中心的なテーマですが、単にポジティブになろう、という主張ではありません。客観的データを集め、分析して得られた知識や見解に基づいた学問です。カナダのブリティッシュ・コロンビア大学で博士号を取られた小森伸一さんは、このポジティブ心理学を使いながら、体験活動の必要性を分析しています。

天候とポジティビティの関係性を調べたある調査では、天候の良いときに20分以上をアウトドアで過ごした人に、ポジティビティの向上が確認されています。(204頁)

でもアウトドアに出られない人は?

病室から見える自然の風景と、病気の回復の関係を調べた研究もあります。樹木群が見える病室の患者の方が、レンガの壁しか見えない病室の患者より、手術後の回復率が良い傾向となることもわかっています。(206~207頁)

私たちの幸せになりたいという身近な願望が、様々な体験を通して実現することを、学問的に示した本です。

第3話:木にニックネームをつけてみると(2023.8)

世の中にはいろいろな木があります。街の中でも通学、通勤、買い物、散歩などの間に、私たちは驚くほどたくさんの木に出会っています。木の伐採や枯死についての社会問題も報道されています。けれどもこれほど身近にあるにもかかわらず、きょう、どんな木を見たかを語れる人は少ないのでは?多くの人は木の存在に気がついていないのです。
『街の木ウォッチング:オモシロ樹木に会いにゆこう』(2016年刊)の著者である岩谷美苗さんは、「街では、木を生かすも殺すも人次第なのです」と言っています(2頁)。「たくさんの人が木に関心をもつことができたら、街の緑は変わってくるのかもしれません」とも言っています(同)。
でも木の勉強をしなさいと言われると、途端につまらなくなるかもしれません。そこで岩谷さんが提案するのは、木に「~木(ぼく)」というニックネームをつけることです。食い込み木、くっつき木、偽くっつき木、乗っ取り木、ご臨終木、うんこ木、地蔵木・・・。木の名前や種類を知らなくても、ニックネームをつけようとしたとたんに、木の存在が目にとび込んでくるようになります。それが木について考える出発点です。とにかく「オモシロ樹木」を見つけること。残り少ない夏休みの自由研究にも使えるかもしれません。『街の木ウォッチング』は、そのガイドであるとともに、樹木医である岩谷さんの解説も書かれています。

第2話:「養成」から見た介護問題(2023.7)

東京学芸大学は、学校の先生の養成をしていますが、「養成」を考えることは、とても大事なことだと思います。優れた先生は、優れた養成教育から生まれてくるからです。これは前回の夏目漱石の考えにも通じます。
介護問題でも同じです。介護を担うプロは介護福祉士と呼ばれる人たちですが、大学や専門学校などの様々な養成施設で教育を受けた後、介護の専門家として旅立っていきます。
その介護福祉士の養成現場を考察したのが、阿部 敦 著『変革期における介護福祉士養成教育の現状』(2021年弊社刊、1,980円)です。 この本の中で、阿部氏は介護福祉士の養成のための教科書に注目しています。

たとえば、『最新 介護の基本Ⅰ』(2019)の72頁と、『最新 介護の基本Ⅱ』(2019)の4頁には、「私」の部分にルビが認められる。ちなみに、「私」という漢字は、2020年度学習指導要領準拠では、小学校6年生で学ぶ漢字である。(本書22頁)

介護福祉士養成のための教科書では、ルビがふられている漢字が増えているといいます。この教科書で学ぶ人たちが、小学校レベルの漢字も読めない可能性を想定しているためですが、そこにはいろいろな理由があるようです。介護にどの程度、漢字の読み書きが必要なのかは別に議論をする必要がありますが、いずれにしても日本の社会の大きな変動を示す一つの顕れだと思います。
介護それ自体はもちろん重要な問題ですが、同時にそこには現在の日本社会のもつ諸課題が現れていることを、本書はよく示しています。著者は最近新たな1冊を出しています(阿部 敦著『今、日本の介護を考える』2023年弊社刊、2,420円)。併せて読むと、介護のもつ根深い問題と、現代日本社会の混迷がよくわかります。こうした難問を乗り越えるためには、より具体的に考えることが必要だと思いますが、本書のように介護福祉士の「養成」について考えるというのも、その一つの方法だと思います。

第1話:教育を論じた夏目漱石(2023.6)

学芸大学出版会では、夏目漱石が書いた教育に関する文章を集めて発行しています。大井田義彰編『教師失格 夏目漱石教育論集』(2017年、1,650円)です。漱石は自分のことを「教師失格」などと言ってますが、どうしてどうして、なかなか鋭く、また時には微笑ましいことを書いています。現代の教師の方々が共感できるであろう部分も少なくないように思います。漱石による教師の改良案を、同書から一つ引用。

それ人間を造るは飴細工にて人形を造るよりも六(む)ずかし、六(む)ずかしきが故に費用もこれに準じて嵩む(かさむ)なり[中略]軍艦も作れ鉄道も作れ何も作れ彼も作れと説きながら、未来国家の支柱たるべき人間の製造に至っては豪も心をとどめず、徒に(いたずらに)因循姑息の策に安んじて一銭の費用だも給せざらんとすこれらの輩(やから)真に吝嗇(りんしょく)の極(きわみ)なり。(74頁、ところどころで句読点および読みがなを補った)

これは教育費を縮小しようとする政府や、地方自治体に対する批判です。1892年(明治25年)に書かれました。要するに教育に対するお金をケチるな、ということです。夏目漱石の曖昧さのない文章で書かれた教育論は、教育に何が大切かということを、気持ちよく浮かび上がらせているように感じます。

ご連絡先

東京学芸大学出版会

184-8501
東京都小金井市貫井北町4-1-1
東京学芸大学構内
TEL:042-329-7797
FAX:042-329-7798
Mail:upress@u-gakugei.ac.jp

    
本体下部枠