生活環

珪藻の生活環は2分裂により増殖する無性生殖の期間と増大胞子を形成する有性生殖の期間に分けることができます。

 1. 無性生殖

  英語名「diatom」は細胞分裂を表している

珪藻の生活環のほとんどは,2分裂による増殖の期間です。この分裂様式は後述するように他の藻類にはみられない大変特徴的なものです。珪藻のことを英語で diatom と呼びますが,これは cut into twoもしくは cut through twoに相当するギリシャ語が語源です。ドイツ語で珪藻は Kiesel algen(「珪素の藻」の意味)で,殻の成分に基づいた命名とですが,英語名はまさに分裂の特性に基づいた命名と言えましょう。

  殻を成長させずに細胞体積を増やす方法

珪藻の被殻は,しばしば弁当箱の「蓋」と「身」にたとえられます(蓋は上半被殻,身は下半被殻に相当します)。珪藻細胞では分裂に先立ち,プロトプラストの体積が増大します。硬い珪酸質でできた被殻は,一度作られると「蓋」や「身」自体が伸長することはありませんが,「蓋」と「身」を上下方向にスライドさせることは可能です。これによりプロトプラストの体積増大が可能となるのです。

 ←珪藻の細胞分裂方法

  分裂により小さくなる娘殻

核分裂後,細胞質が分裂し,その後分裂面に向かい合って新しい娘殻が形成されます。これらの娘殻は,親被殻の「蓋」と「身」に対しては,どちらも新しい「身」になります。これは,新しい殻が常に親の被殻の内部で形成され,親の被殻よりサイズの大きい「蓋」を作ることが不可能なためです。このため,細胞分裂で作られる新しい殻は,常に「いれこ」細工のようになり,細胞分裂を行うたびに,そのサイズはどんどん小さくなっていきます。イチモンジケイソウ(Eunotia formica)で筆者が計測したところ,分裂するたびに被殻は長さが1μmずつ減少しました。こうして無性的な2分裂を何回と無く繰り返すと,ついには被殻の長さが最初のものと比べ1/2〜1/4にまで減少してしまうのです。さて,その後も珪藻は分裂を繰り返したなら,細胞はどんどん小さくなって,最後には無くなってしまう!・・・・・・しかし,そんなことは起きないのです。

 2.有性生殖

  増大胞子形成 (auxospore formation, auxosporation)

分裂によりサイズが元の大きさの1/2〜1/4まで減少した珪藻は、減数分裂を行い配偶子を形成します。そして,その後有性生殖をする事によって再び大きさを回復するのです。この過程では接合子が2倍〜4倍くらい大きくなりますが,この増大する接合子が増大胞子 (auxospore) です。接合後,増大を始めたものを便宜上「若い増大胞子 (young auxospore)」と呼び,増大が終わった完成品のみを「増大胞子 (auxospore)」と呼ぶ場合もあります。

 ←イチモンジケイソウの増大胞子

  有性生殖の様式

中心類珪藻と羽状類珪藻とでは有性生殖が異なります。前者は卵と精子による卵生殖ですが、後者では鞭毛を持った精子は形成されず、珪酸被殻を持たない裸の同型配偶子がアメーバ的に移動し接合するのです。

  鱗片やプロペリゾニウムで覆われる中心珪藻の増大胞子

中心類珪藻の配偶子形成では,卵を作る細胞と,精子を作る細胞とでは大きさが異なる場合が知られています。この場合卵を作る細胞の方が大きいものとなります。

1個の細胞内に卵は1つですが、精子は多数作られます。その数は種類によって異り,4個作られるもの,8個作られるもの,多いものでは32個形成されるものもあります。また,精子内に葉緑体が含まれるものもあれば、精子内には全く含まれないものもあります。いずれにせよ精子はそれらが形成された被殻の外へと泳ぎだし、卵母細胞の被殻の隙間から内部に侵入し受精を行います。

 ←タルケイソウの生活環、クリックすると拡大表示します

受精後,形成された増大胞子は,中心類珪藻では球形または楕円球に膨らみ、その表面は多数の薄い珪酸質の鱗片 (scale) で被われます。また、フォンストッシュ (von Stosch) によってプロペリゾニウム (properizonium) と名付けられた多数の珪酸質の薄いバンドで被われる種類もあります。

その後,増大胞子の鱗片の下で、それを内張りするように初生殻が形成され,1個の初生細胞が作られます。ついで初生細胞中央部に細胞分裂によって普通見られる殻、すなわち栄養殻 (vegetative valve) が形成されるのです。

  ペリゾニウムで覆われる羽状珪藻の増大胞子

羽状珪藻の縦溝類では、まず最初に2つの細胞が接近し被殻を接触させます。

次に被殻の中で配偶子が形成されます。無縦溝類では隣合った細胞同士が配偶子を形成します。配偶子は被殻の中で1あるいは2個作られますが、これは種によって数が決まっています。ただし,2個作る種類でも,条件により1個しか作らない場合も知られています。

配偶子は上半被殻と下半被殻のあいだに作られた隙間をアメーバ運動により通り抜け、もう一方の被殻内でつくられた配偶子と接合を行います。接合の方式には、両被殻内からでてきた配偶子が中間部で接合するもの、両被殻間に接合管を作りその中で接合するもの、一方の被殻内で作られた配偶子が他方の被殻内に入ってそこで接合するものがあります。

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配偶子は接合後伸長しソーセージ形の増大胞子を形成します。ユーノチア・マルチプラスティディカ (Eunotia multiplastidica) は、接合管が形成され、その中で配偶子が接合し増大胞子が1つ作られるものです。増大胞子の表面は,多数の薄い珪酸質のバンド(横走環帯と縦走帯)が組合わさってできペリゾニウム (perizonium) で被われます。無縦溝珪藻のラブドネマ・アークアーツム (Rabdonema arcuatum) ではさらにその上に中心類珪藻にみられるような珪酸質の鱗片があることがフォンストッシュによって報告されています。

初生殻はペリゾニウムの内側に形成されますが、ペリゾニウムに接して作られるため形は細長いドーム形です。その後,初生細胞の中央部に通常の分裂により、普通の殻(栄養細胞)が作られます。

 3.風変わりなサイズ増大と縮小

  無性的に体積を増加させる種類や突然縮小してしまう珪藻!

前者は栄養的増大として知られるもので,ステファノピクシス (Stephanopyxis),ディチルム (Ditylum),コアミケイソウ属 (Coscinodiscus),アクナンテス (Achnanthes)などで観察されています。また,後者はステファノピクシス,イトマキケイソウ属 (Biddlphia),ツメケイソウ属 (Achnanthes),イチモンジケイソウ属 (Eunotia)などで知られるもので,分裂時に突如として長さが1/3くらいに減ってしまう現象です。


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