識別珪藻群法 −珪藻を用いた河川の水質判定方法−
生物による水質判定の始まり
産業革命後のヨーロッパでは,河川の汚濁が次第に進み,都市部では手の施しようもないような川があちこちに出現するようになってきました。この汚れた川の生物の体系化を最初に試みたのが1908年のコルクビッツとマーソン(Kolkwitz & Marsson)の研究です。彼らは川の清冽な水域からひどく汚濁された水域まで,そこに住む生物を調べ,生物を用いて汚濁の階級をわけることに成功しました。彼らの後,さまざまな生物において,汚濁との関係がより詳しく調べられるようになりましたが,中でも珪藻は水中の底生動物とともに研究が盛んに行われてきた生物です。
強腐水域に珪藻は10種類もいた!
珪藻は嫌腐水域〜強腐水まで出現し、それらの水質に対する珪藻の出現特性が多くの研究者によって研究されてきました。しかし、長い間、強腐水域には珪藻はササノハケイソウ属のニッチア・パレア(Nitzschia palea)くらいしかいないと言われていたのです。著者は1980年代前半に珪藻の対汚濁特性を研究したところ、日本の河川の場合、強腐水域で積極的に生きることのできる種類が10種類もいることがわかったのです。しかもその内の1種類は、今まで誰によっても記載されたことが無い種類で,新変種Achnanthes minutissima var. saprophilaとして報告しました。この種類は今では日本だけでなく,ヨーロッパの汚濁域にも普通に見られることがわかっています。
新発見の鉄則ですか・・・
強腐水の水はくすんだ灰青色から灰褐色で、臭いがきつく,珪藻採集のため水中に手を入れると、さらっとした水の感触はまったく無く、とろみさえ感じます。米粒やラーメンのちぎれたかす、野菜のかけら、黒色の粘性を帯びた泡、その他いろいろな物が流れてきます。このような川での採集があまり気の進むものではないことは誰しも同じこと。強腐水域に珪藻がいないとされていたのは、本当はいなかったのではなく、”見て”いなかっただけではないかという気がしてなりません。「人のやらないことをやる」という研究のセオリーは,振り返ってみると気持ちの良いものではありません(でも,当時は結構それも楽しかった気がします)。
識別珪藻群とは,汚濁に対する出現特性によってまとめられた珪藻のグループで,つぎの3群があります。
識別珪藻群A: 強腐水域に出現する珪藻からなる群ですが,この群の種類は強腐水よりもきれいな水域でも生育できます。しかし、そのような水域では、他の群の種類もよく増殖するので,相対的に群落内におけるパーセントは低下します。このような特性をもつ種類(強汚濁耐性種)は10種類あり,それらが属するグループを「識別珪藻群A」と呼んでいます。また,その汚濁に対する出現様式を「タイプA」の出現様式と呼んでいます。
識別珪藻群B: 河川で珪藻の現存量が最も多い水域はβ-中腐水域からα-中腐水域へ移行するBODが4〜7くらいまでの水域です。つまり中程度に汚れているところが一番生育がよく,それよりきれいでも、それより汚くても石に付着する珪藻の数は減ってしまうのです。中程度の汚濁水域は無機塩類の量が多く,珪藻にとっては栄養豊かな水環境です。このような水域からα-中腐水域まで高頻度で出現する珪藻は「識別珪藻群B」に属しますが,どれも強腐水域では生育できません(中汚濁耐性種)。識別珪藻群Bに属する種類は64あり、汚濁に対して「タイプB」の出現様式をとります。
識別珪藻群C: 「タイプA」でも「タイプB」でもない出現様式をとる種類は「タイプC」の出現様式をとります。これらの種類は汚濁に対して非常に敏感でα-中腐水域では生育できません(弱汚濁耐性種)。このような出現様式をとる種類をまとめて「識別珪藻群C」と呼びます。我国の河川において普通にみられる珪藻は350種程度ですが、識別珪藻群AとBに属さない種類は皆この群に属します。
識別珪藻群法による河川の水質判定
生物学的水質判定法は,物理化学的測定と異なり,その生物が生きていた期間の水の平均的な水質を得ることができます。また将来,再分析をすることも用いた生物によっては可能です。生物による水質判定法は今日までいろいろな方法が考案されていますが,以下に珪藻を用いた場合のメリットを示しましょう。
珪藻を用いる水質判定法 魚や底生動物を用いる方法 試料採集のために直径15cmほどの石が一つあればよいので(石がなくても可),採集が楽であり経費も安い。
魚の場合,広範囲を投網しなくてはならない。底生動物の場合でも直径15cmというわけにはいかない。
水質の変化によって珪藻は他水域に移動しないので,その地点の平均的水質をたやすく求めることができる
魚の場合,水質が変化すると他水域へ泳いで逃げてしまう。
汚濁の程度,季節の変化に関わらず何らかの種類が生育しているので,必ず調査できる。
魚や,底生動物では汚濁の程度や季節によっては,それらが生息しないために調査できない場合がある。
流深が深い,またコンクリート河床で石がない場合でも,付着板をつり下げることにより採集ができる。コンクリートから直接ブラシとスポイトで採集も可能。
魚や,底生動物の場合,採集にあたっては河川形態を選ばざるを得ない。
クリーニングした殻を保存すればよいため,半永久的に必要に応じいつでも再分析できる。また,試料は小瓶に入るので,保存場所をとらない。
固定液中に液浸保存しなくてはならない。魚の場合は大きな標本瓶が必要であり,保存のため広いスペースがいる。
識別珪藻群法では,水質判定のために上記の3つの識別珪藻群を用います。採集地点の珪藻群集を構成する3つの群の割合から水質判定ができるのです(注:識別珪藻群法では,水がどれだけ汚れているかを判断するため貧腐水〜強腐水までの水質階級を判定し,嫌腐水は判定対象外としています)。判定結果は計算により数値化しますが(下の式を参照),円グラフとして表すと,水質の状態が3つの識別珪藻群から視覚的にとらえることができます。
識別珪藻群法のやり方
珪藻を直径15cm以上の石の表面からブラシを用いて採集し,クリーニングします。プレパラートを作製し,その中に含まれる珪藻を一定数計数すると共に同定します。そして,3つの識別珪藻群に分類すればよいのです。
まずはモデルプレパラートで Let's Try!
モデルプレパラートは2枚用意しました。片方は汚い水域のもの,もう片方はきれいな水域のものです。各プレパラートにはモデル用の図鑑がリンクしてあります。図鑑を使って同定し,それぞれの種類の殻数(n)をワークシートに記入しましょう。つぎにワークシートに示されている各種の汚濁階級指数(saprobic value: s)を殻数(n)に掛け合わせ,数値を書き込みましょう。
汚濁階級指数(s)は例外を除き,識別珪藻群Aの種類には4が,識別珪藻群Bの種類には2.5が,識別珪藻群Cの種類には1が割り当てられています。なお,ワークシートは下のボタンをクリックしたのち,プリントして使用して下さい。
<<新版 モデルプレパラートは → こちらをクリック>> ワークシートが完成したら,モデルプレパラートの水域の水質判定をします。判定には汚濁指数(S: Saprobic Index)を使用します。この指数は1〜4で水質を表し,1が最もきれいな水質状態を,4が最も汚い水質状態を表します。
汚濁指数(S)の算出式は以下の式を用います。
これを一般式で書くと,次のようになります。
S=Σns /Σn
|
|
1.0以上1.5未満 |
貧腐水 (きれい) |
1.5以上2.5未満 |
β−中腐水 (割合きれい) |
2.5以上3.5未満 |
α−中腐水 (汚れている) |
3.5以上4.0以下 |
強腐水 (ひどく汚れている) |
<より詳細な分類>
汚濁指数 汚濁階級 1.0以上1.25未満
貧腐水
1.25以上1.75未満
貧/β−中腐水
1.75以上2.25未満
β−中腐水
2.25以上2.75未満
β/α−中腐水
2.75以上3.25未満
α−中腐水
3.25以上3.75未満
α−中/強腐水
3.75以上4.0以下
強腐水
汚濁階級と生物化学的酸素要求量(BOD)との関係は → ここをクリック
日本の河川に出現する種類は約350種,うち識別珪藻群Aの種類は10種,識別珪藻群Bは64種ですので,この74種類さえ同定できれば,あとは同定できなくてもかまいません。それらは全部識別珪藻群Cの種類となります。大切なのは種の同定ではなく,各群の割合です。通常は500殻以上を計数します。汚い川ほど出現する種類数は少なく,同定できる殻は多いはずです。また反対にきれいな川ほど出現する種類数は多くなり,同定できない殻も多くなるでしょう。下のボタンを押して下さい。識別珪藻群AとBの全ての種類を含む図鑑にアクセスできます。
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