「家族システムの時間的変化」

N96-6102 石井里那子
(心理臨床・カウンセリング)


第1章 本研究の意義



 第1節 本研究の目的



 家族についての研究は、精神分析などの心理学的な視点から社会学的視点まで、現在までに数多く行なわれてきた。このことからも、家族についての関心の高さがうかがえる。

 特に母子関係に関する研究は盛んに行なわれている。これは、家庭における子供の成長に対する母親の影響を重要視しているためと思われる。しかし、子どものまわりにいるのは母親のみではなく、父親・きょうだいなど他にも挙げられる。また、家族には親子以外にも夫婦・きょうだい等のつながりがある。そこで本研究の第1の目的としては、夫婦・親子・きょうだいのそれぞれの関係に注目しつつ、家族を1つのまとまりとしてとらえることとする。家族の心理過程は、個人の心理過程についての知識や情報を寄せ集めれば理解できるというものではない。両者は、根本的に異なる側面をいくつも持っているからである(亀口、1992 a)。

 また、家族内のそれぞれのつながりが、時間の経過に伴ってどのように変化するかを第2の目的として考察する。


 

第2節 家族システム



 家族心理学では、家族を1つのシステムとみなし、その中に夫婦・親子・きょうだいといったサブシステムが存在する。家族システムの特徴として@家族は、複数の個人が相互に結びつき構成するシステムである。Aサブシステムの構造化に応じて、勢力の配分と階層ができるB家族内では個人の自立性に諸段階がある。C家族内の相互作用・コミュニケーションには、独特の構造と過程がある。D家族システムは、時間の経過に伴って変化するが、その過程には諸段階がある(岡堂、1992)。

 第3節 時間的変化の段階



 家族システムは、時間の経過に伴って変化するが、ある特定の時期にはそれまでとは大きく変わらなければならなくなる。その時期は研究者によって多少の違いはあるが、おおよそ一致するのが@結婚A第1子の誕生B子どもの社会的自立である。従って本研究では@新婚期A子どもの誕生と育児B子どもの成長と自立C子どもが自立したあとの家族の4段階に分けて、それぞれの段階について考察していく。

第2章 新婚期



 新婚段階は、夫婦がそれまで育ってきたそれぞれの家族から離れ、二人で作り出した新しい生殖家族の生活に適応してゆこうとする時期である。そこでの夫婦のあり方が、のちの家族関係に大きく影響する。その際重要な要因として@両者の実家との関係、その社会・文化的背景 A夫婦間の価値観・目標追求における一致・不一致B相互の性的・社会的・情緒的レベルでの役割分担 C両者の問題解決の仕方 D夫婦のパーソナリティーの相互適合性等が挙げられる(亀口、1992 b)。  

 この中で特に重要視されるのは、両者の実家との関係である。夫と妻の双方がそれぞれの出生家族から、物理的にも心理的にも離れて、二人の世界をつくり始めることが主要課題である。〜夫婦は、それぞれの基本的なニードの充足を出生家族に求めるのをやめて、お互いに満たし合うように努力することになる(岡堂、1988)。しかし、実家の父母からの分離の手段としての結婚であったり、心理的には息子・娘のままの結婚など、個人としての情緒的発達が未熟なままの結婚は、実家の父母への過度な依存や、父母からの過保護・過干渉として、夫婦としての結合と発展を著しく妨害する(滝口、1990)。配偶者の背後に常に実家の両親が控えていると、夫婦の結びつきよりも親子の結びつきの方が優先されることになる。夫よりも実家の親との結びつきの方が強い妻は、当然夫よりも子どもとの結びつきの強い妻となり、夫である父親は家の中で影の薄い存在となってしまう。他方、妻よりも実家の親との結びつきの強い夫は、妻から見れば頼りがいのない存在となってしまう(佐藤、1992)。

 家族システムのレベルでは、夫婦として十分に機能するための基本的なルールとパターンを築き上げる必要がある。そのルールには、相手のニードに応ずること、意見や考えの違いを調整すること、家事・収入・支出などの日常生活に必須の活動面で協力することなどが含まれる。また、個人としての自立性を損なうことなく、一体感を感じられるような、柔軟だが確固とした環境をつくることが必要である(岡堂、1988)。そうして、システムを作り上げていくことで、夫と妻のそれぞれの可能性の発揮が行なわれ、さらに柔軟な個の役割の発揮という個と全体の自己実現の循環が創造的に展開される(島田1986)。しかし、平均的な夫婦生活の期間が50〜60年に及ぶようになった今日の状況を考えれば、なんらかの「苦難」を夫婦がともに享受する、という観点なしには性も違い、生育環境も異なる、もともとは他人どうしの共同生活の継続はきわめて非現実的だといえよう。個人の自己実現や、幸福感の追求にだけ拘泥していれば、離婚の潜在的可能性は高まる(亀口、1992 b)。

 現代は、共働きの夫婦が増加しており、ここに新たな夫婦間の葛藤の種が潜在していると考えてよいだろう。つまり、急速に進行しつつある産業構造の変化や職場環境の変化が、従来の固定的な夫婦の役割分担に現実的な変化を求め始めている。その変化に対応できない夫婦ほど、家族システムの危機を抱えていることになる(亀口1992 b)。


第3章 子どもの誕生と育児



 第1節 新しいサブシステムの誕生



 親になることは、我々にとってこれまでと立場が逆転してしまうことになる。保護される立場から保護する立場へ、世話を受ける側から世話をする側への逆転は、全く未経験のものをたくさん含んでいる。パートナーシップを形成している途中の若い新米両親にとっては、新たな役割にあたって、パートナーに何が期待できるのか、自分自身が何をなし得るのか分からないままに、新しい仕事に着手することになる(鵜養、1992)。子どもの誕生により、夫婦だけの二者関係から、互いの意志疎通もままならず、行動様式も全く異なる家族員(乳児)が加わった特異な三者関係が家庭生活での主軸になっていく(亀口、1992 b)。つまりそれまでは夫婦サブシステムだけであったのが、母子サブシステム・父子サブシステムの2つのサブシステムが新たに加わるのである。さらに第二子が生まれれば、なお一層複雑になる。親は、発達段階の異なる二人の子どもと個別の関係システムを作り上げるだけでなく、同胞間に形成される同胞サブシステムにも適切に対処しなければならない(亀口、1992 b)。 この段階では、夫婦サブシステムと親サブシステムがともに機能するように工夫することが大切である。夫婦の一方が子どもにかかわりすぎて、夫婦関係を無視したために、危機が生じることもある(岡堂、1988)。

 夫婦関係は、親子関係にも影響を与える。母と子との間にアタッチメントが形成されない理由の一つに、夫婦関係がよくないことがあるといわれている。夫に対して怒りや不安を持っている母親は、子どもに対して愛情を持ちづらい(佐藤、1992)。また「親らしい行動」をペアレンティングと言うが、これは「次の世代を生み育てていくという、我々の発達課題をはたしていくプロセスにおける役割行動」と解釈することもできる。その過程はお互いによきパートナーになろうとする夫婦の協力関係を基盤として進んでいくものである(鵜養、1992)。 子どもを持つということは、多くの課題を背負うことになるが、その分得るものも非常に大きい。子どもが誕生することによって、夫婦双方のアイデンティティや自尊心が大きな影響を受ける。大方の夫婦にとっては、親になることは、自尊心と誇りを感じさせ、積極的なアイデンティティの源泉になる(岡堂、1988)。

 第2節 夫・父親の役割



 これまで、育児における母親の重要性を指摘する研究は、数多く行なわれてきた。夫婦共働きの家族が増え、母親の役割に変化は起きているが、それでもまだ育児の中心を担っていることは否定できない。しかし、現実の生活場面では、母子だけの閉鎖システム(二者関係)内でことが終始するわけではない。母子が、各々の移行対象との関係も含めて、適切な心理的距離をとりうるか否かは、家族システム全体の構造と機能の水準に関わることでもある。つまり、核家族化が進んでいる現代では、父親の役割が重要な鍵を握っていることになる。父親が妻を援助し、いたわる役割を十分にはたすか否かで、母子サブシステムの発達と健康性は大きく左右される。しかも、その影響は乳幼児期のみならず、思春期・青年期にまで及ぶと考えられる(亀口、1992 b)。時代により社会の変化により夫婦の関係も変化し、役割行動も変わってくる。基本的には、両親ともに新生児に関わることによって、それぞれの父性・母性を高めながら母親が自分の子どもに没頭できるように環境を整え、母親を支えていく役割を自覚していくことが、父親にとって重要な役割であると考えられる(鵜養、1992)。

 ただ、社会制度や住宅事情の中で、家族に不自然な状況がつくられ、単身赴任・長距離出張・遠距離通勤などで父親が物理的に家族から切り離されざるをえない状況がある。それにともなって不自然な母子癒着の問題、男性モデルの欠如など、子供の成長に好ましくない条件がよく問題にされる。そうした現状をふまえながら、いまその家族に欠けているものは何か、それを補うにはどうしたらよいかを同時に考えていく必要がある(鵜養、1992)。

 

第3節 同胞サブシステム



 子どももまた、家族の機能を有している。同胞は一つの社会でもある。同胞間の協力・争い・競争などは社会の縮図である。子どもは、社会生活で経験すべき人間関係を両親の教育・保護の機能の下で経験する。その意味で、同胞は相互に社会化機能と教育的機能を有しているといえる(遠山、1988)。しかし、最近は同胞サブシステムそのものが縮小し、独自の機能があまり期待されなくなり、かつては年長の同胞に委ねられていた役割が、親や家族外の成人や社会システム(塾・クラブ・種々の教室等)に振り替えられるようになった(亀口、1992 b)。


第4章 子どもの成長と自立



 

第1節 子どもの成長



 子どもは成長するにつれ、それまで与えられてきた自我像を1度捨て去り、新しく自我像を作り上げようと試みる。「自分とは何か」「自分の独自性とは何か」「人間はどう生きるべきか」ということを真剣に考えだした子どもたちは、親から押しつけられた価値観ではなく、自分独自の価値観を作り出す作業を始める。この作業は親とは離れて、友人たちと行なったほうがはるかによい。青年後期には、「親には欠点もあるが親として尊敬できる」という見方を持つようになる。このことは対立が激しいときでも愛着関係が切れてなかったことの証拠ではあるがもちろん、このようになるためには、乳幼児期・児童期にしっかりした愛着関係が確立されているということが条件である(繁田、1986)。

 

第2節 親子サブシステム



 子どもが出生し育ってゆく段階は、家族そのものが成長してゆくもっとも活気のある段階である。また親は子どもの目に見える成長に一喜一憂する時期であり、苦労は絶えないが、子どもの養育という共通目標の中で夫婦の間は比較的問題の少ない期間である(宮城、1974)。しかし親子関係は、逐次変化していくし、また、変化しなければならないものでもある。子どもは日1日と親への依存から脱却し、自立への道を進んでいく。親の方も、子どもの成長にあわせて、親子関係のあり方に少しずつ修正を加えていく(繁田、1986)。

 子どもの家族システムへの関与の程度は、しだいに家庭外の仲間関係への参与の程度とほぼ等しくなる。このような変化は、たとえ親子の間に信頼関係がしっかりと形成されている家庭であっても、緊張を誘発させる(岡堂1988)。子どもたちが家族の外に自由に出入りすることで家族境界の急激な拡大が生じるため、親は子どもの自由な出入りを許容することが必須となる。親離れの始まった子どもを父母は決して後追いしてはならないが、子どもの必要に応じて保護と避難場所となる、安定した心理的対象としての父母として、あり続けなければならない(滝口1990)。一般に、子どもの親離れに比べて、親の子離れは遅いといわれる。変化してきた青年に対して、旧態依然とした我が分身的接し方をする親では、青年は親を批判し、親の干渉を疎ましく思い、親を攻撃することで自ら自立したように思ってしまうだろう。親を嫌っているのではなく、いつまでも過保護・過干渉してくる古い態度が許せないのである(佐藤、1992)。

 青年期の子どもに必要とされる親の態度としては、自らの弱さも含めて、自分自身の存在そのものを子どもに示すことであろう。子どもの成長と自らの衰えを受け入れながら、夫婦として新たな課題をともに達成しようとする親の姿を見て、子どもは安心して巣立っていけるのである。両親が夫婦としての関係をつくってくるのに失敗し、子どもの自立によって自分達の問題が明確化してくることを恐れると、それぞれの親は子どもを巻き込んで、もう一方の親を攻撃したり、けなしたりするようなメカニズムを作ることがある(鵜養、1992)。

 子どもの自立は、本人にとって、またその家族にとっても大きな課題であるが、それは家族が変わるチャンスと見ることもできる。中村(1997)は、「青年の行動は、新しい家族関係への変容を求める固着への挑戦である」といっている。

第5章 子どもが自立したあとの家族



 

第1節 夫婦サブシステム


 子どもがすべて親元から離れていった家族の状態を「空の巣」という。家庭内にかつての賑わいはなく、その寂しさに耐えられない親のなかには、子どものあとを追うものや、様々な機会を通じて子供が戻ってくることを強く期待するものもいる。(亀口、1992 b)。親は、子どもの巣立ちを親としての役割・義務の完了、それからの解放としてとらえ、新たな人生目標へ向っての再出発と考えるならばよいが、そうではなく、その事態を役割喪失、生きがい喪失と感じ、空虚感・孤独感にそのまま埋没するならば、この段階の家族はその再出発から暗い心理的不安を内向せしめ、その後の夫婦の情緒的結合を阻害することになる(宮城、1974)。

 また、この時期取り組むべきもう1つの課題は、夫婦関係の葛藤や、社会的あるいは職業上の問題への対処である。互いに期待通りの配偶者像を確認できた夫婦もいることだろうが、多くはなんらかの失望感や挫折感を覚えているものである。夫婦がその理想と現実の落差をどのように認め、そしてどのように対処するかによって、その後の家族の発達の様相はおおいに変化する(亀口、1992 b)。平均寿命の伸びによって、夫婦二人で長い老年期を過ごさなければならなくなった。それまでにこの課題に取り組んでおかなければ、夫婦にとって危機的な状態に陥ることも十分ありうる。老年期をより豊かにするためには夫婦間の活発なコミュニケーションが不可欠である。夫婦間のコミュニケーションの活性化は、やはりそこに夫婦共通の目標設定や共同作業量の増大、もしくは夫婦各々が生活行動の質と量を高めることなどが必要である(井上、高橋、1988)。

 ただ、子どもの自立によって家族が夫婦だけになったとしても、自立した子どもが新たに形成した家族システムとのつながりが断絶してしまうものでもない。むしろ、両親夫婦が新たにサブシステムとなって子どもの家族システムと連携する、ゆるやかな拡大家族システムを形成していくとも考えられる(亀口、1992 b)。孫の出生などは、親世代にとっては祖父母という新しい役割を持つことになる。子どもの巣立ち、職業生活からの引退、また配偶者の死などによって失われがちな役割が多いなかで、祖父母役割は重要な意味を持つ(河合、1988)。


 

第2節 同胞サブシステム



 青年期以降の同胞サブシステムは、各人が順次巣立って家を離れるにつれて、その形態を変えていく。生活環境の変化によって同胞間の実質的な関わりが減り、各人の結婚によって、同胞サブシステムは独自の機能を発揮できなくなることも多い。しかし、決して同胞サブシステムがそのまま消滅するのではない。親が年老いて、身辺が不自由になる年齢段階になれば、再び同胞サブシステムは呼び戻され、家族システムの実状に応じて再編成されることになる(亀口、1992 b)。

第6章 まとめ



 家族とは、たかだか数人の集団でありながら、様々な結びつきがあり、それに対応して個々人がいくつかの役割を担うことになる。実に複雑な構造をしており、その点で他の集団とは異なる。家族内のどのサブシステムも独自の機能を持っており、それは他のサブシステムに影響を与え、また他のサブシステムから影響を受ける。しかし、それらのサブシステムがそれぞれに応じた関係能力を発展させるためには、サブシステム自体が他のサブシステムの介入からある程度自由であることが必要である。しかし、サブシステム間の接触や交流が全くなくてもいけない。なぜなら、サブシステムは他のサブシステムと接触することによって、必要な情報や資源を得ることができるからである(平木、1992)。つまり、バランスをとることが、家族システムにとって非常に重要であるのだ。また、ある時期まではうまくいっていたとしても、家族成員の発達・変化によってバランスが崩れ、システムが円滑に作動しなくなる。その時には、それまでの状態に固執することなく、また、急激な変化に圧倒されることなく、家族全体が成長できるような方向で、システムを再編成していくことが必要になる。

 それぞれの家族が、独自の形でうまい具合にバランスをとっている。本研究では、両親と子どもの典型的な家族をとりあげたが、現実にはその他の形の家族も数多く存在する。今後は、そういった家族がどのような構造で機能しているかが課題となる。

引用文献


 平木典子 1992 家族の心理構造 岡堂哲雄編 家族心理学入門 培風館

 井上勝也 高橋正人 1988 高齢化社会の夫婦関係 平木典子編 講座家族心理学2 夫と妻ーその親密化と破綻 金子書房

 亀口憲治 1992 a 家族の心理過程 岡堂哲雄編 家族心理学入門 培風館

 亀口憲治 1992 b 家族システムの心理学<境界膜>の視点から家族を理解する 北大路書房

 河合恵子 1988 三世代関係 岡堂哲雄編 講座家族心理学6 家族心理学の理論と実際 金子書房

 宮城宏 1974 家族の類型と機能 森岡清美編 新・家族関係学 中教出版

 中村伸一 1997 家族療法の視点 金剛出版

 岡堂哲雄 1988 家族関係の発達過程 岡堂哲雄編 講座家族心理学6 家族心理学の理論と実際 金子書房 

 岡堂哲雄 1992 家族心理学の課題と方法 岡堂哲雄編家族心理学入門 培風館

 佐藤誠 1992 親子関係の心理 岡堂哲雄編 家族心理学入門 培風館

 繁田進 1986 親子関係 島田一男他編 講座:人間関係1家族の人間関係 総論 ブレーン出版

 滝口俊子 1990 家族の病理ーその心理力動、夫婦 岡堂哲雄編 臨床心理学大系4家族と社会 金子書房

 遠山敏 1988 こころとからだの健康と家族 長谷川浩編 講座家族心理学5 生と死と家族

 鵜養啓子 1992 父性・母性とペアレンティング 岡堂哲雄編 家族心理学入門 培風館


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