常在戦場

 2001年9月11日、アメリカ合衆国本土にて同時多発テロが発生、ニューヨークの世界貿易センター(WTC)ビルだけでも死者行方不明者合計約六千人という大惨事になりました。

 このような状況にあっては小論など児戯にも等しく、更新することもなく今日に至りました。ただ、その間、直接的にも間接的にも、「戦争が始まるのか」「日本は巻き込まれるのか」といった論議に接して、あまりの見当違いさ加減に辟易しておりました。

 私は、WTCビルに旅客機が激突した事件そのものを、「21世紀型第三次世界大戦の始まり」だと思っています。理由は下記のとおりです。

  1. 攻撃の対象となったWTCで、複数の国の企業、複数の国籍の従業員が大規模な被害を受けました。複数の国家にとって、この事件は自国民の生命と財産に対する侵害です。つまりすでに日本を含む複数の国が事件の当事者です。今さら「巻き込まれる」でもありません。
  2. しかも、その手口たるや、通常の犯罪(警察が対応できる範囲)をはるかに越えています。警察は被疑者を可能な限り無傷で逮捕するよう訓練を受けていますが、自爆テロの実行犯を無傷で逮捕することは至難です。最初から死ぬ気なのだから威嚇発砲も無意味。犯行が実行段階に入ってしまったら、障害を排除するためには殺人もやむなし(最初から殺すつもりというわけではない)というスタンスで訓練を受け、装備を調えている軍隊が対応するしかありません。つまりこれは戦争です。もちろん、犯行を未然に防ぐための情報収集・分析にも戦時並みのエネルギーが注がれるべきです。
  3. 犯行グループが、アメリカ政府がいうように反米テロ組織だとすれば、全世界にあるアメリカの施設(軍の基地からアメリカ企業まで)が潜在的な標的です。アメリカの施設があるすべての国が、潜在的にテロの舞台となっています。つまり、この「戦争」は日本を含む多数の国が継続的に対応すべき性格のものです。なお、在日米軍基地には日本人従業員も勤務しています。従って、在日米軍基地の警備は、日本人の安全確保という意味も持っています。
  4. 犯行グループに関するアメリカ政府の見解が誤りだとしたら、犯行声明もなく犯人の意図が不明である以上、狙われたのがアメリカだとは断定できません。犯人たち独自の理屈によって、我々から見れば「ランダム」に思えるような新たな標的が狙われる可能性があります。
  5. しかも、テロ組織は正規軍のように目に見える形で接近しては来ません。気がつけば自爆テロが、いつの間にか炭疽菌が、いつもと同じ街並みなのに突然爆発が、といった展開になるのがほとんどです。昨日歩いてきた繁華街が、今夜のニュースで「テロの現場」になっていない保証はありません。
 武道家の心構えとしてよく「常在戦場(常に戦場にいるつもりで行動せよ)」という言葉が使われますが、比喩ではなく「常在戦場」の時代が到来したのです。むやみに恐れる必要はありませんが、安全な場所はもうどこにもありません。「常在戦場」と口では言ってきた武道家を含めて、ほとんどの日本人にとっては未曾有の事態となりました。アフガニスタンへの空爆があろうとなかろうと、今、ここが、戦場です。

 多くの人が過去の戦争のイメージにとらわれるため、新しいタイプの戦争への適切な対応が遅れるのは、歴史上何度か繰り返されてきたことです。「日本は巻き込まれるのか」式の論議は、機関銃を甘く見て莫大な死者を出した日露戦争や、戦車や航空機への対応が遅れた第二次大戦の轍を踏むことに等しいのではないか、と思っています。

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