コギャル(死語)の恩返し1999


 来年は授業で「東京学芸大学安全マップ」づくりに取り組もうと思っていまして。「安全マップ」って、実は「危険マップ」なわけですが。そんな企画を思いつくに至った経緯を今年度のうちに書きためておこうと思いまして。まあ来年の受講者のみなさんにはこちらも読んでいただくと言うことで。

 まだ独身だったので間違いなく1999年上半期。某研究会からの帰途、懇親会の酒にやや千鳥足で帰途につき、自宅前にたどりつくと。
 自宅に至る団地の階段を、女子高生の二人連れが降りてくる。派手な髪飾り、短いスカート、ルーズソックス。人相風体から察するに、当時すでに死語だったかもしれないが、「コギャル」の類である。
 この階段に、女子高生が訪ねるような家はない。しかも時刻は夜11時をやや回った頃、だったように思う。明らかに、誰かの家を訪ねてきたのではない。ということは自動的に不審者である。
 事を荒立てぬように努めて穏やかに訊ねる。「どちらをお訪ね?」。「どなたをお探し?」だったかもしれないが、まあそんな感じ。「ですか」はつけなかったと思う。
 堰を切ったように話し始める二人。「『送ってあげる』ってつきまとう、変な自動車につけられて逃げてきたんです」という。そうこうするうちにエンジンを空ぶかし気味に目の下を徐行してゆく大型の乗用車3台。それぞれの車両に運転手以外の同乗者あり。おいおい、その人数で女子高生二人につきまとったら、「ナンパ」じゃなくて「拉致」だろう。「あれです!」と、血相変えて無声音で叫び、しゃがんで身を隠す女子高生。どうやらウソではないらしい。終バスを逃がし、タクシー代を惜しんで夜道を徒歩で帰宅中、「送りオオカミ」に遭遇したものらしい。

 ほどなく、彼女らの友達と思われる、同年配の少女が私服に自転車でかけつける。二人連れ、私に会う前に所持していたPHSで助けを呼んだらしい。しかしその助けは助けにならんぞ。悪くすれば巻き添えだ。再度遭遇したときに気づかれないように人相風体を変えようと、髪飾り(厳密には、髪飾りがくっついたつけ毛)をとり、ブラウスの裾やスカートの丈をみるみるうちにのばしてゆく二人。その短いスカートは、お端折だったわけね。着物の文化がこんなところに生き残っている、などと妙なことに感心することひとしきり。もちろん口に出して言う余裕はない。ともかく、夜目で化粧の具合まで見えないせいかもしれないが、すっかり普通の女子高生である。

 タクシーを呼んで乗せてやろうと思い立つ。しかし彼女たちはタクシー会社の電話番号を知らない。さらに運の悪いことにその階段にはPHSの電波が届かない。彼女たちを階段に残して自宅に入り(当然のことながら、ここで彼女たちを自宅に招じ入れる選択肢はありえない。たとえ階段に置き去りにしたために彼女たちに何か災難があったとしても、である)、電話帳を持って階段に戻る。
 自分の携帯電話でタクシーを呼んでやり、ついで女子高生たちに自宅に連絡させる。電話の向こうでは保護者のお小言が続いているのだろう。何とか遮って、「タクシー代は保護者持ち」の約束をとりつけたらしい。ほどなくタクシーが到着。階段下まで送ってやり、周囲に不審車両がいないことを確認して一気に車まで走らせる。単騎自転車で帰らねばならない「援軍」の子にできるだけ落ち着いた様子でうなずいて見せ、走り出す自転車を見送った。

 ことの一部始終は一両日中に団地の管理人に報告、しばらくして事件の概略が回覧板で周知され、不審者、不審車両への注意が呼びかけられた。

 そして数日後、事件のことなどすっかり忘れて大学から戻ると、隣家の住人が預かりものを届けてくれた。女子高生の二人連れが「助けてもらった御礼」に来たのだという。近所のスーパーのレジ袋に無造作に放り込まれた缶ビール1カートン。
 隣人が連絡先を控えておいてくれたので彼女たちのPHSに電話。ファーストフード店のようなにぎやかな場所で、心当たりのない中年男の声に明らかに不審そうな声。「恩人」からの電話とわかるととたんに態度が変わる。長話する理由もないので、ビールの礼と、再発防止のために事件のことを警察に届けておくようにと手短に告げて電話を切る。それきり連絡はとっていない。たぶん近所に住んでいる子たちだったので、街で何度かすれ違ったかもしれないが、もう一度会っても絶対にわからない自信がある。

 なお、さらに数日後念のために近所の交番に確認してみると、事件に関して届けは出ていないという。その場で可能な限り詳細な報告をして帰る。その後警察からも何の連絡もない。事件再発の噂も聞かない。だからといってこの街が平穏無事だとも限らない。というか平穏無事だと思う理由はどこにもない。

 我が東京学芸大学は、かの不審車両の行動範囲内そのものにある。女子学生が夜道で同様の事件に巻き込まれないとも限らない。それどころか、通学中の学生が痴漢に遭遇、逃げる途中で転んで通院、といった事件も実は起こっている。男女を問わず学生には、「ここが安全か安全でないか」を気にする習慣をつけてもらいたい。見通しの悪い場所、不審者が潜みやすい場所等々に気を配って「マップ」を作ることで、日常的に安全に配慮するようになってもらえればと願う。

 付記(04.11.29.) 2004年11月12日午後3時頃、同様の事件が再発したと回覧板が回った。現物はこちら(約160kb)。幸い今回も未遂に終わったらしい。加害者も被害者もおそらく前回とは別人だろう。しかしそれ以上に前回と違うのは、今回は午後3時、つまり白昼堂々の犯行だということ。治安は時々刻々悪化している。

 付記2(05.3.10.) 2005年2月25日付学内掲示により、本学学内にも「ストーカーまがいの事件」が発生したと警告された。現物はこちら(約100kb)。厳密には特定人物への「ストーカー」ではなく見境なしの「つきまとい」であろう。全国的には大学キャンパス内での恐喝などもすでにおこっている昨今、来るべき時が来たようである。

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