近年の分子系統学的知見
18S rDNAの塩基配列に基づく分子系統樹
珪藻の種数は大変多いので、全体の分子系統樹が完成するにはまだまだ時間がかかりそうです。また,絶滅してしまった化石属もかなりあるので、すべての属を含む分子系統樹の構築は不可能でしょう。珪藻の分子系統はドイツのLinda L. Medlinを中心として解析がおこなわれてきました。ここでは、国際塩基データベースに登録されている彼女らの解析した18S rDNAの配列をもとに、26属の珪藻について近隣結合法を用いて系統樹を描いてみました。
図をクリックすると大きくなります。 上左の図は無根系統樹で、上右の図はRound et al. (1990)の分類体系と対比しやすいように、進化速度を反映しないで描いた有根系統樹です(このページの下方に、Round et al. の分類体系と重ね合わせた図を描いています)。
分子系統樹は従来の体系と異なっていた!
上の2枚の図からわかるように、分子系統樹では中心珪藻類が、まず2つに分かれます。Simonsen (1979)のように中心目と羽状目の2つに分かれたり、Round et al. (1990)のように3つの綱に分かれたりはしないのです。
分子系統樹の最初に分岐する枝の片方の枝の先には、ツガタケイソウ亜綱、コレトロン亜綱、コアミケイソウ亜綱の属が含まれます。これらの珪藻殻の特徴は、殻の中心部に突起をもたないことです。また、最初に分岐する枝のもう一方には、中心突起を(ほとんどが)もつ、あるいは縦溝をもつ珪藻種が含まれています(Medlin et al. 1997)。言い換えると、前者の系統では、しばしば唇状突起は殻の周辺部に多く存在し、後者では中央部にもそれが存在するということになります。
羽状無縦溝珪藻は側系統
もう一つの大きな違いは、Round et al.のオビケイソウ綱の属にみられます。彼らは無縦溝の羽状珪藻を大きな一つの分類群とみなしましたが、それは分子系統ではまったくの側系統となってしまうのです。これは、無縦溝珪藻属と有縦溝珪藻属により作られる単系統のブーツストラップ値が90以上と高いことからも十分支持されることです。
分子系統樹とRound et al.の体系を重ねてみる
Round et al.の分類体系と分子系統樹における下位のレベルの違いは、上図の分類群間を結ぶ線が交差するところによく表れています。しかし、Eucampia属の系統を除くと、他は小さな違いです。Eucampiaは形態的には2極性の殻を持ち、極部には隆起した眼域があり、隣り合う細胞と粘液で結合します。このような形態的特徴は明らかにRound et al.のイトマキケイソウ亜綱への帰属を想起させますが、これに対し、18S rDNAの結果はEucampiaの姉妹群として、長い剛毛をもつChaetoceros属を示しています。珪藻における分子系統は、現在18S rDNAに基づくものが主流で、他の分子種はあまり用いられていません。今後、複数の分子種に基づく系統学的解析が必要になるでしょう。
図で外群に用いたボリド藻について
Medlin et al. (1997)では珪藻の分子系統解析のために、外群としてペラゴ藻Pelagomonasを用いましたが、ここではGuillou et al. (1999)が新分類群として報告したボリド藻Bolidomonasを外群としました。ボリド藻は海産の不等鞭毛をもつピコプランクトンで、珪酸質の構造はありませんが、18S rDNAの解析では珪藻類の姉妹群に位置する藻類です。なお、珪酸質でできた円形の放射状網状構造のあるプレートが、中心珪藻の増大胞子の鱗片と酷似した構造をもつため、珪藻の起源的藻類と類推されたパルマ目のTriparma (Mann & Marchant 1989)は、現在のところ培養が成功していません。このため、分子系統学的位置は言うに及ばず、その細胞内微細構造や色素成分も未だ不明です。今後の培養の成功が待ち望まれるところです。
引用文献
Mann, D. G. & Marchant, H. J. 1989. The origin of the diatom and its life cycle. 307-323. In Green, J. G. et al. (eds) The chromophyte algae: Problems and perspectives. Clarendon Press, Oxford.
Medlin, L. K., Is the origin of the diatoms related to the end-Permian mass extinction? Nova Hedwigia 65: 1-11.
Round, F. E., Crawford, R. M. & Mann, D. G. 1990. The diatoms. pp.747. Cambridge Univ. Press, Cambridge.
Simonsen, R. 1979. The diatom system: Ideas on phylogeny. Bacillaria 2: 9-71.