珪藻の分類と系統

  珪藻は何種あるのでしょうか?

珪藻は今日水圏で、最も多様に種が分化し、生物量的にも繁栄している藻類です。珪藻では珪酸質でできた被殻の形と模様によって、長年の間分類がおこなわれてきました。他の多くの単細胞藻類と比べると珪藻被殻の形態はたいへん明瞭なので、珪藻類全体の種数を数え上げることなど、一見易しそうにみえるかもしれません。しかし、実際は明瞭であるがゆえに、わずかに形態が異なる被殻間では、それらを同種としてとらえるか、異種としてとらえるか判断が難しい場合も多く、珪藻全体の種数を数え上げることは容易なことではありません。その数は時代とともに増加する傾向にあり、1万2千種(Hendey 1964)とも、2万種(Werner 1977)とも、10万種(Round & Crawford 1989)とも推定されています。これは、時代と共により詳細な植物相の調査が現生種や化石種でなされ新種が記載されたこと、また、走査型電子顕微鏡の発達により、従来は同種と考えられていたものが、微細構造に基づき別種とされる場合が増えたことばかりでなく、珪藻の「種の概念」のとらえかたの違いによっても、その数が大幅に変動しています(Mann 1999)。

  増え続ける属数 

種の増加に伴うように、属の数も年々増加しています。1800年頃には記載された珪藻の属は数属しかなかったものが,1900年頃には約500属となり、現在ではその数は1000を越えています(Fourtanier & Kociolek 1999)。1990年代でも約70属が新属として記載されており,数の増加はとどまることを知らないように思えます。近年新設されている属には、フナガタケイソウ属Naviculaやツメケイソウ属Achnanthes、クチビルケイソウ属Cymbellaといった古くに記載された大きな属を細分化したものも多く、広義のフナガタケイソウ属は、現在では30近い属に細分化されるようになりました。こういった属は走査型電子顕微鏡観察による被殻形態の特徴のみによって設立されているものが多く、葉緑体の数や形、ピレノイド、有性生殖の仕方など細胞に関する情報が記載されている属は、必ずしも多くないのが現状です。このような属に対する正当性の評価は必ずしも研究者間で一致していなませんが、今後、被殻以外の細胞や分子系統からの情報によって、それぞれの属の範囲が定まっていくものと期待されます。

  Simonsenの分類体系 

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珪藻類の分類体系は古くから、全体を中心珪藻と羽状珪藻の2つのグループに大別するものが採用されてきました。中でも Simonsen (1979) の体系は、殻の構造中心が点か線か、有性生殖が卵生殖か否か、という2形質を分類基準として珪藻綱を中心目と羽状目に大別したもので、体系が分かり易いこともあり、我が国における近年の出版物中ではしばしば紹介されてきました(出井・真山1997、高野 1997など)。Simonsen の体系は目の分類形質として有性生殖の様式を取り入れた以外は、すべての分類階級で、被殻構造のみにより分類されていますが、そのほとんどは光学顕微鏡レベルの形質でした。

  Round, Crawford & Mannの分類体系 

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Simonsenの分類体系が発表された後(1980年以降)は、電子顕微鏡が珪藻の分類に多用される時代となりました。また、一時はほとんど忘れられていた、珪藻の葉緑体の形や数の分類学的重要性を再認識する研究もCox (1987など)やMann (1989など) によっておこなわれるようになりました。こうした背景をふまえRound et al. (1990)は電子顕微鏡観察による被殻の形態を重要視するとともに、葉緑体の形や数なども含めて、新しい珪藻の分類体系を構築したのです。彼らは殻の形成様式の違いを考慮に入れ、珪藻類をまず、3つに大別しましたが、珪藻類を門とみなしたため、それらを3つの綱(コアミケイソウ綱、オビケイソウ綱、クサリケイソウ綱)として記載しました。これらの分類群はSimonsenの体系では、中心目、羽状目無縦溝亜目、羽状目有縦溝亜目とされていたものに相当します。

  分子系統 

1990年代には約30属の系統がわかりました。そこで得られた系統樹の説明をしましょう。

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  引用文献

Cox, E. J. 1987. Placoneis mereschkowsky: the re-evaluation of a diatom genus originally characterized by its chloropoast type. Diat. Res. 2: 145-157.

Fourtanier, E. & Kociolek, J. P. 1999. Catalogue of the diatom genera. Diat. Res. 14: 1-190.

Hendey, N. I. 1964. An introductory account of the small algae of British costal water. Part V. Bacillariophyceae (Diatoms). Fisheries Investigation ser IV. HMSO, London.

出井雅彦・真山茂樹. 1997. 珪藻綱 Bacillariophyceae. 151-179. 千原光雄(編)藻類多様性の生物学. 内田老鶴圃, 東京.

Mann, D. G. 1989. The diatom genus Sellaphora: separation from Navicula. Br. Phycol. J. 24: 1-20.

Mann, D. G. 1999. The species concept in diatoms. Phycologia 38: 437-495.

Round, F. E., Crawford, R. M. & Mann, D. G. 1990. The diatoms. pp.747. Cambridge Univ. Press, Cambridge.

Simonsen, R. 1979. The diatom system: Ideas on phylogeny. Bacillaria 2: 9-71.

高野秀明. 1997. Class Bacillariophyceae 珪藻綱. 169-260. 千原光雄・村野正昭(編). 日本産海洋プランクトン検索図説. 東海大学出版会, 東京.

Werner, D. 1977. Introduction with a note on taxonomy. 1-17. In Werner, D. (ed.) The biology of diatoms. Blackwell Scientific Pub., Oxford.


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