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珪藻の殻には大変巧妙な模様があります。たかだか数μmから数百μmの小さな細胞ですが,珪酸質の殻に刻み込まれた模様は,まさにミクロの造形美と言えます。
ところがこの美しい模様は,普通の微細生物を観察する方法ではよく見えないのです(もちろん顕微鏡で観察することには変わりないのですが,試料の作り方が違うのです)。
←普通の観察法では殻の模様は見えない
ここでは,簡単に珪藻殻を見ることのできる方法を紹介しましょう。採集場所は池でも海でも,どこでも良いのですが,このページでは川から採集することにします。
河川には浮遊種(つまりプランクトン種)が原則的にはいません。付着性種が河川産珪藻となるわけです。一年を通して,珪藻はどの季節にも生育していますが,冬場から3月頃までは付着量が多くなります。これは冬季は雨量が少なく川の流れが安定し,石などの付着基物から剥離することが少なくなるのと,緑藻や藍藻と比べ珪藻は低温を好む種類が多いためです。
珪藻がたくさん付着している石は,表面が黄褐色〜褐色をしています(写真@)。直径が20cmくらいの石を選びましょう。川辺からでも石は採れますが,長靴を用意すると川の中にも入れるので便利ですね(写真A)。
石を採ったら歯ブラシで表面を強くこすります(写真B)。こうして付着している珪藻を掻き落とすのです。ときどきスポイトで川の水をかけてやり,掻き採った珪藻を洗い流してやりましょう。
採集品は瓶などに入れ,実験室に持ち帰ります。この時ホルマリンを少し加えておけば(終濃度3〜5%),夏場でも腐敗しないため便利です。
実験室では「クリーニング」と呼ばれる処理をおこないます。クリーニング処理をする事により,珪藻細胞から有機物が取り除かれ,珪酸質(ほとんどSiO2からなる)の殻だけが残ります。
クリーニングは珪藻の殻の観察には,欠くことのできない過程です。しかし,従来の方法は濃硫酸や濃硝酸を酸化剤と共に珪藻に加え,それを火で熱するという,パワフル極まりない,かつ安全には細心の注意が必要な方法が一般に取られていました。ここでは,もっと簡単に,しかもより安全にクリーニング処理できる方法を紹介しましょう。
実験室に帰ったら,先ずはピペットで遠心管や試験管に少量の採集品を入れます(写真Cではプラスチック製のスピッツ管を使用しています)。しばらく静置すると珪藻が沈殿しますので,上澄みを吸い取ります。
その後,市販のパイプ洗浄剤(写真D,商品名:パイプユニッシュ,ユニチャーム社製)を試料と同量〜2倍ほど加えます(写真E)。パイプユニッシュはスーパーなどで容易に購入できます。成分は次亜塩素酸ナトリウム,4%水酸化ナトリウム,界面活性剤と書かれてあります。
ピペットで水流を起こし,軽く撹拌したら15〜20分静置します。あまり強く撹拌すると,泡が大量に出てアワてます。途中数回軽く撹拌するのも効果的でしょう。
時間になったら蒸留水を加え(写真F),遠心器を用いて珪藻殻を沈殿させます。(遠心器のない場合は,ここをクリック)。遠心器はモータ式のものでも,手回し式のもの(写真G)でもかまいません。私は以前はモーター式のものを用いていましたが,手回し式のものは遠心管受けがスイングするため沈殿が完全に管の底に落ちること,手を止めればすぐに回転が止まることなど,便利なことが多いため,最近ではもっぱらこれを利用しています。手回しでも1分も回せば珪藻は完全に下に沈みます。
次に,上澄みを捨てます。この時,ピペットで吸い出す必要はありません。遠心管を手でもって(写真H)流しに「ジャーッ」とあければよいのです。沈殿はペレット状になって管の底に張り付いていますから大丈夫です。
この後,写真FからHまでの操作を3回繰り返しましょう。これにより薬品成分が完全に除去されるはずです。
こうして有機物を含まない珪藻殻が得られます(写真I)。
以上のクリーニング方法は,砂や粘土が多い採集品,またシオグサなどの緑藻が多く含まれる採集品を処理したときなどは,強酸を用いる方法と比べると処理能力が劣ります。しかし,多くの試料はこの方法による処理で検鏡が可能です。また海産珪藻試料に直接パイプユニッシュを加えると沈殿が生じることがあります。このような時は,あらかじめ蒸留水に置換してから薬品を加えると,良い結果が出るでしょう。
時間珪藻試料を濃いパイプユニッシュ液に漬けておくと,珪藻殻が溶けてしまいます!以前,3日放置した試料が少々溶けていたことがあります。ただし,20分程度では,電子顕微鏡で見ても全く殻の溶解は認められません。
●参考文献: 南雲 保 (1995) 簡単で安全な珪藻被殻の洗浄法.Diatom 10: 88.
まずカバーガラスを三脚に載せた石綿金網(アルコールランプ,ガスバーナー,電熱器などで加熱します)やホットプレート(もちろん電気で加熱)の上に置きます。これが一般的な方法ですが,私はセランというセラミックスの板(写真J)をガスコンロの上に直において使っていますが,平面性も良いし,火を消すと直ぐに冷めるので,これが結構使いやすい。値段もホットプレートの数分の一です。
次ぎにクリーニングした珪藻試料の懸濁液をカバーガラスに滴下します(スライドガラスではないことに注意)(写真K)。この時,一滴アルコールを加えると試料が均等に広がります。
この後,加熱により乾燥させます。水が完全に消えた後も1分ほど加熱を続けると多孔質の殻から完全に水分が無くなり,殻が白く見えるようになります(写真L)。a と e は珪藻の濃度が高すぎて,検鏡の時個体が重なり合って見づらいプレパラートができてしまいます。c くらいの濃度が最も観察しやすく,お勧めです。
次に珪藻の載っている面をスライドガラス側に向け高屈折率の封入剤で封入します。水やカナダバルサムを使ってはいけません!珪藻殻は,いわばガラスみたいなものです。ガラスでできた「スライドガラス」と「カバーガラス」の間にガラスのような「珪藻殻」をサンドイッチにして低屈折率のもので封入したのでは,ほとんど殻の模様は見えてこないのです。今まで,通常のプランクトン観察の方法で珪藻殻がよく見えなかった方!原因はここにあったのです!
最も手に入りやすい封入剤はプルーラックスでしょう。和光純薬(株)からは「マウントメディア」の商品名で販売しています(写真M)。 もし,手に入らなければ→ここをクリック。
スライドガラスに少量のプルーラックスを塗り,乾燥した珪藻殻が張り付いているカバーガラスを上から載せます。もちろん,珪藻の載っている側をプルーラックスに向けてください(写真N)。
プルーラックスはエチルアルコールに溶かされているので、その後スライドガラスを軽く暖め、アルコールを飛ばします(写真O)。最初のうちは,泡がブクブクとたちますが,しばらくすると泡の出方が悪くなります。この状態でアルコールが完全に蒸発しています。それ以上熱していると,今度はプルーラックス自身が沸騰してしまいます。そうなると,完成時に,やけに茶色のプレパラートができてしまいますし,屈折率も悪くなります。
スライドガラスを火から(ホットプレートから)下ろし,ピンセットでカバーガラスの配置を整え,軽く押しつけます。この時,素早くやらないと,固まってしまいますので注意が必要です。その後,ものの数分待つだけで珪藻殻の永久プレパラートができあがります(写真P)。