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教室から眺めた雪の日の風景。ところどころに移動式テント「ゲル」が並ぶ。

 世界一寒い首都の学校

 あなたは世界で最も寒い首都がどこだか知っていますか?ちょっと意外かもしれないけれど、答えはウランバートル。モンゴルの首都だ。毎年12月、1月の真冬を迎えると-30℃〜-40℃にまで下がると言われている。僕は今そこでひとり暮らしをしている。確かにとても寒い地域だと思う。なにしろもう雪が降っているのだ。ウランバートルで初めて雪が降った日に、日本では熱中症で倒れて救急車で病院に搬送された人がいたというニュースを見た。同じアジアの国でこうも気候が違うのかと思うとちょっと呆れてしまう。今では寒さは一層強まって吐く息も真っ白になる。雪は9月の始めに少し降り、しばらく暖かい日が続いていたが、今週になって急にまとまって降ってきた。深夜から降り始め、早朝には自動車のボンネットの上に数センチの白い雪が積もるまでになった。僕の暮らすアパートの管理人は朝からせっせと雪かきをしている。
 今日は寒いですね、とモンゴル人に話しかけると「こんなのはへっちゃらよ」という返事が返ってくる。「だって、まだ秋だもの」。彼らにしてみればこの程度の寒さは序の口なのだろう。「12月、1月ごろは、本当に寒いよ。」そういってモンゴル人は軽い笑みを浮かべる。これから静かに近づいてくる寒さの恐怖を知り尽くしている彼らには余裕があるのだ。いまだ薄手のロングTシャツだけを着て歩いている人さえいる。朝には水たまりが白く凍りついているにも関わらず。思い返せば夏の頃は、南方に連なる山脈には草原の輝くような緑色が遠くからでもくっきりと見えた。けれど今では不毛の地のように地表がむき出しになり、西から東まですべてが寂しげな土色に変わってしまった。夏が過ぎると草原の植物は季節労働者のようにすっかり姿を消してしまう。あれほど暖かかった8月が終わった途端に雪が降る。モンゴルの気候は慌ただしい。

 僕は今年の3月の終わりにモンゴルにやってきた。そしてウランバートルのアートスクールでグラフィックデザイン教育に携わっている。国際協力機構(JICA)が主催する青年海外協力隊のボランティア・メンバーとして働いているのである。僕の通う学校は専門学校のような位置づけで義務教育を終えた人なら誰でも入学試験を受けることができる。今年の9月に入学したグラフィックデザイン科の学生も14歳から21歳までいて年齢は様々だが仲良く同じ教室に机を並べている。
 教室は日本のそれに比べるとずいぶん貧弱でコンピュータや周辺機器が不十分だという印象を受けた。テーブルや椅子もずいぶん粗悪なものを使っている。何度もペンキで塗り直された作業台を見ているとモンゴルが日本の学校にあるような設備を整えるまでにあとどれくらいの年月がかかるのだろう、と思う。その整備に協力することも僕の任務の一つだ。一方で学生たちは非常に熱心で、休日にまで学校にやってきて素描の練習をしているほどである。日本人である僕に対しては、一生懸命暗記してきたような顔をしながら「コンニチハ」と言ってくれるのが嬉しい。心の暖かい学生が多くて外国人を快く受け入れてくれる。受験で鍛えられている日本の美大生のようなデッサンのスキルはなくて、今日初めて道具を買いました、という学生もいるくらい恐ろしくレベルは低いのだが、これからの彼らの成長に、思わず期待を抱いてしまう。

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入学式に新入生に囲まれて。後ろに立つ白い洋服の男性がウルズィーヒシグ君。

 ところで、つい先日クラスリーダーに選ばれたウルズィーヒシグ君は、いつも周りの仲間を気遣い、手助けをする気の利く青年で、時々僕のところにも制作の相談をしにやってくる。ポスターのここの文字の色はこれでいいか、といったことを。「明日、クラスのみんなとビリヤードに出かけるのですが、先生も一緒に行きませんか?」と遊びに誘ってくれることもあったし、「僕たちみんなで先生にモンゴル語を教えるので、日本語を教えて下さい!」などと積極的に関わろうとしてくれる。「マツ・タカコって知ってますか?俺、歌を歌えますよ」と日本人の僕でさえ知らないような曲を披露してくれたこともある。いったいどこで覚えてきたのだろう?あるいは、紅茶に砂糖を入れる折にも、僕は普段入れないからいらないと言っているのに、「先生、3粒いれてください。3粒入れないとおいしくなりません」などと神妙な顔をして訴えてくる。僕は結局指示通りに砂糖を3粒いれてとても甘い紅茶を飲んだ。
 語学力が不十分な僕は、学生たちに親しく話しかけられることでずいぶん気分が救われている。まだ彼らが話すことの半分くらいしか理解できないのだけれど、それでも教室で沈黙を続けていることを想像したら、ずいぶん気持ちも軽い。
 モンゴルの気候は早くも冬の様相だけれど、新しいスタートをきったばかりの学校は初々しい活気が感じられて心地いい。

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桐山 岳寛
Takehiro Kiriyama
1981年生まれ。03年に東京学芸大学卒業。会社勤務を経て2011年3月より国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊プログラムでモンゴルのウランバートルにグラフィックデザイン教員として派遣されている。期間は2年間。
なお、表題の“МОНГОЛ”は「モンゴル」と読む。モンゴルではこのキリル文字が公用文字。


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