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『バブライ』のパッケージ。空を覆い隠すように描かれた背景の模様はモンゴル紋様である。

 『バブライ』〜空前のブームを迎えて〜

  『バブライ』について、書いてみようと思い立ったのは、とにかく、これが今、文字通り、空前のブームになっていて、飛ぶように売れているらしいからである。ふと見渡してみると『バブライ』を片手に歩く学生たちをいたる所に見つけることができる。

  『バブライ』は派手なデザインのビニルパッケージに包まれたヨーグルト味のアイスシャーベットのような食べ物だ。僕が『バブライ』を初めて食したのは、勤務する学校の購買コーナーの前に於いてである。食べてみると、それはまさに、ヨーグルト味のアイスシャーベットだった。それ以上のものでもそれ以下のものでもなかった。そのシンプルで分かりやすいイメージが静かに巨大化し、本来持っている価値以上の価値、つまりブランド価値を獲得しつつあるかのように見える。誤解を恐れず、経済用語を使ってみるならほとんどバブルの様相さえ呈している。

  驚異的なのは、その価格だ。1個、100トゥグリグである。10月19日(2012年)現在の為替レートで換算してみよう。『バブライ』は1個あたり約5.7円である。モンゴルの物価が日本に比べて安いのは事実であるが、それでも市内のスーパーマーケットを訪れて、100トゥグリグの商品を見つけることは非常に困難である。

  では、その品質(クオリティ)はどうなのだろうか。まず始めに書いておかなくてはならないことは、『バブライ』はモンゴル製の商品であるということだ。外国からの輸入品ではない。モンゴル人にとって、特に食品に関して言えば、モンゴル製であることの事実は非常に重要だとみなされている。さらに、日本ではアイスクリームの類いは通常、消費期限が存在しないとされているが、『バブライ』の場合はどうだろう。パッケージを観察してみると、マイナス18℃以下の保存を求め、かつ、消費期限を一ヶ月と厳格に定めている。日本のそれよりも遥かに厳密な品質管理を行おうという姿勢がここには見られる。しかし残念なことに、というか恐るべきことに、製造年月日はどこにも記されていない。だから品質については、僕には評価するのが難しい。

  いったい『バブライ』とは何なのか。その名称は何を意味しているのか。あるモンゴル人はこう語った。「名前に意味なんてないよ」。

  『バブライ』という言葉をモンゴル語の辞書で調べてみても掲載されていない。モンゴル人によると『バブライ』は小さな子どもに与えるニックネームとしてよく使われるそうだ。親が自分の子に対して実際の名前ではなく、例えば『バブライ、バブライ』と呼ぶという。とすれば、僕たちはこのように考えてもよいのかもしれない。『バブライ』のパッケージに掲載されているお下げの少女こそが『バブライ』なのだと。そして、これはおそらく子ども向けのお菓子なのだ。高校生や大学生のようなそれなりに分別のある年齢層の間で爆発的に売れていることに、少し驚いてしまう訳だけれど。

  僕はこの『バブライ』の発音を聞き、フビライの名を思い出した。あのモンゴル帝国の将軍、フビライ・ハーンである。ちょっと、似ていませんか。しかし、それを思い出しただけで、それ以上、何かが分かるというものでもなかった。

  ところで、僕の同僚の教師であるアリオンボルドさんも『バブライ』の幸福な犠牲者となっている。先日、およそ15個の『バブライ』を購入し、何人かの親しい友人たちと食べたと自慢していた。彼の『バブライ』への入れ込みようは尋常ではない。講義と講義の間の5分しかない休み時間に大急ぎで購買コーナーを訪れて『バブライ』を一つか二つ購入してくる。3階の教室から1階の購買コーナーまで、まるで兎のように走っていくのである。学生に金銭を渡しておつかいに行かせているのも僕は何度か目撃している。

  実は今日も彼は『バブライ』を三つ食べた。僕も一緒だった。最初はアリオンボルドさんと一緒に購買コーナーに行き、二つだけ購入した。購買コーナーの痩せた女性店員が「あぁ、『バブライ』ね」と言った。その声にはもう『バブライ』を売るのはこりごりよ、とでも言うような疲労感があった。僕たちは一つずつ食べた。それを食べている間も、何人かの『バブライ』を手にした学生にすれ違った。

  食べ終わった後、彼はもう一つ食べようと僕に提案した。「今度は僕がおごってあげるからさ」と言ってにやにやしながらおもむろに購買コーナーに吸い込まれていった。彼は自分の分と僕の分の『バブライ』をポケットに入れて隠しながら帰ってきた。学生に見られるのが恥ずかしいのだそうだ。購買コーナーでも、あまりに何度も買うので、不審に思われることを恐れて「学生たちのために買って上げるんですよ」と嘘をついて買ってきたという。『バブライ』を溺愛する姿はモンゴル人男性にとして洗練されたものではないということに彼は敏感に気付いているのだろう。確かに僕も思う。あまり格好のいいものではないと。

  その後、やはり二つでは飽き足らないとアリオンボルドさんが言うので、僕が代わりに買いに出掛けた。痩せた女性店員が呆れたような顔で、また買うのかいとだけ言って、『バブライ』を僕に二つ渡した。それを僕は堂々と手に持って、アリオンボルドさんのいる場所に戻った。

  ここで、書き忘れていたことを書くのだが、『バブライ』はウランバートル市全体で旋風を巻き起こしている訳ではないと思う。あくまでも、僕が勤務する学校の中に於いてブームになっているだけだ。というのも、『バブライ』はそれほど多く出回っている商品ではないからだ。その証拠にモンゴル人のアリオンボルドさんでさえこう述べている。「『バブライ』を他の店で見かけたことは、実は一度もないんだよ。」

  いろいろな謎を抱える『バブライ』であるが、このブームはいつ頃まで続くのだろう。寒い気候のこの国で、暖房のついた部屋の中で冷たい『バブライ』を食すという行為は、最高の贅沢とまでは言わないが(当たり前である。)、なかなか悪くない。この冬、ウランバートル市を旅行する予定のある方は、ぜひ僕の勤務する学校で『バブライ』をご堪能下さい(ただし、品切れの際はご容赦を)。

▼『バブライ』!?気になりますね〜お腹をこわしそうなほど大人買いできる値段だし。ぜひ、一度試食したいですね。

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桐山 岳寛
Takehiro Kiriyama
1981年生まれ。03年に東京学芸大学卒業。会社勤務を経て2011年3月より国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊プログラムでモンゴルのウランバートルにグラフィックデザイン教員として派遣されている。期間は2年間。
なお、表題の“МОНГОЛ”は「モンゴル」と読む。モンゴルではこのキリル文字が公用文字。


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