海外文学を支える翻訳者にフォーカス!
2026-03-13 10:43 | by 村上 |
まもなく、第2回「10代がえらぶ海外文学大賞」の第1次投票が始まります。6月中旬にノミネート作品7冊が決まったら、10代の皆さんは気になる作品を読んで投票をお願いします。
ところで、海外作品を私たちが日本語で読めるのは、翻訳者と呼ばれる人たちのおかげです。皆さんの中には、いずれ翻訳者を目指す人もいるかもしれません。そこで今日は「翻訳」をテーマに、本を紹介したいと思います。
最初に紹介するのは、『翻訳というおしごと』(実川元子著 アルク 2014 ISBN: 9784757428607)です。「翻訳者」と聞くと、カッコよくて知的な職業…というイメージがありますよね?でも、この本を読むと、「翻訳者」が置かれている厳しい現実が見えてきます。
それでも、翻訳者を目指す人のために、著者が自分の経験に照らし合わせながら、翻訳者として必要な学びについて語ってくれる1冊です。特に著者の関わる出版翻訳は、市場が縮小傾向にあります。「この著者のこの本をどうしても日本で出版したい!」という強い思いが翻訳者にあり、それを受け止める編集者がいてこそ成立する翻訳出版。
そして最後に著者は言います。翻訳は世界を多角的に見る手段だと。私たちが10代に海外文学を!と思うのも、そこにあるのだと思います。
皆さんは、「翻訳」という言葉の定義を考えたことがありますか?日本国語大辞典には、①として、「ある国の言語・文章を同じ意味の他国の言語・文章におきかえること。また、その文章。」とあります。でもはたして、他国の言葉はいつも自国の言葉に置き換えが可能でしょうか?
『翻訳できない世界のことば』(エラ・フランシス・サンダース著 前田まゆみ訳 創元社 2016 ISBN: 9784422701042)は、まさにその難しさと、その国独自の文化を実感できる1冊です。たとえば、日本語の「こもれび」をあらわす外国語はありません。逆に、アラビア語の「サマル」は、日が暮れたあと遅くまで夜更かしして友だちと楽しく過ごすことを意味しますが、それを表す1語は日本語にはありません。
昨年、本屋大賞に輝いた阿部暁子さんの『カフネ』(講談社 2024)も、この本の中にとりあげられ、「愛する人の髪に指をとおすしぐさ」を表すブラジル・ポルトガル語とありました。装丁もイラストも素敵な1冊です。
では、翻訳者はどんなところで、頭を悩ませてきたのか、その一端を知るには、YA文学の翻訳を手掛けてきた第一人者、金原瑞人さんの新刊『英米文学のわからない言葉』(左右社 2025 ISBN: 9784865285055)がお薦めです。
その一部を、左右社のnoteで読むことができます。たとえば、私たちのイメージするプリンと、英語圏で書かれるプディングの違いひとつとっても、実に多種多様。翻訳者は、探偵のようにその真実を解き明かしながら、翻訳作業を進めていくのですね。
金原さんは、翻訳は「スクラップ・アンド・ビルド」、時代につれ更新していくものと考えているそうです。確かに、どんな名訳と言われたものでも、今を生きる子どもたちの言語感覚とズレすぎてしまうと、古びてしまいます。でも、かつて旧訳を読んで魅了された翻訳者が、新しい訳で蘇らせてくれるから、海外の名作は息が長いのかもしれません。「10代がえらぶ海外文学大賞」は、新訳も対象に入れているのは、現代に蘇った名作という扱いなのですね。
ところで、学校図書館の9類の棚は、おそらくどこでも、英語圏の作品が圧倒的に多く、次にフランス語・ドイツ語・ロシア語と続くのではないでしょうか?最近はここに韓国語が加わりました。その他の外国語に入る作品はとても少ないのが現状です。このような少数派の翻訳者にスポットをあてたのが、『「その他の外国語文学」の翻訳者』(白水社編集部 白水社 2022 ISBN:9784560098882)です。
教材がない!辞書がない!仲間が少ない!という三重苦(?)のなかで、どうやって情熱を失わずに、その言語を習得し、翻訳者としての今があるかを語ってくれます。たとえばマヤ語の翻訳者吉田栄人さんは、文化人類学者としてメキシコのユカタン・マヤ社会を調査するためにマヤ語を学んだのですが、作家ソル・ケイ・モオの言葉「自分はいつかノーベル文学賞をとる!」という言葉に心を動かされてしまいます。留学先がメキシコ・ユカタン地方だったのは、偶然だったにしろマヤの暮らしが性に合い、さらに調査を進めていくと、500年前の宣教師たちによる資料や、文法書の不備に気づき、自ら辞書や文法書をつくってしまいます。それもたった一人で!
「その他の外国文学」の翻訳者の皆さんは、その地に身を置いて言語を習得していきましたが、今やPCがあれば、どこにでも繋がれる時代になりました。だからこそ、一度もその国に行くことなしに、言語を習得しただけでなく、その言語で作品を書き、小説家になってしまったという驚きの一冊を最後に紹介します。
『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、ルーマニア語の小説家になった話』(済東鉄腸著 左右社 2023 ISBN: 9784865283501)。昔から内向的で考えすぎの済東さんは、大学を卒業した2015年からいろいろあって引きこもりになってしまいます。けれども好きな映画は見続け、ブログに映画評論を書き続けていました。そんな済東さんが、ある日、人生を変えるルーマニア映画に出会います。その映画は、ルーマニア語そのものがテーマだったのです。ルーマニア映画をもっと知りたい、それにはルーマニア語を学ぶことが必要不可欠…。知的好奇心に火がついた彼がどんな行動を起こしたかは、ぜひこの本を読んで欲しいです。
世の中は、日々ものすごい勢いで変化し続けています。その変化を日々知らせてくれるのは、翻訳者の方々の存在を抜きには語れません。どんなにAIが発達したとしても、AIには彼らのような熱量はありません。そう考えれば、今後ますます性能を高めるであろうAIを敵と考えず、冷静沈着で有能な片腕ととらえる方がいいのかも…。世に出したい作品を選ぶのは人であり、最終的な言葉を選ぶのも人であってほしいです。
学校司書の私は、今年は9類の棚を、その他の外国語も意識しながら選書をしたいと思っています。英米文学のように沢山は無いからこそ、面出しして目立つという利点を生かし、紹介していきたいです。10代に海外文学はなかなか読まれない…という定説を崩したい!
(東京学芸大学附属世田谷中学校 村上 恭子)