【報告】石井光太氏をお招きしたオンライン学習会

2022-09-05 14:50 | by 中村(主担) |

◆オンライン学習会
 「『ルポ 誰が国語力を殺すのか』の著者 石井光太氏をお招きして」
 を実施しました◆

 

ノンフィクション作家・石井光太氏が7月、『ルポ 誰が国語力を殺すのか』を文藝春秋から出版されたことを受け、本学司書部会が関連団体との共催で、子どもたちの置かれている国語力の危機的状況に学校や図書館から何ができるかを考えるオンライン学習会を実施しました。今月のトピックスではその様子をご紹介します。

 


 
 はじめに石井さんから、なぜ今この本を書かれたのか、そして本には書ききれなかったことなどを、主に学校図書館に関わる人に向けてお話しいただきました。

海外での取材を通じて困難な状況にある人たち、とりわけストリートチルドレンの持っている言葉の拙さに目を留め、限られた乏しい語彙だけで成り立つ世界で育った彼らには、自分の置かれた境遇やそこから脱出する手立てを言語で考えることができないのだと石井さんは語ります。不幸な環境から脱却する意義や自分のその先の人生を言葉で考えられず、支援があってもうまく繋がらないのだそうです。

そして取材の対象を日本に移して困難な立場にある人を見つめても、共通するのは同じ「言葉の拙さ」であるといいます。ひとつの少年犯罪を例に、言葉を通じて関係性を築いていけない子供たちの様子を挙げ、その根底にあるのは家庭の格差であると論じています。さらに外国人の親を持つ子どもや親自身のスマホ依存などの問題から、親が言葉をきちんと持っていない家庭ではそれが子どもの国語力のベースになり、コミュニケーションをとれない親子、延いては言葉で気持ちを伝えることができず手が出てしまう関係性を生み出すことに繋がると語ります。

 また、発展途上国での母語衰退による文化継承の危機を例に挙げ、日本の今置かれている状況も、個人の生きづらさだけではなく文化の衰退といった大きな問題を孕んでいることを訴えました。

 子どものみならず、家庭でも学校でも大人の国語力が衰退しているけれど、国語力がどれだけ人間の生きる力となるのか、文化を支えるものなのかを大人自身が認識していないのが大きな問題だ、困難な現代社会にあってどれだけ子どもたちに国語力をつけていくかを考え、実践していくか考えるべきだ、と石井さんはおっしゃいます。


石井さんの最初のお話の後、小・中・高の司書と教員それぞれの立場にあるパネリストから、ご自身が感じる子どもたちの置かれた現状や国語力についてお話しいただきました。

 

小学校からは、語彙や表現力のない子・会話が成り立たない子が増えている一方で、他者とのかかわりがある子は言葉が育っていること、作品の理解を深めるためにその背景を伝えることの必要性と司書の役割、公立小でも先生たちのゆとりがもう少し確保できれば・・・などのお話がありました。

これに対し石井さんからは、コロナ禍・クラブ活動の減少・習い事などで人間関係のベースを築きづらい世の中だが、「情報処理」ではなく「行間を読める」国語力に繋がる人間関係・信頼関係をどのように構築していくかが鍵となる、とのご意見が述べられました。

また、本学附属世田谷中学校司書の村上からは、学校司書と公共図書館の経験がある司書さんの言葉として「専任の司書が学校にいれば、探究学習やアニマシオン、ビブリオバトルなど様々な手法を使って子どもと本を結ぼうすとる。それらの特徴は必ずアウトプットを伴うことであり、国語力はアウトプットがあることでさらに伸びる」といったコメントが紹介されました。

 

中学校からの報告では、読書における生徒の二極化や読める本が幼くなっていること、さらには図書館での授業をやってもらうには先生の存在が不可欠だが司書が兼務だと仕事が中途半端にならざるを得ない、などの課題が挙げられました。また、ニュースを知らない子どもの増加、社会の変化に対応することの難しさや「言葉は使わないと定着しない」という見解が述べられました。

石井さんは、先生が当たり前のように使っている学校図書館、生徒が求める“第3の評価をしてくれる場”としての学校図書館の必要性を説きます。加えてニュースや社会を知らないということは社会の中の自分の位置づけを理解できない、意識が希薄で自分本位の人間を作り出し、社会が崩壊していく、との危機感を表しました。

 

高校では、様々な取り組みをしていてもそこからの積み上げは難しく、幼少期からの積み重ねが大切だと感じる司書さんや先生のお話や、コピペの功罪についてのご意見がありました。国語の授業の中ではなく、対話の中で培う国語力の大切さを述べられました。

石井さんのご見解では、自分で積み上げてきたものでないハリボテの力はどこかの時点で崩れてしまう、一生コピペ人生になってしまう・・・18歳くらいは最後のチャンスなのだ、ということです。答えのない問題に向き合うには体力が必要だが、自分のベースを自分自身でゆっくり構築していくことの必要性を語られていました。

 
 時間の関係で、参加者の皆さんから寄せられた質問やチャットの全てにお答えすることはできませんでしたが、各校種の学校図書館に携わる方々からの現場の声を通して、学校教育が子どもの国語力のために何を大切にしていくべきか、大人自身の姿勢といったものを石井さんのお話から強く考えさせられました。


 
 「子どもの国語力が低下している」という危機感を感じているのは、ここ数年のことではないと思います。学校という場で日々生活している司書や先生方には、殊に「子どもの国語力」という印象が強くなるでしょう。しかし石井さんの著書や今回のお話を通して改めて自身のことを振り返ると、手紙を書く機会が減る一方でスマホに触れる時間がどんどん増えていったり、あふれるニュースを流し見てその一つひとつについてじっくり考える時間がどれだけあるだろうかと、大人としての自分の国語力も見つめ直さなければいけないと感じたりします。子どものために学校図書館からできること、そして大人として自分自身にできることを、今一度深く考えるきっかけとなりました。
 石井さんがおっしゃっていた「
言葉を持っている人間はかっこいいという社会を作っていく。大人たちが本気になって取り組めば実現できる」という言葉を心に留め、学校図書館からできることを進めていきたいと思いました。

  (文責:東京学芸大学附属竹早中学校 司書 中村誠子)




◆オンライン学習会「『ルポ 誰が国語力を殺すのか』の著者 石井光太氏をお招きして」◆

●講師:石井光太氏(ノンフィクション作家)

●パネリスト: 大澤倫子さん(杉並区立小学校司書)

        田揚江里さん(元狛江市緑野小学校司書教諭)

        菅野佳代子さん(神戸市立中学校司書)

        佐藤敏子さん(川崎市立中学校国語非常勤講師)

        千田つばささん(都立高校司書)

        押木和子さん(新潟の県立高校の国語の先生)

 ●共催 : 学校図書館問題研究会東京支部
     東京学芸大学附属世田谷中学校学校図書館現職セミナー
     東京学芸大学附属学校司書部会
     日本教育大学協会学校図書館部門
●後援 : 東京学芸大学学校図書館運営専門委員会
     東京都立高等学校学校司書会


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