「すべての子どもに本との出会いを」参加報告

2017-12-07 08:48 | by 村上 |

 11月26日(日)、児童図書館研究会主催のミニ学習会、「すべての子どもに本との出会いを」が開催された。副題に児童自立支援施設・児童相談所・矯正施設への読書活動の支援とあるように、広島県立図書館事業課長の正井さゆり氏による、広島県立図書館が継続して行っているこれらの施設への読書支援についてのお話だった。

 
 正井さんには、当サイトにも執筆いただき、またこの実践を講演タイトルと同じく『すべての子どもに本との出会いを』(広島県立図書館監修 正井さゆり著 渓水社 2017)という著書にまとめられている。メールのやりとりしかなかった正井さんとお会いできること、また、本には書かれていないことも伺えることを楽しみに、当日、附属学校司書4人で参加させていただいた。

 このような取組を行った根拠としては、「子どもの読書活動の推進に関する法律」をあげられたが、具体的なきっかけとして、以下の3点ををあげられた。

①獨協大学の井上靖代教授がアメリカのYAサービスに関して、YAコーナーは大人も利用していて、それが学び直しの機会になっていることや、アメリカでは少年院でのサービスもおこなっていることを知ったこと。

吉永みち子著『子供たちは蘇る!;少年院矯正施設の現場から』(集英社 2007)を読み、広島少年院では「読み書きそろばん」を徹底的に学ばせていること、少年たちの語彙が極端に少ないことの弊害が書かれてて、図書館にも何かできるのではと思ったこと。

③当時事業仕分けが行われていて、県立図書館としての存在意義や、司書の専門性を外に出していく必要性があったこと。

 しかし、児童自立支援施設・児童相談所・矯正施設へのサービスは前例がなく、まずは年度替わりに施設を訪問し、その趣旨と県立図書館でできるサービスを一覧にして、必要であればぜひ声をかけてほしいという働きかけから始めたという。訪問後は、図書館の発行物を送ったり、非行や犯罪被害、発達障害などのリストを送り、必要なものがあれば⚪︎をつけて送り返してもらうなどの、まずは職員へのサービスを行った。施設から連絡があれば訪問し、綿密な打ち合わせをし、可能な範囲でコミュニケーションするというのが、どの施設でも共通するアプローチ法だった。

 特に印象的だったことは、あくまでも相手方の希望や事情に沿うことに徹していることだ。このような施設では、入所している子どもたちの安全に全責任を持っている。脱走や自殺も含め危機管理のために、外部の受け入れにも慎重なのは当然のことと受け止め、図書館の側がしてはいけないこと、施設の側がしてほしいことをしっかり把握し、活動を行ってきたことだ。入所している少年たちの個々の事情を、部外者である図書館側が知ることはできない。本の力を信じているからこその活動ではあるが、そこは忖度しながら慎重に行っていることが伝わってきた。
 

 正井さんは講演の最初に、前例がないため具体的な目標を立てることができず手探りで始めたことだったが、そこで得た様々な教訓、そして、そこでの子ども達の反応が、施設の職員に評価されることを意識しているという側面を差し引いても、心をうつものがあったとおっしゃった。そして、それぞれの施設での取組や、子どもの率直な反応や感想が語られ、この日会場に集まった子どもと本になんらかの形でかかわるすべての人の深い共感を得たのではないかと思う。詳細は、このサイトや、正井さんの著書をぜひ読んでいただきたい。


 お話を伺い、児童自立支援施設・児童相談所・矯正施設職員は、確かに特殊な施設かもしれないが、職員への働きかけ自体は、学校図書館での先生へのアプローチに似ていると私たちは感じた。先生たちも、自分の教科の学びを第一に考えているため、読書自体については良いものと感じていても、学校司書と一緒に子ども達に向けて何かできると考えている先生は少ない。そこで、学校図書館や学校司書がどんな支援ができるかを示しつつ、まずは先生に役立つ情報を伝え、信頼関係を築いていく。私たち司書は、子どもが本を読めるようになることの意義を信じてはいるが、先生たちは、子どもたちに知識や学力をつけることはもちろん、 生活指導も含めてその責任を重く受け止めている。「読書」の優先順位はどうしても下に行ってしまう。しかし、子どもが抱える様々な問題に、子ども自身が自ら本を読み、考えることの意味を理解し、その方法を手にした時、それは自立のための第一歩となると私たちは確信している。そのことを先生方に理解してもらえた時に、私たちの存在も、ともに子どもを育てるパートナーと認識してもらえるように思う。

 一方で、中学生の多くは、自分を高めるためといった高尚な目的よりもむしろ、現実逃避の手段として、本を読んでいる。そのことについて、正井さんは、「現実逃避としての読書は、合法的な逃げ場である」とおっしゃった。目の前の辛い現実をいっとき忘れ、幸せな気持ちで生きて行く支えになるものだと。

 「読書は結果をもとめてするものではない。読んでいるその時間が楽しかったのなら、それだけで十分価値がある。楽しい時間を持つことが、悪い結果をもたらすことはないと信じているから…」 これは東京子ども図書館の松岡享子さんが、2017年7月放送の、ラジオ深夜便で語っていたことだが、私もそう思う。

 

 児童自立支援施設・児童相談所・矯正施設といった、一般の人たちが関わりにくい場に、あえて自ら働きかけて、このような貴重な実践を重ねている広島県立図書館の方々、およびこの事業にかかわる図書ボランティアの方々の活動は素晴らしいと感じた。一方で、すべての子どもに本を…それが可能な学校図書館という場にいられる学校司書ができること、すべきことを改めて考えさせてもらったとても貴重な時間だった。

               

 附属世田谷中学校司書 村上恭子

 

 



 


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