視聴覚教育とマルチメディア


<「マルチメディアの動向と将来」(平成10年6月千葉県AVセンター講演)改題>

篠原 文陽児(東京学芸大学)

目次
マルチメディアの動向
2 マルチメディアの将来

まとめに代えて
参考文献

文章末尾gif
 

マルチメディアの動向

日本における「ハイパーメディア」あるいは「マルチメディア」の教育利用は、昭和63年度(1988) に財団法人日本視聴覚教育協会が文部省委託研究「ニューメディア教材の研究開発事業」を受けたことに始まるといってよい。この事業は、国際基督教大学教授中野照海氏が主査となり協会と打ち合わせを行って研究企画委員会を組織し、当時発展が期待されていた「ハイパーメディア」に注目した調査研究と開発及び利用評価研究であった。事業には、文部省はもちろんのこと、(株)パイオニアLDC、(有)アルケミーなど民間団体が積極的に協力していた。事業の目標は、(1)既存の優れたメディア、例えば、コンテストで賞を受けた優秀な16ミリフィルムをLDCDに複製・整理・統合し中核的な教材として位置付け、これらの映像に関連する別の映像や文字等資料をコンピュータに蓄え連動 させて改めて利用すること、(2)将来の情報映像通信社会に必要となると考えられたネットワークのためのデータベースを構築することなどで、実質6年間継続された。前者はパッケージ系マルチメディアの開発と利用評価研究であり、後者は通信系マルチメディアの開発と利用評価研究である。その成果は、ハイパーメディア教材「文京文学館」、同「ハイパー・サイエンスキューブII」、「いのししけがじ『安藤昌益』」、「ハイパーメディア利用マニュアル」、「理科『ハイパー気象』」、「日本語教育『ハイパー買い物タウン』」など開発され評価された一連の教材群と報告書として刊行されている。特に「ハイパーメディア」の特長の一つである「無構造性」に着目して我が国で初めて開発し教育実践の場で評価された「博物館的な」ハイパーメディア教材「文京文学館」と、もともと構造のはっきりした「理科」を「総合化」の概念で「緩やかな構造」にした「ハイパー・サイエンスキューブII」は、それぞれが「我が国で初めて」というよりも、むしろ、「ハイパーメディア」や「マルチメディア」が昏迷する教育課題のいくつかを解決す る一つの手段になり得る可能性を秘めているに違いないという信念にも似た考えに支えられ、官民一体となった研究開発として継続・実施された。また、平成7年(1995)に開発された「いのししけがじ『安藤昌益』」は、6連装のCD-ROM装置を擬似的なネットワークと見立てた地域教材で、今日のLANやインターネットで活用される情報探索型教材等の原型であるといってよい。平成9年度(1997)には、日本視聴覚教育協会は小学校と視聴覚教育センター・ライブラリー等の協力のもと、文部省による補助金事業として、インターネットによる英語学習に関する実験調査研究を行い、大きな成果を得ている。なお、インターネットの教育利用といえば、文部省と通産省及び民間機関等によるいわゆる「100校プロジェクト」が平成6年度(1994) から開始されたり、この成果を得てさらに平成9年度(1997)から「新100校プロジェクト」として継続されたりしていることはよく知られている。こうした成果は、文部省と郵政省の両省による「教育分野におけるインターネットの活用促進に関する懇談会」に反映され、「子どもたちがもっと自由にインターネットを使える環境」を基本目標とした施策として、平成10年(1998)5月、回線料金及びプロバイダー料金について学校向けの特別料金の設置を提言させるまでになってきている。目次

一方、学会等、特に授業研究やメディア研究などで先端的な役割を果たしてきている国立大学教育工学センター協議会が母体の一つになって昭和59(1984)に誕生した日本教育工学会では、平成3年(1991)が、教育におけるマルチメディアやハイパーメディアが積極的に研究開発され始めた年である。つまり、平成3年(1991)から平成8年(1996)までの各年度の研究発表を調べてみると、(1)平成3年(1991)と平成4年(1992)には教育メディア、授業研究、視聴覚教育、教育方法、情報教育、CAIなどのセッションにマルチメディアやハイパーメディアの研究がみられること、(2)平成5年(1993)に初めて、シンポジウムに「マルチメディアと教育工学」、課題研究に「マルチメディアとCAI」が設けられ、全発表件数に対するマルチメディア等の発表が10%を超えていること、(3)平成5年(1993) には「ハイパーメディア」に関する研究発表が「マルチメディア」に関するそれらを上回り、平成7年(1995)には「情報の海」を泳ぎ回るソフトウェアの一つである「WWW」の教育利用の研究発表が見受けられるようになってきたこと、(4)平成6年(1994)には、「マルチメディアの教育利用」のセッションが4つ、平成7年(1995)には「ネットワークと学習環境」のセッションが、平成8年(1996)には「情報コミュニケーションとテクノロジー」などのセッションがそれぞれ設定されている。しかし、同時に、「ハイパーメディア」を特徴づける「双方向性」あるいは「相互交渉性」、情報の海の「迷子」、「ナビゲーション」など、今日の教育課題として重要で基礎的な研究と実践的活用や評価研究などは未だ不十分であることが分かる。

また、視聴覚教育に関する研修内容に「マルチメディア」や「ハイパーメディア」など新しいメディアを積極的に導入するなど、視聴覚教育の研修の内容とあり方にも大きな変化が示されるようになってきた。これらは、平成4年(1992)3月に文部省が昭和48(1973)以来の「視聴覚教育研修カリキュラムの標準」を改め「統合型教育メディア」の研修を含んだ「視聴覚教育メディア研修カリキュラムの標準」を各都道府県・指定都市教育委員会教育長あてに通知したことに端を発している。特に、マルチメディア教材開発養成講座、マルチメディア教材研究開発ワークショップなど「マルチメディア」に重点を置いた研修等も、その内容と方法に工夫を凝らしながら、文部省及び民間団体を中心に開催されるようになって、これらは現在でも継続されている。

こうした背景には、ポリティカリー・コレクト(PC)の形成が重要であったことは指摘しておく必要がある。すでに記したように、幸いなことに、文部省と民間企業の多大で積極的な支援を受けて、文部省委託研究「ニューメディア教材の研究開発事業」が発足した。特に、当時、一般的にコンピュータ等業界は、マイクロプロセッサーの高速化、大容量化、極小化と、データベース、インターフェイス、液晶、CDROM等の各技術の発展に支えられながら、豊かさの中で新たな知的な娯楽を求める消費者のニーズを開拓し満たすべく努力を重ねていた。そして、ついに、コンピュータ等業界は、平成5年(1993)5月、コンピュータにテレビや高級オーディオ機能とこれらの編集機能を組み込んだ「マルチ メディアパソコン(MMPC)」の「MMPC標準規格レベル2」を発表し、大量生産による価格の低下をもたらす家電業界に参入した。その結果、平成4年度(1992)に本格化したマルチメディアに関する文部等行政と業界の思惑がうまく噛み合い、いわゆるポリティカリー・コレクト(PC) が形成されたと考えられるからである。つまり、昭和59(1984)8月に設置され、昭和60(1985)6月、昭和61(1986)年6月、昭和62(1987)年5月、そして、同年8月にそれぞれ第一次から第四次までの答申(最終答申)を行って3年間の任務を満了した「臨時教育審議会」に端を発した社会及び学校の「情報化」に関する提言は、文部省による平成元年(1989)に告示された「学習指導要領」に強く反映し、学習指導の改善 へのコンピュータ等の活用と、コンピュータに関する教育内容などが盛り込まれた。さらに、平成9年(1997)の第15期中央教育審議会の第一次答申と、平成10(1998)6月に公表された教育課程審議会(審議のまとめ)では、週休2日制等を視野に入れた教育におけるマルチメディアやインターネットの活用と教育内容の削減を柱とする21世紀の学校像を描き出している。教育に対する考え方が少しずつではあるが確実に変化しつつあるということである。パラダイム転換ともいうべき変化の波である。これまでも指摘されたことではあるが、「知識・理解」よりも「関心・意欲・態度」、「結果」よりも「過程」、特に「努力感」「満足感」等を重視す る教育、「構成主義」や「状況学習論」等々への強い期待がある。こうして、コンピュータ業界等、文部行政等がうまく噛み合って、「マルチメディア」や「ハイパーメディア」の教育利用が推進されつつあるとの考えてよい。

なお、マルチメディアの文教施策は、平成6年(1994)に文部省が刊行した「マルチメディアの教育利用〜視聴覚教育におけるコンピュータ活用の手引 −小・中学校編−」、平成7年の「マルチメディアの発展に対応した文教施策の推進について(審議のまとめ)」、「『100校プロジェクト』の展開インターネットの教育利用の推進〜」、「その他」と、まとめることができるように進展していると考えてよい。目次

2 マルチメディアの将来

(1)マルチメディアへの期待

発展途上にある「ハイパーメディア」の特長は、(1)「融合性」、(2)「相互交渉性」、(3)「無構造性」、(4)「拡張性」の4点であり、その教育的意義は、「情報の蓄積と利用の便利さ」「発散的思考の道具」「個性化学習の実現」「教育過程解明への接近」である。そのため、中野によれば、ハイパーメディアを使った学習には、「特性・処遇・課題交互作用(TTTI) 」よりも複雑な交互作用が予測され、「学習者の要因」「学習課題の要因」「学習材料の要因」「学習活動の要因」の4つの関係に関した理論的にも実証的にも多くの研究が必要であるという。さらに、ハイパーメディアの今後の研究・開発の課題として、「多様な学習内容のハイパーメディアの開発」「ハイパードキュメントの制作の研究」「ナビゲーションの研究」「活用方法の研究」「ハイパーメディアによる学習の評価」「ハイパーメディアのリテラシー」が提案されている。つまり、ハイパーメディアは、「無構造」のため、「特性・処遇・課題交互作用(TTTI) 」に代表される重要な研究課題である適合的な「相互交渉」により、利用者自らが好みや興味・関心などのそれぞれの学習スタイルで情報を「拡張」したり、情報の「組織化」を行ったりして学習を進める「個性化学習」を実現させ、問題解決や創造思考の基礎となる「発散的思考」をうながすと期待されている。「新しい学力観」、「生きる力」などの実現への「ハイパーメディア」や「マルチメディア」の果たす役割への期待である。
なお、「ハイパーメディア」と「マルチメディア」は今日ではほぼ同義と考えられている。目次

(2)教員研修への期待

「マルチメディア教材開発」に関する主な研修プログラムには、文部省による「マルチメディア教材開発養成講座」と財団法人日本視聴覚教育協会が文部省の助成を得て実施している「マルチメディア教材研究開発ワークショップ」がある。研修の成果によれば、_システム開発よりもマルチメディア教材を開発する手続きを定式化する研究が急務であること、_研修を通じて開発されたマルチメディア教材から、日程としては、正味2日あるいは3日あればマルチメディア教材の開発と理解には十分であること、_「総合」あるいは「思考の拡がり」ということについては、理解されているようではあるが、実際には、「収束的な」日常の授業から、また、「自らを語る」ことのない思考から、抜け切れていないことなどが、研修カリキュラムの開発と教材の開発におけるもっとも困難な点と推定できること、したがって、_開発に先立って、「総合化」や「思考の拡がり」あるいは、「自分の言葉で、自分の経験を語る」ことを具体的に示す研修計画と 具体的対策が必要であることなどが指摘されている。

なお、マルチメディア教材を比較的容易に開発できるソフトウェア「オーサリング・ソフト」あるいは「オーサリング・ツール」の開発の理念と現状は、すでに「ドラッグ・アンド・ドロップ」に集約することができるようになっている。しかも、教師が使うというよりは、新しい学力観にある「表現」力の習熟のため、児童・生徒が使えるようなインターフェイスであると考えられている。つまり、ここでも、教師が決めた答えを学習者が入力して正解と誤答に応じて分岐させる、いわゆるCAIコースウェアを作成するためではなく、むしろ学習者の「興味と関心」に応じた感性豊かな「表現」や興味と関心などの持続性を支援する、将来の教育が求めている機能となってきていることも改めて指摘しておこう。目次

まとめに代えて

社会の構造変革が進んでいる。学校教育等のシステムも、第15期の中央教育審議会での審議と教育課程審議会の審議のまとめ等により、「生きる力」の育成を中心課題に、大きく変革することが予測される。特に、学校においては、各教科・領域等の目標を効果的に達成し、さらには新しい時代に生き抜く児童・生徒の「新しい学力観」を支え発展させ、健全な発達を願って、マルチメディアが開発され活用されなければならないと思われる。目次

参考文献

(1)篠原文陽児、1997日本の教育におけるマルチメディア小史、日本視聴覚教育協会、pp.54.
(2)日本視聴覚教育協会、
1998、インターネットによる英語学習、日本視聴覚教育協会、pp.120.目次


T o p of this text
Eng Txt gif
H o m eホ ー ム of Shinohara (Japanese)

To EdTech Labo (Japanese)To Home of Educational Technology Research Laboratory (Japanese)

To Home of Educational Technology Research Laboratory (English)