物理学者の頭をのぞく

2021-10-10 20:57 | by 中村(主担) |

 今から物理学者のエッセイをご紹介しますが、はじめにお伝えしておくと、難解な公式や堅苦しい理論は全く登場しません。ユーモアと笑いに満ちた文章は1話が見開き2ページ程度なので、お好きな場所から、サラッと読んでみてください。中学生以上なら充分に楽しめると思います。(前書きの【使用上の注意】には、「本書の使用開始目安年齢は生後144ヶ月以上です。」とあります。ちなみに「本書は内服しないでください」「小児の手の届くところに保管してください」ともあります)

 『物理学者のすごい思考法』(橋本幸士著 集英社インターナショナル新書 2021年)は、理論物理学者である著者が月刊『小説すばる』に連載した文章を中心にまとめた科学エッセイ集です。
 ギョーザの皮とタネ、どちらも余らせることなく作り終えるための定理を導き出したり、たこ焼きと太古の昆虫の巨大化に共通点を見出したり、娘が16歳の誕生日を迎えたら「もう太陽の周りを16周もしたんだね」としみじみつぶやいたり、駅の壁に書かれていた4桁の数字が気になって素数であることまでは突き止めたものの、誰が何の目的でそれを書いたのかという謎に囚われて悶々としたり・・・。
 この本では、ひとつの現象を全く異なる視点から見る❝物理学的思考❞であらゆる物事を捉える著者の日常が描かれています。


 そうは言っても、やはり物理学者のエッセイ。読んでいると「えっ、そうなんだ!」と初めて知る世界に驚いたり、ちょっとためになる知識と出会えたりします。加えて、大阪育ちの著者の笑いのセンスとたびたび登場する奥さんの鋭いツッコミの掛け合いは、まるで夫婦漫才を見ているかのようです。理系分野の知識がなくても、物理に苦手意識があっても、全く問題ありません。人生を豊かにしてくれるかもしれない「異次元の視点」をぜひ味わってみてください。

 さて、ちょっと真面目な部分に目を向けると、著者は「物理学者は『役に立つか』で研究を進めてはいない」と述べています。「役に立つかという視点は、近視眼的かつ局所的だ」と。
 折しもノーベル賞の受賞者発表が始まり、日本出身でアメリカ合衆国籍の地球科学者・眞鍋淑郎氏がノーベル物理学賞を受賞したことが大きく報じられました。同時に、日本において科学の基礎研究を続けていくことの難しさが昨今何かと話題に上ります。基礎研究や理論物理学の仮説が結果に結びつくまでには、長い年月を要します。しかしそれを支える環境が今の日本から消えつつあることは残念でなりません。
 科学の進展の根もとにある、地道で純粋な探究心の一端に出会える本を、学校図書館からも折に触れ紹介していきたいです。


★こちらもお薦め★
                           
『「役に立たない」科学が役に立つ』
エイブラハム・フレクスナー著 ロベルト・ダイクラーフ著
初田哲男監訳
東京大学出版会
(2020年)



 (東京学芸大学附属竹早中学校 司書 中村誠子)

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