学校図書館における「合理的配慮」について

2014-09-24 06:53 | by 中山(主担) |


専修大学文学部教授 野口武悟

1.求められる「合理的配慮」の提供

 2014年1月、日本政府は「障害者の権利に関する条約」(障害者権利条約)に批准しました。また、この批准に先立つ20136月に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が制定され、20164月から施行されることになっています。この障害者差別解消法の施行によって、障害のある児童生徒に対する「合理的配慮」の提供が、国公立学校では義務、私立学校では努力義務となります。当然、学校内に設けられている学校図書館にも当てはまります。

20135月現在、義務教育段階の児童生徒だけでみても、3.11%の児童生徒が特別支援教育を受けています。3.11%の内訳は特別支援学校0.65%、小学校・中学校(特別支援学級や通級による指導)2.46%となっています。つまり、小学校・中学校で特別支援教育を受けている児童生徒の割合の方が特別支援学校よりも高い現状にあります。これに加えて、小学校・中学校の通常の学級には、発達障害(学習障害、注意欠陥多動性障害など)の可能性のある児童生徒が6.5%程度(40人学級に23人程度)在籍しているものと推計されています。こうした現状から明らかなように、すべての学校に何らかの障害のある児童生徒が在籍しているものと考えられています。「合理的配慮」の提供は、すべての学校が行わなければならない実践課題なのです。

 

2.「合理的配慮」の定義

 では、「合理的配慮」とは何でしょうか。障害者権利条約では、「障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう」としています(同条約第二条)。 

学校現場に即して捉えるならば、

「障害のある子どもが、他の子どもと平等に「教育を受ける権利」を享有・行使することを確保するために、学校の設置者及び学校が必要かつ適当な変更・調整を行うことであり、障害のある子どもに対し、その状況に応じて、学校教育を受ける場合に個別に必要とされるものであり、学校の設置者及び学校に対して、体制面、財政面において、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」となります(中央教育審議会初等中等教育分科会の「共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告)」、2012年)。

文部科学省では、「合理的配慮」の例として、「バリアフリー・ユニバーサルデザインの観点を踏まえた障害の状態に応じた適切な施設整備」「点字、手話、デジタル教材等のコミュニケーション手段を確保」「一人一人の状態に応じた教材等の確保(デジタル教材、ICT機器等の利用)」などを示しています。

3.学校図書館における「合理的配慮」の提供に向けて

 障害者権利条約では、「障害者に対し、様々な種類の障害に相応した利用しやすい様式及び機器により、適時に、かつ、追加の費用を伴わず、一般公衆向けの情報を提供すること」(第21条)という条文も盛り込まれています。学校内において、これを提供するのが学校図書館ということになります。すでに、1999年に採択されたユネスコ・IFLAの「学校図書館宣言」では、「通常の図書館サービスや資料の利用ができない人々に対しては、特別のサービスや資料が用意されなければならない」とされていますが、これはまさに「合理的配慮」を指しているといってよいでしょう。

 学校図書館(施設や所蔵資料、各種活動・サービス)の利用や参加に際して「合理的配慮」の提供が必要となる児童生徒のニーズは、障害の種類や状態などによって実に多様です。主だった「合理的配慮」の例をみてみましょう。

 

1)施設・設備について

 視覚障害や肢体不自由のある児童生徒の場合、学校図書館そのものへのアクセスが困難だったり、館内の移動に困難を感じることもあります。学校図書館の校内における立地、館内の配置を確認しましょう。必要に応じて、学校図書館の側からのアウトリーチ(ブックトラックでの移動図書館の実施や、学級文庫の拡充)を図る必要があるかもしれません。

 また、身体虚弱・病弱の児童生徒の場合、館内の温度、湿度(高温多湿など)が利用に影響することがあります。空調設備なども重要なポイントのひとつです。

 さらに、知的障害の児童生徒の場合、館内のサインや掲示が分かりにくいことがあります。ピクトグラム(絵記号)を採用するなど、分かりやすいサインや掲示を心がけることも大切です。


                 ピクトグラムの例

 

以上述べてきたことは、一例に過ぎません。まずは、学校図書館の施設・設備をユニバーサルデザイン(UD)の観点からチェックしてみてください。ユニバーサルデザインには以下のように7つの原則があります。この7つがチェックの観点となるでしょう。

 

原則1:公平な利用:どのようなグループに属する利用者にとっても有益であり、利用可能であるようにデザインする

原則2:利用における柔軟性:幅広い人たちの好みや能力に有効であるようにデザインする

原則3:単純で直観的な利用:理解が容易であり、利用者の経験や、知識、言語力、集中の程度などに依存しないようにデザインする

原則4:わかりやすい情報:周囲の状況あるいは利用者の感覚能力に関係なく利用者に必要な情報が効果的に伝わるようにデザインする

原則5:間違いに対する寛容さ:危険な状態や予期あるいは意図しない操作による不都合な結果は、最小限におさえるようにデザインする

原則6:身体的負担は少なく:能率的で快適であり、そして疲れないようにデザインする

原則7:接近や利用に際する大きさと広さ:利用者の体の大きさや、姿勢、移動能力にかかわらず、近寄ったり、手が届いたり、手作業したりすることが出来る大きさと広さを提供する

※この7原則は、ユニバーサルデザインの提唱者であるロナルド・メイスによって1985年に示されたものである。訳文は、国立特別支援教育総合研究所のウェブページによる。

 

ユニバーサルデザインの観点で施設・設備を見直すことは、障害のある児童生徒への対応だけを意味しません。なぜならば、ユニバーサルデザインとは“誰もが利用しやすいが利用しやすい”という意味だからです。この観点で見直すことは、誰にとっても利用しやすい学校図書館づくりにつながっていくことでしょう。決して“特別な取り組み”と考えてはいけません。学校図書館環境の底上げを図ると捉えましょう。

 

2)所蔵資料

所蔵資料のなかでも、最も主要な資料である図書にここでは注目しましょう。書架に並んでいる図書に読みにくさを感じている児童生徒がいます。視覚障害の児童生徒だけではありません。学習障害の中心症状であるディスレクシア(読み書き障害)の状態にある児童生徒や知的障害の児童生徒などもそうです。








   


ディスレクシアの人の文字認識の例

 

 司書教諭や学校司書が、読みにくさを感じている児童生徒に気づくこと、そしてその実態を把握することが、第一歩になります。

その上で、その読みにくさを解消ないし軽減するために必要な対応(=「合理的配慮」)を考え、可能なことから導入していきます。

例えば、

①ディスレクシアの状態にある児童生徒のために、スリット、カラークリアファイル(黄色が特に効果的)、定規などの補助具を用意(常備)し、自由に使えるようにしておく

(写真右 引き出しの上にある黄色い筒に、定規・スリット等がはいっている。使いたい人は誰でも使ってよいことになっている。)















②同じくディスレクシアや視覚障害(弱視)の児童生徒のために、拡大鏡や拡大読書器などの機器を用意(常備)し、自由に使えるようにしておく 

       


 

③各種の「バリアフリー資料」(アナログからデジタルまで)を、収集可能なもの(はじめは数タイトルずつ)から収集していき、誰もが自由に手に取り使えるようにしておく(コーナーがあってもよいでしょう)

   ☆点字資料

   ☆手で読む絵本(さわる絵本)

   ☆録音資料(音声DAISY

   ☆音の出る絵本

   ☆拡大文字資料

   ☆布の絵本

   ☆LLブック

   ☆マルチメディアDAISY(電子書籍)

   ※入手方法など詳細は、筆者またはNPO法人バリアフリー資料リソースセン(http://www.dokusho.org)まで。

  ④各種の「バリアフリー資料」は収集可能なものがまだ限られている(少ない)。地域の公共図書館から借りて提供することも1つの方法。また、学校図書館や公共図書館であれば、所蔵する図書を著作権者に許諾を取ることなく「バリアフリー資料」に変換(複製)することが認められている(著作権法第37条第3項)。つまり、自前で「バリアフリー資料」を増やすことも可能

 

 【著作権法第37条第3項】

   第37条 3 視覚障害者その他視覚による表現の認識に障害のある者(以下この項及び第102条第4項において「視覚障害者等」という。)の福祉に関する事業を行う者で政令で定めるものは、公表された著作物であつて、視覚によりその表現が認識される方式(視覚及び他の知覚により認識される方式を含む。)により公衆に提供され、又は提示されているもの(当該著作物以外の著作物で、当該著作物において複製されているものその他当該著作物と一体として公衆に提供され、又は提示されているものを含む。以下この項及び同条第4項において「視覚著作物」という。)について、専ら視覚障害者等で当該方式によつては当該視覚著作物を利用することが困難な者の用に供するために必要と認められる限度において、当該視覚著作物に係る文字を音声にすることその他当該視覚障害者等が利用するために必要な方式により、複製し、又は自動公衆送信(送信可能化を含む。)を行うことができる。ただし、当該視覚著作物について、著作権者又はその許諾を得た者若しくは第79条の出版権の設定を受けた者により、当該方式による公衆への提供又は提示が行われている場合は、この限りでない。

  ※運用にあたっては、「図書館の障害者サービスにおける著作権法第37条第3項に基づく著作物の複製等に関するガイドライン」(2010218日策定、201392日一部別表修正)(http://www.jla.or.jp/portals/0/html/20130902.html)を必ず参照してください

 

 これら①~④の取り組みは同時に進めることが望ましいですが、まずは最もコストと手間のかからない①から取り組んでみるとよいでしょう。

 

3)対応や図書館サービス

司書教諭や学校司書は、障害のある児童生徒が自分にあった読み方を見つけられるように支援していくことが大切です。障害による読みにくさは、個人の努力不足によるものではありませんから、ひたすら特訓すれば治るというものではありません。生涯にわたる読書生活や図書館利用につなげていくという視点のもと、どういう方法を用いれば読みにくさの解消ないし軽減可能なのかを児童生徒自身が早めに知り、活用できるように学級担任や特別支援教育コーディネーター、時には外部の専門家などとも連携しながら支援していくことが重要になります。

 

例:ディスレクシアの状態にある児童生徒・・・スリットなどの補助具を使う、拡大鏡を使う、代読してもらう、録音資料やマルチメディアDAISYを使うなど

※代読やデジタル資料の活用は文科省も必要性を認めている

 

 代読に関しては、視覚障害の特別支援学校(盲学校)では「対面朗読」が図書館サービスの1つとして行われてきました。ディスレクシアの状態にある児童生徒にも有効なケースがあることから、小学校や中学校の学校図書館でも今後提供が求められます。


4.おわりに

“「合理的配慮」はメガネである”といわれます。つまり、メガネをかけないと図書などを読むことの難しい人がいます(私もそうです)が、メガネをかければ読めるようになります。このメガネの存在が、まさに「合理的配慮」の好例なのです。

今からでもできることがあります。さっそく取り組みをはじめてみましょう。

とはいっても、学校図書館での「合理的配慮」について、まとまった情報を提供する媒体はまだ少ない状況にあります。筆者がまとめた『一人ひとりの読書を支える学校図書館―特別支援教育から見えてくるニーズとサポート』(読書工房、2010年発行)は比較的まとまった情報を提供していると思いますので、参考にしてみてください。その他、不明な点などは、専修大学文学部野口研究室(takenoriアットマークisc.senshu-u.ac.jp)まで問い合わせいただけると幸いです。


 ( 障害者差別解消法につきましては、こちら にパンフレットがあります。 編集部)

100図書館大会 合理的配慮 当日資料(中山).pdf     2015.01 追記                                                                                 

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