軽やかに、短歌

2020-09-07 10:08 | by 松岡(主担) |

今回、こちらの1冊をお薦めします。








『リマ・トゥジュ・リマ・トゥジュ・トゥジュ』

 こまつあやこ 講談社 2018

 父親の仕事で2年半マレーシアで過ごし,中2の9月に編入してきた沙弥。
ある日「督促女王」と呼ばれる中3の佐藤莉々子に「ギンコウ」に誘われ、沙弥は短歌の世界に足を踏み入れていきます。

 莉々子の詠む短歌に引っぱられるように詠み始める沙弥の短歌にはいつもマレーシア語が織り込まれています。書名の「リマ」「トゥジュ」も「5」「7」を意味するマレーシア語。つまりこの書名は短歌の「五・七・五・七・七」を表しています。

 この物語は短歌の面白さだけでなく、短歌の中に心地よくはまるマレーシア語がとても新鮮です。それはもしかすると「外国=異文化」と型にはめて考えがちな海外の文化や風習への理解にも共通するのかもしれません。マレーシアでの生活で日本では得られない価値観を得た沙弥ですが、クラスになじむために「普通」でいることを求めます。「中2の9月に編入した帰国子女」という背景と学校生活の様子から沙弥の複雑な心模様が伝わってきます。

  また31字に自分の気持ちを込めて詠む莉々子や沙弥の姿がとても魅力的な作品でした。私自身、短歌というと古典作品や難しいイメージがあったのですが、集中力に欠け物語の世界に没頭できない時期に歌集に出会い、ある一首に心惹かれたり、その時々で受け止め方が違ったりと短歌の世界の奥深さを感じていた時にこの作品を読んだので、新しい世界の扉が開かれたようでした。

 「ギンコウ」=「吟行」を共にする中3の莉々子は図書委員です。臆せずに延滞者へ督促状を届けにやってくる様子から「督促女王」と呼ばれていて、物語の中にもたびたび学校図書館や司書が登場するのですが、作者のこまつあやこさんご自身が司書の仕事をされているそうです。現場を熟知している方が描く図書館像にも心をつかまれ、惹き込まれた一冊でした。

(東京学芸大学附属小金井小学校 司書 松岡みどり)

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