夜の教室に火星をつくる

2024-01-11 16:25 | by 中村(主担) |

 今月は、文学作品を1冊ご紹介します。

 著者の伊予原さんは地球惑星科学を専攻し、大学にお勤めだった経験もある作家さんです。これまでにも『月まで三キロ』『八月の銀の雪』など数々の作品を、自然科学の世界を下地として静かな感動とともに描いています。近著には“行き詰まった人と科学との出会い”というテーマがあるそうで、今回ご紹介する本はまさにそんな一冊です。

 『宙(そら)わたる教室』伊与原新著 (文藝春秋) 2023年

 見過ごされたディスレクシア、貧しさゆえに諦めた自分の将来、戦後の集団就職、起立性調節障害・・・様々な理由で進学を断念した者たち。学校に通いたい、そんな切実な思いで定時制高校の門をくぐった生徒と、彼らを支える1人の教師の大きな挑戦が、実話をもとに描かれています。
 興味深いのは、定時制のさまざまな年代の生徒たちが科学部でおこなう実験です。火星の青い夕焼けやクレーターを、試行錯誤しながら、仲間たちと共に再現していく生徒たち。その姿はまっすぐで、まぶしくすらあります。学びを止めることは簡単だけれど、学校に通って勉強ができる日常が、実は当たり前なのではないということに改めて気付かされます。一度は諦めたからこそ、ここに描かれた科学部員たちには、学ぶことの尊さが誰よりもよく分かっているのでしょう。青空の見えない夜の高校。でもここには確かに高校生の青春があります。「あそこには、何だってある。その気になりさえすれば、何だってできる。」学ぶ気持ちがあれば、私たちは宇宙だってわたれる。そんなことを強く思える、素敵な小説です。
 
 (東京学芸大学附属竹早中学校 司書 中村誠子)

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