その一言が決め手です!

2026-07-13 19:10 | by 富澤 |

 私には、物覚えが悪く、特に人の顔と名前を一致させるのがとても苦手だ、といういささか情けない自負があります。子どもたちと接していても、同性の兄弟・姉妹が在学している場合、取り違えて名前を呼んでしまうなど日常茶飯事。それどころか、顔の全く似ていない子との取り違えまでしょっちゅうやらかし、「私、○○じゃない!」「この子、○○じゃないよ!」と言われては、謝ってばかりいます。けれども、学校図書館で紹介した本となると話は別で、多少曖昧な質問をぶつけられても、きちんと本に辿り着ける割合はかなり高いのです。

 先日も、4年生の女の子から「蜂が出てきて、緑と黄色の本ある?」と聞かれました。これだけでは、もちろん、何のことやら。でも、重ねて「新しい本入れたって言って、ほら、前に紹介してくれたじゃん。2冊あって、女の子が出てきて・・・」と、聞いてピンときました。彼女が探していたのは、こちらの2冊。

『リパの庭づくり』(福井 さとこ‖作・絵、のら書店、2022)ISBN:978-4-905015-69-7

『リパとみつばちの庭』(同上、2023)ISBN:978-4-905015-74-1

 確かに、緑と黄色が印象的な表紙ですし、1冊は養蜂がテーマでもあります!「もう1冊あるんだよ、こちらもいかが?」と薦めると喜んで、3冊とも夏休みの特別貸出に選んでくれました。

『リパのおいしい庭づくり』(同上、2024)ISBN:978-4-905015-78-9

 このやり取りでの決め手になった一言は、もちろん、太字にした「紹介してくれた」です。こんなふうに謎が解けると、とても気持ちの良いものですが、記憶力に自信のない私にもこんな対応ができるのは何故なのでしょうか。沢山入れた新刊の中でも、「これは特に紹介したい」という本となると数冊に絞られ、「この子にはこれ」という更なる選択を経ているからかもしれません。また、図書の時間で紹介する本には定番ができてきますし、個人的な紹介の場合も、朧気ながら「これは誰かに紹介した」という記憶が重なります。加えて、表紙等の特徴的な色や形、印象的なセリフ等、記憶に残る部分は意外と子どもたちと共通しているらしい。そもそも、タイトルを一字一句正確に思い出す必要はありません。というわけで、「恐らくあの本だ」という当たりさえつけられれば、「あの棚のあの辺りにある・・・」と棚に当たったり、タイトルや主題、著者名などの断片をキーワードとして検索すればなんとかなるのです。

 次のような場合も「紹介してた」の一言さえあれば、こっちのもの。「パンケーキのやつ」なら①『ホットケーキ』のことですし、「まぬけの本」ならば、②『おっとあぶない』、「声の大きいネズミ」とくれば③『番ねずみのヤカちゃん』、と相場は決まっています。 

➀『ホットケーキ (愛蔵版おはなしのろうそく 9)』(東京子ども図書館∥編纂/大社 玲子∥絵、東京子ども図書館、2009)ISBN:4-88569-058-7

➁『おっとあぶない』(マンロー=リーフ∥ぶんとえ/わたなべ しげお∥やく、学研、1978)ISBN:4-05-104702-4

➂『番ねずみのヤカちゃん』(リチャード・ウィルバー∥さく/松岡 享子∥やく/大社 玲子∥え、福音館書店、1992)ISBN:4-8340-1099-6 

 もう一つ、レファレンスの際に重宝するのが、「その本、マルチ(本校学校図書館「マルチメディア室」の略称)で見た?」という問いかけです。これに対する答えが「Yes」の場合、探索の難易度はかなり下がります。蔵書を全て把握するのは無理でも、毎日触れている書架のどこかにある本なら、子どもたちが断片的に話す情報を組み合わせていけば、大体お目当てに辿りつけます。規模が小さく、距離が近いが故の、ちょっと素敵な「小学校司書あるある」ではないかと思います。

(東京学芸大学附属大泉小学校 司書 富澤佳恵子)


前の記事 [ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 ]