ブックトーク番外編
COVID-19 で休校が続くなか、今までのように本を手渡せない私たち司書は、ましてや生徒に直接ブックトークを行うこともままなりません。そこで、番外編として、自校の生徒向けに書いた記事を転載します。(今だから子どもたちにぜひ読んでほしい本『鹿の王』を中心に紹介しました。)
みなさんは、『鹿の王』(上橋菜穂子著 KADOKAWA)を読んだことがありますか?もし、まだであるなら、COVID-19という感染症が全世界に蔓延することを誰もが止めようとしている今だからこそ、ぜひ手にとってほしい物語です。なぜなら、2014年に出版されたこの本は、“黒狼熱(ミツツアル)”という未知の感染症に立ち向かう若き天才医師ホッサルと、かつて愛する妻と子を感染症によって失ったヴァンを中心に描かれ、まさにウィルスと人類がどう対峙するかを描いた作品だからです。
東乎瑠(ツオル)帝国にとらわれ、岩塩鉱で奴隷として働くヴァンを、ある日獰猛な黒犬が襲います。黒犬に噛まれた者たちが皆死に絶えるなか、ひとり生き残ったヴァンは、あらんかぎりの力を振り絞り足かせをはずし、同じく生き延びた幼な子を連れ、岩塩鉱を脱出します。
ヴァンが以前暮らしていたのは、アカファ帝国の辺境の地でした。勢力を拡大する東乎瑠帝国の前に、アカファ帝国は属州となることを選び、アカファの民たちは平民として生きることが許されました。しかしアカファの地で暮らしていた辺境の氏族たちに身の保証はありません。ガンサ氏族の長は、恭順ではなく抵抗する道を選びました。その先鋒となったのが、〈独角〉と呼ばれる戦士たちです。負け戦を承知で少しでも有利な協定を結ぶために戦う独角たちは、何らかの理由で生への執着を失い、死に場所を求めていた者たちの集団でした。そしてヴァンは独角の長だったのです。
一方、古オタワル王国の始祖の血をひく若き天才医術師ホッサルは東乎瑠皇帝の妃を死病から救ったことで丁重な扱いを受けてはいましたが、東乎瑠の宮廷祭師医たちから見ればオタワル医術は異端。東乎瑠の正統派、清心教の祭司医の手は神の手そのものであり、安らかに逝く薬を処方するのも祭司医の役割だったのです。遠い昔、恐ろしい感染症が蔓延し母国を捨てたオタワル人たちは、男も女も何らかの技を身につけ東乎瑠で必要とされる人材になることでかろうじて生き延びてきたのです。しかし、いかに優れていても、正統派を超えてしまえば、彼らの存在も危うくなるのは世の常です。
ホッサルは、岩塩鉱で発生した病気は、かつてオタワル王国を滅亡に追い込んだ感染症「黒狼熱」ではないかと考えました。黒狼熱の治療薬の開発には、発症して死んだ遺体と、生き延びた者が必要です。ホッサルは奴隷だったヴァンの行方を探しますが、見つけることはできませんでした。ヴァンは偶然、足を挫いた青年トマを助け、トマの故郷でユナと名付けた少女と暮らし始めます。トマの一家は慣れない地で飛鹿(ピュイカ)を育てながら重い税に苦しんでいました。
物語は、複雑に交差するいくつもの出来事が描かれ、少しずつ事の全容が見えてきます。それは単に「黒狼熱」と呼ばれる恐ろしい感染症と闘う物語ではありません。文化人類学の分野に身を置く著者の描くファンタジーは、これまでもけっして絵空事ではなく、リアルな現実と地続きでしたが、『鹿の王』は、そこに医学的な知識や哲学的な死生観まで盛り込まれているのです。
この作品は、当時、本屋大賞を受賞しただけでなく、医療をテーマにした小説、あるいは医療を素材として扱っている小説を対象に贈られる日本医療小説大賞も受賞しています。なぜ上橋さんは、ご自分の専門分野ではない医療に踏み込んで『鹿の王』を書かれたのでしょうか。
そのきっかけになったのが、『破壊する創造者;ウィルスがヒトを進化させた』(フランク・ライアン著 夏目大訳 ハヤカワ文庫 2014)という本だったと上橋さんは「あとがき」に書いています。副題にもあるように、著者はヒトの進化を、ウィルスの存在と紐付けます。細菌のように単体で増殖はできないウィルスは、必ず寄生するものが必要です。ウィルスはヒトにとって病をもたらす敵のように思われがちですが、ヒトが死んでしまえば、ウィルスも長らえることはできません。ウィルスとヒトとの関係は、実に複雑であり、ヒトを進化させてきたのも実はウィルスだと言うのです。この本を読んだ頃に、自身の体の不調や両親の老いを実感し、自分の体なのにその中で何が起きているかが見えないこと、その体が実は絶えず細菌やウィルスが日々共生したり葛藤する場であること、そしてそれは社会の有り様にとても似ていることに気づいたことが、『鹿の王』につながったというのです。確かに国をもたないオタワル人が、東乎瑠帝国で生きるしか道がないことは、単体では生きられないウィルスが生物に寄生することでしか生きられないことと酷似していることに気づかされます。
書き始めたものの、壮大なテーマだけに書き続けることの困難さに落ち込むこともあった上橋さんが、次に出会った本が、『われわれはなぜ死ぬのか;死の生命科学』(柳澤桂子著 ちくま書房)だったそうです。この本は、生命科学の視点から「死」を読み解いています。私たちヒトは、死を老いの延長上にあるものとして捉えがちですが、生物の世界では必ずしもそうではないそうです。たとえば、サケは川を遡上すると産卵し、あっという間に死んでいく。メタセコイアは老衰が確認されずに、個体の生命は数千年を超えるとも。死は生を支えるためにあるという新たな視点を得た上橋さんは、ついに物語を完成させます。
執筆の途中で、様々な分野の専門家のお話を聞き、実に多くの方々に支えられたとあります。それだけに、骨太な読み応えのある作品となっています。2018年に出た文庫版の2巻目には、夏川草介さんが解説を書いています。現役の医者でもある夏川さんが、『鹿の王』の魅力を語っていますが、もっとも共感したのはそこに流れる死生観であったと言います。そして「ここでは、たくさんの死が描かれ、たくさんの絶望が描かれながらも、作品そのものはけして虚無感に飲み込まれていない。深い闇のかなたに小さな、けれども確かな灯火がある。その温かさを感じたとき、本当に上橋さんはとんでもない作品を書いたのだと痛感するのである。」という言葉は、この作品の素晴らしさを伝えてくれるのではないでしょうか。
また3巻のあとがきは、西加奈子さんが、先輩作家、上橋菜穂子に魅了されているひとりとして、こんな言葉を書いています。「『鹿の王』はポタラ宮や森のような空間ではなく、寺社や教会に漂う歴史でもなく、一冊の書籍に過ぎないはずだ。ページをめくると「文字」と呼ばれている黒いぶつぶつが並び、色もなくにおいもなく音もなく、景色もない。なのにこれだけわたしの細胞を喚起する。色もにおいも音も景色もないのに、すべてがある。いいや、すべて以上がある。」 2019年には、待望の続編、『鹿の王;水底の橋』(KADOKAWA)が出版されました。オタワル医療を罠に陥れようとする何者かに立ち向かうホッサルと恋人ミラル、従者マコウカンたちのその後が描かれます。
多くの様々なジャンルの大人たちも魅了した『鹿の王』ですが、上橋さんはきっと十代の君たちにもっとも読んでほしいと思っているはずです。2020年9月には、『鹿の王』のアニメ作品も放映が決まっています。その前に、原作を手に取ってみませんか!
(東京学芸大学附属世田谷中学校 村上恭子)