1枚の絵が運命を変えた

2021-06-10 10:28 | by 中村(主担) |

 緊急事態宣言の発令とともに美術館や博物館が休館となり、楽しみにしていた企画展を見られなくて残念に思っていた人も多いと思います。本校メディアセンターではそんな期間中にもアートを楽しんでもらおうと、「絵画」をテーマにした図書の展示をおこなっていました。宣言は延長されましたが、現在では少しずつ都内のミュージアムも再開されています。
 今回のブックトークでは、主人公たちの運命を変えた1枚の絵をめぐる物語についてご紹介します。


 まずはこちらの本から。
 
『ミスターオレンジ』トゥルース・マティ作(朔北社)2016年
 1943年のニューヨーク。八百屋の少年ライナスはオレンジの配達先で、1人の画家と出会う。ナチスの支配するヨーロッパから逃れてきたその人は、ライナスに想像の自由を守ることの大切さを教えてくれた。


 実はこの画家の名前、物語本編では最後まで書かれていません。しかし彼の未完の遺作が作中に登場し、ピンとくる人もいるかもしれませんね。あとがきではしっかりとこの画家が誰なのかが明かされ、時代背景や画家の人生について述べられていて、私たちは画家と少年の交流を思い返しながらこの物語のエッセンスを感じることができます。
 6月初旬まで、日本では23年ぶりに、新宿のSONPO美術館でこの人の企画展が開催されていました。さて、この画家はいったい誰でしょう?


 アート小説で有名な作家といえば、やはり原田マハさんを挙げる人が多いのでは。
 『ジヴェルニーの食卓』『暗幕のゲルニカ』『風神雷神』など、画家やその作品に焦点を当てて描かれる物語の数々は、ご本人のキュレーターとしての経験や視点が充分に発揮された魅力にあふれています。

『楽園のカンヴァス』原田マハ著(新潮社)2012年
 
ルソーの名画『夢』とほぼ同じ構図、同じタッチで描かれた1枚の絵。持ち主である伝説のコレクターは、この絵の真贋を正しく判定した者に作品を譲るといい2人の研究者を自邸へ招く。果たしてこの絵は本物か?謎に満ちた記録をたどる7日間が始まる。


 館へ招かれた学芸員ティムと日本人研究者の織絵は、1冊の本に描かれた不思議な“物語”を読みながら、ルソーの生きた世界を旅していきます。日記のようでもあり創作されたようでもあるその“物語”は、2人の研究者と読者である私たちの心を大きく揺り動かします。そして明かされるコレクターの正体と、2人が出した結論とは…。深い余韻を残すラストシーンが待っています。


 1枚の絵が、重い過去の扉を開くこともあります。

『ムーンレディの記憶』E.L.カニグズバーグ作(岩波書店)2008年
 老婦人の邸宅で家財処分の手伝いをしていた少年たちが発見したのは、“モディリアーニ”のサインが入った1枚の線画だった。これはモディリアーニの真筆なのか。そしてなぜここに存在しているのか。重く悲しい真実が秘められたこの絵によって救われた者と、その陰で歴史の闇に消えていった者たちがいたことを少年たちは知る。


 同じ作者の作品『クローディアの秘密』では幼い姉弟が、家出先のメトロポリタン美術館でミケランジェロの作品と思しき天使像を見つけます。“何か特別なものを見つけたドキドキ感”がこの『ムーンレディの記憶』でも続くかと思いきや、話は思わぬ方向へ。戦時中、ヒトラーの政策により退廃芸術家の烙印を押されて排除された近現代作家たちがいたこと、ナチス・ドイツにより押収された美術品をめぐる駆け引きなど、戦時下における芸術がいかなる運命をたどってきたかを、読者は主人公とともに知ることとなります。
 作者の生前最後の作品となった『ムーンレディの記憶』には、これまでの作品の登場人物もチラホラ出てくるので、興味のある人はそちらも読んでみてください。


 それでは最後に話題のコミックから。

 『ブルーピリオド』[既刊10巻]山口つばさ作(講談社)2017年~
 先輩の描いた1枚の絵に心奪われ、自分の中に生まれた熱い気持ち。好きな風景を描いて友達に伝わった、あの時の感動。何をやっても満たされなかった高校生が絵を描くことに目ざめ、美大の最高峰・東京藝術大学を目指していく。

 
 人気音楽ユニットYOASOBIの青春ソング『群青』は、この物語から誕生しました。今年10月からのテレビアニメ化も決定しています。
 好きな道を選んだとしても楽しいことだけじゃない。時に苦しみ、迷い、もがきながら、それでもやっぱり自分の気持ちに素直になっていいんだと感じさせてくれる、みずみずしい作品です。
 このコミックを読んでから『群青』を聴くと、一層その世界観が心に響くと思います。名言もいっぱい出てきますよ。


 今回は美術の中でも特に“絵画”にスポットを当てて、おすすめの本をご紹介しました。これから梅雨に入り、すっきりしないお天気が続きます。外で遊べないそんな日には、ミュージアムに足を運んだり絵を描いたりしながらゆったり過ごすのも、たまにはいいかもしれませんね。


                 (東京学芸大学附属竹早中学校 司書 中村誠子)

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