宮沢賢治の世界

2023-05-09 15:10 | by 中村(主担) |

 5月5日に映画『銀河鉄道の父』が公開されました。原作は門井慶喜さんの同名小説で、第158回直木賞を受賞しています。この小説では宮沢賢治の父・政次郎の目を通して見た息子の姿が描かれていますが、あの美しい童話や詩の数々を生み出した賢治の豊かな心が、家族の理解や深い愛に支えられて形づくられていったことが伝わります。 子どもからお年寄りまで、幅広い年代の人々に愛されている宮沢賢治。小学校・中学校・高校までの教科書に作品が掲載されている作家はなかなかいないのではないでしょうか。賢治の作品の奥行きがよく分かりますね。
 今回のブックトークでは、そんな宮沢賢治の作品の魅力をより深く味わうための本をご紹介します。

 1冊目は『イーハトーブ・ガーデン —宮沢賢治が愛した樹木や草花—』(文・写真:赤田秀子 コールサック社 2013年)。賢治の童話に登場する様々な植物の、まさに描かれたその一瞬を撮影した 美しい写真集です。スズランの❝実❞、栗の❝花❞、ビロードのような柳の❝若芽❞・・・私たちがそれらの植物をイメージするときの一般的な姿からは想像もつかない、賢治の目に見えていた世界がそこにあります。文字で読むだけではサラッと飛ばしてしまいそうな植物たちの、気づかなかった瞬間に出会うことができます。その姿を知ることで、賢治の文章がより実感を伴って味わえることでしょう。
 
 さて、『銀河鉄道の夜』は賢治の童話の中でも特に愛されている作品だと思いますが、そこには様々な科学的表現が用いられています。『実験で楽しむ 宮沢賢治 銀河鉄道の夜』(四ヶ浦弘著 仮説社 2020年)では、化学や地学、芸術に造詣の深かった賢治ならではの描写を、実験や体験を通して別の角度から味わうために、『銀河鉄道の夜』に登場するいくつかの シーンを切り取って解説しています。
 各実験には映像や音声を確かめられるQRコードが付してあり、
銀河鉄道の世界を文字だけでなく色彩や音楽からも楽しむことができます。リチウムの炎色反応からは「蠍 (さそり) が自分の体を捧げて真っ赤に燃えている炎はこの色よりも美しいんだな」と具体的な色がイメージでき、荘厳な響きを聞きながら「この美しい調べが、氷山にぶつかった船が沈む時にみんながうたった讃美歌なのか」とジョバンニたちの気持ちに寄り添うことができます。
 『銀河鉄道の夜』を読んだら、ぜひこの本でその世界観を追体験してほしいと思います。

 賢治作品には鉱物の名前もたくさん登場します。実に45 種類もの元素が、作品や彼の書簡に使われているそうです。『宮沢賢治の元素図鑑—作品を彩る元素と鉱物—』(桜井弘著 化学同人 2018年)では、賢治の作品に出てくるすべての元素、そして作品には描かれていないけれど現在知られている118の元素とそれを含む鉱物をフルカラーで紹介しています。元素に関する豆知識や読んで面白いコラムも掲載され、興味をもったページから自由に読める図鑑です。この本を入り口に、鉱物や元素の世界をさらに知りたくなるかもしれません。

 最後に、『宮沢賢治と学ぶ宇宙と地球の科学』全5巻(柴山元彦編 西村昌能著 創元社 2021年)をご紹介します。
 ❝地学の空洞化❞が叫ばれて久しく、理科4分野の中でも地学を学ぶ学生が少ないのは残念なことです。専門の教員や履修時間の減少がその主な理由ということですが、私たちの生きる地球やその向こうの宇宙について知ることができる魅力があり、多くの人に学んでほしい学問です。このシリーズは参考書として、「宇宙と天体」「地球の活動」「岩石と鉱物」「地層と地史」「気象と海洋」に分けて、中学・高校で学ぶ地学基礎について、宮沢賢治の作品やエピソードを引用しながら分かりやすく解説しています。
 教員でもあり、この世界を形づくる要素や現象を美しい言葉にした宮沢賢治。賢治の作品を通して地学への関心を持ち、また地学について知ることで賢治の作品をより深く理解することへと繋がる、そんな可能性を感じられる本となっています。

 今回ご紹介したこれらの本を通して、賢治の世界がより一層身近なものと感じられたなら嬉しいです。

 (東京学芸大学附属竹早中学校 司書 中村誠子)

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