翻訳の世界へようこそ
2023-07-05 16:09 | by 村上 |
本校では、様々なテーマで探究学習が行われていますが、その中のひとつに、「翻訳の世界」があります。自分が好きな本,歌,詩、ドラマ等を自分なりに解釈し,自分の言葉で翻訳します。翻訳活動を通して、言語・文化・他作品との比較をし、「日本」を見つめ直していくことがねらいです。そんな「翻訳」に挑戦する中学生に向けて、この夏休みに役立ちそうな本を紹介しました。

なぜ、奈倉さんがロシア語を選んだのか?まず子ども時代を母方の故郷新潟で祖父母と過ごすことが多く、雪国にあこがれていたこと、中学生で出会ったトルストイの作品が大好きだったこと。そのトルストイを、新潟でコメ作りをしていた祖父も好きだったこと、英語とは違うロシア語のアクセントに、しっくり感を感じたこと、これらの事柄が奈倉さんにとって、「ロシア語」という運命の言語に結び付いたのですね。
「翻訳の世界」を選んだみなさんにとっての運命の言語は、もっかのところ英語です。奈倉さんが勧める勉強法のひとつに、「ことばの子ども時代」を楽しむとあります。語学学習が子どもに向いているのは、ものごとに対する興味が尽きず、何でも自分でやってみたがり、新しいものをどんどん吸収するから。だから大人でも遊びの要素たっぷりに外国語を学んでみると、楽しいし効果的なのでしょう。
「翻訳」を通して二つの国の文化について考えることも、皆さんの課題です。この本のなかで奈倉さんは、「文化」とは、本来は互いに理解し合う営みであるはずなのに、昨今は違いを強調しすぎて優劣をつけたがる…と憂いています。奈倉さんにとっては、「本」「詩」「小説」こそが文化。その文化をもってモスクワに行ったからこそ、同級生から異質な存在とみなされず、仲間になれたこと実感したといいます。
さて、奈倉さんの大好きな「本」こそが、最終章に出てくる魔法なのです。本好きならわかってもらえるでしょうが、本の中に入り込み、体験し、自分の記憶にしていくこと。言葉を獲得し、翻訳をするには、何より好きな世界の「本」を読むに限るってことですね。

けれども、外国語を学ぶのに、文学を読まないは、なんとももったいない話。黒田さん曰く、外国語学習は長編小説に限る。心がけるはすべてを分かろうとしないことである。辞書をひくなんてもっての外、ときにはわかんないなぁと愚痴りながら、とりあえず先に進む。それが読書である。あまりにわからなかったら映像で見てみる(文学作品は映画化されているものも多いですからね)。私の外国語はどこまでも物語と一緒であるという黒田さんの、生のお話を聞いてみたくなります。きっと楽しいんでしょうね!

その国の文化を知るために言語を学び、互いに理解を深める目的を持っていた外国語学習が、英語に限っては、コミュニケーションツールとして大きな力を持つようになり、それと並行して通訳・翻訳マシーンもどんどん性能アップ。どんな英語ツールをどれだけ使いこなせるかが問われる時代がすぐにやってくるに違いないと。そうはいっても、英語をモノにして、ツールを挟まず直接話をしたいという願望は、英語が好きなら、きっといつの時代もありますよね。
長く翻訳と格闘(?)してきた金原さんは、日本語を特別視していません。日本語が格別優れているとも、ことさら大切だとも美しいとも思っていないのです。それをいうなら、全ての言語は大切で美しい。こと言語に関してはどうしたって”博愛主義者”になるとあります。たぶん、どちらの言語にもフェアな態度で接してきたからでしょうね。
後半は、翻訳にあたっての、縦書きと横書きの問題だったり、これまで集めてきた幕末から明治にかけての辞書や英会話本に纏わる話など、金原さんしか書けないあれこれが詰まった一冊です。

連載当時は英語圏の翻訳者だけでしたが、1冊にまとめるにあたり、その他の言語で翻訳している方にも声をかけ、計18人の翻訳者の方が48冊の本の魅力を語ってくれています。この本に紹介されている本の多くが、本校の図書館で読むことができます。ないものは、公共図書館で手に入るはずです。この夏、ぜひ自分の心に響く海外文学を見つけて、どっぷりその国の文化に浸り、そして自分との共通点も見つけてほしいと思います。何より、「本」を読む文化を愛する人たちは、世界中にたくさんいます。だからこそ、「本」は生まれ、「図書館」はその本を次の世代の人々に手渡す場として、変わらず皆さんのすぐそばにあるのです。
(東京学芸大学附属世田谷中学校 村上恭子)