『平家物語』の周辺を読む

2023-12-05 11:28 | by 中村(主担) |

 多くの中学校で、2年次に『平家物語』を学習すると思います。本校では今年度、2学期に教育実習生が『平家物語』の授業のために、関連資料を図書館へ探しに来ました。その時は絵本をご所望だったため、所蔵している『青葉の笛』をご案内しましたが、中学生の興味を惹き付けつつさらなる理解へと発展させられるような本がいろいろ出ているので、もし時間があれば様々な本をブックトークで紹介してほしいと思います。

 『青葉の笛』あまんきみこ(文) 村上豊(絵) 西本鶏介(監修) 
  ポプラ社 2007年

 教科書にも掲載されている「敦盛の最期」を絵本にした、切なくも美しい物語です。
 一ノ谷の合戦で敗れた平家一門とそれを追う源氏の武将たち。戦の場でも風流を愛する心を失わない平家の公達・敦盛はまだ16歳の少年でしたが、海に逃れる一門とはぐれたところへ義経配下の武将・熊谷直実に呼びかけられ、一騎討へと臨みます。敵に後ろを見せない武士の魂も持ち合わせた敦盛でしたが、直実の力には及ばず、もはやこれまでと覚悟を決めて、直実に自分の笛を託します。直実は目の前の武者が自分の息子と同じ年頃であることに気付くと、何とかして助けたいと思いますが、かなわないと察して泣く泣く敦盛の首を刎ねるのです。
 生きるか死ぬかの緊迫感あふれるシーンで描かれる武士たちの生き様が、哀しく美しく胸を打ちます。語りの文学として愛されてきた平家物語の名場面を、あまんきみこさんの格調高い文体と、村上豊さんの絵巻物を見ているかのような絵で味わうことができます。

 『波のそこにも』末吉暁子 偕成社 2015年
 『平家物語』では、壇ノ浦で追いつめられた平家一門が海に散ってゆく様が切々と語られます。二位の尼(平時子)が幼い安徳天皇や三種の神器とともに海へと身を投げる時の言葉「波の下にも都の候ふぞ」・・・その水底の世界を描いたのがこのお話。海に沈んだ安徳天皇が水底の国で仲間たちと共に、波間に消えて失われた宝剣を探す旅に出るファンタジーです。『平家物語』を知らない人でも、水底で繰り広げられる冒険や主人公たちの成長にきっと心動かされることでしょう。

 『蝶として死す —平家物語推理抄—』
  羽生飛鳥著 東京創元社(ミステリ・フロンティア)
  2021年

 平清盛の異母弟でありながら、一門と袂を分かち源平の争乱をしたたかに生き抜いた平頼盛を主人公にした、本格歴史ミステリーです。頼盛がとにかく魅力的で、その頭脳と行動力で京の都の謎を次々に解いていく様は、古典好きでなくともミステリー小説を楽しみたい人にとっても充分満足できる内容となっています。昨年、続編の『揺籃の都』も出版されました。

 『90分でわかる平家物語』櫻井陽子著 小学館 2011年
 『平家物語』の有名なシーンを採り上げて紹介するとともに、登場人物の関係も分かりやすく解説しています。入門書として、『平家物語』の概要をざっくり知りたい人へおすすめの1冊です。これを読んだら、平家の全体像をもっと知りたくなり、小説へと手を伸ばす人もいるかも・・・。

 『新・平家物語』全16巻 吉川英治著 講談社ほか
 1989年~

 『平家物語』を本格的な時代小説で楽しみたい!と思ったら、全16巻の吉川英治時代文庫はいかがでしょう。登場人物の一人ひとりにスポットを当てて描かれる壮大なスケールの物語は、読み終わるのに長い時間がかかると思いますが、読後はものすごい達成感に包まれると思います。今から30年以上も前に描かれた小説ですが、今も色あせることなく、私たちに『平家物語』の魅力を私たちに伝えてくれる名作です。

 
 『白狐魔記 源平の風』斉藤洋著 偕成社 1996年
 『火の鳥 乱世編』手塚治虫著 KADOKAWAほか 
          2018年ほか

 おまけの2冊。源平の争乱に翻弄される人間の愚かさや命の意味を描いた2作品です。
 『白狐魔記』シリーズは不老不死の術を習得した仙人きつね・白狐魔丸が、源義経や楠木正成・織田信長といった歴史上の人物との出会いを重ね、人はなぜ殺し合うのか、生の意味を追究していくタイムファンタジーです。
 『火の鳥 乱世編』は、平安末期を舞台として『平家物語』の登場人物を軸に、市井の人々が源平の争いに翻弄される姿も描いています。 
 どちらの作品もフィクションであり、描かれた人物像は様々ですが、その根底には共通して命を尊ぶ作者の想いが表れていると感じます。


 今もなお日本人の心を強く揺さぶり愛され続けている古典、『平家物語』。好きな登場人物、惹かれる場面があれば、まずはそこからこの世界に足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。

 (東京学芸大学附属竹早中学校 司書 中村誠子)

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