戦禍の宝物

2022-04-12 10:16 | by 中村(主担) |

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続いています。目を覆いたくなるようなニュースが流れる日々に心が疲れてしまうのは、きっと子どもだけではないでしょう。つい数週間前までは当たり前だった平和な世界の脆さについて、深く考えされられます。
 こんな時だからこそ手に取ってほしい1冊の本をご紹介します。

『この本をかくして』
マーガレット・ワイルド(文)/
フレヤ・ブラックウッド(絵)/
アーサー・ビナード(訳) 
岩崎書店 2017年
ISBN:978-4-265-85056-3



 原題は『THE TREASURE BOX』、“宝箱”です。箱の中に、どんな宝物が入っているのでしょう。



 ある時、敵の飛行機が落とした爆弾によって町は焼かれ、図書館の本は吹雪のように粉々になりました。たった1冊残ったのは、ピーターのおとうさんが借りていた赤い表紙の本。町を追われる中でおとうさんは言います。「ぼくらにつながる、むかしの人たちの話がここにかいてある。おばあさんのおばあさんのこと、おじいさんのおじいさんのまえのことまでわかるんだ。ぼくらがどこからきたか、それは金や銀より、もちろん宝石よりもだいじだ」
 重く頑丈な鉄の箱にその本を入れ、燃える町をあとにする二人。新たな居場所を求めてさすらう旅の中で体を悪くしたおとうさんは、ピーターに宝箱を託して息を引き取ります。「かならず宝ものをまもるからあんしんして」という約束を胸に、ピーターは長くつらい旅の中でも宝箱を離しませんでした。
 しかしこの先は高い山。重い箱を持ってはとても越えられません。
 ピーターは山の手前の村外れ、大きなシナノキの根元に、宝箱を埋めました。そして山を越え海を越え、戦争が終わるのをじっと待ちます。家族のこと、宝箱のことを決して忘れず・・・。
 
 ピーターのおとうさんは、自分たちにとって大切なものを知っていました。そして息子もまた、そんな父親の姿から直感的にそれを学んでいたのです。国の歴史、民族のルーツ。これらは例え国が侵されようと、守り伝えようとする人々がいる限り、決して失われるものではないのだと、この絵本は伝えています。
 新しい国で新しい言葉を覚え、大人になったピーター。彼はこのあと、どんな行動に出るのでしょうか。

 戦禍にあって民族の誇りを失わないウクライナの人々をピーター親子に重ねるとともに、1冊の本が伝えるものの尊さを感じる、そんな絵本です。

 (東京学芸大学附属竹早中学校 司書 中村誠子)

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