今月の学校図書館

こんなことをやっています!

京都府立丹後緑風高等学校久美浜学舎

2021-03-06 09:35 | by 村上 |

 「今月の学校図書館」は、京都府立久美浜高校(京都府立丹後緑風高校久美浜学舎)です。久美浜高校といえば、Library of the Year 2019で単独の学校としては初めて優秀賞を受賞した学校図書館。図書館総合展で学校司書の伊達深雪さんの発表をお聞きし、その活動の幅広さに圧倒されました。書いていただきたいことは山ほどありましたが、今回は、「探究とは何か」、「学校図書館はどうかかわれるか」を考え続けた伊達さんが辿りついた「探究」のきっかけづくりとして行っている取組について執筆いただきました。一歩先行く先駆的な活動はとても興味深いです。(編集部)


探究の種を播く - 京都府立丹後緑風高等学校久美浜学舎「くみはま探検」の取組

 
                   画像① みらい探究
 「くみはま探検」は、2020年4月に開校した京都府立丹後緑風高校久美浜学舎の学校ホームページで連載している、学校図書館による探究啓発活動です。1枚の写真を題材に、全校生徒・教職員一同の知恵を寄せ書きしてもらう「君の名は?」と、1つの題材についてあらゆる文献を調査してオンライン百科事典Wikipediaに項目を作成し、その脚注機能を使って図書館資料への誘導を図るレポートの2本を交互に掲載しています。
 
 この取組は、本校に通う生徒が勉強や通学の合間にも何気なく見聞きするだろう地域の風景やそこに潜む歴史、文物に興味をもち、様々な「探究」のきっかけとなることをめざしてスタートしました。取組の経緯と、ここに至るまでの本校図書館の探究学習支援の位置づけを紹介します。

1 探究学習を主軸とする新学科の創設に際し、司書が考えたこと。

 2020年4月、京都府立久美浜高校は、学校再編により新たに京都府立丹後緑風高校久美浜学舎として新入生を迎えました。2・3年生は久美浜高校総合学科で学び、1年生は丹後緑風高校の専門学科「アグリサイエンス科」と「みらいクリエイト科」で学ぶ、1つの学舎に2つの高校の3つの学科の生徒が通う、1年目の始まりです。

 新たに探究学習に重点をおく学科(みらいクリエイト科)を新設する、その方針が検討されはじめた2017年頃から、私の頭の中は「探究とはなにか」「学校図書館はどう関わるか」で埋め尽くされるようになりました。

 今日では「総合的な探究の時間」として設定されている学校図書館などを活用する探究学習の時間は、かつては「総合的な学習の時間(2・3年生)」や「産業社会と人間(1年生)」などの授業のなかで、毎年多くの授業時間を“図書館で調べものをする時間”に割かれてきました。学校図書館は不足する資料を補うために、複数の公共図書館から関連本を大量にお借りして提供したり、学校図書館やWebサイトの資料が適切に活用できるようにテーマに応じて数十種のパスファインダーを作成したりと、「生徒の目の前に有用な資料を開いて見せる」ことで生徒達の学習活動をサポートしてきました。

 「知りたい」「調べたい」あるいは「読みたい」にダイレクトに応える、こうしたサポートは今後も必要なことでしょう。

 しかし、そうした直接的なサポートが学習支援として効果を発揮する以前の問題として、授業の定められた期限までにレポートを提出して終わりの学習は、はたして探究学習なのか? と、疑問に思うようになりました。探究とは、考えること。その終着点は、授業課題の締め切りではなく、生徒ひとりひとりの心の中にあるものでしょう。

 物事を考えるには、そのきっかけとなる知識が必要で、仮にそれを“探究の種”とでも呼ぶことにします。学校図書館にはその“種”が多種多量にあり、図書館を使った授業はなにかと忙しい高校生が、様々な“種”に触れることができる機会でしたが、多くの生徒は図書館での調べ学習を通して自らより深く学びたい・知りたいという「探究心」を得る前に、規定の課題をこなして終わりにしているようにみえました。

 課題の有無に関わらず、学びたい・調べたい・本が読みたいと思える旺盛な「探究心」は、どこから生まれるのでしょうか。学校図書館に通う習慣のない大多数の生徒にも、様々な“種”を届けたいと思えば、おのずとアプローチする先は、学校図書館を離れ、不特定多数を対象とするようになっていきました。

2 レファレンスツールとしてのWikipedia活用

(1)最初は授業支援から ―資料は、あるだけでは「使えない」。―

 日常生活のなかで、高校生が知りたいことを調べる時にどんな手段を使っているかといえば、友人や保護者などの身近な人に質問する以外では、圧倒的に携帯電話でのネット検索だと思います。書店も公共図書館も身近になく、公共交通機関が1時間に1本もないような車社会の当地域では、その依存度はとくに高いことでしょう。多くの生徒にとって近しく、馴染み深いのは、本よりネット。それは、学校図書館資料を使うことができる授業の中でも同様でした。有り体に言えば、豊富な図書資料も細部まで作り込んだパスファインダーも、見向きもされないことが年々多くなってきたのです。

 もちろんインターネットでも、CiNii論文検索など適切な情報検索によって有意義な情報を得ることができるケースもあります。しかし多くの生徒にとって馴染み深いのは、良質な資料の有無とは関わりなく、GoogleなどのWeb検索エンジンであり、そこで最も検索・閲覧されやすいWebサイトがWikipediaでした。

 Wikipediaは、誰でも編集することができるオンライン百科事典です。「誰でも編集できる」というシステムの中で、その記述が正確なものであるかどうかを「検証できる可能性」を担保するために、Wikipediaの編集にはいくつかの決まり事があります。なかでも重要な決まり事のひとつが、執筆に際してはその情報の出典を明記すること。この出典とは、書籍であれば、書誌情報だけでなく、情報が記載されていたページ番号までも含みます。つまり、適切に執筆されたWikipediaの記事は、その題材に関してはひじょうに優れたレファレンスツールとして機能する側面があるのです。そのことに気づいた時、これは「使える」と、思いました。そこで、まずは授業で学校図書館に調べものに来た生徒が、自分の力で資料を見つけることができず、学校図書館を「使えない」と思ってしまわないよう、とくにネット依存度が高かった調べ学習テーマ「地域文化」について、あらかじめ学校図書館の所蔵する本や有用なWebサイトの出典情報を付けてWikipediaに項目を作成しておく、ということを始めました。

 郷土資料は、文献調査に不慣れな高校生に読みやすい資料が少なく、資料の数そのものも多くはありません。授業の限られた時間内で多数の生徒が同時に文献調査を行うのが難しい題材である一方で、身近な地域の話題は、少しでも生徒が興味を持ちやすいテーマで学ばせたいと考える先生方により、様々な授業で探究学習のテーマとなっていました。そうした授業のすべてが、司書がリアルタイムでサポートできる学校図書館で行われているわけではありませんが、Web検索でヒットしやすいWikipediaに適切な情報が集積されていれば、仮にその調べ学習が学校図書館の与り知らぬ場所、例えばコンピュータ教室での授業や、家庭学習のなかで行われていたとしても、生徒がネット検索でその情報に気づき、大元の情報源である信頼できる図書資料等の活用につながることが期待できます。
Wikipediaをレファレンスツールとして活用させる、この試みは、2018年から続けています。初めのうちこそ「Wikipediaは信用できない!」と取組に否定的であった先生方も、Wikipediaの記載そのものを信用するのではなく、その基の情報源に生徒が自分で辿り着き、多くの情報を比べて考えることができるようにしたいという趣旨を繰り返し説明し、また、地域社会においても郷土の研究者やまちおこし団体等と協力して郷土資料の情報をWikipediaに集約して、どこの誰にとっても情報アクセスを容易にする活動(ウィキペディアタウン)を推進して、これが定着していくにつれ、徐々にご理解いただけるようになりました。丹後緑風高校が開校した2020年度には、Wikipediaを様々な形で授業に活用することも行われています。

画像② ウィキペディアタウンで地域住民と調査活動をする生徒達(2019.5.26 琴引浜鳴き砂文化館)

画像③ 学校図書館でのWikipedia編集体験(昼休み) 












画像④ Wikipediaの内部リンクを使って思考力を鍛える授業(1年生「みらい探究Ⅰ」)














(2)学校ホームページへの掲載 ―学びの支援と広報活動―

 折しも丹後緑風高校が開校した2020年春、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で4月下旬から5月下旬までの約1か月間、本校も臨時休業となりました。休業中の学習機会の確保として、久美浜高校・丹後緑風高校久美浜学舎では、学校ホームページを通じて、ホームルームや授業に代わる課題が示され、生徒は毎日学校ホームページを見るように指示されていました。在校生に学校ホームページを閲覧する習慣が育まれたという意味では、好機であったともいえるでしょう。学校図書館でも、この機会にオンラインでの読書機会の紹介や、図書館オリエンテーションの復習スライドを掲載するなど、学校ホームページを通して啓発活動に努めました。

 学校ホームページに掲載するということは、本校の生徒のみでなく、本校に関心を持つすべての人、保護者や地域の教育問題に関心がある人や、これから入学を検討する中学生などに見られる可能性があるということでもあります。結果として、この取組は、学校の広報活動という要素を無視できないものにもなりました。どうせ掲載するなら、学校広報としても役立つ記事を。そう考えたのは、私が校務分掌で学校広報紙の編集を担当していたからかもしれません。生徒数180名(R2年度末時点)の本校は、教職員の数も多くないため、校務分掌に図書部はありません。学校図書館運営は、学校広報やPTA活動や学校行事などを担当する総務企画部の管轄で、学校ホームページもそのひとつでした。 

 新設されたばかりの丹後緑風高校久美浜学舎のホームページは、コンテンツも少なく、まったく新しい学科となったばかりということもあり、学校の教育活動を外部に示して、信頼を得ていく必要にも迫られていました。在校生の学習支援と、地域へのアピール。その両方を兼ねて、学校図書館司書の私に可能と思われた手段が、学校ホームページに調べ学習の手引きや実例を紹介するとともに、身近な地域への理解や親愛を育む「くみはま探検」の執筆でした。在校生や教職員に対しては、自分達の地域に対する関心が高まれば、おのずと地域課題を題材とする授業等様々な場面で取組への意識も変わり、探究活動につながる意欲も向上するものと考えたのです。同時に、校外に対しては、「丹後知新」をキーワードに地域と共に歩む学校という久美浜学舎の教育方針を表すもののひとつにもなると思いました。

 学校図書館司書の役割は、自分自身の知識で直接生徒を指導することではありません。資料を介し、情報リテラシーを育み、生徒が自ら学び取るサポートをするのが使命ですから、学校ホームページで地域の話題を提供するエッセイひとつにも、すべての情報に出典資料を明記することは絶対に必要だと考えていました。そこで、ここでもWikipediaの脚注機能を活用しました。学校ホームページでは気軽に読んでもらえる程度の文量で、まず興味を持ってもらうことに主眼をおいたエッセイを書き、詳細はWikipediaを読んでもらい、さらに興味を持ったら学校図書館に調べに来てね、と、呼びかけました。学校ホームページで「Wikipediaを書いたよ」と公言するからには、誰が読んでも不足のない品質の記事でなければいけませんので、必然的に、徹底的な調査を行ったうえでWikipediaを編集することになりました。

 このため、先生方のなかからは、「Wikipediaにそこまで詳しく書いてしまったら、生徒が調べられることが無くなってしまうのでは」と、懸念する声もあがりました。しかし、Wikipediaはあくまで百科事典。どんなに詳しく書いたとしても、それはただ既存の情報を寄せ集めただけで、個人の見解ではありません。図書館に例えればOPACの検索結果に内容紹介が付いている程度のもので、既存の情報を集めるだけなら、将来的にはAIで代用可能な部分といえるでしょう。

 高校生が探究学習で育むべきスキルは、単純に本棚から情報を探し出すこと以上に、見つけた情報をヒントに新たな知見を育むことがより重要と思っています。地元育ちの生徒達にしてみれば、久美浜町のことなどあえて調べるまでもないと思っているかも知れません。しかし、「くみはま探検」の詳細なレポートをきっかけに、身近すぎてふだんは意識することのない話題にも興味を持ったり、知っているつもりのことでも徹底的に調べてみれば知らないことがいっぱいあるということに気づいたりして、その気づきが探究のきっかけになるかもしれません。

 「学校ホームページに載せる以上、なるべく多くの先生や生徒も関わることのできる内容にしてほしい」という声もありました。当初、「くみはま探検」は学校図書館の枠ではなく、学校の枠のなかで、すべての先生に地域のなかでの日常の気づきを発信してもらえるコーナーにしたいと考えていたのですが、学校教育の主軸である他のコンテンツがまだ少ないなか、オマケのようなこのコーナーだけが育っていっても本末転倒です。そこで、まずは学校図書館の一企画という枠の中でスタートすることになりました。

 将来的には、学校の取組という位置づけにしていくことも想定のうちとはいえ、現状は「学校図書館の一企画」。どうすれば、すべての先生や生徒に、取組に参加してもらうことができるでしょうか。地域について文献調査をしてWikipediaを編集する、というのは、学校図書館司書には授業支援のための資料準備の一環ですが、他の先生方には他の先生方の役割があります。

 有志の生徒や、図書放送委員の生徒に書いてもらうことも考えました。しかし、前者はともかく、後者は筋が違います。文献をとことん調べてレポートにまとめるのは一朝一夕でできることではなく、生徒にはより優先しなくてはいけない授業や活動があります。ましてWikipediaは一般社会の媒体であり、著作権などの問題も無視できません。生徒が自己責任で編集参加したい、一種の社会参加をしたいと思ってくれるなら、学校図書館はできる限りそれをサポートしますが、委員会活動のようにわずかでも強制力が働く場でやらせるのは適切ではないように思いました。

 全校生徒や教職員がもっと気軽に参加できて、地域情報の発見・発掘につながり、探究してみたいという意欲を刺激する。そんな方法はあるだろうか、と、ひたすら考えていた5月のある日、Twitterで見かけた投稿にヒントを得て、「君の名は? 久美浜Ver」をスタートします。それは、デイリーポータルZの実験企画「目に映るものの名前をできる限り知りたい」というものでした。

参考Webサイト:目に映るものの名前をできる限り知りたい :: デイリーポータルZ 

3 「君の名は? 久美浜Ver」

 「君の名は? 久美浜Ver」は、学校のある久美浜町内の風景写真を1枚、校内の人通りの多い渡り廊下に掲示し、通りすがりの人に、その写真に映っているものについて、知っている情報を書き込んでもらう企画です。キャッチコピーは「三人寄れば文殊の知恵」。「身近な風景のなかに潜む「あれ、なんだろう?」にみんなで答えを出しあおう。」と呼びかけました。

 付箋1枚に、知っていることを書くくらいなら、時間の無い高校生にも参加してもらえると思ったのです。このねらいはあたり、掲示した翌日から1ヵ月くらいの間に少しずつ付箋が増えていきました。新しい付箋が付かなくなった頃合いを見て、およそ2~3ヵ月に1度の頻度で別の写真に変え、付箋のついた結果を学校ホームページで紹介しています。

 「セグロセキレイが巣作りをしている。」といった、写真を見ただけではわからないような情報が書き込まれることもあれば、写真の入道雲に「雲」と書いた付箋に、後日「ちゃうで。綿菓子やで」と他の生徒が返信のような遊びコメントを寄せることもあります。どのような形であれ、身近な事象に関心を寄せ、その気づきを多くの生徒が共有しあうことが、新たな気づきを生み、探究する心につながっていくものと期待しています。
画像⑤⑥「君の名は?」校内渡り廊下に掲示。通りすがりの生徒や教職員が、写真に関係しているものについて自由に記載した付箋を貼っていく。





























 第3回目からは、「『へえ~!』って他の人が感心するような、雑学的な説明もあると嬉しいな!」と呼びかけ、名前が書き込まれた物についての解説を、少し大きめの付箋に書いて追加するようにしました。一気には貼らず、日々少しずつ、気が付けばなにか増えているようにして、掲示板の前を通る生徒が何度見ても新しい気づきを得られるようなコーナーになることを心掛けています。

おわりに

 「みらいクリエイト科」の探究授業「みらい探究Ⅰ」では、国語科、情報科、英語科、数学科、クラス担任など、1つの講座を複数の教職員が担当し、学校図書館司書もそのメンバーのひとりです。授業時間においては、学校図書館の活用や様々な資料検索の方法など、探究活動に必要な手段を教えています。マインドマップやブックトークなどで思考力を育むトレーニングもしていきますが、すべてに共通して必要な「学びたい」「知りたい」という探究心は、時間割に統制されることのない、日々の暮らしの中から育まれるものだと感じています。

 小さな好奇心の積み重ねが、やがて大きな探究心に育っていくことを願い、種播きに勤しむ毎日です。
(文責 京都府立丹後緑風高等学校久美浜学舎 学校司書 伊達深雪)

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