今月の学校図書館

こんなことをやっています!

神奈川県立平塚農商高等学校農商メディアセンター

2024-11-02 07:09 | by 村上 |

 2024年7月22日、神奈川県立平塚農商高等学校農商メディアセンターを訪れました。学校司書の木伏正至さんは、2023年8月の学校図書館問題研究会で実践報告をされています。その時に演題は「学校図書館をブッ壊しながら見えてきたこと」。1988年の初任校から現在の勤務校である平塚農商に至るまで、常にスクラップ&ビルドを繰り返してきたという刺激的なかつ楽しい報告でしたが、学校図書館を見せていただくのはこれが初めて。せっかくの機会なので、参加者を募り総勢11名での見学ツアーとなりました。

 玄関を入るとすぐに目についたのは、農業科で作った野菜やジャム、清涼飲料水が販売されていることです。(見学者の多くが、帰りにこれらを買って帰りました!)農商メディアセンターは、玄関を入ってすぐの階段を上った2階にあります。

 図書館に入る白い壁にはおしゃれなロゴマークと、案内板が目に入る。館内に入ると、右手にはソファ、カウンター前には新刊コーナー、雑誌の展示書架です。カウンターのちょっとした言葉にも目が惹かれたり、クスッと笑わされたり。

 至るところに木伏さん流のユーモアが溢れています。私も騙されたのは、カウンターの前に書かれた「カウンターに誰もいない時は、無人貸出機になります」という言葉。てっきり自動貸出機能があるのだと思ったら、いや、手動ですよ、と必要事項を記入する紙を見せてくれました。司書室にいる司書を呼ぶ小さなベルには、「ししょをよぶ魔法のベル」と書かれていました。

 

 新刊は、話題の本や面白そうなタイトルの本が並んでいます。選書ツールはどんなものを使っているのですか?という質問には、取り立てて言うほどのものはないと言いつつ、契約している大型書店のサイトでの売れ行き動向や、各種の文学賞などのチェックも怠らない。ただ、そうやって選んだ本を借りてくれるのは、もっぱら本好きの教職員がほとんどだとおっしゃっていました。(写真右 新刊コーナー)

 

 購入している雑誌も、タイトル数は多い。高校生に人気がありそうなジャンルは複数タイトルを定期購読。農商高校だけに、『月刊フローリスト』や『月刊製菓製パン』といった雑誌も入っていました。ただし、「生徒は見ませんけどね」とサラリとおっしゃる。(写真左 雑誌架)

木伏さんの分析によれば、平塚農商のほぼ95%は不読者層だそうです。だからこそ、まずは図書館に足を向けてもらうために、図書館が高校生の居場所となるような工夫があちこちに凝らされています。

 

 

 見学を依頼した時に、「できれば昼休みの様子をご覧になるといいですよ」とお声をかけてもらったので、この日は12時ごろに到着。午前の授業が終わると、女子生徒が友達とお弁当を持ってやってきました。ここ平塚農商も、これまで木伏さんが勤務してきた学校同様、飲食OKの図書館。あっという間に、席は埋まり館内には賑やかな音楽が流れ出しました。おしゃべりをしながらお弁当タイムの生徒もたくさんいるけれど、それほど煩さは感じません。白木っぽいテーブルが、ちょっとカフェっぽいのも面白い。ひとりがけの椅子に座って、静かに過ごしている生徒もいます。「女の子が多いですね」と言ったら、もともと女子の多い(約70%)学校で、図書館にくる男子は彼女持ちか、ゲーム男子くらいだそうです。(写真左下 入ってすぐのソファ、写真右下 白木っぽいテーブル どちらも昼休みは、お弁当を食べる生徒でいっぱい。)

 昼休みの後半、書棚の整理をしている図書委員の女子生徒に、「この図書館って、生徒にとってどんなところですか?」と聞いてみたら、「みんなの居場所みたいなところかな。司書さんはとっても優しいし。」と答えてくれました。

 昼休みが終わろうとしている頃、教員からの電話で午後に授業が入ることがわかり、授業利用も見学することができました。授業が入ったらBGMは流すのを止めるのか聞いたら、流れているのが基本なので、教員から止めて欲しいと言われれば止めます」とのことでした。この日は、そのままBGMが流れる図書館で、生徒がやってきて何かを調べ始めました。ワークシートを覗かせてもらったら、自分の自慢の一品のスイーツを作るために、参考になる資料を探す課題でした。すでに木伏さんが別置して用意した本はコンテナに入っていて、生徒はそれを見たり、棚の本を見たり、手元のスマホで探したりしていました。(写真右 授業用の資料が入ったコンテナ)

 授業利用がわかっている時は、予め抜き出しておいたり、他校から本を借りてコンテナに入れておくそうです。「貸出はするのですか?」と聞くと、「生徒は、ほとんど借りないですよ。借りると返さなければならないから」。国語や社会、食品科学科などの科目で、資料を調べてワークシートに書き込む学習はあり、教員から事前に依頼があれば、早めに準備しているそうで、この日も他の授業のためのコンテナが館内に積まれていました。(写真左下 大型ディスプレイ、写真右下 授業に必要なものが入っているケース)

 一通り、見学させてもらった後で、木伏さんからお話を伺いました。2番目に赴任した高校が、授業で図書館をよく使っている学校だったため、1クラス分の座席を確保した上で、利用者目線でレイアウトを考えることが基本になったそうです。工夫された県内外の学校図書館を見学し、参考にできることはどんどん取り入れていきました。平塚農商ならではと思うことのひとつが、館内の端にある「けもの道」です。そこを通れば、誰とも顔を合わせたくない生徒が、そっと入ってきて出ていくことができます。(写真下 前からも後ろからも入れて、通りぬけられるけもの道)

 その他様々な工夫がされていて、館内の隅々まで、利用者目線で考え抜かれています。新しいこともいち早く取り組みます。例えば、「どこでも農商MC始めちゃいました」というポスターがありましたが、生徒のスマホやPC向けに発信をしているものです。まだまだ登録している生徒の数は少なく、主に先生が利用しているとは言っていました。(写真左下 農商MCの案内 写真右下 放課後限定で、カップ麺が持ち込める)

 普段本を読まないという高校生が相手なので、課題の多くは、本の中から該当箇所を見つけ出して、それをワークシートに書き込むといったものが多いそうです。そうだとしても、授業の中で本を手にする機会は、貴重なのではと思います。以前木伏さんが初任研修を担当した先生がいて、「そういえば、彼女は生徒に複数の資料にあたるように言ってましたよ」と。「生徒はそれを聞いて、なるほどと思うのですか?それとも面倒だなとおもうのですか?」と聞いてみたら、「どうしてもラクな方に流れますからね。でも、生徒への要求は下げちゃいけないって、僕は思ってますよ」。複数の資料を読み、そこから自分の考えを作ることや、グループで話し合ってみることに、図書館の資料に出会う価値があることを思うと、木伏さんのおっしゃることはその通りだと思いました。

 印象的だった言葉がいくつかあります。例えば「自分の色を図書館に出すのは好きではない」「僕は読書家じゃないので、本も特別扱いはしていない。生徒にとっては、ソファやBGMや雑誌、漫画とか、図書館にあるアイテムの一つに過ぎないと思っていますよ。」とか。そうは言っても、この図書館を見れば、充分木伏さんの図書館愛は伝わってきます。見学が終わってバスを待つ時間、一緒に行った何人かの学校司書のかたに、感想を伺ったら、皆私と同じような気持ちでした。(写真左下 ゲーム類 右下 生徒へのこんなメッセージが!)

 

 利用者のために、今できることは、すべてやっているのが、平塚農商メディアセンターでした。今回、「今月の学校図書館」に紹介できたことを嬉しく思います。

(文責 東京学芸大学附属世田谷中学校 村上恭子)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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