読書・情報リテラシー

絵本『ひらがないろは』の制作のいきさつ

2013-08-24 10:17 | by 中山(主担) |


 『ひらがないろは』という絵本を知っていますか?
いろはのかなが どの漢字から どのように生まれたかがわかる毛筆の文字と 
優しい日本の色を使った かわいい絵が目をひく絵本です。
これは、東京学芸大学の書道科と美術科の院生、学生さんのコラボ絵本として2006年に誕生し、世間の注目を浴びました。院生、学生さんによる素敵な教材開発だったと思います。

 今回、当時絵を担当された 博多歩さん (旧姓 手塚さん  平成20年度卒)とお会いする機会があって、絵本誕生の折のご苦労や工夫を書いていただけないかとお願いをしたところ、快く引き受けてくださいました。
 絵本を生み出すご苦労を知ることは、読者や本を提供する者、授業する者にとって、「絵本を読む」リテラシーにつながることと思い、「情報リテラシー教育」に掲載させていただきました。
                                        東京学芸大学附属小金井小学校司書 中山美由紀


絵本『ひらがないろは』の制作のいきさつ
       HAKATA STUDIO 博多 歩 


はじめまして。

平成20年度に東京学芸大学大学院美術科を卒業した博多歩(はかたあゆみ)と申します。

今回は、私が学部生の頃に制作した絵本「ひらがないろは」の制作のいきさつについて書かせていただきます。

絵本「ひらがないろは」の表紙

 

私は学部生の頃、美術科のグラフィックデザイン研究室に所属していました。1年次の3月頃に、その研究室のメーリングリストで『書道科の大学院生が、漢字からひらがなへの成り立ちが学習できる絵本を出版するにあたって、絵本に添える絵を描いてくれる人を探しています。』という内容のメールが回ってきました。

私は幼い頃から絵本が好きで、“大学生になったら絵本を制作してみたい”と思っていました。メールを見て、“大学生のうちに絵本を出版できるチャンスなんて滅多にない!”と思い、一番乗りでそのメールに返信をして絵本制作に携わらせていただけることになりました。

 

絵本制作では、絵だけでなく、文・レイアウト・全体の構成なども担当させていただきました。

この絵本を制作するにあたって工夫した点や気をつけた点を、以下の5つの観点から述べていきたいと思います。

 

絵本の構想 

ページ構成 

書の見せ方 

絵の作り方 

 

①絵本の構想

「ひらがな」と「いろ」のページ

絵本の監修を引き受けてくださったグラフィックデザイン研究室の正木賢一先生より、絵本全体の方向性について大きく2つのアドバイスをいただきました。

1つ目は、“日本の伝統色を基調とした色”を用いて絵を制作するのはどうか、ということでした。

書道科と美術科のコラボレーションがねらいの一つだった企画なので、美術の分野からは「色」という要素で学習要素を盛り込むことになりました。また、日本古来の色を多く用いることで、歴史のある「書」との調和もとりやすくなりました。

2つ目は、「色(いろ)」を学習要素の一つに入れるという点から、絵本の構成を「いろは歌」の順にするのはどうか、ということでした。

「あいうえお」の順で進む文字の学習絵本は見たことがありましたが、「いろはにほへと」の順で進む絵本は、全く新しい試みで新鮮だと思いました。いろはうたの順で進むことから、絵本のタイトルも「ひらがないろは」に決まりました。

 

②ページ構成

見開きで構成されたページの例

「ひらがないろは」は文字と色の学習がねらいの絵本になりましたが、絵本としてのお話の世界も楽しんでもらいたいと思い、なるべく見開きで1つのシーンができるように絵本全体を構成しました。

例えば、「は/に」のページは、「はと」と「にんじん」を別々の場所に配置するのではなく、同じ畑に配置して「はとが にんじんばたけを あるいて ゆくよ」という情景にすることで、一つの短いストーリーを作りました。こうすることで、読者が絵本の世界に対して想像をふくらませるきっかけになればと思いました。

また、ページをめくっていく際に、メリハリがあり飽きずに楽しめるよう工夫しました。具体的には、白地のページだけではなく見開き全体に背景色を敷いたり、モチーフを大きく配置するページ・小さく配置するページを作ったりしました。

巻末には、本編の書と色を振り返ることができる一覧表や、ひらがなの歴史が学べる読み物のページを入れ、まとめ学習ができる構成にしました。

 

③書の見せ方

ひらがな「ゆ」の成り立ち:漢字・万葉仮名、草仮名、草仮名から平仮名へ

「ひらがなの成り立ちを学ぶことができる」というのが、この絵本の重要なポイントだったので、「書」は分かりやすく且つ美しく見えるようにページに配置したいと思いました。

そのために、右ページの右上・左ページの左上に、書をレイアウトするスペースを目立つように設定し、なるべく書の近くに絵が来ないように配慮しました。

また、「現代のひらがな」と「ひらがなの成り立ちを表す書」を関連づけるため、大きな円が両者にかかるレイアウトにしました。こうすることで、「ひらがな/漢字・万葉仮名/草仮名/草仮名から平仮名へ」をひとつのまとまりを持たせて見せられるように工夫しました。

 

④絵の作り方

手作業のぬくもりを感じられる技法を模索したときの制作例

絵を制作する際は、いろんな絵本を見て書に合うテイストの絵を検証するところからはじめました。

書の魅力の一つに、人が書いた際の筆の運び(トメ・ハネ・ハライ)が分かりやすく、人の息づかいを感じられる点があると思います。書に添える絵も、デジタル上だけで制作したものではなく、人の手の温かみが感じられるものが合うのではと考えました。そのため、切り絵、割り箸ペン、ゴム版はんこなど、手作業のぬくもりが感じられるような技法をいろいろ試しました。

ひらがな44音分のイラスト制作は、思ったよりも検証の時間が必要だったため、途中から美術科の友人に絵の制作を協力してもらいました。

このような作業の繰り返しから、少しずつ、どんな絵なら書に合うテイストになるかを自分なりに模索しました。

 

⑤文

「ね」のページ(文:ねずみの おやこ、なのはなばたけで なかよく おさんぽ)

絵本ということで、親が子どもに読み聞かせをすることを想定し、声に出して読んだ時にリズム良く読めるような短い文章を考えました。

表記については全てひらがなで統一し、子どもや日本語に興味のある外国人の方が読みやすくなるように配慮しました。

また、「教科書体」という書体を使用し、正しいひらがなの形を学習できるようにしました。

 

 

授業やアルバイトの合間を縫っての作業だったこともあり、制作には約2年半かかりましたが、その分、作業工程の一つ一つにじっくり向き合いながら制作できた貴重な時間だったと思っています。

何もかもが初めての作業で、何度も壁にぶつかりましたが、監修してくださった先生、書道科の方々、絵作りを協力してくれた友人のおかげで、なんとか絵本を完成させることができました。

そして、「ひらがないろは」は、2006年の秋に日本地域社会研究所から出版されました。

 

出版後、「ひらがないろは」は、「全国学校図書館協議会選定図書」「日本図書館協会選定図書」に選定していただくことができました。そのおかげで、近所の図書館に置いてあるのを見かけたり、タイで日本語教師をされている先輩から“タイの図書館にもあったよ”と教えていただいたりして、大変嬉しく思いました。

 

この絵本が、どこかで誰かの「日本語の上品さ・色の美しさ」を考えるきっかけになれば幸いです。

 

 

◆現在、夫と共に『HAKATA STUDIO(ハカタスタジオ)』として、イラスト・キャラクターデザイン・アニメーションなどの制作活動をしています。

ホームページがありますので、ぜひご覧ください。
  
www.hakatastudio.com

  
                                                    2013年8月12日

 


次の記事 前の記事 [ 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 ]